前作から捏造エピソード。
郁たち3年目の春に、堂上&小牧が錬成教官職拝命してます。
そこからのお話。
ちょっと教官! だいぶ箱が壊れてきてませんか?みたいな。







きみの そばにいたい

 

このまま ずっと

 

願うのは それだけ

 

むずかしいかな?

 

 


 

夕 焼 け


 

 

 

堂上と小牧が錬成教育隊の指導教官を拝命したため、入隊式に列席を余儀なくされた堂上班。教官の二人はその肩書に見合う席を用意され、図書隊の白い礼服着用で厳粛な空気を纏っていた。一方、部下の郁と手塚は、裏方・・・つまり雑用係として重宝された。

新入隊員のチェック、その保護者のチェック、来賓誘導、警備など、普段のタスクの仕事量など可愛く思える程の目まぐるしさだった。

しかしこの二人、そんな雑用仕事を活き活きと熟す。それはもう、嬉しそうに。

 

「手塚。あたし、あっちに行ってくるから。ここ頼むね」

「了解。手が空いたら来賓の方な」

「わかった。行ってくるー!」

「おう」

 

流石、タスクの末っ子兄弟。(郁は、あえて弟扱い)バディを公言する仲だけある。と、普段を知らない隊員達は皆、感心の声を上げていた。

が、それこそ普段をよく知る隊員たちは、今日は一体どうしたんだ?と一様に訝しんだ。

 

堂上と小牧はそんな二人を離れた所からそっと見守る。(視界に入れっぱなし)

そして、小牧は時々肩を震わせる程度に抑えた上戸に陥り、堂上はその小牧を牽制しつつも上機嫌で、実は眉間の皺ゼロで式に挑んでいた。

 

二人には、郁と手塚の気持ちが手に取るように分かる。

今日の郁と手塚は、堂上と小牧と共に同じ会場に居られることが嬉しいのだ。

いつでも目が届く距離。気になって視線をやれば、相手側もこちらを見ていて、図らずも目が合ったりして。それはもう、くすぐったくなるような恋愛初心者達の逢瀬のようだ。

 

何度目かに郁と目が合った堂上は、思わずふっと笑顔になった。

すると郁は真っ赤になって俯く。顔は隠せても耳はそれを隠せない。

そんな郁が可愛くて、ついつい口角が上がってしまうのだが、隣の小牧に肘打ちされ、小さな咳払いで誤魔化した。

 

 

指導教官たちが陣取る席の反対側に、稲嶺司令をはじめとした幹部クラスが居並び、その末席で退屈な祝辞を右から左の耳へ流していた玄田は、向こう正面でニヤけている堂上と小牧を見て楽しんでいた。

 

――あいつら、何ニヤニヤしてやがる

 

視線を辿ると、会場の後部で警備の目を光らせている郁と手塚。

 

――なるほど。可愛い部下を見てたのか

  これは面白くなりそうだなぁ

 

玄田もまたニヤリと片頬を上げて、不気味オーラをまき散らした。

 

 

来賓の有り難い祝辞が続き、会場内の空気がダラッとしかけた時だった。

郁は会場前方の入り口付近に人影を見つけた。先ほどまでは居なかったはずだが、いつの間にかそこに立ち、素知らぬ顔で式の進行を見ている。

纏う空気は悪い物じゃない。だが、この場にふさわしくない者にも感じる。

すぐに手塚に知らせようと、横目でバディを伺った。手塚もまた同じように郁に視線を寄越しており、意思の疎通はバッチリだ。

そっと二人は距離を詰める。肩がくっつく位まで寄ると、無声音で情報交換。

 

― どう思う?怪しいけど、そうでもなさそう?

― 何とも言えんな。用心はしとくか

― ね、ちょっと気になるんだけど・・・

― うん、俺もさっきから気になってた

― 怪しいよね、あの顔

― 何かあるな

― もしかしてさ・・・

 

 

 

 

堂上は郁と手塚の様子が変わったことに逸早く気付いていた。

小牧の脇腹を突き、注意を促す。

肩がくっつく位に寄った二人を見て、堂上の眉間に皺が寄る気配を感じ、小牧が片腹を押さえた。

しばらくして、郁が掌を見せているのに気が付いた。

 

― 小牧

― ああ。なんだろう

 

小さく頷いてやると、郁はニコリとしてからハンドサインを始めた。

 

― ん。小牧、前方ドア付近、誰かいるか

― ああ。でもあれは・・・

― 待て。笠原が隊長の様子を気にしてる

― ふ~ん。そっか、わかった

 

二人はもう一度頷いて見せる。郁からは了解のサインが届いて、これから起こるであろうコトに巻き込まれる人物の特定を始めた。

 

 

 

 

― 手塚。教官たちも同意してくれた

― じゃ、対象者は誰だと思う?

― ここで一番の大物は・・・協会会長?市長?議員も来てるよね

― だが来賓を狙うか?

― ううん。違うね。となると・・・

 

 

郁は掌を堂上へ向ける。すぐに小さく頷いてくれた。

ハンドサインは、指4本。そしてOKサイン。

すると堂上の視線が動いたのが分かった。

再び視線が郁に戻されると、笑顔で頷いてくれた。

 

その後、手塚と相談した配備を堂上へ送り、了承を得たところで二人は離れた。

 

 

 

式は今年度の錬成教官の紹介へ。

堂上と小牧も前列に並び、胸を張って新人たちを見渡す。

 

――はあ・・・カッコいいなぁぁぁ

 

すっかり目がハートになっていたことに気付き、慌てて周囲を見てみたが誰も気にしていないようだ。ほっと胸を撫でおろす郁。

進行役から教官たちの名前が呼ばれる。

業務部、防衛部、そして特殊部隊。それぞれから4~5人が選抜される教官職。郁が見た限り、今年のメンバーは凄腕揃いといった感じだった。

その中に、自分の上官が居る・・・とても誇らしく、嬉しく、ちょっぴり寂しい。

 

 

紹介が終わり、教官たちが自席へ向かう。

列の最後尾に並ぶ堂上と小牧は、チラリと部下たちとアイコンタクトをした。

 

― 来るぞ

 

郁も手塚も、その判断にはまだ到達出来そうもなかった。流石だなっと思いつつ、意識は怪しい人物たちが纏う空気に注意だ。

席への列にそのまま着いていく堂上。そして小牧は、何故かその列から離れて反対側の役員たちの方へ向かった。

場内が一瞬「・・・あれ?」っと思った時、会場前方の演壇付近でカチャリと音がした。

 

 

「煙幕だっ!!」

 

叫んだのは堂上。その声とほぼ同時に、瞬く間に煙が充満し始める。

新入隊員の最前列からガタガタと椅子が薙ぎ倒される音がして、バタバタと慌てた足音がいくつも重なった。

男性が多いこの会場。悲鳴は所々から。徐々に異様な緊張感が後ろのほうに広がると、一般人の中からざわざわとし始めた。

 

 

 

 

煙幕が会場の半分を覆うくらいにまで広がって行く。

その中で、殊更落ち着いた手塚の声が、窓際で低く響いた。

 

「この辺でよろしいですか」

「・・・ああ」

「では、通常通りで?」

「やってくれ」

 

「頼みますよ」

 

最後は手塚の緊張を解きほぐす優しい声の持ち主。

それを聞いて安心し、少しだけ薄まった煙の中で、手塚は大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「確保―――っ!!」

 

 

手塚が放った言葉で、会場が静まり返る。

そして―――

 

 

「確保―っっ!!」

 

 

演壇脇で堂上と郁がもう一人床に沈めていた。

 

 

 

◆◆

 

 

徐々に煙が薄まって、場内の全体が見えるようになってきた。

まず確認できたのは、演壇の脇にいる一団。

 

床に押さえつけられている男。

その背中に膝をついて、腕を捻り上げている女性隊員。

暴れる足に体重をかけているのは、礼服の男性隊員。

 

さらに窓際。稲嶺司令を車椅子ごと少し移動させた礼服の男性隊員。

司令の隣りに座っていた副司令の腕を取って連行の形を見せつける男性隊員。

 

 

その時、静まり返った会場内に突如として大きな声が響き渡った。

 

 

「そこまでだ。堂上班!見事な捕り物だった!」

 

幹部席の末席で大袈裟に立ち上がって、数回の拍手をしながら言う玄田。

それに続き―――

 

「流石、我らが関東図書隊特殊部隊一の遊撃班ですね」

 

稲嶺司令からお褒めの言葉が発せられた。

途端、綺麗な敬礼で応える堂上班の4人。

すると何処からともなく拍手が沸き起こった。

 

 

郁と堂上の拘束が解かれた男が立ち上がると、前列にいた新人隊員から「あ!逃げる!」と声が上がった。が、その男はぽかんと立ちつくし動かない。

不思議に思っていると玄田から大きな笑い声が地を這って響いてきた。

 

 

「これは余興だ!!新入隊歓迎の余興を司令たちと企画して、ちょっとした捕り物を見て頂いた。これが日夜訓練に明け暮れ、本と図書隊員の命を守っているタスクフォースの姿だと、一番分かりやすい形を取ったんだが。どうだ、臨場感あっただろう!」

 

「臨場感って。隊長!こんなとこで煙幕まで用意して!何考えてんですかっ!」

噛みついたのは堂上。

「がはははは!ま、そう怒るな堂上。お前たちも最近、班として動けてなかったからいいリハビリになったろ?」

「それは・・・確かに堂上班として動いたのは1か月ぶりですが。何の相談も無く、いきなり手の込んだこと始めるの、いい加減やめてください!」

 

 

―― え???

 

場内が、堂上の言葉に信じられない物を見るような視線へと変化した。

 

 

「相談しなくても、お前たちなら判断できると思ったんだ。大正解だろうが!

司令たちとあんなに練った策なのに、こんな簡単に犯人役を捕まえやがって!」

 

「本当に。素晴らしいですね。しかも、こちらの犯人役が副司令だと良く分かりましたね」

 

稲嶺がにこやかに言いながら、彦江の脇に立つ手塚を見遣った。

 

 

「堂上、状況を説明!」 「はっ!」

 

 

 

玄田に命令され、条件反射の敬礼で応える。

そして、この捕り物解決への手順を話し始めた―――

 

 

 

◆◆◆

 

 

入隊式の余興は、内外から大反響を呼んだ。

 

余興と言ったからには、その客である新入隊員とその家族にウケなければならなかったが、そこは満点クリアだ。

新人たちからは「自分たちもああなりたい」と夢を語らせる材料となり、家族からは図書隊という危険職種に身を置こうとしている子供たちの、命をも守ってくれる存在に安心したという声をもらえた。

 

そして特殊部隊の仲間からは―――

 

「しかし、お前たちの連携はハンパないな」

「ホント。ハンドサインだけで意志疎通を図って、最短時間で犯人役確保。一般人だけじゃなくて、業務部とかのお偉いさんたちの度肝を抜いたな」

 

 

 

昨日の入隊式で堂上は、状況説明と言われて、これが上官の言う余興であることを早い段階で察知し、展開を予想して犯人役が複数いるパターンで配備していたことを簡単に説明した。

 

「今回の犯人役確保までの判断や対応については、防衛の基礎知識として新入隊員に詳しく講義することになっている。明日の防衛座学で、堂上と小牧が講師になるから、楽しみにしておくように!」

 

玄田の一声で新人たちの顔が輝いた。

生で見た捕り物の一部始終を語ってもらえるのだ。興奮を抑えきれない気持ちは分かる。

 

 

 

そうして今、堂上と小牧は大講堂で新人隊員の前に立ち講義している。

堂上の手には、郁と手塚から上がってきた報告書。

今回は特に、二人の視点が重要であることを新人たちに示したかった。

 

 

「これが会場内の配置図だ。それぞれが何処にいたか確認しろ」

大型スクリーンに映し出された会場の図。そこには堂上班員と稲嶺、彦江、玄田など主要人物を名前入りで表示している。

 

「笠原、手塚両士長は、会場後方。お前たちのずっと後ろで会場全体を見る警備にあたっていた。この配備は有事の際、手塚が幹部、来賓側へ、笠原が非常口確保と誘導を念頭に、不審者の侵入後の退路を断つ役目を担っていた。

 

昨日はまず、笠原が不審者侵入を発見。場所は此処だ。

それを手塚と確認するが・・・二人の報告書によるとだな、

『配備がいない場所に立っていたので怪しいとは思ったが、雰囲気が悪役ではなく、判断に困った』 って、悪役ってなんだ」

 

堂上は郁の感覚的報告書に呆れた様子を隠せない。それに小牧が吹き出す。

 

「ぷぷぷ! ま、そこは笠原さんならではの感覚なんだ。相手の纏う空気みたいなものを感じ取って、敵か味方かって判断しようとしたんだね。そしたら、敵とは思えなかったってことだと思う。確かに、犯人役であって本来は図書隊員だから。彼女の感覚は間違ってなかったんだけど」

 

小牧のフォローに咳払いで応え、堂上は続けた。

 

「で、手塚と状況の確認を行う。その時二人はこの位置から玄田隊長を見た。

『隊長の顔は、それはもう楽しそうに笑っていて、これは何か企んでいるなと思った』とある。そこで笠原は俺たちに相談してきた」

 

会場内がざわついた。

 

「笠原からは、会場前方入り口付近にいた犯人役Aのことと、玄田隊長の様子について気になるという内容だった」

「隊長は確かに嬉しそうに笑ってて、そして犯人役Aは防衛部の人間だということはすぐに分かった」

 

変装してたけど、気配の消し方そこそこ上手過ぎたんだよねーっと、小牧はおどけるように言った。

 

「俺たちの見解と笠原たちの見解は一致した。

これは玄田隊長が何かしら絡んだものだ。変装までして防衛部の人間を投入してるんだ、何か仕掛けてくることは確実。だとすると、俺たちに要求されるのは訓練時と変わらぬ対処だ」

「まずは犯人が誰を狙っているかの予想だね」

「報告によると『会場内で一番狙われる立場にいたのは、図書館協会会長、市長、議員。だが、訓練だとすると来賓を巻き込むことは不可能。ということで考えられたのは稲嶺司令でした』と。そして笠原はそれを知らせてくる。二人で考えた配備は、本来の警備担当を変えることなく、手塚が幹部の席に向かうというものだった。俺はそれを了承した」

「同時に、俺たち側の配備も検討。指導教官紹介が終わってから仕掛けてくるだろうと思ったから、席に帰る時を利用して、俺は幹部席の手塚の応援に回ることにした」

 

新人たちは昨日の様子を思い浮かべ、スクリーンの登場人物の動きに合わせて視線を動かし、堂上と小牧の話を真剣に聞き入っていた。

 

「煙幕が広がる中、笠原と合流して犯人役Aを取り押さえた。これは今後防衛部に配属となった者は訓練でみっちり教え込まれるから覚悟しておけ」

「俺と手塚側の動きとしては、車椅子である司令を危険から遠ざけることを第一に。でも煙幕の中だったから、窓際に沿って出来るだけ端によることしか出来なかったけど。

で、問題は手塚の方。これは手塚と笠原さんで話してたことらしいんだけど」

「報告書、読むぞ。『これだけの広い会場で司令を狙った犯行として考えると、単独犯ではないだろうと予想する。司令に近寄る共犯者が現れることを織り込んで、幹部席を注視。煙幕が広がって視界が悪くなり、小牧二正が車椅子を動かした際、隣に座る彦江副司令が稲嶺司令の腕を取るのが見えたので、すぐに声を掛けて通常の手順で確保してもいいかと伺い、了承を得た』ということだ」

「驚いたことに笠原さんと手塚は、俺たちの予想よりも先を読んでいたんだよ。そのお陰で共犯役の副司令も確保できた。余興は短時間での解決と相成ったってわけ」

 

一同から感嘆の溜め息が零れた。そして質問があるかと問えば、すぐさま手が上がる。

 

「あの、教官方と士長のお二人は、会話ができない距離にいたはずですが、その、今の解説にあった『相談』とかはどのようにしたんですか?」

 

堂上と小牧は顔を見合わせた。小牧がクスリと笑って「ちゃんと教えなきゃ」と堂上に回答権を譲ったようだ。

 

「ま、平たく言えばハンドサイン・・・だが。俺たちのは、普段一緒に行動している班員ということもあって、俺たちにしかわからないサインもあるんでな。ここで詳しく教えられないのと、教えても使えないものがある。それに今回はイレギュラーなことも多くて、サインにないものも無理矢理サインにしたし」

「そう。それでも読めちゃうのは、まあ、普段から一緒に訓練してるからってのもあるんだけどね。相手がどういう人間か、ちゃんと知れないと、有事の際の咄嗟の読みって難しいからね。今回ので言ったら・・・稲嶺司令、かな」

「・・・だな」

 

堂上と小牧は再び顔を見合わせると、思い出したようにククッと笑う。

 

「狙いは司令だろうというサインを送ってきたのは笠原だ。あいつが使ったのはこれだ」

 

言って堂上は右手を上げて指を動かした。

指を4本立てる。そしてOKサイン。

 

「簡単だろ。4(し)、OKは丸。ゼロ。零。つまり、司令」

 

会場内には緩んだ空気が混ざってきた。なーんだ、そんな簡単なものだったのか、と安心したような、微かに笑いも聴こえてくる。

それを遮ったのは一緒に特殊部隊から教官職を拝命していた宇田川と木島だった。

 

「おいおい。子供のなぞなぞみたいで簡単だとか思ったか?そりゃ甘いぞ!」

「お前たち、堂上の説明聞いてただろ?初めっから全部ハンドサインだけで伝えてるんだぞ。不審者の位置、隊長が怪しいとか、俺たちは聞いてて驚いたね。細かな配慮と適切な配備。意思の疎通を全部離れたところで言葉無しで伝えるんだ。ハンパな訓練じゃそこまでは出来ない」

「ま、いきなり新人たちにそれを望みはしないがな。でも・・・」

 

言い淀んだ木島と目が合った堂上。言いたいことは分かった。

しかし、それは堂上からは何とも言えないだろうとも思った宇田川は、代わりに新人たちに告げてやる。

 

「堂上班の笠原と手塚は、入隊3年目だ。2年前、お前たちと同じようにこうして教育隊で扱かれていた。そして、錬成教育終了後、特殊部隊に直接配属になった。新人で直接配属は図書隊史上初だが、二人とも初めから完璧な隊員だったわけじゃない。今だって、大卒のヤツらと2歳しか違わない、ごく普通の隊員だ。ヤツらの日頃の努力が、堂上班の連携の要になっていることは間違いない。お前たちも訓練次第、やる気次第で守れるものが増えるんだぞ。頑張ってくれよ」

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

錬成教育隊初日の防衛座学は、新人たちにとって羨望の対象を決定づけるものになった。

その日の夕方から、郁は妙な視線を感じるようになり、寮内でも怯えて部屋から出るのを嫌がったほどだ。

 

「今日の講義でね、昨日の『余興』の全てを解説したんですって。それで笠原と手塚がタスクメンバーとして注目されちゃったってわけよ。凄いじゃない!新人たちのお手本になったのよ」

「えー!?そんなの要らないってば。注目なんてされたら、仕事し難くなるのわかるじゃん」

「まあね。でも今回は仕方なかったんじゃない?あんな見事な解決見せたんだもん。解説無くても、堂上班の評価は上がったと思うし。真実じゃない噂を広められるよりは、日頃の努力を知ってもらうチャンスだと思ったから、堂上教官も隊長の命令聞いたんじゃないかしら?」

「むーっ。そうかもだけど。あぁ・・・めんどくさいなぁ・・・」

 

柴崎にとっては、郁と手塚の評価が上がるのは同期として、友人として嬉しいことだ。

二人の努力を見て、一番の評価をしてくれているであろう上官たちとなんら変わらない評価をしていると自負している。だからこういった話には、知らん顔をせずに積極的に広報を心掛けていた。

 

しかし、その気持ちとは相対して。

郁に関してはあまり注目されることは良しとしない。

先日も郁への妬みから、ある事件を大きくしてしまった業務部の先輩がいた。しかも、郁の背中が切りつけられるという痛々しいおまけ付き。これには柴崎も黙ってはいられない。

だからこそ、郁の仕事での評価を前面に押し出してやりたいと思っている。

 

「先輩として胸張って仕事してればいいのよ。元々、評価なんて気にしてこなかったんだから、今まで通りで。そういう面倒なことは教官たちがなんとかしてくれるわよ~」

 

柴崎の言葉に小さく頷いた郁だったが、すぐに頬が赤くなった。

 

「なに?なんかあった?」

「んー。昨日の入隊式の時、久しぶりに教官の姿が見られる所で仕事できてさ。実際はあたしは警備だから、話すことも出来ないはずだったけど。余興のお陰で一緒に犯人役を確保できて。それだけでもう、嬉しくって仕方なかったのに、教官がね、確保して煙幕が引くまでのちょっとした時に「傷は大丈夫か」って気にしてくれて。嬉しすぎて泣きそうだった」

 

目の淵を赤くしてニッコリと笑う郁に、「アンタって可愛いー!」と抱きつく柴崎。

暫くは寂しい思いをするであろう郁が、次に笑顔になれる日はいつ来るのか。

 

ふと手塚から聞いたある事を思い出し、あの朴念仁に最高のアシストをしてやろうと秘かにメールを打ちまくるのは、その日の夜の話・・・

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

新人教育隊での本格的な防衛訓練が始まり、さらに堂上たちが忙しくなった。

危うく顔を合わせられないまま一日が終わろうとする日もあり、そんな時は決まって緒形あたりが郁を引き留める作戦を立て、堂上と挨拶程度は出来るようにしてくれていた。

はじめは素直に喜んでいた郁だったが、みんなに気遣われていると分かってからは遠慮するようになった。

 

「副隊長。あたし、そんなに落ち込んで見えますか」

「いや、そういう訳ではなかったが。どうした?堂上に話したいこととかあるんじゃないのか。本当はちゃんと日報を読んで返事を貰いたいんじゃないか?」

「それは・・・そうですけど。でもそんなの我儘ですよ。仕事なんだから仕方ないじゃないですかぁ。そのくらいの分別は出来るつもりです。笠原、大丈夫ですから」

 

念を押すように「大丈夫です」と頷いて見せ、郁は緒形を安心させたつもりでいた。

緒形にとっては、健気な姿に胸を打たれ、更に何かしてやりたいと思わせるだけだったが。

 

 

 

 

自分から断りを入れてしまってから気付く。本当に会えない日は、とことん会えない。

さっき出て行っただの、後から来ただの、タイミングは壊滅。神様が意図して邪魔しているんじゃないかと思うくらい、会えない日が週に何日もあった。

 

だがそんな時、郁はあの日を思い出す。

散り始めの桜の木の下で、堂上班と柴崎で過ごしたひと時。

時間にしたら僅かなものだったが、今までも、これからも、記憶に残るであろうあの日を支えに、寂しさは乗り越えようと思っていた。

 

日報の提出は副隊長預かりとなった。

堂上も目を通していると言ってはいたが、直接「いいぞ。お疲れ」と言ってもらえないのは寂しいの一言だった。

 

 

 

そんなある日―――

 

 

 

隊員食堂で手塚、柴崎と3人で昼食にありついていた時のこと。

ひとつ離れたテーブル席に、新人女子隊員が4名座り、女子トークを繰り広げていた。

そろそろ事務室に戻ろうかという頃、新人のテーブルから「教官」という声が聴こえてきた。自然に動きが止まるのは郁だけじゃなく、手塚もまた同様に耳を大きくしていた。

 

「教官たち、厳しいよねぇ。男女の区別はしないって言われたけどさ。ホントに無いんだもん。ビックリした」

「ホントだよね。防衛部希望してる女子なんて殆ど居ないじゃん。なのにここまでする~?」

「あ、それ、うちの教官は丁寧に教えてくれたよ」

「何、なに?」

「業務部員だって命を守らなきゃいけないんだって。あ、自分の命ね。有事の際に図書隊が守るのは、本。そして利用者。隊員は自分の命は自分で守るのが鉄則だって」

「へー。アンタの教官って誰だっけ?」

「堂上教官」

 

 

郁と手塚の身体がビクリと動いた。

二人は顔を見合わせ、そっと微笑んだ。

 

 

「あ~堂上教官かぁ。いいよね。あの初日の防衛座学の時もさ、分かりやすく丁寧に解説してくれて。あれで防衛部希望する男子がちょっと増えたんでしょ?確かにアレはカッコ良かったもんね」

「ね、堂上教官の下なら、防衛部でもいいと思わない?」

「うんうん。思うかも。あんな上官ならついて行くよね~!」

「でも、タスクだもんね。無理だよね」

「大丈夫なんじゃない?だって堂上教官の班って女性隊員がいるじゃん」

「そうだけど、いかにも女性って感じ、しなかったじゃない?」

「あー、言えてる。だからタスクにいるんでしょ」

「そっかぁ。普通の女には無理か」

「無理だよぉ」

「ま、私たちは精々自分の命を守ってさ。一緒に前線で戦えなくても、女として見て貰えるように努力はできるじゃん」

「そだね」

「そうそう!」

 

 

 

柴崎は溜め息をひとつ零した。

郁は強張った笑顔をどうにか引っ込めようと頑張っていた。

手塚は眉間に皺を寄せて、上官張りに怒りを露わにしていた。

 

「手塚、どうしたの」

「笠原、お前は怒りが湧いてこないか?」

「んー。何に対して?」

「俺には、お前のこと馬鹿にされてるとしか思えなかったが」

「そ?そんなことないんじゃない?ちゃんと現実見えてるよ」

「・・・悟ってんのな」

「手塚。こんなの驚かないって。もっと酷いのいっぱい居たじゃん」

「まあな」

 

二人の会話を聞きながら、柴崎はお茶を啜る。

 

「手塚は他にもお怒りポイントがありそうだけど?」

「・・・ちょっとな」

「なに、どうしたの」

「笠原と柴崎以外のヤツが堂上二正を教官呼びするの、気に入らない」

「・・・へ?」

 

手塚は耳を赤くしている。本心なのだ、と思うとちょっと可愛い。

 

「慣れないって言ってんだよ。錬成の間は仕方ないと分かってるんだが、どうしても落ち着かないってだけだ。別に怒ってるわけじゃない!」

「あはは。わかったわよぅ。そんな焦んなさんな」

 

柴崎は「お先ね」と席を立った。わざと新人たちのテーブルの脇を通る時、歩調をゆっくりとしてふふんっと鼻で笑ってみせた。

柴崎が通り過ぎた後、視線の先に郁と手塚が居るのが見え、新人たちは慌てて口を噤んだが、当の二人はそこまで気にしていなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

夕方、郁は特殊部隊庁舎の屋上に来た。

ここは何か特別な時に来るようにしている。

 

初めて図書隊員として年を越した時、堂上と見た初日の出。

それを思い出すと昇る朝日にもらったパワーが、今でも蘇ってきそうで神頼みのように訪れる場所となった。

 

今、神頼みしたい気分。

明日は挨拶くらいできますように―――

 

 

 

 

 

「誰に挨拶したいって?」

 

 

突然の声に「きゃっ!」と声を上げて振り向いた。

 

「きょーかん!」

 

「なにしてんだ、こんなとこで」

 

「きょ、教官こそ!」

 

「俺は最近、毎日来てるんだ」

 

「え・・・」

 

堂上の意外な答えに郁は言葉が出なかった。

茫然と立ち尽くしている郁の隣まで歩みを進めてくると、堂上は微かに笑って郁の頭に手を乗せた。ポンポンと2度弾ませてくしゃりと髪を混ぜる。

 

「「・・・久しぶり」」

 

二人同時に呟き、顔を見合わせて笑った。

 

 

「夕方、教官担当の申し送りと会議が毎日あるんだよ。その前の息抜きに来てるんだ」

「そうだったんですか。笠原は・・・久しぶりに来ました。初日の出、覚えてます?」

「ああ」

「あの時、あたしの中でここはパワースポットになって。あれから何度か来てました。ちょっと辛いことがあった時とかに」

 

堂上は郁の横顔を見た。あれからの辛いことが思い出される。

 

「笠原、何かあったのか」

「え?・・ああ、今日ですか?別に何もないです。ただ、パワー不足を補おうかと」

「そうか」

 

明らかに安心したような堂上の表情に、郁はドキンっと胸が高鳴った。

 

郁の言葉から、ちょっとした変化を読み取ろうとしてくれているのが分かる。

今回、別行動になると告げられた時も「何かあったら言え」と言われ、花見をした時も「遠慮しないで何でも言ってくれ」と言われた。

堂上は郁の様子を知りたいと思っている。伝えて欲しいと何度も言われていたのに、郁は迷惑を掛けたくないと我慢して、堂上の想いに応えてこなかった。

 

「教官。特別なにか無くても、報告するのは無しですか」

 

郁の呟くような遠慮を込めた声に、思わず笑みが零れる。

それを隠すように視線を合わせず、足元を見ながら堂上は答えた。

 

「俺は、遠慮しないで何でも言えと、花見の時に言ったぞ。何でも、だ。たとえば、お前にとってはつまらんことでもな」

「・・・つまらないこと?そんなの聞いても、教官には無駄じゃないですか?」

「無駄なわけあるかぁ。普段は一緒にいることが出来るから、そのつまらないことも一緒に見て体感できるが、今は離れてるからな。お前から聞かなきゃ、何があったかわからん」

 

郁は堂上の言葉を噛み締めながら聞く。堂上の考えていることをちゃんと理解しようと、懸命な努力だ。すると、自然に顔が赤くなってくる。

 

「そ、そ、それって・・・いつも一緒に・・・つまらないことも一緒に体験したいって、そういう風に聞こえますケド」

 

おずおずと聞いてみる。

 

 

「その通りだが。

 

 もっと言えば、聞くのは面倒だ。だから―――

 

 

 

 ずっとそばにいたい。   と思ってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

―― え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も夕焼けが綺麗だ。明日も晴れる。予定通り訓練できそうだな」

 

そう言って堂上は、郁の頭を撫でて屋上を去ろうとした。

止まっていた思考が戻って、郁は慌てて堂上の腕を取る。

 

「ま、待って、教官!」

 

堂上は自身の腕を掴む郁の手を取り、微笑んだ。

 

 

「今は考えるな。そのうち、ちゃんと教えてやる」

 

 

 

 

去って行く堂上の背中が夕日に照らされていた。

 

言われた通り、考えない。

その代わりに、この瞬間の堂上の背中を目に焼き付けようと、郁は瞬きをせずにじっと見つめた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

6月も中旬になる。

そろそろ錬成教育期間も終了だ。

あれから郁は、度々屋上へ足を向けた。堂上が毎日行っていると聞いたので、少しでも話せる時間が欲しくて。

本当なら郁も毎日通いたかったが、そこまですると本当に迷惑じゃないかと思い、一日置きくらいを目安にして、気持ちが落ち込むことが無いように対策を練った。

それが功を奏して、寂しいと愚痴を零すことなく毎日を過ごせていた。

 

 

今日は久しぶりに堂上班と柴崎でランチを摂ることになっていた。

やっと任務の目処が立ち、解放される時間が増えてきたらしい。真っ先に郁と手塚の元へ、「昼メシ、一緒に食うぞ」とメールが届いた。

二人は同時に椅子から飛び上がり、目が合うと恥ずかしくなって笑った。

 

 

 

 

昼休みの食堂入り口で、郁と手塚はそわそわと上官を待っていた。

傍には柴崎。面白いものを見るように、二人の動きを目で追っていた。

 

「あ!教官たち来たよ!」

郁の明るい声で、手塚もその方向を見遣る。すると、上官二人の後ろに、フォルムの小さな隊員が二人、とことこと付いてきているのが見えた。

「お待たせ!ゴメンね、遅くなって」

小牧が笑顔で部下たちに声を掛ける。

「いえ、そんなに待ってませんから」

余裕の返しをしたのは柴崎。郁と手塚は少し気遅れしたように、一歩後進していた。

 

「じゃ、ここで」

小牧が後ろから付いて来ていた新人の女の子に告げる。

「えー!今日は教官たちも隊員食堂にいらっしゃるって言うから一緒に来たのにぃ」

「一緒に食事するなんて言ってないよね。俺たちは約束があるんだ」

 

言い聞かせるような小牧の若干強めの口調は、そこそこ怒りのオーラを含んでいるのだが、新人たちにはまだ伝わらない。

気の毒に思いながら堂上を見ると、久しぶりの眉間の皺。3割増し程度ではあったが、かなり疲弊しているのが見て取れた。

 

「小牧教官。席が空いていれば一緒になっても構わないんじゃないですか?」

郁がそう気を遣うと、堂上の眉間は更に渓谷となり、小牧は眉を下げて大袈裟に溜め息を吐いた。

「俺も構いませんが」

手塚は郁に援護射撃だ。この構図が珍しく、柴崎は黙って成り行きを見ていた。

 

「そ?じゃあ、席次第ってことで」

小牧は何か思い至ったようだ。先程までは同席回避の意思が伝わっていたが、それはもう無い。柴崎は小牧の思考を予測することに専念し始めた。

 

食堂に入るといつもの癖で、堂上班御用達の席を確認してしまう。

最近使うことが無かったのと新人が入ったことで、暗黙のルールと化していたものがリセットされたようだ。窓際、柱の陰の6人席は、すでに埋まってしまっていた。

「仕方ない、長テーブルだね、今日は」

小牧が言うと、堂上が溜め息を吐いた。こちらはやはり、新人と同席は嫌らしい。

 

「手塚、あそこの端から席取ってきて」

「了解」

すると堂上たちは、ポケットから黄色いタグを取り出し手塚に預けた。

全員のを受け取って、手塚自身もポケットから同じものを取り出すと、ひとつ頷いて列から離れる。

 

「・・・なんですか、あれ」

最後尾に並んでいた郁に質問してきたのは、野上一士。小牧が指導した新人だ。

「ああ、あれは、堂上班でご飯食べる時、席を確保するために用意したタグ。あたしたち、5人で食事することが多いんだけど、席を取りにくい時があってね。並んでる間に埋まっちゃったりするから、取れる時に使うの」

「へぇ・・・」

 

郁の説明を聞いて「仲がいいんですね」との呟きが漏れたが、敢えて聞かない振りをした。

 

 

 

5人揃って席に着く。いつものように、奥から郁と柴崎が対面。柴崎の隣りに手塚。その隣りに小牧。郁の隣りに堂上。

何も言わなくてもその席を選んでいたので、みんながクスリと微笑んだ。

腰を下ろしたところへ、金魚の糞のように付いてきた一士の二人が「隣り、いいですか?」と聞いてくる。

すかさず、堂上と小牧は席を立ちながら「いいぞ」と了承した。

 

「笠原、席代われ」

「柴崎さん、席代わって」

 

こうして、郁と柴崎の隣りに新人が座る構図が出来上がった。

その瞬間、柴崎は小牧の思考が読めた気がした。

 

――なるほど。

  この子たち、糖害に耐えられるかしら?

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

今、まさに目の前に居るのは、久しぶりに公開された糖害を撒き散らす加害者の二人と、糖害被害者の会を兼ねる見守ろう会の幹部。(プラス、無関心を装う手塚)

 

小牧は片腹を押さえながら肩を震わせ、柴崎は生温い視線を目の前の二人に向けていた。

 

「笠原。ほら、やる」

「わー!久しぶりですね。教官からデザートいただくの♪」

「俺が居ない間は手塚に頼んでおいたが。ちゃんと貰えたか?」

「二正、抜かりはありません。笠原がデザート付きを選ばなかった時は、俺が横流ししてました。ご安心ください」

「よし」

 

小牧が「出た!堂上大好きっ子クラブ・・ぶふふふ・・・」と吹き出している。

堂上は真正面を向いておらず、左半身を郁側に開いている状態。これで左足が通路に出ていたら、完全に郁を囲う形だ。

自然と堂上の視界には、郁しか入っていないだろうと予想された。

 

予想は的中。

食事の間、甲斐甲斐しく世話を焼く堂上。

郁が美味しそうに食べる様子を視界に入れっぱなしで、見るからにご機嫌なご様子。

 

それを近くから、また遠くから見てしまった新人隊員たちは、一様に驚きを隠せない。

 

 

――あの堂上教官が!!!!!

 

 

そんな新人隊員の気持ちを察した特殊部隊のお兄さんたちが、更に余計な一言を放って去って行った。

 

 

「あれな、関東図書基地で秘かに有名なバカップルだ。

 

 だが、あれで付き合ってないから。そこんとこ勘違いすんなよ」

 

 

 

 

――えーっ!!勘違いって

  どんな勘違いですかぁぁぁぁ???

 

 

 

付き合ってないんだって。なら、アプローチかけてもいいってことよね?

 

女子隊員はそう思ったに違いない。

(それを勘違いだと言うのだが)

 

 

「あのぉ、堂上教官・・・」

遠慮気味に声をかけてみた。

 

「あー。それな。教育隊以外ではやめてくれないか」

「え?」

「その『教官』呼び」

「は?」

「うんうん。俺も気になってたんだよね。ちゃんと階級呼びしてね」

 

 

サラッと言って、自分たちの会話に夢中になっている。完全無視だ。

 

 

「でも!笠原士長は『教官呼び』じゃないですか!」

「そうそう、柴崎士長も!!」

 

名指しの二人は顔を見合わせて小首を傾げた。

そんな仕草も(久しぶりなので)可愛くて仕方ない堂上は、郁の頭に手を乗せてポンポンと弾ませながら――

 

 

「コイツらは特別だな。特に笠原は『教官呼び』でないと」

「そうそう。笠原さんは階級呼び禁止だもんね」

 

上官二人が嬉しそうに喉を鳴らして笑っている。

 

「おかしいと思います!私たちに階級呼びを強要するのに!」

「階級呼びは一応、暗黙の了解だよ。ただ笠原さんだけは、堂上班として第一線で本を守って行く上で、もう階級呼びじゃダメなんだ。・・・堂上がね」

 

そう改めて言われて、堂上は溜め息を吐きながら「ああ」と肯定した。

 

 

「笠原に階級呼びされても反応できない。思考停止するから、有事の際に危険だ。だから、コイツには教官呼びを許してる。他のヤツとは違う」

 

 

 

「ね?特別ってそういう意味。だから、ちゃんと階級呼びしてね」

 

小牧の冷めた目が、ようやく新人たちにも届くようになったらしい。少し青ざめてコクリと頷いた。

 

そして、一連の話を黙って聞いていた柴崎が、ここぞとばかりブチ込んできた。

 

 

「堂上教官。笠原の教官呼びは、いつまで続くんですかね?」

 

 

堂上と小牧は一瞬固まった。

一体、何を考えたのだろう。数秒後、堂上が口を開いた。

 

 

「堂上班員として前線で戦ううちは、ずっとじゃないか?」

 

 

柴崎と小牧の表情が僅かに緩んだ。堂上はそれを確認した。

二人の腹の内は読めたのだが、まんまと罠に嵌った態を貫いてみた。

 

 

 

 

 

「ま、俺はコイツをずっとそばに置くつもりだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて言いつつ

 

 

俺が笠原のそばに居たいんだ

 

 

離れていると尚のこと想う

 

 

 

――ずっと そばに居たい

 

 

 

それだけを願って夕焼けを見ていたなんて

 

 

言える時が来るだろうか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】

→本編「番外編 失恋初日」へ

 

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