ちょっと書けなくなりそうな事がありました。
だけど、そんな時でもシーンは浮かぶし、セリフも降りてくる。
後は私の腕次第・・・ってな感じの毎日でした。

原作、別冊Ⅰ「触りたい・触られたい二月」の仲直りまでを捏造です。
手塚が頑張る話にしました!

タイトルは ♪mihimaru GT「約束」 です。
この曲の歌詞に、今回は同期3人の思いを込めてみました。
私の気持ちも、かなり込めてます。。。的な。







約  束

 

 

 

尊敬する上官と、漸く認めた俺のバディが、それこそやっとのことでタスク内の公認の仲になって数ヶ月。俺の頭と心も、それなりに順応してきたところだ。

当初の「ウソだろ」的な発言は無くなったらしく(無自覚だった)、柴崎から「よく頑張ったわね」と労いの言葉をもらった時には、我ながらこういうことへの処理能力の低さに心底がっかりした。

 

あの堂上二正が笠原なんかと―――そう思っていたことを間違っていたとは言えない。

間違いなく、笠原は迂闊で単細胞。女らしさの欠片も無く、思考は斜め上。本当にどうしてこんな女を?と、疑問符ばかりが脳内を駆け巡るのだ。

それでも俺にも分かったことがある。

笠原は強い―――性別を超えて、図書隊員としての意識の高さと身体能力を最大限に活かそうと努力する姿は、強くて皆を惹きつける。

惹きつけられた一人に、堂上二正がいたってだけのことなのだ。

 

そんな風に自分の中で落とし所を見つけたのも束の間。笠原の高校生以来の王子様が、なんと堂上二正だった!!!!!っと言うことが判明した。

っと言っても、知らなかったのは俺だけで。タスクの諸兄たちは当然のこと、柴崎はその情報収集力を早い段階で発揮して知り得ていたと言うし、笠原本人も何かのタイミングで知って、そのことを皆に黙って気持ちを隠していたと言う。

 

――なんなんだ?!

  二人の想いは、今に始まったことではないじゃないか!

 

俺だけ知らなかったという事実に驚愕しながらも、二人が密かに育んできたものが実って今があることに感動もした。

笠原を一人前と言えるくらいに根気よく育て上げた二正の指導力にも、たった一度だけ逢った図書隊員の背中を追い、危険な職種を選んでまでも気持ちを貫き通した同期の清廉さにも、俺は本当に感動したのだ。

 

 

「お前はすごいな」

「・・・どした?手塚があたしを褒めるなんて。明日、雪かな」

「素直に褒めてんだよ。茶化すな」

「へー。それは、ありがとね。って・・・ホント、どうしたの」

笠原は「熱でもある?」と、俺の額に手を当ててくる。

「・・・手ぇ、冷てーな」

「あ、ごめん。教官にもよく言われるー」

「・・・へえぇ」

「そういう手塚も結構冷たいよ」

いつの間にか笠原に手を取られていた。いきなりでビックリしたが、振りほどくほどのことでは無いと、俺はされるがままだ。

 

「教官がね言うの。手が冷たい人は心があったかいんだって!」

 

それはキレイに笑って、笠原は俺の手を両手で包んで胸の高さまで掲げて見せた。

 

「手塚も心があったかい人ってことだよ!今度教官にも言っとくね」

握手にかえてブンブン振ってから放す。子供のような仕草についつい口角が上がってしまった俺に向かって、笠原は無自覚な攻撃を続けた。

 

「でもーぉ。教官の手はあったかいのね。だからって教官は心が冷たい人じゃないでしょ?そこがね、納得いかないところなんだよねー」

 

 

 

・・・これだ。

タスクの諸兄たちや柴崎あたりが盛んに言っている、アレだ。

 

――関東図書隊一のバカップル!

 

確実に俺を被弾させた当人は、ケラケラと笑っている。

本当にコイツは・・・強くて、明るい――

 

「――バカだな」

 

「はあ?今度は貶すのかいっ!もう!手塚、いいヤツ~♪って思ったのにさ~」

「調子に乗るなよ。でも、俺のことは『いいヤツ』と思っとけ」

「わー!ずうずうしいなぁ!」

 

笠原は膨れっ面でドスドスと歩き出す。

そんな姿も二正には可愛く見えてるんだろうな、などとくだらない事が頭を過り、慌てて笠原の後を追った。

 

 

もうすぐ日本中が甘い匂いに溢れる、恋人たちの一大イベントの季節・・・

 

 

 

◆◆

 

 

風呂上りにロビーで柴崎とばったり出くわした。

何も考えずに「よぉ」っと声を掛けながら手を挙げると、薄く笑った図書隊の華が俺の横にピッタリとくっついてきた。

 

「お、おいっ!どうした」

「なに慌ててんの。同期のよしみでちょっと付き合いなさいよ」

夕刊が並ぶラックの横のソファーに引っ張られ向かい合って座ると、途端にあらゆる方向からの視線を感じた。見渡すと落ち着かない様子の男性隊員が・・・数えきれないくらい点在している。

 

「・・・そうか。寮に帰ってきてうっかりしたな。まだバレンタインデーだな」

「あらやだ。年寄りみたいなこと言っちゃって。今年も片っ端から受け取り拒否したって聞いたわよ。やるわね、手塚も」

「・・も?」

「アンタの上官たちも見事にお断り組だったから」

「だろうな」

 

俺は夕刊に手を伸ばしていて、柴崎とは視線を合わせずに会話していた。それが特別な状況ではないし、柴崎もいつも咎めたりしない。そんな気の置けない関係だ。

 

「そう言えば・・・笠原は成功したのか」

「あー。それがねぇ・・・」

「ん?何かあったのか」

柴崎の声の変化を捉えて顔を上げれば、がっちり視線が絡まった。

「やっとこっち見た」

「・・・なんだよ、それ」

気の置けない関係――なんて思ったのに。前言撤回か?

「手塚が夕刊に夢中になってる間、私はずっとアンタを見てた」

「・・・ご、ごめん」

「そうじゃなくてぇぇ」

俺の謝罪を受け入れないつもりか?

「まさに堂上教官と笠原が、そんな感じだって言ってんの!」

 

俺は目が点になっていたと思う。

いきなり、俺と柴崎の関係性が二正と笠原の現状の話にすり替わっていた。

 

「なんて顔してんの。しっかりしてよ。アンタは笠原のバディなんだから」

「・・・そりゃぁ、フォローはしっかりするが・・・」

「たとえが難しかったかもしれないけど、教官と笠原は向き合うタイミングを逃してるだけだと思うのよ」

俺の手から夕刊を取り上げて、丁寧にラックへ戻す。

「今日はバレンタインだぞ」

「そうね。そして笠原は手作りチョコを渡しに行った」

「二正は受け取った」

「・・・と言うか、拾った」

「拾った?」

何かの問答のようになっている。一体笠原は何をやらかしたんだ!

 

「手渡す時、指先が触れたんですって。笠原ったら、それだけで怯えて落としちゃったの」

「なんで二正に怯えるんだよ!」

「手塚!そこは男女の相違。しかも、あの二人はまだ一線を越えてません」

「・・っ!!」

 

お、俺が赤くなるわっ!そんなこと、言わなくていいって!

 

「他のヤツには言わないわよ。アンタが笠原のバディだから言うの!

 あの子はね、教官に嫌われたくないって想いと、あの母親に幼いころから洗脳されてた『女の子らしく』って貞操観念に縛られてるの。いつか、それは解消されるはず。だけど今すぐってわけにはいかない。教官には待ってて欲しいの。多分・・・あの人は言わなくても待つわ。だけど、待ち方ってあるじゃない。何となく間違えそうなのよね、あの朴念仁!」

「おい、こら。上官に向かって朴念仁って」

「はいはい。ごめんなさいね。アンタの大好きな上官に向かって。失言でしたー」

「全然反省してねーし」

 

柴崎は鼻で笑った。そして改めて真面目な顔で俺を見る。

 

「手塚、頼むわね。笠原が斜め上に突っ走り始めたら、アンタが止めてね!」

「・・・自信は無いが、努力する」

「ん。いいでしょう!じゃ、コレ。食べ残しだけど、あげる~♪おやすみなさ~い」

 

最後は周囲にも聴こえるように、見せびらかしながら某ひと口チョコの徳袋を俺の前に置いた。

それを羨ましそうに見る男共の視線から隠し、俺は自室へ戻った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

柴崎からの情報は役に立った。

マジ、聞いておいてよかった。

笠原と堂上二正が微妙にすれ違っていて、その状況を予想していただけで俺は正しい対応が出来ていた。

 

明らかに変わったこと・・・

堂上二正が笠原の頭を撫でなくなった。

 

今までなら必ずあったであろう頭ポンが無いだけで、笠原はこの世の終わりみたいな顔をする。泣きたいのを堪えて、自分で自分に発破をかけて。そうしてやっと仕事に就く。

こんなに心細そうな笠原は、いつ以来だろうか。

いつも煩いくらいの笠原が、二正の言動を気にして縮こまっている。少し可哀想な気もしてきたが、これを復活させる術は、残念ながら俺は持ち合わせていない。

何故なら、その役目は堂上二正以外出来ないのだから。

 

そうなると、笠原を「浮上させる誰か」が居ないことになる。

柴崎が居てくれたら・・・と本気で思った。タスクでは誰も役に立てないんだ。

 

 

 

 

笠原の調子が上がらないと、訓練の時が物足りない。

いつも最後に一緒に走り込みをするのだが、今日は体調が悪いとかで先に上がられてしまった。ひとりで訓練場を走るのも寂しく、俺は課業後に外周へ出ることを決めた。

 

駅方向とは反対へ、基地の寮営門を出るとすぐに住宅街が見えてくる。単世帯ばかりのこじんまりとした家が多いが、どれも今風のお洒落な造り。まだ将来なんて欠片も考えてないが夢のマイホームなんて言葉が脳裏を過るくらい、俺にはちょっと現実離れした場所だ。

 

その静かな街の一角に、その公園はあった。

小さな東屋とベンチ。遊具はブランコと鉄棒だけのシンプルな造り。

俺は足を止めた。東屋のベンチに、見慣れた背中があった。

 

 

「おいこら。何してんだ」

「うわっ!・・て、手塚ぁ?!」

 

笠原は笑えるくらい驚いて飛び上がった。コントだな、お前。

笠原にはお気に入りの公園がある。基地から駅に向かう途中の、ほどほど広い公園だ。

柴崎によると、飲み会で寝落ちて二正に寮まで送り届けてもらう時、その公園は休憩ポイントなんだそうだ。

二人が付き合う前から、そういった二人だけの秘密の場所は存在していて、お互いに気持ちの確認をしないまま秘密の共有だけで満足していたんだ。

俺が言うのもなんだが、中学生レベルだよな。「初々しい」って言葉がこんなにしっくりくる(大人の)カップルも珍しいよな。

 

でもそれが堂上二正と笠原の形だったんだ。

不器用さではきっと俺も負けてないと思うが、本当に二人は不器用で・・・

 

 

そのお気に入りの公園とは逆方向のこの場所にいる時の笠原は―――

 

「一人になりたいのか」

「・・・・そ、かな」

「一人は寂しいって顔してんぞ」

「・・・よくわかんない」

 

ちょっと意地悪だったかと思うが、俺の中に「笠原に優しくするスイッチ」が見当たらなくなっていて、こういう時に俺は間違った対応をしてきたなぁっとボンヤリ思いながら隣に座った。

 

「一人になりたいって言うなら、俺は立ち去る。走ってたんだ。訓練後に走り込み出来なかったからな」

「そっか。じゃ、走ってきなよ。あたしは平気」

「・・そういうことは、本当に平気な顔して言え」

「なによおぅ。手塚のくせに!」

 

そのセリフは俺たちのゴングだ。でも今は、戦う気持ちになれないな。お前自身にその気が無いみたいだし、そんな涙目じゃ戦意喪失ってやつだ。

 

「なんかあったか」

「・・・ううん。なーんも」

「あぁ、だから落ち込んでんのか」

「・・・落ち込んで見えてた?」

「いや。強いて言えば、寂しそうに見えてた」

「・・・・・」

 

笠原に黙られると、俺の発言が拙かったのかと慌てる癖がついている。後ろで目を細めて薄く笑う女が見えるから。

とりあえず様子を伺って、出来る限りのフォローはしよう!

 

「なんにも無くなる前、何があった」

「・・・手塚はさ、好きな人に触れられたいって思う?」

「はあ??」

 

直球が返って来るかと期待したら、消える魔球だったか!多分、俺を通過してったぞ!

何だ?コイツ、何考えてやがる!・・・つまりは、堂上二正が笠原に触れられたいと思っているか・・・ってことを聞きたいわけだな。

そんなの、好きな女ならいくらでも触れて―――

 

『指先が触れただけで怯えて・・・』

 

 

柴崎の言葉が脳裏を過った。

そうか、違うんだな。二正の気持ちを聞きたいんじゃない。

笠原自身が自分の気持ちを持て余してるんだ。

どう答えたものか、時間を掛けずに考える。

 

「最近の堂上二正はダメだな」

「えっ?!ど、どうしたの」

「何でお前の頭を撫でないんだ」

「・・・あたしの所為かな」

「なんかしたのか」

「・・っ・・・な、んにも・・できなか、た」

 

両手で顔を覆うのは、涙を隠すためだ。そんな時でも笠原は、背中を丸めない。ピンと伸ばした姿勢のまま、声を堪えて泣いている。

 

「何も出来なかったのに、何かやらかしたんだな?お前、凄いな」

「・・もう!真面目に聞いてよ」

「聞いてるよ。お前は何も出来なかった。それで多分、二正も傷ついた」

 

笠原は息を呑んで、顔から手を離すと俺をまじまじと見つめてきた。

俺の予想は柴崎の情報に基づくものだ。

女の言い分は柴崎に聞けば十分に理解できる。だが男の言い分は?

多分柴崎にも堂上二正の本心までは分からない。俺にも正解は分からないが、近い気持ちはなんとなく答えられる。だから――

 

「傷つけた自覚があるのか?それなら話は早い。問題は傷つけた自覚がなくて、お前の方が傷ついたと思ってる場合だ」

「・・・あたし、傷ついてるよ。だって・・教官、あたしに触れてくれない!」

 

やっぱり、そこか!

 

「そうなった理由があるんだろ?それで二正は傷ついたから、お前と距離を置いてる」

「え・・・距離?」

 

ああ、笠原にはそういうニュアンスは難しいか。恋愛初心者が距離を置くと言ったら、きっと悪い考えにしかならないよなぁ。

 

「て、手塚!距離を置いたらさ、元に戻れるのかな?このまま離れるばっかりで、もう・・・今までみたいに・・・戻れない、よね」

 

絞り出すような声と震える肩で、コイツなりに二正への想いを見せてくれてる。

俺なりに一番堂上二正の気持ちに近い引き出しを開ける。

そこには笠原みたいなジャンルの女は存在しないが、仕方ない、女のカテゴリだけで見切り発車だ。

 

「戻れるか戻れないかは、俺にはわからない。当事者同士の問題だからな。でも、その努力をするかしないか、気持ちに発破かけてやるくらいのことは出来るぞ」

「・・・はっぱ・・・」

「・・アレじゃないぞ」と近くの木の枝を指差してやれば

「わかってるよぅ!」とぷっくり剥れた。

 

「あたし、教官の思ってること、その瞬間にならないとわからない時が多くて。だから、心の準備とか、全然出来てなくてさ」

「お前・・・二正が『無暗に煽るな』って言ってる意味、わかってなかったのか!」

「え・・・それ、なんで・・」

「偶然聴こえたんだよ、訓練の休憩の時。お前がケラケラ笑って上着脱ぐから、二正焦ってただろっ!『周りには男しか居ないって、何度言えばわかる!』って」

「だってぇ・・・暑かったんだモン」

「それだ!ソレ!そうやって、年齢詐称の仕草やって言われたんだろーが」

 

人差し指を下唇に当てながら、目は宙を彷徨う。思い出しているんだろうが、それがなんとも・・・なのだ。

噂に聞く、堂上二正の鉄の理性ってやつの凄さも知ることになる。

 

「二正も男だからな。そういう気持ちにならないはずがない。それは・・・わかってるんだろ?」

「・・・うん」

「じゃ、それは、嫌か?」

 

笠原は黙って首を振った。ブンブンと音がするほどの勢いは、コイツの気持ちを表しているんだろうと思う。

 

「じゃあ、ホントにお前次第なんだな」

「あたし?」

「・・・多分、二正とお前は、同時に向き合っていない」

 

柴崎からのヒントだ。笠原、わかれ!!

 

「・・・わかんないぃぃ!手塚の頭と違うのにぃぃ()

 

やっぱりかっ!!

コイツはストレートに言わなきゃ分からない。

ですよね、二正!

 

「あのな、俺が見る限り、二正は本当によくお前のこと見てるぞ」

「え・・・やだな。恥ずかしいじゃん」

「って、そうやってお前は俯いたまんまだよな。恥ずかしがらないで二正の目を見てみろ。ちゃんと向き合え。その努力をしろ。以上、復唱!」

「え、はっ!か、笠原郁士長は、堂上二正の目を見、ちゃんと向き合う努力をする。以上!」

「よしっ、帰るぞ!」

 

勢いだ、勢い!体育会系のお前にはこれが一番だ。

さっさと基地へ向かう俺の後を追ってくる笠原は、いつもと同じ歩調だった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

あれから俺は毎日のように課業後の走り込みに出かけるようになった。

住宅街の一角を通り過ぎる時、視界の端で確認する。

毎日ではないが、時々バディの背中を見つけ、仕方なく隣に座る。

そんなことを何度か繰り返していた。

 

「今日も頑張ってみたんだけど」

「ああ、俺も見てたが・・・お前、演技下手クソな」

「は?何それ」

「地下書庫の検索作業なんて、もうお前だって独り立ちしただろうが。何度も何度も二正の所へ質問に行くとか、明らかにおかしな行動だったぞ」

「むーっ。だってぇ・・・他に話しかける方法が浮かばなかったんだもん」

「別に話しかけなくたっていいだろう」

「目を見るきっかけ、わかんないんだも~ん」

 

降参とばかりに空を見上げた笠原が「あーっ!」っと声をあげたのでびっくりした。

 

「今日って満月だぁ」

「ん?・・・ああ、そうだな。・・・どうした」

「先月、教官と約束したんだ。次の満月の日は・・・」

 

それきり、笠原は夜空を見上げなかった。

二人の約束は二人のものだ。俺が聞いても意味を成さない。

二正のことだ。絶対に笠原との約束は忘れてないはず。それならば今夜、何かしらのアクションがあるんじゃないか?

 

「笠原、帰るぞ」

「え、どうしたの」

「約束したんだろ?なら、何か連絡とかあるかもしれないだろ」

「・・・いいよ。大丈夫」

「何がいいんだ。二正はお前との約束を忘れない。それは絶対だ」

 

あの人に限って、忘れるなんて有り得ない!

相手が笠原だからとか、そんなの関係ない。絶対に約束は忘れないんだ。

 

「いいから、帰ろう。・・・帰った方がいい」

 

 

半ば無理矢理だが、笠原はいつもの訓練速度についてきた。

二正の行動に期待して。

そう・・・俺はもの凄く期待していたんだ・・・。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

翌日は公休日。

一日をどう過ごすか、やっとのんびりと考え始めようとした時、心臓を飛び上らせる着信音が鳴った。

 

「・・・柴崎か、おはよう」

『おはよ、手塚。ね、アンタ昨日、笠原と一緒だったわよね』

「ああ・・・いつもの、だったが。どうした」

『帰って来た時はいつも通りだったのよ。でも今朝は様子がおかしいの。今、休日恒例の走り込みに出てて、もうすぐ帰ってくると思うんだけど。昨晩、何かあった?』

 

俺は瞬時に昨日の笠原との会話を思い出した。

同時に、俺がフワフワした期待で心を膨らませていたことも思い出した。

 

「おい、昨夜、笠原に何か連絡とか入ってなかったか」

『うーん・・・それって、堂上教官からってことでしょ?』

「ん、まあな」

『無いわね、多分。今の状態で教官からなら、絶対に隠せないはず』

「・・・わかった。ありがとう」

 

俺は自分でも驚くほど怒りを覚えた。

しかも、あの堂上二正にだ。

何故、笠原との約束を無かったことにできる?

今の状況なら尚の事、連絡くらい入れるべきだろう!!

 

「二正が何を考えてるか、まったく理解できん!」

 

独り言が異様に響いて、俺は更に怒りを増長させながら、外出の準備をして寮の共有ロビーへ向かった。

 

 

 

 

玄関を出て寮営門へと向かう途中で、向こうから笠原が歩いてくるのが見えた。

立ち止まって待ってやる。動きを見て、アイツが今、どんな精神状態でいるのか伺う。

 

アイツが走りたがる時は、何かを吹っ切りたい時だ。

以前にもそんなことがあった。体力が有り余るくらいだと、いつまでも走っている。

吹っ切れているのか、そうでないのか・・・今日は後者だ。当然だろう。俺だってかなりのショックだ。

 

 

「笠原!」

俺の呼びかけに肩をビクッとさせて、申し訳なさそうに眉を下げたかと思えば、見る見るうちに涙を溜めている。

「笠原、悪かった」

俯いて、首を振る。その勢いで涙も振り落されているのがわかる。

顔を上げられない笠原の肩に手を置きぽんぽんと叩いてやると、「ちょっと貸して」と呟いて俺の胸に額を当ててきた。

 

――どうしたもんかなぁ・・・

 

とりあえず、幼子を宥めるようにする方法しか浮かばない。

背中に片手を回して擦ってやると、嗚咽が聴こえてきた。

 

「お、ねがいだ、から・・頭、は・・やめ、てね」

「わかってるよ、そんなの。何年の付き合いだ」

「うーっっ・・・てづ、か、がぁ・・いいやつにぃ・・みえるぅぅ」

「・・・ホントに失礼極まりないヤツだな」

 

本気半分の溜め息を聴かせて、俺はその場で笠原を慰める。

そうして少し落ち着いた時、背後から息を呑むような気配を感じた。

顔を向けてみる。

 

 

「・・・二正」

 

笠原も顔を上げて確認しただろう。

そして、何も言わずに逃げ出した。それはもう、脱兎のごとく。早い早い。

俺はもう、溜め息しか出なかった。

 

 

「あの、二正。ちょっとお時間いいですか。アイツが行くところはわかってます。後で連れ戻しに追いかけますから、俺の話を聞いてください」

 

俺はとても落ち着いていた。

普段なら少しの事でも緊張しながら話しかける相手に、怒りと情けなさを感じている。

向き合うと、二正から口を開いた。

 

 

「すまんな、手塚。アイツは何故泣いてた」

「二正は分からないんですか?ずっと笠原の様子がおかしいのなんて、皆気が付いてます。その原因が二正とのことだってことも。それでも笠原が懸命に向き合おうとしてたから、黙って見守ってきたんです。それを・・・二正は距離の置き方間違えてます!」

 

あー、すっきりした。

ずっと言えなかったこと、言ってやった!!

もうこの後はどうとでもなれ!

 

「俺が?・・・距離の置き方?」

「はい。何故笠原の頭を撫でないんですか。どうして笠原の視線を受け止めないんですか。なんで昨日の約束を守ってやらないんですかっ!」

「・・・笠原が話したのか」

「約束の内容は知りません。満月を見て、アイツも思い出してました。だから俺は、昨日のうちに二正から何かしらアクションがあるだろうと思って、笠原を慰めたんです。

今日の様子だと、それは俺の考え過ぎだったようですね。お陰で笠原を更に傷つけてしまいました」

 

二正は俺の目を射抜くように見る。普段なら恐れるそれも、今はどうにか凌げるくらいの強い思いが俺にはある。

 

俺は――笠原のバディだ。

アイツが苦しんでる時に純粋に助けになりたい、と思えるようになったのはいつの頃だったか・・・もうそんなの覚えていないが。

いつも煩いくらいに明るくて。本を守るという事に関しては、誰にも負けない気持ちを持ってて。自分なりの正義と、図書隊が掲げる正義の間で足掻いていても、進むべき道を誤らずに進んで行ける脚がある。

そんな笠原に大きな影響を受けた俺がここにいる。

アイツならこうするだろう、と思えることを俺はやる。いや、俺じゃなきゃアイツの真似は出来ないと思う。

 

あの時、約束したんだ。柴崎も含めた3人で。

 

 

――ずっと一緒に進んでいく

――ずっと一緒に頑張っていく

 

 

笠原がいつも先陣切って進んでくれてたから、俺たちは先を見失わずに来られた。

その想いが浮かんで、脳裏から離れない。

笠原が走って来られてのは、一つの背中を追っていたからだと柴崎に聞いた。

言わずもがな、それは堂上二正の背中。

 

そうだ。俺たちの先には、いつも二正たちの背中があった。

今でも大きな存在で、これからだってそれは変わらないはず・・・

 

 

「二正。笠原の所へ行ってきます。話をして帰るように言いますから、ここで待っていてください。・・・逃げないでくださいね!」

 

 

最後の一言は余計だったかもしれないが、少しでも俺の覚悟が伝わればいい。

俺はアイツとの約束の場所へ走り出した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――もし困ったことがあったら、ここな

 

 

俺たちが図書隊2年目の春。

特殊部隊への異動を希望していた防衛部の数人の夢が絶たれ、益々俺と笠原への妬みが過熱した時、二人でこっそりと作戦会議と称して待ち合わせしていたのがあの公園だった。

約束の公園でとりとめもない話をしたのはホンの数回で、それでもお互いの傷を舐めあっていたような感覚は残っている。

まだまだ若かったな、と思い返すこともある場所になっていた。

 

あれから更に2年が過ぎようとしている。

お互いに成長したと思える。図書隊員としても、人間としても。

すっかり思い出の場所となっていたのに、あの日笠原の背中を見つけて嬉しくなった。

バディの存在を必要とされてると思ったんだ。

 

 

「笠原。雲行きが怪しいぞ。帰ろう」

「・・・てづかぁぁ」

「悪いな、二正じゃなくて。でも此処だと思ったから、俺が連れて帰るって言ってあるんだ。二正、待ってるから、帰ろう」

「きょ、教官、待ってる?」

「ああ。『逃げないでください』って言っといたから」

「え・・・てづかぁ、どうしたのぉ。アンタが教官にそんなこと・・」

「な。自分でもびっくりだよ。次、どんな顔して会えばいいのか、今からドキドキしてるよ。それもこれも、全部お前の所為だからな!責任とって、仲直りしてこい!」

 

冗談めかして笠原の頭をパコンと叩いてやると、涙目が上目遣いで睨んできた。

『大丈夫』、そう気持ちを込めて瞬きすれば、笠原もパチリと瞼を閉じた。

 

俺たちは、こうやって言葉が無くても意思の疎通が出来るんだ。

二正とだって出来るはずなのに、どうしてお互いに目を逸らす必要がある?

 

 

「仲直りできると思う?」

「なんだよ。仲直りしたくないのか?」

「そんな訳ないじゃん!」

「だったら、素直になってくればいいだろ」

「・・・教官がどう思うか・・」

「それは聞いてみなけりゃわからない」

「コワイよー!呆れられてるかもしれないし・・・」

「万が一の時は、俺が話聞いてやるから。とにかく二正を待たせてる。帰れ」

 

腕を掴んで立ち上がらせ、無理矢理に送り出す。

数歩進んだ笠原が不安気に俺を見たけど、顎で「行け」と指示をした。

 

笠原は地面を見つめて何かを考えた。

そして顔を上げた時は、いつもの目に戻っていた。

俺は一つ頷いて、ピンと張った笠原の背中を見送ることに成功した。

 

 

 

「ほんっとに手のかかるバディだなぁ」

 

今はもう見えない背中に吐き捨てる。

空からは小さな粒が落ち始めていた―――

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

スマホが震えて画面を見ると、俺の背筋が伸びる名前が白く浮かんでいた。

通話しない選択肢は無い。どんな場合に於いても・・・

 

「・・柴崎?」

『手塚!お疲れ。よくやったわね!』

 

アイツにしては珍しく、俺を労う言葉が飛び出した。

 

「どうした」

『今、笠原から連絡があって。教官と仲直りできたみたいよ』

「・・・そうか」

『あら?あんまり嬉しそうじゃないわね』

「俺が嬉しがるって変じゃないか?」

『・・・ま、そうね』

「だろ?」

 

本心は嬉しいが。

久しぶりに晴れ晴れした気分ってヤツだ。

 

『笠原がね、手塚に凄く助けてもらったって言ってたわよ』

「マジか。俺には言わなそうだな」

『ふふ・・・そうかもね』

「ま、良かったじゃないか。アイツが調子悪いと、あらゆるところに弊害が生まれるからな。タスクなんて居た堪れないんだぞ」

『あははは!おろおろしてる皆さんの顔が目に浮かぶわ』

 

柴崎の声も明るくなったような気がする。

コイツも大概だな・・・なんて思ってることは口に出せないが。

 

『手塚が仲間で良かったと思うわ』

「なんだ、急に」

『笠原のこと、私だけじゃどうにも出来なかったと思うのよ。だから』

「俺はアイツの話を聞いてただけだけどな」

『それがいいんじゃない?それにアンタと笠原は、ただ話をするだけにならないでしょ。お互いに命を預け合ってるバディだからこそ分かることあるだろうし。絶妙なタイミングで自然にボケとツッコミになってる時もあるし。二人とも堂上大好きっ子だしー?』

「・・・そこでソレ持ちだすか」

 

柴崎は、ふふふっと笑う。

それが何とも心地よかった。

 

俺一人じゃ笠原の相手なんて出来なかったな。

それこそ、柴崎がいるから何とか出来てるんだ。

俺の方こそ、柴崎が仲間で良かったと思ってるよ・・・っと、これも本人には言えないが。

 

『ねえ、アンタ今どこ?』

「・・・もう寮に帰ってきてるよ」

『・・・あっそ。じゃ、私は笠原の帰りを待つわ』

「ああ、そうしてくれ」

『じゃあね。手塚、ありがとね』

 

 

 

深呼吸をする。

俺のミッション完了だな。

これで堂上二正と顔を合わせられるってことだ。マジでどうしようか悩むところだったな。

 

それより―――

俺は視線を上げた。

 

先程から霧雨になってきたこの空の色は、今の気分とは正反対で。

「濡れて帰るのも乙ってもんか?」と独り呟いて薄く笑う。

 

柴崎に言ったことは嘘だ。

俺はまだ笠原との約束の公園にいる。

何故か帰る気がしなかったんだ―――

 

 

 

 

 

―――てづか――

 

 

小さな声が耳に届いた気がした。

不意に顔を上げると、そこには笠原が居た。

 

「え。どうした」

「やっぱり居た!きっと手塚、ここで待っててくれてると思ったんだ」

 

 

笠原は満面の笑みで駆け寄ってきた。

2時間前の、あの落ち込んだ姿はどこにも無かった。

 

「やだ、手塚!なんで濡れてるの?ずっと屋根の下に居たんじゃないの?」

「あぁ・・・ちょっと頭冷やそうと思って」

「・・・珍しいね」

「ん。なんだろな」

 

お互いに顔を見合わせて軽く笑った。

 

「お前、寮に戻ったのか?」

「え?なんで?」

「傘・・・どこから・・・」

「あ、教官に買ってもらったの。ちょっと用があるって言ったら、行って来いって・・・2本買ってくれたから、バレてるね」

 

笠原は舌を出して肩を窄めた。

堂上二正の心遣いは今更始まったことではないのだが、殊、笠原に関して言えば、物凄く勘が良いということを改めて知る。

 

「あれだな。一本だと、俺と笠原で相合傘になるから、阻止したな」

「えーっ!!ナニソレ!そんなこと考えてんの、男の人って」

「そうなんだよ!特に堂上二正は!」

 

勢いよく笠原の首に腕を回し、頭を引き寄せグリグリと攻撃してやる。

「わー!やめろー!」と騒ぐのを無視して、二正の気持ちに寄り添った。

 

 

 

きっと――

二正にとって笠原は、生涯をかけるバディになる。

こんなヤツだが、そうあって欲しいと願う。

 

そんな未来が来た時

俺は図書隊員として、笠原のバディだと誰からも認められる存在でいたい。

 

 

 

「手塚ぁ。色々ありがと」

「・・・ん」

 

 

「ね、手塚」

「ん?」

 

「ずっとあたしのバディでいてね」

「・・・ああ」

 

 

 

 

「約束ね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 約束な!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

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いくちゃん、あのね・・・

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