歯医者帰りの途中で思いついたタイトル。
神降臨!で一気に書き上げました。
甘いです♡





好きだ 好きだ 好きだ

 

 

 

本日は堂上班の公休日。

郁はベッドの上で長い手足を思う存分伸ばし、両脚を垂直にした後、振り下げと同時に一気に起き上がった。

その様子を見ていた堂上は「壮観だな」と呟いてキッチンへと向かった。

零された言葉を反芻する。脳内にはクエスチョンマークしか浮かばなかったが、ふと視線を下ろすとパジャマ代わりの短パンから惜しげもなく出ているのは素肌を曝け出した脚。

 

――あ。これのことか

 

堂上の言葉を理解しながらベッドを降り、トイレに向かう途中でキッチンを覗いた。

フライパンの上で小さく踊るのは目玉焼きとウインナー。

 

「あれ?今朝はパンですか?」

「ああ、賞味期限切れそうだからな。公休日だし、いいだろ」

「そうですねぇ。あ、プリンの賞味期限は確認しました?」

「いや。もうダメか?」

「切れてると思うけど・・・大丈夫です。あたし食べまーす!」

「おいおい。腹壊すなよ」

「だーいじょーぶ!任せてください♪」

 

二日前に期限を迎えていたプリンも登場して、堂上家公休日の朝は始まった。

小振りのダイニングテーブルに向かい合い、一日の行動計画を立てる。その綿密さはお互いに職業柄だろうか。やらなければ落ち着かないと言って、結婚当初二人で笑った。

 

「ところで・・・柴崎の休暇は今日までか」

「はい。頑固でしょうがないですよねー」

 

言いながら食パンに噛り付く。表情では「怒ってます」とアピールしているが、実際のところはそんなことは全くなく、彼女の気持ちを一番に考えて敢えて何も言えずにいた。

 

「郁、柴崎のところへ行かなくてもいいのか」

「・・・手塚が行くでしょうから」

「そうか」

 

二人はマグカップのコーヒーをゆっくり啜った。

 

 

 

それは4日前のことだった。

郁と柴崎は二人で官舎の堂上家で夕飯を摂り、久しぶりの女子会を楽しんだ。

時を同じくして独身寮では、堂上が小牧の部屋でお惚気タイムを繰り広げ、盛大に笑われていた。それは皆揃って楽しく、幸せな時間を過ごしていたのだ。

事態が急変したのは、柴崎が堂上家から寮へ向かってしばらく経ってから。寮監からの連絡で、柴崎が帰寮していないことが分かった。

 

連れ去られたらしい柴崎を救出するべく、その夜は玄田たちの手も借りて奔走した。

夏前から柴崎の同室になった水島と、後方支援部の坂上という男の仕業だということが判明し、手塚の活躍もあって拉致監禁されていた柴崎を救い出すことに成功した。

その時、手塚と柴崎が想いを通じ合わせ、めでたくカップル成立と相成ったのは余禄である。

 

真夜中の救出劇で隊への報告は陽が昇って始業後へとスライドされ、その日一日は柴崎の身柄は業務部で管理された。その際、精神的回復を考慮して休暇を宛がうと言われたのだが、一週間の休暇のところ3日でいいと柴崎は突っぱね、その臨時休暇の最終日が本日なのだ。

 

 

 

郁は柴崎の潔さに惚れている。

どんなに辛いことがあっても、自分を甘やかすことは許さない。柴崎はそういう人間だ。

 

「篤さん、あたしね、柴崎のことが本当に好きです」

 

少し涙目になったのは、事件のことを思い出したからだろう。堂上は「知ってる」と笑顔を見せて郁の頬に手を差し伸べた。

 

 

 

「そんな郁が、俺は好きだ」

 

 

普段なら絶対に想いを告げない堂上が、郁の瞳を捉えたまま呟く。

郁は更に眼の縁を赤くし「篤さん、ズルい!」と言い置いて、唇を噛んで涙を堪えた。

 

 

 

◆◆

 

 

寮の玄関を背にして、小牧は朝刊を斜め読みしていた。

今日は公休日。平日ではあるが大学の時間割に余裕がある今日は、毬江と会う約束が取れている。まだ出かけるには早い時間なのだが、ちょっと気になっていることがあって共有ロビーである人物を待ち伏せているところだ。

 

目的の人物は、予想通りにやってきた。小牧が見る限り、とても落ち着いていて普段通り。実は少しだけ心配していた、なんてことは言わなくて良さそうだとホッと息を吐く。

 

 

「手塚、おはよう」

「あ、小牧一正!おはようございます」

 

それは丁寧なお辞儀をしてみせる手塚に、小牧は苦笑する。

 

「ごめん、すごく良い空気を纏ってたのに緊張させちゃったかな」

「え・・・そ、そんなことは・・」

「くくく・・・真面目だなぁ、手塚は」

 

片腹を押さえる上官の対応に少し戸惑っていると、女子寮の扉が静かに開く気配がした。

戦闘職種の二人揃って、そちらに視線を流す。

 

「――あ、小牧教官!おはようございます」

「柴崎さん、おはよ。今日も一段とキレイだね」

「ありがとうございます。ホント、小牧教官は抜け目ないですよねー」

 

クスクスと笑いながら手塚に視線をやり「おはよ」と自然に挨拶をした。

同期同士の普通の挨拶なら何てことはなかったのだが、上官がいるこの状況に手塚は少しだけ居心地が悪かった。その空気も小牧は察して「俺もそろそろ」と部屋に帰る姿勢を見せた。

 

「教官、毬江ちゃんとデートですよね?」

「うん。平日は久しぶりなんだ」

「あと半年もすれば卒業ですね。教官も色々大変ですねー」

「・・・柴崎さんも抜け目無いよね。こうやって情報収集してるわけか」

 

小牧は「お~怖っ」と呟きながら手を振って男子寮へと足を向けた。

その背中へ「毬江ちゃんによろしく~」と声をかける柴崎の横顔を見て、手塚はちょっとだけ胸を撫で下ろした。

 

「光、行きましょ」

「お前、小牧一正相手に、よく突っ込んで話せるよなー」

「あの人はタヌキだから。ちょっと深く探らないと本当の顔が見えないのよ」

「・・・タヌキって」

「あら、小牧教官にとっては褒め言葉よ?」

 

手塚はこめかみに指をやり「よくわからない」と零した。

そんな手塚の手を取り、柴崎は玄関へ向かいながら「こんな女でごめんなさいね」と聞き流せない一言を呟いた。

 

 

「あ、麻子!」

思わず呼び止めてしまった。

「なあに?」

振り返った表情が予想以上に笑顔だった。

 

 

「お前のそういうとこ、俺は好きだ」

 

 

柴崎は手塚の視線から逃げるように顔を外へ向けて、ふふふっと笑った。

それが柴崎の照れた仕草だったってことを知るのは、もう少し後――

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

寮の自室でゆっくりとワイドショーなど見ながら外出の準備をした小牧は、スマホを充電器から外して着信の確認をした。

誰からも連絡が無い。それだけでいい休日だと思えるのは、図書隊員になってからだ。

良化隊の急襲も、バディの一大事も、部下の騒ぎにも、しっかり呼ばれる存在であることに誇りを持ってはいるが、大切なお姫様との時間だけは誰にも譲りたくない――というのが本音だった。

 

――今日一日は毬江ちゃんを甘やかし倒す!

 

子供っぽい決意表明に、我ながら吹き出しそうになる。

そのくらい大切に大切に扱ってきた案件だ。本来の自分とか、表の顔だとか、そんなものはこの際切り捨ててでも一番に考えるべき存在なのだ。

 

そういえば先ほど、柴崎に際どいところを探られたな――などと思い出して、喰えない部下の一人の胸中を思った。

小牧にとって柴崎は、可愛い部下の同期という存在でしかなかった。だが今では、自分にとっても特殊部隊にとっても欠かせない存在になっている。

彼女の能力は本物で、それを自他ともに認めるところであるから影響が半端ない。そしてその能力は、いつも最大限に発揮され、仕事は的確。絶対に敵に回したくない存在だ。

 

「柴崎さんには来年のことも読まれてるかなー」

 

独り言など珍しいのだが、今日はそこだけはいつもと違っていた。

 

 

 

 

 

待ち合わせの場所には、すでに毬江が佇んでいた。

待たせることの少ない小牧は、少し慌てて近づいた。彼女の視界に体の一部でも入り込むように。そうすれば声をかける前に気付いてくれるはずだ。

案の定、毬江は小牧の足元を視界に留めると、ゆっくりと顔を上げて確かめてから微笑んだ。すぐにでも抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、小牧は落ち着いた振りで軽く右手を上げてみせる。

 

「ごめん、待たせたね」

しっかりと正面から見つめて、口を大きめにはっきりとした発音で聞くと、毬江は首を振って答えた。

「毬江ちゃん、今日のスカート可愛いね」

にっこりと笑って次の会話の糸口を探す。毬江はそれに喰いつかなかった。

『小牧さん、柴崎さんは大丈夫?』

スマホの画面にすらすらと打ち出す毬江の姿には慣れたのだが、その速さには歳の違いを感じていた。

「今朝、話ができたよ。元気そうだった。今日は手塚と出掛けたし」

『そう!よかった』

画面に並んだ文字が躍って見えた。

 

 

先日の事件の時、堂上と手塚を部屋に呼んで飲んでいた小牧は、途中で毬江からのメールに気が付いた。久しぶりの男同士の飲み会中で、どうしようかと迷っていると、堂上から「構わん、返事してやれ」とお許しを得られた。堂上とて他人事ではないのだ。自分の元へ郁からの連絡が入れば、どうしたって彼女が優先。それは迷うことなく、なのだから。

小牧は二人に手刀で詫びを入れながら、返信を打ち始めた。

他愛もないメールのやりとりを進める途中で、郁から柴崎失踪の連絡が入る。そうなったら毬江どころではない。すぐに緊急事態であることを毬江に告げ、メールを終了させた経緯があったので、彼女は柴崎を心配してくれていた。

 

 

『わたしなんて、何にもできないけど。でもいつも、郁さんと麻子さんには助けてもらってるから。お二人のために何かしたくてウズウズしてたの』

 

真剣な目つきで画面上に指を滑らせる。時々、口元を尖らせてみたり、口角を引いて眉間に皺を寄せてみたり。毬江の表情を見つめているだけで、小牧は理由を見つけずに可愛いと思っていた。

そして見せられる画面の文字に、撃沈したくなるほどだ。

 

 

「毬江ちゃん――君は本当に可愛いね」

 

頬を掌で包んで告げると、小首を傾げた毬江は不思議そうに見上げてくる。

まるで小動物のようなその仕草に我慢が効かず、小牧は毬江を抱きしめて耳元で囁いた。

 

 

「ここが駅前じゃなかったら、キスしたかったんだけど」

 

途端に首まで真っ赤になる毬江の顔の熱が伝わる。

クスリと笑って、そのまま耳元ではっきりと声を響かせた。

 

 

 

「そんな可愛い君が、僕は好きだよ」

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

小牧は毬江と共に、彼女の大学の最寄り駅から武蔵境へ戻ってきた。

午後一の講義の間だけ小牧は一人で時間を潰し、その後毬江と合流してキャンパス近くの散策などを楽しんだ。

 

夕方の混雑する時間帯。

予想通りの人混みを上手に避けながら歩いていると、腕を組んでいた毬江が小牧の手首をタップした。小牧と話がしたい時の合図だ。

 

「ん?どうしたの」

小牧が視線を下げて毬江の顔を覗き込むと、彼女の視線は別の方向を見ていた。

その先を辿り、小牧は目を瞠る。

「スリか」

小さく呟いて、視線はそのままに毬江の腕を引き離した。

手を離す瞬間、毬江が小牧の腕を掴む。

 

『ここで待ってます』

 

小牧にはそう伝わった。視線を動かすことなく頷き、今度は小牧が毬江の腕をタップする。

顔を向けられない今は、声は届かないだろう。

 

『ちょっとだけ、行ってくるよ』

 

それに返事をするかのように、毬江は掌を2度弾ませて腕を離した。

 

 

――こんな瞬間は寂しい。

  だけど

  あなたの背中を押せる瞬間が堪らなく好き

 

 

 

***

 

 

映画の後、少し遅いランチを摂り、手塚と柴崎はウインドウショッピングに興じていた。

最後に本屋を回り、お互いの読書の趣味を語り合ったり、幼い頃に読んだ絵本を見つけて盛り上がったりと、同期として付き合っていた頃には考えられないくらいの会話量を楽しんだ。

 

「考えてみたら、今日が付き合い始めてからの初デートよね」

「・・・そう、だな」

「そう気が付いても、改めて緊張することも無いわね」

「それは良かった」

「ふふふ・・・緊張しない間柄って楽でいいわね」

 

光だから緊張しないで済んでるのね、っと並んだ本を物色しながらサラリと言い放つ。

視線を合わせずに話すのは、大抵が照れ隠しだと気が付いた手塚は、弱味を見せようとしない今日の柴崎に、何か爪痕を残したいと思ってしまった。

柴崎の左肩を掴んで向きを変え、視線を合わせることに成功した。

 

「俺は、いつも麻子に緊張してるけどな」

 

瞳の中に自分が映っているのを確認して、手塚はふっと微笑んだ。

瞬時に顔が赤く染まったのを感じた柴崎は、両手で頬を包み隠す。

 

 

「やってくれたわね」――手塚の耳には、その一言が届く。

その後の手塚といえば、柴崎の一挙手一投足に心臓が跳ねあがっていた。どのタイミングで仕返しされるかと冷や冷やしていたなどと誰にも言えないが、柴崎にはバレているのだろうと予想がついた。

 

立川から武蔵境へ戻り、改札を出たところで見慣れた背中を見つけた柴崎は、すぐさま手塚の腕を引き人混みに隠れるよう指示した。

 

「おい、どうしたんだよ」

「ね、あれ。小牧教官だわ」

「え?・・・あぁ、ホントだ」

「毬江ちゃんも一緒ね」

「なんで隠れるんだよ」

「面白いから後をつけるのよ!」

 

キラッキラな瞳を晒した柴崎を横目に、手塚はこめかみに指を当て「マジか」と自分たちの引きの強さを呪った。

そうこうしているうちに、柴崎は尾行を始める。探偵さながらのその行動に、手塚は度肝を抜かれて従う方を選択した。

しばらくして前を行く柴崎の足が止まり、手塚の腕を探すように左手が宙を舞っていた。その手を取ってやると、ニッコリと微笑みながら「早く来て」と命令され、手塚は若干青くなりながら柴崎の横に並んだ。

 

「ね、毬江ちゃんが何か見つけたみたいよ」

 

視線の先を辿り、さらに小牧が見つめる先を辿った。

 

「スリだな。一正は臨戦態勢だ。俺も行く」

「小牧教官に任せておけば?って言っても、アンタは行くのよね」

「当たり前だろ。味方は多い方がいい」

「・・・了解。気を付けて行ってらっしゃい」

「ああ。これ、頼むな」

 

書店で買った本の包みを柴崎に渡し、手塚は足音を立てずに小牧とは別方向へ向かって行った。動きは特殊部隊員のそれ。柴崎には介入不可能な領域であった。

 

 

――戦闘職種のスイッチが入る

  光の目つきが変わる瞬間が

  堪らなく好き

 

 

 

***

 

 

 

午前中を家事全般に使い昼食の相談を始めた頃、堂上の実家から連絡が入った。夜勤明けの母親から「お夕食一緒にどうかしら」と、久しぶりに息子夫婦との時間を楽しみたいというリクエストだ。郁は二つ返事で了承し、買い物などが済んだら向かう旨を伝えていた。

 

堂上が冷蔵庫内の残り物整理の昼食を作っている間に、郁は水回りや食材で不足しているもののリストアップをし、午後の買い物準備に取り掛かった。その買い物が済んですぐに、国分寺へ向かうために武蔵境の駅へ来た。

 

「篤さん!お母さんにお土産、何がいいですかね」

「別に毎回手土産なんて、いいんだぞ」

「えー!でも、お呼ばれしたんですから。やっぱり何か買って行きましょ」

「だったら、国分寺の駅近くの和菓子屋だな」

「了解です!じゃ、行きましょう」

 

元気よく歩き出した郁の手をすかさず取った堂上は、「慌てるな」と一言制して自分の隣に並ぶよう誘導する。肩を並べて歩いてくれることがこれほど幸せなことか、と堂上と付き合い始めて気付かされた郁は、この瞬間が堪らなく好きだ。

頬を微かに赤らめて並んで歩き始めてすぐ、二人は同時に何かを感じた。郁が辺りに視線を巡らせると、堂上から「10時の方向」と小声で指示が飛んだ。

 

「篤さん!」

「お前、女性に声かけてくれないか」

「・・・了解」

 

言葉を交わした時間はほんの数秒。それだけでそれぞれの行動確認は取れたし、確保までのシナリオとイメージは頭の中で描けていた。

おのずと二手に別れなければならない。歩き出し、すれ違いざまに堂上は郁の頭に手を乗せ、ぽんぽんと弾ませた。

 

 

――大丈夫って合図をくれる

  あたしを信じてくれる

  この瞬間も堪らなく好き

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

男は不自然に見えないように注意を払っているようだ。

全体を視界に入れようと瞳孔が開きっぱなしの黒目を惜しげもなく晒している。見る人が見れば、妖しさは最上級だ。

 

少し年配の女性がターゲットになった瞬間を見ていた小牧は、一瞬たりとも男の動きから目を離さなかった。

その小牧の様子を伺いながら動いている手塚は、男との距離に細心の注意を払った。

そして堂上と郁は、如何にも犯罪を犯しそうな目つきの男の存在を見逃してはおけず、女性の背後に吸い付くように寄った行動を見て即座にスリ対応に切り替えた。

 

堂上班の4人それぞれが犯行の瞬間に合わせて男に近付いて行き、ほぼ同じタイミングで自分と同等の立場の人間が存在していたことに気付いた。

堂上がハンドサインで郁の動きを知らせると、小牧と手塚は瞬きで返事をする。

歩調を緩めて郁が女性に声をかけるのを確認しながら、男にチャンスを与えてやる。スリは現行犯、が鉄則だ。言い逃れできない状況を作り出すためには、最も適した布陣が取れた。

 

 

「あのぅ、すみません。ちょっとお伺いしたいことがあるんですが、地元の方ですか?」

「ええ」

「よかったぁ!あの、駅の近くに焼きプリンが有名なカフェがあるって聞いたんですけど」

「ああ、知ってるわよ。『かじゅあぶ』ってお店ね」

「かじゅあ・・?」

「か じゅ あ ぶ。阿武さんってオーナーのカジュアルなお店って意味らしいわ」

「へぇ~!可愛い名前ですね~!」

 

郁が女性に声をかけた時、男は背を向けて顔を見られないようにしていた。更に会話が続いていると、徐々に体の向きを変えながら女性との間合いを詰めてきた。

郁が店の名前に感激し女性との会話が弾んだ、調度その時、堂上たちが動き出したのが見えた。郁からは女性の肩にかけられたトートバッグは死角になっていて、犯行の瞬間は捉えられなかったが、仲間の動きだけで自分のやるべきことを選択した。

会話の途中で「ごめんなさい」と小さく声をかけながら、女性の両肩を掴んで自分の方へ引き寄せ、男との距離を取って間に自身の身体を入れる。万が一、凶器を持っていた場合の被害者の安全確保だが、幸い男はそこまで凶悪ではなかったようだ。

 

突然目の前の獲物が遠ざけられ、長身の女が現れる。

驚く以外の反応が出来なかったのか、右手に厚みのある黄色い財布を持ったまま呆けた顔をしていたが、手塚に肩を掴まれて無理矢理方向転換された時には事態の悪化に気付いたらしい。咄嗟に逃げようと走り出したところを堂上と小牧に取り押さえられた。

それはスマート且つスピーディーな犯人確保だった。

 

 

***

 

 

駅構内の一室で、警官を迎え入れての事情聴取に6人は付き合った。

そのうち5人が図書隊員で、しかも4人は防衛部特殊部隊員であることが分かると、立ち会っていた駅員や警官から納得の賛辞を贈られた。

 

聴取がスムーズに済んだため予想以上に早く解放され、6人は改札手前で一息吐くと揃って笑顔を見せた。

 

 

「毬江ちゃん!元気だった?春は忙しくって会えなかったもんね」

『はい!元気に大学通ってます。郁さん、教官されてたって聞きました』

「そうなのー!あたしが教官よ?ビックリだよねー」

「本人はこんな反応だけど、ちゃんと教官してたみたいよ?鬼教官だって」

『えー!それは見てみたかったですー』

 

 

 

3人とも嬉しそうだね。女子会したいって言うのもわかる気がするな」

「楽しそうではありますが、姦しいって言葉がピッタリですね」

「たまにはいいんじゃないか。女子会とやらをやってる間は、俺たちは男同士の時間が持てるってもんだ」

「・・・へえぇ!堂上からそんな理解ある言葉を聞けるとはね!」

「どういう意味だ」

「笠原さんから一時も離れたくないって思ってるの、バレバレだけど?」

「そうですね。『たまには解放しろ!』と麻子が愚痴ってました」

 

小牧が腹を抱えだし、堂上は耳を赤くして「小牧、覚えてろよ」と恫喝する。が、効き目は全く無さそうだ。

 

「手塚。柴崎さんの様子はどう?」

「ん。さっきも、お前と離れて大丈夫だったか?」

「・・・ご心配いただいて、ありがとうございます。大丈夫だとは思いますが、今後も注意して見ていきます」

 

手塚の真剣な目に、可愛い部下の決意を見て取れた上官の二人は、お互いに微笑んで応援の形を確認した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

6人は3組のカップルに戻って、それぞれの方向へ歩き出した。

 

 

毬江を家まで送る小牧は、繋いだ手をギュッと握りしめた。

「どうしたの?」

毬江が声量を気にせず話せる場所まで来た。

「さっきはごめんね。ずっと側にいられなくて」

毬江は首を振った。

 

「小牧さんのお仕事、理解してるつもり。だからああいう時、黙っていられないって事もちゃんと解ってる。我慢してるんじゃないの。私は小牧さんが後悔しない生き方を選んで欲しいと思ってるから、それを応援できるなら嬉しい」

 

少しゆっくりと、自分に言い聞かせるようにはっきりと。

そんな彼女の言葉は、小牧の心に素直に届く。

 

 

 

――ああ、俺は本当に君のこと――――

 

 

 

 

***

 

 

 

寮への道は慣れ過ぎて、せっかくの初デート感が消えてゆく。

手塚は柴崎の手を引きながら、今日一日を振り返っていた。

 

「麻子、明日からの仕事、大丈夫か」

「ん、ありがと。大丈夫よ」

「一正たちも心配してくださってた」

「・・・そう。じゃ、大丈夫って伝えておいて」

「わかった。でも、無理はするなよ」

「うん」

 

小さく返事をした柴崎は、手塚の腕にしがみついてきた。

 

「どうした」

「・・・光、今日みたいにちゃんと私の所に帰ってきてね」

「当たり前だろ」

「良化隊との抗争は、そんな簡単なものじゃないことくらい、私だって解ってるわ。最前線へ飛び出していく光に、いつでも笑顔で『行ってらっしゃい』って言いたいの。でもそれは、ちゃんと『おかえりなさい』が言えることが前提よ。だから、帰ってきてね、光」

 

普段の柴崎からは想像できないお願いに、手塚の心は鷲掴みされた。

立ち止まった勢いで体の向きを変え、その華奢な体を抱きしめた。

 

 

 

――いつからだろう。こんなにもお前のことが――――

 

 

 

***

 

 

 

国分寺へ向かう電車の中で、郁は柴崎と毬江との会話をポツリと話し始めた。

 

「毬江ちゃん、とっても強いですよね。小牧教官が犯人に向かって行くの、止めるどころか見守れるの。同じ女性として尊敬しちゃうな」

「お前だって、俺のことは止めないだろ」

「そりゃあ・・・同じ職種だもん。あたし自身が飛び出しちゃってるし」

 

顔を見合わせて吹き出した。

 

「柴崎も。手塚を送り出すの、怖いはずです」

「・・・事件が関係してるのか?」

「あ、いえ。あの事件関係なく。あたしのことも送り出すのが怖いって言ってたことがあって。だからきっと、手塚と想いが通じた今は、心配で堪らないんだろうなって」

 

柴崎の心に寄り添う郁の想いの強さを理解している堂上であっても、本当のところは嫉妬に似た気持ちが溢れてくるのを抑えられない。そんなことを言ったら、郁に引かれるのではないかと怯えているなんて、尚のこと言えない。

 

「大丈夫だ。手塚はちゃんと覚悟してる」

「・・・そうですよね。うん、手塚に任せます。柴崎がね、『これ以上の幸せが来るのかしら』って言うんです。今だって幸せなのにって。そう思わせてる手塚、凄いなって思うし」

 

「郁・・・お前は幸せか?」

 

普段の堂上からは想像できない控え目なお伺いに、郁は目を瞠ってから微笑んだ。

 

「幸せですよ?だって――篤さんと同じ景色見てるって思えてるから」

 

 

 

 

――あの日から変わらない郁がいる

  こいつはそういうヤツだ

 

  俺は出逢いの日から

  ずっと郁のことが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「好きだ」 「好きだ」 「好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

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