今回は、仕事中に何となく浮かんだフレーズが
懐かしい曲のタイトルで、勢いで書き始めてみました。
♪渡辺美里 「天使にかまれる」





ふと視線を動かせば、いつも自然にそこに留まる。

彼女の入隊当初から、それは全く変わらない。

 

俺の目の届くところに―――と切に願ったのは、小田原の抗争の裏で起きた稲嶺司令誘拐事件に彼女が巻き込まれた時だったか。

あの時俺は、一生分の後悔をしたかのような気分だった。こんなことになるのなら、俺自身にあった「連れて行かない理由」なんか無視をしてでも、認めるところは認めて小田原に連れて行くべきだった。

 

目の届かないところで、彼女は立派に護衛の任務を果たして帰還した。

無事だったことに安堵し、防衛員としての成長に喜び、今後の育て方に覚悟を決める。

今思えば、あの時に俺の気持ちの行方は方向づけられていたんだろう。

 

特別な意識をした覚えはない。

それは自然に、自覚を伴わずに。

 

 

――俺は彼女を大切な存在のカテゴリに入れた

 

 

 

 

 

 

 

天使にかまれる

 

 

 

 

 

 

 

「笠原!ペースが落ちてるぞ!」

 

玄田の声がグラウンドに響く。

防衛部全体訓練のハイライトは、『地獄のハイポート』と呼ばれる耐久レース。

周回数、制限時間を決めず、隊員各自の体力の限界まで走らせるものだ。

当然、時間経過とともに脱落者が増え、グラウンドを取り巻くように見物する者の姿が目立ってきていた。

 

そんな中、特殊部隊のメンバーは脱落する者は無く、黙々と走り込むのみ。

郁も女性ながらかなり頑張って喰らいついていた。

 

 

「そろそろ限界か」

 

緒形のちょっと不満気な口調に、玄田は口角を上げながら「拙いな」と呟いて息を大きく吸った。

 

「堂上っっ!! ちょっと来いっ!!」

 

先頭集団にいた堂上は、玄田の突然の呼びかけに慌てて足を止めた。

まだまだ走れた様子で、眉間に皺を寄せながら不本意感満載で玄田を見遣る。

 

「すまんな!」

 

今度は手招きだ。堂上は何事かと思いながら方向転換をして小走りに玄田の下へ向かった。

 

 

「訓練途中で何ですか」

「・・・アレ見ろ」

 

玄田が顎で示した方向には、先頭集団を追う第二集団。

その中の、一際華奢な体つきの一人が迷うことなく目に飛び込んできて、堂上は表情を曇らせた。

 

「隊長、止めていいですか」

「ん、そうしてやれ」

 

 

玄田の返事を聴くのもそこそこに、堂上は走り出して第二集団の中に混ざった。

しばらくして、集団から取り残されるようにコース上で足を止めて残ったのは、堂上と郁。

二人はゆっくりと方向を変えて玄田たちの元へと歩みを進めた。

 

 

「笠原、無理しなくていい」

 

目の前に立った郁に静かに玄田が告げると、顔を上げて悔しそうに見返してくる。

 

「隊長、すみません。部下の体調管理が出来ていませんでした」

 

頭を下げる堂上を見て、郁は慌てて「違います!」と一歩前へ出てきた。

 

「あたしが、ちゃんと報告してなくて。そのぉ・・・昨夜から、月のモノが・・・」

「それは班長に報告しろ。その上で訓練に参加しているなら、体力が尽きるまで参加させてやる。堂上もそのつもりだったろうに、報告が無いから止めたんだ。な、堂上」

 

玄田に話を振られたが、堂上はそれには明確な返事はせず、郁の横顔を見つめながら「気付いてやれなくてすまん」と囁いた。

 

 

 

 

 

 

郁が女性としての色々を報告してくれるようになったのは、入隊間もない時だ。

 

「訓練に差し支えるだろうから、体調面の心配事は必ず報告するように」

 

 

 

それは郁とした最初の約束事だったかもしれない。

以降、毎月の報告は欠かさず伝えられてきた。

無邪気な笑顔で。聞き流せるくらいに軽く。

 

郁にとっては、陸上競技を続けてきた中でコーチなどに体調の報告をしてきた経験上、全く気にする案件ではなかったし、上官に報告するのは特別な事とも思えなかったから何の感想もなかった。

 

 

―――が。

今日の郁はちょっと違った。

 

実は、外野の声が耳に入ってしまったのだ・・・。

 

 

 

◆◆

 

 

今年度、防衛部に配属となった女子隊員たちが食堂の隅で談笑していた所に遭遇した郁は、その中の一人の子に声を掛けられて足を止めた。

 

「笠原士長は特殊部隊でたった一人の女性ですよね。色々大変じゃありませんか?」

「んー、色々って?」

「例えば、毎月のアレとか、身体怠かったりしますよね。訓練休む時、なんて理由つけるんですか?」

「え?訓練は、よっぽどじゃない限り休まないよ!」

「えーっ!!そうか・・・やっぱり辛くても隠さなくちゃならないんですね。防衛部の方がまだマシかぁ。言えば休ませてくれるもんね」

「ううん。ちゃんと報告してるよ。その上で、無理しない程度に訓練してるの。だって、アレの時に良化隊が来るってことだってあるだろうし、ね?」

「・・・男の人ばかりですよね?それで話しちゃうんですかぁ?」

「うん。仕方ないでしょ。部下の体調管理も上官の仕事のうち、だもの」

 

防衛部の女の子たちは、眉を下げて憐れんだ様子で郁を見上げた。

 

「防衛部だって同じでしょ?上官たち、ちゃんと体調管理として報告受けてくれるんでしょ?だから訓練休めるんじゃないの?」

「それは、そうなんですけどー」

「えー?笠原士長は、嫌な思いしたことないんですかぁ?」

「嫌な思いって、どんな?」

 

郁には全く想像できない。毎月の報告の時、堂上から受ける嫌な思いなんて存在しただろうか、と考えれば考えるほど彼女たちの言っていることが理解できそうになかった。

 

「初めは、上官も恥ずかしそうに聞いてくれてたんです。最近は当たり前のように『どうすんの?休むの?』とか聞かれて。全然、労わってくれなくてー!」

「そうそう!中には周期を読んでる人もいて、『そろそろかー?』とか遠回しに言ってくるよねー」

「そんなこと言われるようになると、なんだか厭らしい目で見られてる気がして、ホントに嫌でたまらないんです!」

 

今度は郁が憐れんだ表情で彼女たちを見つめた。

 

「それは、あなたたちの上官たちが悪い。上に言った方がいいよ。女性蔑視だと思う」

「ですよね!ホント、男の人って、なんでああなんだろうっ!」

 

「ん、それも違うけどね」

 

郁の口調が少しだけ強くなって、彼女たちは驚いて見上げる。

 

「男の人たちみんながみんな、そんな目で見てるわけじゃないよ。現に、あたしの上官たちはそんな人、一人も居ない。アレの時に限らず、いつでも体調を気遣ってくれるし、ちょっとの変化も見過ごしたりしない。すぐに飛んできて確認してくれるもの。あたしの上官・・・って言うか、タスクの先輩たちは、本当に素晴らしい方たちばかりだよ!」

 

 

 

胸を張って郁は告げた。

心からの言葉は、そのまま郁自身を包み込む。

 

 

 

――あたしは 本当に 恵まれてる!

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

立派な図書隊員として育てると決めた時から、郁を一人の人間として大切に扱ってきた。

もしかしたら、女の子扱いとも取られる言動もあったかもしれない。でもそれは、女の子と意識したものでは無かった。あくまで人間として、郁を尊重してきた結果だ。

 

本当なら話すのも嫌だと思ってもおかしくは無いことも、隊の中では必要だと言って報告させなければならない。

出来るだけ無理強いに受け取られないよう、慎重に話を聞く。

男には想像も出来ないことが、女性の身体には毎月起きていて。いつだったか郁が「結構メンドクサイんですよ」なんてお道化ていたことがあった。

その一言が忘れられなかった堂上は、彼女の「メンドクサイ」を少しでも和らげてやりたいと切に願って、いつも報告を受ける時は「大丈夫か?」と心配の言葉を欠かさなかった。

 

実は、毎月報告を受けなくても、堂上には郁の周期が分かってきていたし、そうと思って様子を見れば、訓練が出来そうかどうか聞かなくても判断できていた。

だからこそ、今日の郁の体調不良は――――

 

 

 

 

 

「気付いてやれなくてすまん」

 

堂上の囁きは、郁の心を動かした。

報告をせずに訓練に参加したのは郁自身の判断だ。そして、黙っているからこそ手を抜けなくて、いつも通りの動きを心掛けて身体が悲鳴を上げた。

 

郁の走りを見ただけで、玄田も堂上も体調不良に気付いたと言う。

そこまでよく見ていてもらって、郁には感謝の言葉しか浮かばなかった。

 

「隊長!教官!本当に申し訳ありませんでした。そして、本当にありがとうございます!」

 

深々と頭を下げる郁に、玄田が慌てて「どうしたんだ、笠原!」とオロオロし始めた。

隣りで緒形がニヤリと笑った。

 

 

「いつも温かく見守っていただいてるって、本当によく分かったんです。

 あたしの中でタスクの皆さんが、男性の基準になってるってこと、誇らしく思えて。あたしは恵まれた環境に居るんだって改めて感じました。

 使える隊員と思ってもらえるように日々精進したいと思いますので、これからも笠原のこと見放さないでください!」

 

再び深々と頭を下げた郁は、「ペース落として走ってきます!」とグラウンドへ駆け出した。

その後ろ姿を眩しそうに見つめる堂上に、玄田は問いかける。

 

 

 

「・・・姫さんは天使だなぁ」

 

 

玄田の風貌から出た単語とは思えない、そのギャップに笑いを堪えられない緒形が「確かに」と呟く。

堂上は肯定していいものか、と迷いながら二人に向き直った。

 

 

 

「被弾まではいかないが、何かヤラレタ感じがするなぁ」

 

 

玄田の声は嬉しそうだ。

堂上も素直に嬉しかった。

上官として、男として、それ以前に人として。

郁にはちゃんと正しい人物像として伝わっているのだ。

郁自身が素直な性格であるからこそ、なのだが、それは本人は気付かないのだろう。

そこがまた、郁が天使だと思わせる所以だ。

 

 

 

3人の上官は顔を見合わせてそっと笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天使に噛まれた って感じでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堂上の心についた天使の噛み痕が

 

 

その日から消えることは無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

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