堂郁出逢いの日によせて?
1日前に投稿だけどね(笑)

「あの日」を郁ちゃん入隊の年から順を追って・・・





あの日

 

 

<正化31年>

 

早朝の特殊部隊事務室は、人の少なさからか空気は爽やかに設定温度低めかと思わせるほど浄化されていた。堂上はその空気を独り占めするように身体いっぱいに吸い込んでから、自身の席へと足を向けた。

 いつもそんな儀式のようなことをしている訳ではない。今日は、何となく、なのだ。その理由は分かっている。ただ、言葉にしないだけ。表情に出さないだけ。

 ふと着席する仕草の途中で、背後の席上の控え目なカレンダーが目に入った。それの本日の欄には、確か小さな印がついていた。ピンク色のペンで付けられた印は、持ち主の心情を表しているのだと思うと、何故か堂上の耳を赤く染めた。

 自覚しているがスルーして、堂上は朝のルーティーンへと作業を進める。

 

 しばらくして日勤隊員たちの出勤時間となり、第一陣の中に小牧が紛れ込んで登庁し、間もなく手塚もやってきた。いつもと変わらない風景なのだが、実は堂上は少しだけイレギュラーを期待していたので不満が顔に出てしまったようだ。小牧が、どうしたの?と質問を投げかけてきた時も、ついつい乱暴に「なんでもない!」と返答してしまった。

「それ、なんでもなくないでしょ。分かりやすいんだから隠すのやめときなよ」

 叱られているようで微妙に笑われて吐かれる小牧の言葉は、今となっては心地よく感じるから長年の付き合いというものは実に不思議だ。

 結局、不機嫌な顔を晒した理由は追及されることなくこの場を流された。そんな、なあなあな関係も有り難い。

 

 しかし―――と堂上は心の中で呟く。眉間に皺が寄るのは、スイッチなのかなんなのか。

『今日くらい、早く出勤して来い、アホウが!』

 ここには居ないもう一人の班員へ向けた一番言いたい一言を今、自身の奥へと押し込めた。本人に言ってみても仕方がないのだ。「なんでですかぁ?」と聞き返されるのがオチなのだから。それは試さなくても結果は見えている。

 

――はぁ・・・。

 堂上は誰にも聴こえないように溜め息を吐いた。

今日、ちょっと目覚めが早かったのも、出勤したてのデスクの上に、昨日の退庁時には無かった書類の束が瞬間移動だか増殖だかで積みあがっているのを見て「仕方ないな」の一言で片づけられたのも、コーヒーでも飲もうかと思った時に何気なくティーバッグに視線が泳いだのも、あのカレンダーの印に耳を赤くしてしまったのも・・・元はと言えば「今日」という日の成せる業だというのに。

こんなにも「今日」を気にしているのは俺だけか!と拗ねたい気持ちになっていることを誰かに言いたい―――実際は死んでも言えないが。

 

堂上が一人、悶々として朝の時間を過ごしていると、それは本当に普段通りに特殊部隊の末っ子娘が元気印満開の笑顔で登場した。その明るさ爆発の挨拶に事務室内の空気が一変し、皆が今日一日のエネルギーチャージに力を注ぐ。

「小牧教官、おはようございます♪」

「おはよう、笠原さん」

「手塚、おはよ」

「おう、おはよう」

「堂上教官!おっはようございまーす!」

「・・・ん、おはよう。笠原、朝から無駄に明るいな」

「えー?そうですかぁ?いつもとおんなじですよぅ」

 その幼稚園児のような語尾の伸ばし方は何とかならんのか!と通常仕様のツッコミを入れつつ、「う」の母音の形に固定されている口元をサラッと流し見てしまって堂上は心底『失敗した』と思った。そんな顔―――可愛いだけじゃないかっ!などと思いついてしまったことを絶対に誰にも悟られてはいけない。

「今日の堂上は、ちょっと違うんだよねぇ」

「え?そうなんですかぁ?・・・きょうかん?具合悪いですか?」

「何ともない。俺のことはいい。そろそろ朝礼だ」

 へーい!と気の抜けた返事をする郁に、手塚が鉄拳制裁で教育的指導を入れ、小牧は眉を下げて「ご愁傷さま」と小さく手を合わせた。

 

 なんてことない。見える部分は、いつもの堂上班の朝だ。これが通常で、これでなければ一日は始まらない。それでいい。それでいいのに、堂上の心の中には小さな傷がパクリと音を立てて開いた。

 

そんな朝だったが――――

 

 

** **

 

 

「教官、お願いします!」

 

傍らに立つ郁が差し出したそれは、少なくともこの迂闊な部下の手から届けられる物として、この時間にはあまりお目にかかれない代物だった。思わず「何した」と凄んで見上げてしまったのを許して欲しい。堂上の心無い言葉を聞くなり郁の目はじわりと涙を溜め始め、反抗的に「何かしたの前提ですかっ!」と喰ってかかられた。

「いや、すまん。ちょっとビックリしただけだ」

 そんなの理由になるわきゃない、とも思ったが既に口から出て行ってしまった言葉にイーバックは有り得ない。何か更なる言葉をつなげようかと思ったのも束の間、郁はサラリとハッキリと放ったのだ。

 

「今日は、ちょっとでも成長した姿を誰かに見せたかったんです」

 

それだけです、と今度は下を向いて小さく言った。

 堂上は目を瞠り、手元の日報に視線を移した。そこにあるのはまさしく郁が書いた文字たちなのだが、いつもの丁寧さに更に神経を遣ったと思わせる丁寧さを載せて、今日一日の彼女の仕事ぶりと想いと振り返りが書かれていた。

 一通り目を通して判を押し――サッと郁の前に差し戻す。「いいぞ、お疲れ」と、努めて通常仕様で声を添えた。

 郁は日報を受け取り深く頭を下げて、お疲れ様でしたっと自席へ戻る。机の下から登庁用の小さなバッグを取り出して、今度は事務室内へ向けてのお辞儀をしながら一日の締めも元気印の挨拶を皆に届ける。オヤジの域に足を踏み入れつつある先輩隊員が多い中、夕方の郁の挨拶は一日の疲れを吹き飛ばす必須アイテムだ。

 

 こうして堂上と郁以外は通常通りの一日を終えていく。

 さっきまで郁も通常通りなのだと、勝手に推測して存分に拗ねていた堂上が、すっかり柔らかい空気を纏い出した。それに気付かない小牧ではない。手塚が数分遅れて郁の後を追うように退庁したタイミングで、堂上の傍へ椅子を転がしてやってきた。

「ね、どうしたの?」

「なんでもない」

「なんでもなくないって言ってるじゃん!俺にはお見通しなんだけど?」

「・・・だとしても、お前には言わん!」

 今度は小牧が盛大に拗ねる用意をしたのだが、その途中で何かに気付いたらしい。吸い込んだ息を全て吐き出すかのように「そぉぉぉかぁぁぁぁ」と意味ありげと受け取れるくらいに音階を上げた言葉尻を堂上に向けた。

「ほんっと、笠原さんって可愛いよねぇ」

「なんでそうなる」

「だってさぁ。彼女、そんな素振り億尾にも出さなかったよ。館内警備中、何だかいつもよりしっかりとしてるなぁっとは思ったけどさ」

 小牧から報告された「今日の笠原郁」は、先程本人の日報で粗方知ってはいたのだが、視点の違う話となれば他人の主観も入り交ざり、更に背景にまで色をつけるように世界が広がっていくから面白い。新たに聞く話として自然に頭に入ってきて、それがまた心地よく感じる。

 

「うん、警備中に何度か感じたよ。ちょっとは成長したなぁって。まだまだ新人の域は超えられないのは仕方ないけどね。タスク配属になって・・・んー、やっと3ヶ月かぁ」

「そのちょっとの成長でも、目に見えて現れてるならそれでいい。俺の苦労を無駄にしてほしくはないからな」

「ふっ・・・苦労、ね。それは上司としての苦労?それとも王子様としての苦労?」

「っ!!小牧ぃぃぃ!!」

「ぐふっ!・・・ゴメン、つい。今日が、まさにその日だったなんて、すっかり忘れてたからさ。俺は」

 堂上は苦りきった表情で小牧を睨んだ。それが精一杯になってしまったのは、最後に付け足された「俺は」に続くであろう言葉が頭に浮かんだからだ。

 

 

――でも堂上には忘れられない日、だよね

 

 

 今の自分の原点の日、と言っても過言ではない。――なんてこと、自分の心の中以外に持ち出すことは絶対に無いのだが、いつもそれを思う時は「墓場まで持っていこう」てな具合に頑なに蓋をする一項目だ。

 誰に知られることは無い。自分だけが分かっていれば、覚えていれば、それだけでいいはずの一日だった。少なくとも去年までは。

 それが、今年からは少しだけ違うのだと気付いたのは、恥ずかしながら、本日を含めたシフト作成のために、休日の希望を班員から聞き集める時だった。

 

「あのぉ、一応印を付けましたが、この日は無理にってわけではありませんので」

 遠慮しながら郁が指差して伝えてきたのは、10月4日に付けられた三角印のことらしい。

「希望は聞くが、必ず休みが取れるわけでもない。だから遠慮して“三角”になんてすることはないぞ。副隊長が他の班と調整していく目安ってだけだからな。逆に、どうしてもの時に“二重丸”つけろ。公休日にならなかったら有休でも取ればいい。新人でも数日はもらえるからな」

 郁は小さく返事をしただけだったと記憶している。元気が無くなったようにも見えて、少しばかり意地悪な言い方になったかと反省しつつ、実は心の中はあることに気付かされた歓喜と戸惑いで混乱していた。

 

 郁が104日に印を付けた。――ただそれだけのことなのに、堂上にとっては大きな意味を持っているということに、改めて気付かされた。

 その印の理由を誰かに話したわけでもない。いや、そんなことは話せない、絶対に。だからこそ、堂上だけの密かな案件となっていた。密か、と言いながらチェックリストのトップ項目であったが。

 

 緒形へ提出する際、どうしたものかと躊躇ったのは、郁の希望を通してもらえるように一言添えるべきか、通常通りに副隊長権限にお任せして知らない顔をするべきか。

 よくよく考えて、堂上は後者――緒形に一任という形を選択した。なぜなら、緒形にお願いして班の公休日にあててもらったとしたら、堂上が郁と顔を合わせるのは「偶然」という天だか神だかの力が働くような場面でしか在り得ない、ということに気が付いたからに他ならない。

 単純に、堂上は郁に逢いたいと思った。「その日」を過ごす郁の姿をみてみたい。どんな表情で、どんな声で、どんなテンションで一日を過ごしてくれるのか。これまでの普段の郁を思い出せば、自然に想像出来ることではあったが、その自分の固定概念を破壊するくらいの神がかった行動を取るのが笠原郁、その人なのだ。

 予想以上? 予想外? いや、斜め上?? ドンと来い!だ。

 

 堂上の密かな願いは、緒形の采配によって叶えられた。

シフト表を手渡されて一番に確認したのが「その日」の欄だったとか、心の中でガッツポーズをしただとか、シフト表を見て少しがっかりした郁の横顔にひっそりと謝罪したこととか、郁の机上のカレンダーが10月に切り替わってから毎日落ち着かなかったとか・・・

 

――俺はガキかっ!!

 

自嘲する。こんなに毎日に変化を齎すことだとは夢にも思わなかったから。

 

だから今後『その日』くらい、俺は俺の中でだけ、笠原が言う所の『王子様』って奴になってやろうじゃないか。

笠原が“誰か”に成長した姿を見せたいと、いつも通り、だけど細やかに配慮することに専念して一日を過ごすことを『その日』の自分自身に課したのならば、俺がそれを見届けてやらなくて誰が見届けるんだ!

 

 

 

<正化32年>

 

緒形が隊長室からプリントの束を持って事務室内へ移動してきた。そろそろ出るぞ!と、子供のようにワクワクしながら待ち侘びていたモノが、やっと手元にやってくる瞬間だ。

「遅くなったな。次のシフト表だ。有休申請は早めに―――

「副隊長!俺っち、この日な!今、有休申請書くから!今、な!」

「あーっ!進藤一正、ズルいですよー!全員に配られてから申請しましょうよー」

「へへん!早い者勝ちってもんだろ」

 毎月恒例とは言え、緒形は呆れるほかない。手元から引っ手繰られたシフト表の束から数枚を抜き取り返し、他人の振りで事務仕事を熟す堂上をはじめとする「タスクの常識チーム」にそれを回してやる。その中に、辛うじて郁も滑り込んでいた。

 

――あ。公休日だ・・・

 

郁の表情が僅かに動いたのを視界の端に映し、堂上は満足そうにコーヒーを啜った。

郁が提出した休日の希望には、「その日」に印は無かった。遠慮したのだろうと勝手に推測する。そして、去年の謝罪の意味も込めて、堂上が自身の希望に二重丸を付けた。

 

去年はまだ、郁と共有する時間と言ったら業務中に限られていた。必ず公休日が一緒ではあるのだが、だからと言って「どこかへ出かけよう」とか「メシでも食いに行かないか」などと軽く誘えるような間柄でも、辛うじて上官という立場を最大限に利用しての命令にも似た誘い文句でさえ言えるような間柄でも無かった。――が、今年はちょっと違う。少なくとも、寮の共有ロビーや近所のコンビニなどで偶然(を装って)顔を合わせたり、その延長で世間話に近い会話が出来たり、時と場合によっては軽く食事をしてみたり、といったことが自然とまではいかなくても、周りの目を必要以上に気にすることなく出来るようになっている。

だから、堂上班の公休日を郁に捧げた。

郁は、「その日」をどう過ごすのだろう――と想像しながら。

 

 

** **

 

 

「はあぁぁぁぁぁ」

 

「なんて豪快な溜め息吐いてんの?!」途端に上戸に入る小牧を横目に、郁は更に溜め息を数秒零した。そんなに存在を主張する溜め息も珍しいな、と嫌味な声を響かせた手塚のことは軽く無視だ。

そう―――郁は機嫌が宜しくなかった。心配性の班長が席を外しているのをいいことに、郁はその後も溜め息のオンパレード。最終的に手塚に鉄拳制裁を喰らうほどに荒れていた。

「どうしたのさ」

「・・・明日」

「え、明日?公休日だけど?」

「はい」

 小牧の答えに肯定しながらも眉間に皺を作って、やはり「はあぁ」っと溜め息を吐く。

 

――お休みじゃなくて良かったのになぁ・・・

 

 それは誰かに聞かせた訳ではないらしい。机に突っ伏し顔を90度横に曲げて、小牧と手塚からは表情が見えなかった。しかし聴こえてしまった郁の本音らしき呟きを、小牧がキャッチしないわけがない。

すかさずカレンダーを見る。明日は104日。ん―――『あの日』か。

 

「――ああ!なるほど」

 突然の小牧の明るい声に、手塚が怪訝な顔で見つめ、郁はゆったりとした動きで上体を起こすとクルリ椅子を回転させて小牧に向いた。

 目が合ったが小牧はニコニコするばかりで何も言葉を発しない。こんな時は疑問を投げかけても「自分で考えてごらん」とかなんとか誤魔化されるのがオチだ。郁だって学習済みだ。

「な~んだ」と子供のように呟いて、再び自身の机に突っ伏し始める郁は、その後、班長が戻ってくるまで一人盛大に拗ねていた。

 

 

 

** **

 

Title:笠原さんが!!

 

笠原さんね、何だか拗ねてたよ。

もしかしたら、明日の予定が変更になったのかな?

理由は分からないから、

班長、フォローよろしく!

 

 

 

 

 

 

 

「――ん、いいぞ。お疲れ」

「・・・お疲れ様でした!」

 

 普段と何ら変わりない夕方の特殊部隊事務室で、郁は最後まで苦戦していた日報を漸く提出し判を押してもらえた。そして、お疲れさまの挨拶もしてしまった。――もう、退庁するしかあるまい。

 未練がましく「忘れ物はー・・・無いよねぇ」と一人呟きながら、デスクの下から登庁用のバッグを取り出すと、本当にもう帰寮するしか選択肢は無い。一気に絶望感が襲ってきて、郁は小さく溜め息を吐いた。

「笠原―――」

 堂上が低く呼ぶと、ぴょんっと郁の身体が跳ね上がったように見えた。

「は、はいっ!なんでしょうか」

「お前、明日の公休日は、何処か出かけるのか?」

「えーっとぉ・・・そのぉ・・それは・・・」

「ああ、すまん。残業に入る前にちょっと休憩でもと思ってな。話し相手が欲しかっただけだ。気にするな」

「そう、ですか。じゃあ、コーヒーでも淹れてきますね」

 郁は持っていたバッグを机の上に置くと、そそくさと給湯室へ向かった。その背中を目で追った堂上は、「小牧、これでいいんだろ?」と誰にも聴こえない声量で愚痴のように零した。

 

 

** **

 

目覚めはいつもと変わらない時間だった。出勤ではないのだから、もっとゆっくりしてのいいのだが、やはり体内時計に組み込まれた部分は変更が難しいものだ。

堂上は一度深く息を吐いて、腹に力を入れてベッドから立ち上がった。支度をして朝食を摂りに行ってから考えることにする。

 

公休日の朝に隊員食堂へ行くのは、出勤隊員とかち合わないよう時間をずらしている。自身の休日のタイムスケジュールが融通の利く限り、それは暗黙の了解で守られていた。

食堂の入り口で、見慣れた長身の姿を捉えた。迷うことなく声をかける。

「笠原!」

「あ、教官!おはようございます!!」

 それはいつにも増して元気いっぱいな笑顔――だったと思うのは堂上の欲目か。

「ん、おはよう。公休日も無駄に元気だな」苦笑したつもりだが、間違っていなかっただろうか。何故だか今日は、油断すると口角があがってしまっているような気がする。

「むーっ!無駄、無駄ってぇ。『病は気から』って言いますからね。フリでも元気だと思わせられれば、病もどこかへ飛んでくってもんです!」

 鼻息荒く・・・という表現が板についていると言われそうな勇ましさ。

「なんだ。元気なフリだったのか」

「え・・・」

 途端に、そんなことはぁとか、言葉のあやでぇとかゴニョゴニョと口の中で言葉を転がし始める郁。堂上はクスリと笑って「行くぞ」と食堂内へ誘導した。

 その時の郁の「はい!」という元気な返事は、決して「フリ」では無いと思えた。

 

「で?今日の予定はどうなったんだ」

「あー。えーっとぉ、やっぱりキャンセル?かなぁ・・・」

 歯切れの悪い返事。これはウソなのだと判断した。が、敢えてそれには突っ込まずに、堂上は用意していた話を始める。

「妙齢の女が、せっかくの休日に予定無しとか。お前、ホントに寂しいヤツだなぁ」

「わっ!だから、ドタキャンされたって言ってるじゃないですか!」

「だとしても、それも見越しておくべきだろう。キャンセルされた時にどうするか」

「ぐっ・・・そ、そうですね。そこまで考えてませんでした」

 でも、寮にいるなら、掃除とか洗濯とかやることはありますからねーっと、多分昨夜から拗ねて悩んで導いた落とし所なのだろうと思える答えに、堂上はまたクスリと笑う。

 

 夏に郁が巻き込まれた「砂川事件」は、寮内での郁の居場所を一瞬にしてさらっていった。殆ど部屋から出ないで過ごす休日は、想像するだけでも辛いものだったと思うのだが、郁はそれを一人で黙って耐えていた。

時折、堂上班のメンバーや柴崎で外に連れ出す秘策を練って、何とか気分転換をさせてやろうとしたことを昨日のことのように思い出す。寮で過ごす一日という選択肢を郁自身が思い出せたことが、堂上には素直に嬉しかった。

 

「それ、俺も休日にやることのトップ項目だな。でも午前中には全部終わるだろ」

「ですねぇ。そんな広い部屋でもないし」

 洗濯だってマメにやってるので、ときっと意識はしてないだろうが女の子らしいことも付け足して。

「なあ、それなら昼飯おごってやるから、午後付き合え」

「えっ!!」

「本屋とドラッグストア。休みの日にしか買い出し出来ないからな。お前、荷物持ち要員」

「え~っ!あたしも買いたいモノありますよう!」

「そうか、じゃ、決まりな」

 冷めるぞ!と堂上に声をかけられ、郁は呆けていた意識を取り戻す。慌ててご飯をかきこむ郁の頭に、向かいから手が伸びて、

「ゆっくりでいい。時間はたっぷりあるからな」

 優しく囁かれた言葉は、郁を真っ赤にさせた。その理由はこの際気にせず、お互いに一日の流れを想像して心が弾むのを抑えられなかった。

 

 

** **

 

 

Title:楽しかったかい?

 

思いがけず、いい休日になったみたい?

「もし予定が無いようだったら、班長として

 お昼ご飯くらい連れ出してあげなよ」って

アドバイスしておいたんだけど。

あいつ、上手く誘ったかな?

 

 

 

 

 

 

――小牧教官、ありがとうございました!

 

そうか。小牧教官にはバレバレなんですね。

あたしが拗ねてた理由・・・。

 

今日が公休日で、すごく残念だと思ってた。

仕事が無かったら、堂上教官に会える確率少ないじゃん!って。

寮とか食堂とか、運が良くなきゃ公休日に会えることなんてないんだもん。

 

だから――朝の食堂くらい、なんとかチャンスをものにしようと思って。頑張って起きたの。教官は多分、いつも通り早起きで、出勤隊員と時間ずらして行くだろうと思って。

 

 夢のような一日でした。

 時々、査問後の寮の様子とかあたしの体調を気遣ってくれるの。

嬉しくて泣きそうだった。

 

 もう王子様は卒業したから。

 これからもあたしは教官の背中を追いかけていきます!!

 

 

 

 

<正化34年>

 

それは9月も中旬に差し掛かる頃。堂上班は特殊部隊事務室で事務仕事を熟していた。

7月のあの台風の日の出来後は、未だ郁を筆頭にそれぞれの心に大小様々な傷を残してはいた。だが大怪我を負った堂上はその後の経過が順調で、もうそろそろ基地近くの病院への転院が決まりそうであった。転院後、本格的なリハビリが開始されることになっている。

郁はその話を聞いた時、心の底からの安堵を表したという。それはそうだろう。唯一、郁は堂上の、もしかしたら助からないかもしれないと思わせるような姿を見ているのだから。

 

静かな事務室内で、緒形が突然「これは・・・」と呟いて堂上班へ顔を向けた。

「おーい、小牧。来月のシフトのことなんだが」

「はい。何か問題ありましたか」

「いや、ほぼ完成でな、今、配布するために表にしてる。過去のものを引っ張ってきて作り直ししてるんだ。で、去年と一昨年のを見たらな、お前たちの班、この日は2年連続で公休になってるんだが。今年は誰も希望がなかったから勤務にしたが、大丈夫か?何かあるんじゃないのか」

「うーん、いつですか?」

104日だ」

 言われてすぐに、小牧と郁の視線が合った。

「なんだ?笠原か」

「え、いや、違います!去年も一昨年も印はつけませんでした。その前は・・・三角にしたけど」

「ん?三角?――そういえば、そんなのを見た記憶があるなぁ」

「去年と一昨年は、きっと堂上かな」

「え!そ、そうなんですか?!」

「ああ、笠原さんが希望してないんなら、きっと堂上だよ」

 小牧は毬江に向けるような甘い笑顔で郁を見る。その甘さは、誰かに共通するものがあり、郁は真っ赤になるしかない。

「一体、何だ?」緒形の疑問に小牧が「いいよね」と郁に断って、

「副隊長、この日って、堂上が見計らいをした日です」

 小牧の声が清々しく響いて、郁の小さな胸は波打った。今の気持ちをどう伝えたらいいのか、分からないまま郁は俯き、膝の上で握って揃えていた手の甲にぽたぽたと水滴が落ちるのをただ見ていた。

「笠原さん――」小牧が郁の背中をトントンと叩く。緒形も手塚も顔を見合わせ眉を下げた。

「す、すみません。ビックリして・・・教官が、あの日のこと覚えててくれたのが嬉しくて。きっと辛いことの始まりだったはずだから、忘れたい日だろうって思ってたんです。でも、あたしにとっては凄く大切な日だから」

「うん、笠原さんが大切と思ってるのに、堂上がそう思わないわけないじゃない?」

 郁は勢いよく顔を上げる。そして過去3年間のこの日のことを思い返す。

 

一年目は、王子様の正体を未だ知らずに、とにかく図書隊員として頑張ってる姿を見せたいという気持ちだけで一日を過ごした。後になって気付いたのは、その日の日報の堂上の判の横に「励め」と一言、癖のある文字で書かれていたこと。後に王子様が堂上だと知って一番に思い出した悪筆の一言に、ひっそりと涙を流した。

二年目は、王子様の正体を知った上で迎えた。普段通りに一緒に仕事が出来れば幸せだと思っていたのに、公休日になっていてとても残念で盛大に拗ねていたのを覚えている。小牧に気持ちを気付かれ、助けもあってその日の朝に堂上と出掛ける約束が取れた。本屋でお互いに好みの本を薦め合ったり、日用品の買い出しで菓子ばかりの郁のカゴに酒のつまみを放り込んでくる堂上にデザートで仕返しをして笑い合ったり、基地までの道のりをゆっくりと話しながら歩いて帰ったり――幸せな一日になったことを感謝した。

去年は、偶然にも前週に特殊部隊の全体会議で、茨城県展への派遣が発表され、郁は大混乱となっていた。眠れない日もあったが、堂上班と柴崎が安心させようと懸命になってくれていた。そんな中迎えたその日。堂上は郁を自主練に誘った。柔道場で乱取りを続けると、それまでモヤモヤと悩んでいたことを思い出す暇もない。ランニングも隣町を越えて川沿いまで行き、自然の風を感じてリフレッシュできた。気持ちの切り替えを手伝うような堂上の配慮に、郁は部下として幸せを噛みしめた。

 

「笠原、どうする?休みにしてもいいぞ」

「・・・いえ、大丈夫です。元々、あたしは半休を頂いて、教官の所へ行こうと思っていたんです。その頃はきっと、こっちに転院してるだろうから、リハビリのお手伝いも出来たらなぁって」

「そうか、それは堂上も喜ぶだろうな」緒形の声は郁の背中を後押しした。

 

 

** **

 

 

「郁――――」

 

 

 部屋のドアを開けると、ノートパソコンから目を離した堂上が郁へと右手を伸ばす。

 郁はそれに吸い込まれるようにゆっくりと近付いた。

 

「待ってた」

 

 堂上の掌に辿り着いた郁は、いつものようにそのままふわりと抱きしめられると思っていたのだが、堂上は郁の手を強引に引くことは無かった。

 その代わり、郁の両手を一纏めにして左手で握ると、空いた右手を挙げて―――

 

「お前を撫でてやりたくてな」

 

 頭に掌を置いて幾度か弾ませた後、髪に指を絡ませる。

 それは『あの日』のように―――

 

 

※ここで過去作「想いが届く時」を読まれると話が繋がります。その後です

 

<正化37年>

 

公休日が明け、夫婦そろって登庁すると、目の前に進藤が迫ってきた。

 堂上は理由が分かって眉間に皺を寄せ、郁は何事かと腰が引ける。

 

「堂上、伝言あ・り・が・と・う」

「進藤三監、おはようございます!」郁は二人の間に割って入る。

「お、おう。おはよう」

「では、失礼しまーす」と、堂上を守るように腕を引いてさっさと自席へ向かった。

 

 先日、基地報の10月号が発行された。その中には、郁と柴崎がインタビューを受けていた連載の最後の回が掲載されている。3ヵ月連続掲載されたこの記事を特殊部隊のメンバーは毎月楽しみにしていた。進藤はその筆頭だ。みんなの手を叩いてまで一番に基地報を奪い取って読んでいた。

 

「笠原―!お前、最新号は読んだのか」

「ほえ?最新号?・・・あ、基地報ですか」

「あれ?」っと進藤は疑問の表情を隠さない。そして堂上に視線を移す。

「・・・訊かれても教えませんよ」

「まあ、そう言わずにぃぃ」

 堂上の首に腕を回して進藤の説得態勢が整えられると、堂上の眉間は更に深く刻まれた。

「なんですかぁ?進藤三監、篤さんに絡まないでくださいよぉ」

「おっ!いや、堂上じゃなくても良いわけだな」

「あ、進藤三監!!」堂上が慌てて止めに入るが、悪魔は笑みを称えて郁に近付いていく。

 

「おい、笠原。最終回のアノ話って、何なんだ?」

「ん?―――ああ、アレですかぁ」

 チラリと堂上へ視線を動かし、何のアイコンタクトも取らずにそれを外して進藤へ笑顔を向ける。

「聞きたいですかぁ?」

「ああ」

「どうしても?」

「そりゃぁ、気になるからな」

「ふふ。じゃあ、進藤三監とカオリさんとの馴れ初めとか、プロポーズの時の話とか、その他色々を教えてくれたら考えます」

「は?」

 

 固まる進藤を余所に、郁は堂上に向き直り「聞きたいですよねーっ!」と同意を取り付ける。

「そうだな。そういう話、聞いたことなかったな」

「やっぱりぃ、こういうのって、先輩の有り難いお話を聞いてからでないと!」

「確かに。進藤三監、お願いします」

「お願いしまーす♡」

 これでは進藤はぐうの音も出ない。わなわなと震える身体に鞭打って、辛うじて立っているような感覚。悔しさも滲み出ている。

 

 

「進藤三監のお話を聞いてから、よーく考えてみますねぇ♡」

 

 更衣室行ってきまーす!と皆に声をかけて、郁は事務室を出て行く。

 その後ろ姿を恨めしそうに見つめる進藤だったが、ふっと表情を柔らかくして「なぁ」と周りにいる者に声をかける。

 

「姫さんって、あんな後ろ姿だったかぁ?」

 

 言われて皆が郁を見つめる。

 それは一本筋の通った美しい立ち姿。

 ブレることなく前に進む足取りに、全く負けてない存在感のある背中。

 

 

「ああ、アイツの背中なら――ずっと変わってませんよ」

 

 

堂上が零した言葉は、実際に時空を超えて見てきたかのような確信の声に乗る。

 

いや、本当に見てきたのだ。みんながそれを認めている。

 

 

 

「あの日から、何も変わってません。

 

あの日の背中もカッコよかったです」

 

 

 

 

 

 

『あの日』――――

 

 

 二人の未来が決まった日――

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

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