3日間の出張から教官が帰ってくるの。
郁ちゃんは居ても立っても居られなくて迎えに行くんだけど・・・






あいたくて あいたくて

 

 

 

 

 

――5  4  3  2  1  GO!

 

 

「副隊長!笠原、ちょっと外出しますので。もしかしたら午後の業務に遅れてしまうかもしれませんがぁ、その時は連絡を入れます!ごめんなさい、行ってきまーす!!」

 

 郁は緒形の返事も聞かずに事務室を飛び出した。残された特殊部隊の内勤の面々は、一様に呆けた表情で顔を見合わせた。その中で、緒形だけは思い当たる節があるのだろう。優しく微笑んで「ゆっくりしてこい」と小さく呟いた。

 

 

 

 3日間の名古屋出張を終えて、堂上が関東に帰還する。

武蔵境駅に到着する時間を昨夜のうちに堂上から聞き出していた郁は、駅まで迎えに行こうと思いついた。昼休憩に基地を出れば間に合う時間だ。もし昼飯の用意が出来ていなければ、帰りの道すがらテイクアウトなどして来ればいいし・・・などと妄想を膨らませた結果、ちょっと寝不足である。

 

 『時間が取れたら、駅まで迎えに行こうかなぁ』

 

昨夜の業務報告を兼ねた電話で、ついつい思い付きを匂わせてしまった。つくづく隠し事の出来ない人間だなぁっと反省しつつ、本当にサプライズだと教官も驚いちゃうから、とかなんとか理由をこじつけた。

 

 

 とにかく、一秒でも早く会いたい。

 顔が見たい、声が聴きたい。

 何より、ミスなく仕事をした3日間を褒めてもらいたい!

 

 

 郁の想いは単純だ。

 だがその想いが、実は複雑な乙女心を悩ませているのだということに、気付きそうで気付かない。外野がジレジレするばかりだ。

 

 

 あたしは気持ちに正直だよ!

 会いたいから、会いに行く!

 ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない!

 

 

 こうして郁は、堂上をお迎えすべく駅へと向かった――――

 

 

 

 

 普段訓練を怠らない戦闘職種が、トップスピードで走ったのだ。それはそれは軽やかな足取りで、電車の到着時刻より遥かに早く駅前に着いてしまった。

 郁は考えた末、駅の周辺で時間を潰すことにした。まずは本屋へ向かい、新刊や週刊誌の見出しなどのチェックをする。その後は、最近見つけたお気に入りのケーキ屋に寄ってみよう!とか、そういえば事務室のお花が寂しいから花屋も見たいな、などと考えながら。

 

「あ、この雑誌。春に検閲対象になってから、過激なところは鳴りを潜めてるなぁ。こうやってどんどん自主規制に走るわけかぁ」

 出版業界の厳しさは折に触れ聞かされているが、実際のモノを目にするとその涙ぐましい努力と検閲に対する憎悪で複雑な気持ちになってしまう。ついつい「負けるな!」と雑誌に向かってエールを送っていたりするのだ。

 

 そんな自分の姿を客観視して恥ずかしくなった郁が、チラリと視線を周囲に巡らせた時、視界の中に飛び込んできたのは“万引き”の瞬間だった。

 瞬時に気配を消し、犯人の動きに神経を集中させる。同時に店内の様子と店員の動向も確認する。客は他に十数人程度。店員は、レジに立つ年配の男性と本の陳列に動いている30代くらいの女性の二人。どちらも万引きには気付いていないようだ。

 郁は現行犯で捕らえることを想定し、犯人の動きに合わせて店内を移動した。店から出たところを取り押さえなければならない。危険を伴う行為ではあるが、これが出来る人材はここには郁以外居ないであろうことも想像がついた。

 

 一足先に店を出る際、犯人とすれ違ってきた。身長など体格差のデータも頭に叩き込む。近くで見ると手の節がゴツゴツとして、ある人の手を思い出した。それは普段は優しく郁の頭を撫でるのだが、いざという時は敵を迎え撃つ強い拳になる手。

 

――でもあの手は、いつも本を優しく扱うもん

  万引きなんて有り得ないもん!!

 

 怒りと共に、郁も細い指を畳んでギュッと拳を作る。力を込めた拳からそれらを解放した瞬間、店内から犯人がシレっとした表情で出てきた。

 郁は男の背後から肩を叩く。振り返った犯人にニヤッと笑いかけてやると、不思議そうな顔をしながらも女の子に笑いかけられた喜びだろうか、頬をあげて口元を綻ばせた。

 

「笑ってもダメ。万引きは犯罪だよ」

 

 郁の明るい声に、一時は「はい」と素直な返事をしそうな程の笑みを返していた男が、見る見るうちに表情を崩し始めた。逃げようと一歩足を引いた時、郁の手は男の片腕を思い切り引き込んでいた。

 

「あたしから逃げるなんて・・・百万年早いわっ!!」

 

 背負い投げ一閃。男の背中が地面に叩きつけられる前に少しだけ腕を引いてやる。「図書館内だったら容赦しなかったわよ」と嗤うと、犯人は一気に青ざめた。

 近くで一連を見ていた歩行者に向け「本屋の店員さん呼んで!この人万引き犯だから!」と叫ぶと、皆がわらわらと動き出してスムーズな犯人確保となった。

 

 

 

 

 

「あー、やっぱりもう基地に向かっちゃったかなぁ・・・」

 

 改札前でジャンプしながら奥を覗く。すでに堂上から聞いていた電車の到着時刻は過ぎていて、同じ電車に乗っていたであろう人の波も消えている。

 

 本屋の万引き犯確保で、その後警察の事情聴取に付き合った。現行犯逮捕なのだから仕方ないが、郁は堂上の到着が気になってそれどころではなかった。終始駅の方に視線をやり、堂上の姿が見えないか確認しながら説明していたのだ。

「教官の姿、見えなかったはずだけど・・・見落としたかな?それとも、電車一本遅れたかな?」

 どちらもありそうで判断に困り、郁は思い切って電話して聞いてみようと思い立った。

ポケットに手を突っ込むが――――「あれ?」っと動きが止まった。

「・・・うっそ!あれ?え?なんでぇ?!」

 何度も全てのポケットを確認するが、ケータイが見当たらない。

「・・・忘れてきた・・・の?」

 ガックリっと肩を落とす。そういえば、午後の業務に遅れるようなら連絡するとまで言ってきたのに。これでは皆に笑いのネタを提供するだけだ。

 

「ダメだ。急いで帰ろう」っと顔を上げた。基地への一歩を踏み出そうとした時、目の前に居たおばあさんに若い男が声をかけるのが見えた。ニコニコと一見優しそうだが、もう一人一緒に近付いてきた男の目は笑っては無く、郁は嫌な予感がした。

 何事も無ければいいと願いながらも、三人に注視してゆっくりと歩を進めると、やはり怪しい目つきの男が予感通りの動きをし始めた。

 

――今度はスリかっ!!

 

 

 バッグをおばあさんの視界から見えないよう、巧みに移動させているにこやかな男。優し気に話しかけている隙に、もう一人がバッグの中に手を伸ばす―――

 確認したら郁の行動は早かった。この手のスリは、普段の警備でも様々取り扱った。注意点を思い浮かべながら近づけば、緊張することなく男たちに声をかけていた。

 

「お年寄りをターゲットにするなんて、卑怯だね」

 

二人の背後から割って入り、両腕を広げて首に絡みつけた。話しかけ担当の男の方の腕には、絞め落とすつもりで力を込める。うげっと小動物のような呻き声を挙げたのを聴いて鳩尾に膝を入れた。蹲るのを確認して腕を離して、もう一人は空いた手で背中に拳を入れ、財布を持つ手を捻り上げた。膝から崩れたところで背に回り、地面にうつ伏せにさせて膝立てで取り押さえる。

「スリの現行犯です!鉄道警察呼んでください!」

 

落ちた財布を大事そうに胸に抱えたおばあさんが、郁に笑顔を向けていた。

 

 

 

 

 

 鉄道警察でも事情聴取を受けた。これはもう仕方がないことだが、出来ることなら簡素化して欲しい!と切に願った。願っても何も変わらないのだが。

 午後の業務はとっくに始まっている。遅刻どころの騒ぎではないだろう。連絡も取れないのだ。きっと帰還した堂上が鬼のように怒っているに違いない。ついつい足取りが重くなるのだが、とにかく基地に帰ろうと涙目になりながら走りだした。

 

 途中交差点で足止めされ、見ると杖をついたおじいさんが横断歩道を渡ろうとしていた。郁とは行き先が違うのだが、横断が困難と思われるご老人を放っておけなくなる。

「おじいさん、どちらまで行かれるんですかぁ?」

「わしかい?そこの病院までね、薬を取りに行くんだよ」

「そうですか。ここ、車の通りが激しいから、一緒に渡りましょうか」

「ああ、すまないねぇ。お嬢さん、ありがとねぇ」

 

 横断歩道を渡り終えても、おじいさんの感謝の言葉は終わらない。丁寧にお礼を告げられるのだが、郁はとにかく基地へ帰りたかった。

「ごめんね、おじいさん。あたし、急いでるの!」

「ほう、そうかい。それなのに、わしの面倒まですまなかったねぇ」

「や、それはもう、大丈夫だから!」新たな感謝に発展しそうだ。

「そんなに急いで、どこに行くんだい?」

「えっとねぇ、図書館!っていうか、あたし、図書館で働いてるの!仕事中なんだ、だから行きますね!」

  気を付けてね!っとおじいさんに最後の声掛けをし、郁は自身が向かう方向の信号が青になったのと同時に走り出した。

 

「ほほ!いやいや、早い!元気なお嬢さんだ」

 

 

 

 

 

 

 

  たった3日間の出張だと言うのに、景色が懐かしく感じられるから不思議だ。以前はこんな事は無かった。いつから関東を離れることに苦痛を感じるようになったのだろう?っと堂上は自身の中での微妙な変化に気付いて、少しだけ居心地を悪くした。

 

居心地が悪くなったのには理由がある。

昨夜、離れていた迂闊な部下から一日の業務報告電話をもらった時、「駅まで迎えに行こうかなぁ」っと呟いていたのを聞いた。確かな約束ではなかったし、本人も時間が取れたら、と言っていた。だが、堂上はその一言に大きな期待を寄せていたのだ――ということに気が付いた。駅の改札を出て、辺りを懸命に見渡し、そこに迂闊な部下の姿が無いことに落胆した瞬間に。

 

「・・・来ると言っていたわけではないからな」

 

 自分に言い聞かせるように吐き出した言葉は、何故か寂しさを連れてきた。途端に何かに噛みつきたくなるくらいの怒りにも似た感情が芽生えてきて、自分の気持ちの置き所が分からなくなっていた。

 

 気を取り直して基地へと向かう。――そうだ、帰れば会えるのだ!と、自身に浮かんだ前向きな気持ちに、少なからず動揺する。

 

「俺は、あいつに会いたかった・・・のか?」

 

 導き出した答えは、今までのあらゆる感情の正体に理由をつけてくれるようで、混乱して絡まっていた気持ちがスルスルと解けていくのを感じた。

 ひとつ見つけた鍵となる気持ちに、今日は素直に従ってみようと思う。いつもならすぐに搔き消してしまうのに、何故かそんなことはしたくなかった。

 

――どんだけだ!

 

自分にツッコミを入れたくなるほど、堂上の中で「会いたい」という気持ちが強く大きくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

訓練速度で事務室まで来た。基地の敷地内に足を踏み入れた時とはまた違った気持ちの高揚を感じ、堂上はそのくすぐったさに苦笑する。

穏やかな表情のまま扉を開け、「ただいま戻りました」と室内に声をかける。四方から「お帰り」の返事がありそれだけでホッとする。――が、望んだ声が聴こえてこなかった。

 

「堂上、笠原は?」

「は?」

 緒形の質問に真顔で答えてしまった。その迂闊な部下の所在については、堂上が聞きたいくらいだったのだが。

「笠原はお前を迎えに行ったんじゃなかったのか?」

「笠原には会っていませんが」

「そうか・・・じゃ、あれは何処に行ったんだ?」

 皆が不思議そうに考え始めた。緒形が思い出したように

「午後の業務に遅れる時は連絡を入れると言っていたから、もしもの時は連絡があるだろ」

 とこの場の空気を納得の方向へ導いたのだが・・・

 

 その後、午後の始業時間になっても郁の姿は無く、連絡も来ない。時間が経つにつれて堂上の眉間に皺が刻まれていくのを、隊員たちは遠巻きに確認していた。

「おかしいな。堂上、笠原に電話してみてくれ」と緒形の命令を受け、堂上が郁のケータイに電話を掛けると――――

「・・・おい。どこかでバイブの音がしないか?」

 青木が辺りを見回し、郁のデスクの前で足を止めた。机上の書類をひょいと避けると、そこに画面を光らせ小刻みに震える物体が鎮座していた。

「アイツ、ケータイ忘れて行ったぞ」

「あの大馬鹿がっ!!」

 堂上の怒りはMaxで、進藤は近寄りもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は一体、どこをほっつき歩いてたんだっっ!!!」

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 郁が特殊部隊事務室に戻ってきたのは、忘れ物発覚から50分後のこと。室内の空気は最悪だった。郁は扉を開けた瞬間から頭を下げて平謝り。だが、堂上の怒りは治まらない。

「基地から出るなら、ちゃんと行き先を告げて行くべきだろ。それもせずに、ケータイも忘れるほど慌てて出るとか、大概にしろっ!」

「はいっ!本当に、申し訳ありませんでした!」

 ずっと頭を下げ続けている郁に同情の雰囲気だ。堂上の怒鳴る間の息継ぎを利用して、緒形が郁に助け船を出す。

「まあまあ、堂上。もうそこら辺でいだろ。笠原も反省しているようだし。お前たち、午後は館内警備だったな。早く行ってこい」

「・・・了解しました」

「あ、ありがとうございます。行ってきます!」

 再び深く頭を下げた郁の首根っこを捕まえて、堂上はさっさと事務室を出て行った。

 

 

 

 

 

 図書館への通路を歩きながら、堂上はがっくりと肩を落としている郁に対する気持ちを、どう処理したものか考えあぐねていた。

 確かに、休憩時は何をしても構わない。だが午後の始業に遅れるのは許されることではないし、連絡がつかなかったというのも拙い。自分の怒りは上官として仕方のないことではある。が、一方では所在の分からぬ心配や、迎えに来るかも?と期待していたことへの落胆など、仕事とは別の次元の怒りがあることも認めるところだ。

 そんな上官としてなのか男としてなのか分からぬまま怒りをぶつけてしまったことは、少しばかり反省すべき点である。落ち込んでいる郁には、もう怒鳴ることは止めようと思いながら、恐る恐る声をかけた。

「笠原、昼休みのことはもういい。これから警備なんだから、ちゃんと前向いて歩け」

「はい・・・すみません・・・」

 いつもならすぐに気持ち上向きな郁が、なかなか笑顔を見せないことに焦りを覚える。

 

郁の様子を注視しながら館内へ入って、少しした時だ。傍に寄ってきた一人の利用者が、郁の背中に声をかけてきた。

「あのぉ、お嬢さん」

「・・・あ!さっきのおじいさん!お薬、間に合いました?」

「はい、お陰様で。本当にありがとうね」

「いえいえ。・・・って、まさか、わざわざ寄ってくださったんですか?!」

「帰り道だからね。もう一度顔を見てから、と思ってね。会えてよかったですよ」

 郁はしきりに恐縮がって、何度も「もういいですから」と老人を窘めた。

 

「笠原、こちらの方は?」堂上が痺れを切らせて質問してきた。

「あ、あのぉ……さっき交差点で会ったおじいさんでぇ」

「わしの脚がこの通りなので、道路を横断するのが心配だったようでね。一緒に渡ってくれたんだよ。急いでいたのに悪かったねぇ。あなたこそ、間に合ったのかな?」

「あ……はい、大丈夫ですよ」

  郁はニッコリと老人に笑いかけた。その横顔を、堂上は盗み見る。先ほどの落ち込み具合はどこへやら。すっかりいつもの笑顔を取り戻しているようだった。

 

 

 

 

 

 

  堂上は、館内警備に入る前とは違った緊張感を感じていた。これは郁が…というよりは、堂上が纏っている緊張感だろう。

  郁が午後の始業までに戻って来られなかった理由の一旦が分かった。その内容は責められるものではない。むしろ褒めてやりたいくらいなものだ。だが、事務室に帰ってきた直後あんな雷を落とした手前、改めて褒めるという事は何となく躊躇する。しかし、これを無視して良いわけがない。堂上は腹を括る。

「笠原。そのぉ、なんだ。午後の始業に遅れてきた理由は分かった。きつく怒鳴ったりして悪かったな」

「えっ!?いや、教官、違います!あのおじいさんに会う前に、すでに始業時間は過ぎていたんです。だから、遅れた理由にはなりません。叱られて当然ですから、気にしないでください。本当にごめんなさい!」

 またもや深々と頭を下げる郁を見て、堂上は何故か心が凪いだ。

遅刻の本当の理由など郁が語らなければ分からない。ならば堂上が言うように、おじいさんの一件を理由にしてしまえば、改めて謝ることもないだろうに。この娘はとことん正直なのだ。そんな郁に浮かんでくる感情は、いつものように掌に乗せてやる。

 

「お前は、いい子だな」

 

 怒鳴ってしまった反省も込めて、いつもより丁寧に郁の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 一階の警備を終え休憩と相成った。その後は二階の警備へ向かう予定だ。休憩に入ることを防衛指令室へ無線で告げると、堂上は「そういえば昼飯食ってなかったな」と零した。

「軽く何か腹に入れとくか。・・・笠原、お前―――」

 ちょっと待ってろ、と言おうとして振り返ると、郁が眉を下げていた。

「どうした?まさか・・・お前も食ってないのか?」

「はい・・・それどころじゃなくてぇ・・・」

 少し涙が滲んでいるのを確認してしまい、堂上は慌てて「食いに行くぞ!」と腕を掴んで引き歩いた。郁は言われるまま隊員食堂へ連れて行かれ、サンドウィッチを選んでやっとこ昼食にありついた。堂上も同じものを選んで、さっさと食事を済ませる。警備の休憩中だ、ゆっくり食べてはいられない。

 ほぼ同時に食べ終えたところに「あ、いたいた!」と柴崎が駆け込んできた。

 

「笠原!あんたにお客さまよ!」

「ん?客ぅ?」

 

 

 

 

 

 

 柴崎に急いで受付カウンターへ向かうように言われ、堂上と共に駆け出した。

 着いて辺りを見回していると「笠原さん!」と澄んだ声が届いた。

 

「笠原郁さん。良かったわぁ、警察でお名前を聞いてきて」

「あ!おばあさんでしたか。事情聴取、お疲れ様でした」

 ペコリと頭を下げる郁の斜め後ろで、堂上は二人の会話を聞いていた。

「助けていただいて、本当にありがとう。ちゃんとお礼が出来なかったから、警察の方に無理言ってあなたのことを聞いてきたの。良かったわぁ、会えて」

「あたしが急いでたから。最後までお付き合い出来なくてごめんなさい」

「いいのよ。お仕事の時間、迫ってたんでしょう?鉄道警察の方、図書隊のことよくご存じで。多分、昼休憩が終わってしまう時間だから急いでたんじゃないかって仰って」

「あははー。そうでしたか。だからあたしの我儘聞いてくれたんですねぇ」

 恥ずかしそうに頬を掻きながら笑う。郁に釣られて、客人も笑顔になった。

「あなた、本当に強いのねぇ。二人同時に捕まえちゃうんですもの。私、ビックリしたわぁ。でも、とってもカッコよかった」

「あはは。ありがとうございます」

 頬を染めて首を窄める郁。褒められることに慣れていない子供のような反応だ。そんな郁の姿を微笑ましく見ていたのだが、堂上にはどうしても気になったことがあった。

「あの、お話し中失礼します。笠原の上官の堂上と申します。部下が何かお手を煩わせたりしませんでしたでしょうか」

「あら、そんな。煩わせるだなんて!助けて頂いたんです。私、駅でスリに遭いましてね」

「スリ!?」

「ええ、それも二人組!笠原さんが気が付いてくださらなかったら、家族になんて言ったものか・・・きっと家に帰れなかったわ」

 婦人の話に、堂上の眼光が鋭くなった。郁はそれを気配で感じ、心当たりがあるのだろう、冷や汗ものでじりじりと堂上との距離を取った。

「おい、笠原。お前、二人組のスリを捕まえたのか。一人で?」

「・・・あー、そうなります・・・かね?」

「アホかっ!!一人で二人を捕まえるだとか、危険なことは避けろといつも言っとるだろうが!!」

「だ、だってぇぇ!あたししか居なかったし。目の前で盗ってるの見ちゃったし。二人だからって知らん顔なんて!」

「そういう時は、一般人を巻き込んでいいって教えただろ!声を出して、周りと協力してだな――――

「でも、その時はそんなのぶっ飛んじゃって・・・巻き込むなんて頭に浮かんできませんでした!危険なこと、一般人にお願いできませんよぉぉ!」

 すっかり二人の防衛座学と化し、婦人は目がテン状態でやり取りを聞いていたが、ふっと微笑んでその攻防をぶった切った。

 

「はいはい、やめましょ。お互いに言い分はあるようだけど。

 笠原さんは、困った人を放っておけない直情タイプなのね。ご自分でもその性格が分かっているから、ちょっと拙い対応だったとは思っていたのよね?事情聴取の時、この件は職場には連絡しないでくれってお願いしてたのは、堂上さんに叱られると分かっていたからでしょう?」

「・・・はい」

「ふふ。あなたはとっても素直な人なのね。そんな危なっかしいあなたのこと、堂上さんは心配で仕方がないのよ。だから本当は褒めてあげたいのに、お小言が先になってしまうみたい。そうでしょ?堂上さん」

「・・・」

「あら堂上さん、素直になった方がいいわよ?笠原さんみたいなタイプは、分かり易く伝えないと、全く違う受け止め方をするわよ?」

 それは困るんじゃないかしら?っと意味深な笑みを寄越す婦人は、最後に「お二人とも仲良くね」と何とも返事のし難い言葉を残して去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 二階の警備に向かいながらも、気まずい空気が郁と堂上の間に漂う。郁の息苦しさを解消しようと、堂上は再び郁への謝罪を試みた。

「遅刻の理由、やっぱり人助けだったんじゃないか」

「・・・まあ、そうなんですけどぉ」

「どうして言わなかったんだ。理由が理由なんだ、お前は謝らなくて済んだんだぞ」

「いえ、確かにスリを捕まえたり色々・・・ありましたけど。基地外に出たのはあたしの責任ですから。何があっても遅刻を許してもらう理由にはならないと思うんです」

 頑なな郁の考えに、堂上は深い溜め息を吐く。そんなに遅刻に対して厳しいわけではない。それなりの理由であれば、全く問題はないのだ。

 堂上はひとつ思いつく。郁の捕り物の話で、すっかり流してしまうところだった。

 

「笠原、お前・・・駅に行ったんだな」

 郁が真っ赤に染まった。

「・・・なんでそれ隠すんだよ」

「だ、だってぇぇ・・・」瞬時に涙目になる。

「時間、取れたんだな?」郁がコクリと頷く。

「俺を迎えに来てくれたんだな?」真っ赤になりながら何度も首を縦に振る。

 どうにも可愛い郁の反応に、堂上はこの上なく上機嫌になり・・・そうなところでグッと堪える。しかし、堪えきれないものの存在も確認した。

 溢れた分は、遠慮気味に伝えられる。

 

「・・・ありがとな」

 

頭に乗せた掌に、堪えられないものを上乗せする。

 そして囁くように素直になれた部分の言葉も添えた。

 

 

「会えたら・・・よかったな」

 

 

 

 

 

 

 午後の警備を終え事務室に戻ると、ちょうど受話器を置いたばかりの緒形が郁を呼んだ。

 

「笠原!お前、万引き犯を捕まえたんだってな。今、書店からお礼の電話もらったぞ!」

「えっ!電話?!――もう、連絡しないでって頼んだのにぃぃ!」

 郁の返事に堂上はまたもや動揺する。

「お、おい!万引き犯って、それはいつの話だ」

「あー・・・おばあさんのスリの前ですぅぅ」

「はあ!?」

 堂上が天を仰いだ。郁は居た堪れない様子。

 

 二人を見守る優しき大人たちが、事の次第を聞こうと集まって来た。郁はぽつりぽつりと今日の昼休みの出来事を語り始めた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会いたい 会いたい 会いたい!

 

 障害が続くと 尚のこと

 

 教官に会いたくて 会いたくて

 

 あたしは 全力で走ってた

 

 そんなあたしの昼休み

 

 教官に どう伝えよう――――

 

 

 

 

 

 

 

「教官、お願いします」

 郁が日報を差し出した。堂上は眉間に皺を寄せたまま受け取る。黙って読み、ひとつ息を吐くと判を押した。そして脇にあった付箋を郁の日報に貼り直す。

「いいぞ、お疲れ」

「はい、お疲れ様です。あの・・・今日は本当に―――

「それはいいから。これ、ちゃんと見直せ」

 日報を指で弾いて、堂上は自分の仕事に戻った。郁はその場で日報を開いて見る。

 

 

 【メシおごってやるから ちょっと待ってろ】

 

 

 見慣れた悪筆が、なぜか踊っているように見えた。じわりと涙が滲んでいるのだと気が付いて、郁は意識して「えへへ」と笑った。

 

「了解しましたっ!」

 

 それは涙声だったが、だれも気付かないふりで更衣室へ向かう郁を見送った。

 そして珍しく、素直になってる堂上のことも無視して見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会いたくて 会いたくて 会いたくて

 

 期待が膨らんでいたから 尚のこと

 

 笠原に会いたくて 堪らない自分がいた

 

 一分でも一秒でも早く会いたいと思っていたこと

 

 どうやって伝えようか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きょーかん、あたし―――」

 

「笠原、俺な――――」

 

 

 

 

  会いたくて  会いたくて

 

  堪らない時間を過ごしてた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

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