今作は、11月26日がお誕生日である あるお人の
おめでとう\(^o^)/記念SSです(笑)

時期は郁ちゃん一年目。小田原の後で年末年始って感じ。
オリキャラあり。

そして、タイトルにもなってる作中に出てくる詩は
長田弘さんの代表作。
もし全文に興味があったら こちら をご覧ください。

あなたはどんな質問をしますか?







あなたは―――

 

あたしと出逢った日を覚えていますか?

 

 

 

 

 

最初の質問

 

 

 

 

・・・97、98、99・・

 

「ひゃぁくぅぅぅ!!」

「はい、お疲れー」

「うひゃぁぁぁ…きっつい…」

夕食後、風呂前のルーティーンが終了した。腹筋、背筋、腕立て各100回を熟して部屋の床に行き倒れた郁は、うつ伏せのまま動けなくなっている。

「よくもまあ、続くわね」

「だってぇ・・・筋肉つけたいんだもん」

若干不貞腐れた声を出したのは、先日の悔しさからか。

「でも、堂上教官、認めてくれたんでしょ?」

「・・・まぁね」柴崎から表情が見えないように逆に顔を向けながら。

 

先日、特殊部隊は全総力を小田原に集結していた。故野辺山氏が守ってきたすべての情報を図書隊が引き継ぐことになり、メディア良化委員会の検閲と称した「横取り」を阻止するためだったが、その特殊部隊のメンバーの中に郁は居なかった。野辺山氏の葬儀告別式に参列する稲嶺司令の付き人(一応、警備)として配置されたからだ。

特殊部隊から自分だけが警備部員として配置されることに納得いかない郁は、それを容認したと思われる班長に喰ってかかった。そして、その時に告げられたのが、

 

「お前は戦力にならない」

 

という悲しい一言。

男女の差とか、まだまだ新人の域を越えないとか、郁にだって心当たりは当然のようにあったが、こうもはっきりと上官である堂上に言われるとショックの方が大きくて。

しかしそこで凹み続けるような性格で無いのが笠原郁だ。車椅子介護のノウハウを学び、要人警護のポイントを復習し、それに並行して特殊部隊員としての体力アップを目標とした自主トレを続けた。

 

「アンタの努力は無駄じゃなかった。だから教官も認めてくれたってことよね」

「司令を誘拐から守れたって点では、認められたのかもしれないけど・・・」

「・・・けど?」

「きっと、新人の特殊部隊員としてはまだまだだよ」

郁は腹筋を使って起き上がり、「お風呂行こ」と柴崎に向き直った。

「・・・あの人がアンタに求めてるものって、なんなのかしらねぇ?」

 

意味深とも取れる問いかけはスルーした。その質問こそ、郁が堂上に訊きたい。

 

――どうしたら、教官に認められる隊員になれますか?

 

 

 

 

◆◆

 

年末も押し迫ったある日。郁は堂上とバディを組んで館内警備の任務に就いていた。

一階エントランスの付近を二人並んで歩いていると、背後から「堂上」と声がかかった。咄嗟に臨戦態勢のレベルを少し上げて振り向いた堂上が「おおっ?!」と珍しく感嘆の声を漏らした。

 

「久しぶりだね。元気そうだ」

「大野!お前こそ変わってないな」

お互いに肩やら腕やらを叩き合いながら「元気」の確認をしている。

「堂上は・・・まだ一正にはなってないのか」

「“まだ”って言うか!」

「あはは。まだだよね。二正になったのが早かったんだもんね。えっと・・・今は?防衛部のまま?」

「いや、タスクフォースだ」

「そうか!流石だなぁ・・・って・・・館内警備中だよね?」

「そうだが、大丈夫だ。少しなら話していられる。部下もいるしな」

「うん、そういう歳だもんね。部下がいるのは当然なんだけど・・・女の子?」

少し離れて辺りをキョロキョロと警備の目を光らせてるように見える郁に視線を遣る。

「ああ、そうなんだが・・・。おい!笠原。お前な、そんなあからさまにキョロキョロすんな!」

「へっ?!」まさか自分にお声がかかるとは思ってもみなかったのだろう。素っ頓狂な返事をする郁に、大野と呼ばれた男は吹き出した。

「確かに。警備してますよって抑止にはなるかもしれないけど、君の目の届かない所へ行ってしまえば、どんな犯罪も実行可能だからね。抑止は防衛員の配置で目的達成させてるんだから、特殊部隊員は怪しい人間の絞り出しと有事の際の迅速対応を心掛けないとね」

「は、はぁ・・・」

いつもなら堂上の鉄拳制裁の場面で、初対面の男から防衛座学のような教えをいただく。郁はただただ呆然と話を聞いているようだった。

「笠原、ちょっと来い」と堂上が手招きする。郁は今度こそ拳骨が落ちてくるのだと覚悟して近寄った。

 

「いいか?俺はコイツとちょっと話があるから、お前は少し離れて待ってろ。キョロキョロするのはヤメロよ。さり気なく利用者の動きを確認しながら、相手の気配を探れ。お前は犬並みの嗅覚持ってんだから」

「はぁ?犬って!!」瞬間湯沸かし機の郁だったが。

「へえ!凄いな。そんな嗅覚持ってたら、俺ももう少し続けられたかもな」

話を聞いていた大野が、羨望の眼差しで郁を見ていた。犬の件でどうして羨ましがられるのか些か疑問であった郁だが、「頼んだぞ」と言葉と共に堂上の掌が頭に降りてきて軽く髪を撫でられると、結果も出していないのに褒められたような気分になる。

 

――へへへ。たまにコレがいいんだな♪

 

まるで王子様に撫でて貰っているかのような錯覚を恥ずかしく感じながら、控え目に23歩離れると、堂上が小さく頷いて大野と話し始めるのが確認できた。

 

 

 

 

 

「特殊部隊、だよね?女の子も配属されるようになったの?」

「んー、アイツは特別枠って言うべきか。なにせ全国的に見ても、唯一の女性特殊部隊員だからな」

「えー!唯一?!」思わず大野の声のトーンが上がってしまう。堂上はチラリと郁に視線を送り、さほど気にしていない様子にホッとした。

「今年入隊して、教育部隊から直接配属で俺の班員になった」

「うわぁ!新入隊から直接タスク?それに、お前が班長?!いやぁ、図書隊も進化してるんだなぁ」

「当たり前だろ。何年経ったと思ってんだ」

堂上は大野の脇腹をむんずと掴んで、「鍛え直せ」と口撃した。

「何年って・・・まだ3年だよ。それでお前はもう、特殊部隊の班長かぁ。ホント、流石だとしか言いようがないな。小牧は?」

「ああ、小牧も一緒にタスクに入って、宇田川さんの班員として2年。今年から堂上班ができて、小牧は副班長でバディを組んでる」

「そうか・・・なんか、ワクワクする配置だね。図書大最後のツートップの元に、新人女性隊員か。隊長は、玄田さん?変わってないんだろ?」

玄田の名前を出された途端眉間に皺をつくる堂上に、大野は軽く笑った。

「ああ、無理無茶無謀の権化な。相変わらずだ。それに、俺の班員は笠原だけじゃないぞ。もう一人も新人、直接配属。父親は図書館協会会長」

「え!手塚会長の・・・次男坊か!それは・・・扱いに困る新人をお前に押し付けたってやつかぁ?」

「・・・お前もそう思うか」

「うん。でもさ、タスクなんだからお荷物扱いのままでは居られないだろうし。使える隊員に鍛えるために、敢えて堂上に任せたってのがホントのとこかな?」

大野の予想に堂上は舌を巻く。つくづく、勿体ないことをしたものだ、と思った。それを口にはしないが。

 

郁からインカムでそろそろ警備場所の交代時間だと告げられ、大野と共に郁の所へ移動する。

「悪かったな。異常はなかったか」

「はい。いつもより女性が多い気がしますけど」

「そうか。次の担当に申し送りだな」幾分柔らかい反応の堂上に、ちょっとドキドキしてしまう郁は、小さく返事をして俯いた。

「笠原さんは初めから防衛部希望だったの?」

覗き込むようにして質問してきたのは大野。郁は勢いよく顔を上げて「そうです!」と答えた。

「へえ、珍しいね。俺たちの頃は、居なかったよね。みんな仕方なくって感じだった」

「あ、コイツな、元図書隊員だったんだ。俺と小牧の図書大からの同期な」

「あ~!だから詳しいんですね」

「ははは。詳しかった?」

「はい。教育隊の時の、座学担当してた堂上教官みたいでした」

「『堂上教官』ねー。そうか、お前、教官もやったのか」

「教育隊からずっと、堂上教官にお世話になってます!」ビシッと敬礼付き。

「なるほどねー。俺は3年前に図書隊を辞めて、今は中学教師」

教科は国語ね、と言う大野の横顔を郁はそっと見つめた。

「笠原さんはどこの大学だったの?」

「コイツはな、陸上競技界じゃ名の知れたスプリンターだったんだ」

「や、教官!そんな、有名では・・・」

「大学だって、陸上推薦だったんだろ?」

「まあ、そうですけど・・・。茨城の田舎だから目立ってただけですよぉ」

「ん?茨城出身なの?」

「はい」

「そっかぁ。懐かしいなぁ。俺たちの新人研修、茨城だったよな」

「し、新人研修?」初めて聞く話にちょっと興味が湧く。

「うん。図書大卒の三正が受ける研修が、水戸であったんだよ。俺たちの代で最後だけどねー。それに・・・」

郁は大野の小さな呟きを聞き逃さなかった。

 

 

 

「苦い思い出だ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

大野の呟きに郁の中の何かが引っかかった。

それは何年前のことですか?季節はいつでしたか?あなたは王子様を知ってますか?

 

 

――あなたが王子様ですか?

 

 

訊きたいことは山ほどあったが、堂上に時間切れと言われて渋々引き下がった。

いつだったか、王子様の話を柴崎にした時、見計らい権限についてもっと勉強しろと怒られた。教育隊の座学の時にちゃんと説明を受けたのは覚えている。「見計らい」というワードに過剰反応し、瞳をキラキラさせていた(らしい)。

「正義の味方の切り札的なものじゃないのよ」と柴崎は本当に厳しい顔で郁に説明してくれた。その中で聞いたのは、多分、助けてくれた三正は査問会にかけられただろう、ということだった。

郁は査問会が何たるか理解していない。漠然と「厳しい状況になった」と考える事しか出来なかった。しかし、自分が招いたことで誰かが苦しんだ、ということだけは分かった。それがとても心苦しかった。

 

 

もし、王子様に会えたなら――

お礼が言いたい。謝りたい。そして――

図書隊員になったことを報告し、これからもこの道を信じて歩んでいくと告げたい!

 

 

郁の願望はそれ以上でもそれ以下でもないのだが、周りから見れば憧れの人に逢いたいと願う少女のように見えているのだろう。時折、バカにされてる感が否めない時があったりする。だから誰にも聞けないのだ。

 

 

――誰か、王子様のこと知ってますか?

 

 

 

 

ふと、隣を歩く堂上の纏う空気の変化に気付いた。いつからこんな刺々しい空気になっていたのか、郁には思い当たる節が無かった。

「きょーかん?何か怒ってます?」

「・・・別に」

 

――はい、会話終了!絶対に怒ってるよね。あたし、何かしたかな?

 

「えっとぉ・・・さ、さっきはちゃんと警備出来なくてすみませんでした」

「・・・別に怒ってない」

「え、じゃあ、交代時間になったって報告したの、タイミング悪かったですかね?」

「・・・だから、怒ってない」

「じゃ、怒ってない態度でいてくださいよ。分かり難いんですよ!」

いつもの反抗的態度で。郁が噛みついていけば、鉄拳制裁込みで何かしら返ってくる・・・はず。

「・・・それは、悪かったな」

 

――ダメだ。完全に怒ってるぅぅぅぅ!

 

 

え?何があったっけ?

キョロキョロ警備じゃないんでしょ。お友達との話の途中で無線入れたことでもない。

あと、何があったっけ??――あ、大野さんとの会話?

教官に似てたって言ったことかな?陸上で有名って話を否定したから?

 

 

 

あ・・・。

茨城出身って言ったこと?そこから王子様を連想してたの、ダダ漏れたかな?

王子様の話、教官は嫌いだもんね。いつも苦い顔して聞いてた・・・

 

 

――そっか。それだ

 

 

ああ、またやっちゃった。最近、あんまり王子様のこと意識してなかったから、話題になることも無くて。教官に嫌な顔されることも無かったのにな。

・・・これじゃイケない!

確かに、王子様に会いたいって気持ちはある。でも、そのために仕事してると思われたくない。あたしは、本を守る立派な隊員になりたくてここにいるんだから!そのための「追いたい背中」見つけたんだから。よそ見しないでちゃんと追いかけなくちゃ!!

 

 

「なにガッツポーズしてんだ」

 

声と共に頭に温かなものが乗った。堂上の手だと脳で理解するより先に、頬が赤くなる。

さっきまでの刺々しい空気は、もう無かった。代わりに少しだけ気を許した感じの柔らかい表情で5センチ下から覗き込まれて、「励めよ」と頭に乗せられた掌が弾んでいった。

 

 

――やっぱり、似てるんだけどなぁ・・・。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

図書館は年末年始をしっかり休館し、それに合わせて業務部も休暇が宛がわれた。

防衛部は普段より少数の警備班シフトを組むため、中には三が日に出勤という隊員もいる。特殊部隊では既婚者に休みを優先しているため、独身者ばかりの堂上班は少し遅れた正月休暇を過ごした。

 

正月休暇を終えて出勤してみると、世間の動きも漸く始まったばかりだということが分かる。日を追って来館数が増えてくるのだ。

地域の学校がそろそろ始業の日を迎えようとしていた日、堂上と郁はカウンター業務に入っていて、冬休み明けの返却本で重くなったブックトラックを押しながら配架作業をしていた。

 

「よっ、堂上、笠原さん♪」

二人の間に背後から声がかかる。

「おっ!大野か」堂上は持っていた本を丁寧に書架へ戻す。

「あ、大野さん、明けましておめでとうございます!」

「おめでとう。笠原さん、今年も頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」深いお辞儀で返した。

「今日はカウンター業務?忙しいかな?」

「ん?どうした」

「地下にリクエスト、なんだけど」

堂上と郁は瞬時に表情を硬くした。地下にリクエストという事は、簡単に閲覧できる本では無いということだ。

「ごめん、多分、検閲対象になってると思う。『最初の質問』っていう詩が読める本を探してる」

大野は堂上と郁の顔を均等に見つめながら告げた。堂上は視線を斜め上に記憶を呼び起こす仕草だったが、郁は「あー」っと何か思い出した風だ。

「絵本にありますよ」

「絵本?」

「はい。絵本になってるんです。検閲対象でした」

「へえ、そうなんだ。・・・堂上、笠原さんにリクエストお願いしてもいいかな?」

大野の真剣な顔を見た堂上は、郁に検閲対象図書の閲覧手続きを取り、そのまま専用の閲覧室へ案内するよう指示した。

 

 

 

「以前は教科書に載っていたんだけどね。『最初の質問』はいい教材だと思っていたのに、残念だよ。だから、生徒たちには補助教材として教えてあげたくて」

「そうなんですかぁ。あたしもあの詩は好きです。色んな質問をされるんだけど、結局は一番最初の質問が印象的で。その答えを真剣に考えるからこそ、他の質問にも素直に答えられるのかなぁって」

郁は大野の希望の本を地下へリクエストし、二人で閲覧室まで届くのを待っていた。

「どこかの中学校で、随分突っ込んだ授業をしたことが原因で検閲対象になったそうです」

業務部の同期がさっき教えてくれました、と付け加える。

「うん、俺が教師になるちょっと前だったみたいだ。教科書から消えていて、ショックだったよ。ネット検索しても、全然かからない。良化委員会の検閲は万全だ」

しばらくしてリクエスト図書が届く。大野は丁寧に表紙を捲り、まずはざっと中身に目を通した。

「絵本になってるなんて知らなかったな。本当ならこれを生徒たちに見せてあげたいけど、検閲対象じゃ無理だ。詩も俺が書き写すしかないか」

「素敵な詩なのに、勿体ないですよね」

郁は詩を書き写す大野を黙って待っていた。

 

 

「俺が学生の時は、この詩の最後の部分が重要だと教えられたんだ。

 ――時代は言葉をないがしろにしている

   あなたは言葉を信じていますか」

「・・・それが検閲対象になった要因ですね」

「そうだね。言葉を大切に、もっと言葉を尽くせと訴えているのに、一方では使っちゃいけない言葉を定めて、言葉から自由を奪ってるんだものね。世の中に矛盾を感じるよ」

大野はそれは寂しそうに本を閉じた。

「ありがとう、笠原さん。また困ったら笠原さんにレファレンス頼もうかな」

「わ!あたし、まだまだで。堂上教官のようなレファレンスが出来ればと思うんですけど」

慌てた様子の郁に、大野はクスリと笑う。

「まだ一年目でしょ。慌てることはないよ。堂上についていけば、立派な隊員になれる」

「ホ、ホントですか!?」食い気味に訊く。

「うん。俺たち同期の中でも出世頭なの、分かってるでしょ?」

「はぁ・・・なんとなく?」

郁の微妙な答えに大野は吹き出した。

「そっか、笠原さんは普通の女の子たちとは違うんだね。男を値踏みするみたいに学歴とか職業とかでしか見ない子、結構多いよ?」

「そ、そんな上から目線なんて、あたしには無理です!全然ダメダメなので・・・」

背中を丸めだす郁の姿に微笑みながら、「笠原さんはいい子だね」と小牧みたいなことをサラリと言った大野に、何か聞きたくて堪らなくなる。

 

「あ、あのぉ・・・お聞きしたいことがあるんです」

「なぁに?」

「えとぉ・・・査問って、辛いものですよ、ね?」

上目遣いでおどおどとしたように見える。

郁としては、肝心な『あの日』の直接的なことは聞けなくて、少し遠回りかとも思ったが査問の経験があるような返事だったとしたら、王子様確定ではないか?と期待した。

 

「あぁ・・・そっか知ってるんだね。部下だもん、当たり前か」

「え?」

「堂上に訊いたんでしょ?査問のこと」

「え、えっとー・・・」

 

――大野さんのこと、教官から訊いたと思ってるのかな?

それじゃあ、教官がお喋りみたいに思われちゃうよね

 

「そうではなくてぇ。あ、あたしが・・・本屋で助けてもらった張本人なんです、が・・・」

 

ものすごーく遠慮した言い方をした。ずっと上目遣いで様子を伺っていたが、明らかに大野の表情が固まったのが分かった。

「えっ、ちょ、ちょっと待って!キミが、あの時の女子高生?」

大野の「あの時」という言葉に、郁は全身の血液が沸騰するかのような興奮を覚えた。緊張で声が出なくて、真っ赤な顔を小刻みに数回縦に振った。

大野はじりじりと後退した。

 

「そ、そっか・・・ところで、時間は大丈夫?戻らないと堂上に叱られない?」

「ああっ!そ、そうですね。・・・じゃあ、本を返却してから戻りますので」

郁は深々と頭を下げ、絵本を胸に抱いて部屋を飛び出した。

 

「・・・マジか。堂上・・・」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

二日後。その日、地域の小中学校は始業式だったようだ。

堂上は夕方遅い時間に、用事があると言って事務室を出て行った。郁と手塚には小牧に日報を提出するよう指示していたので、戻りは定時を過ぎる可能性が高いのだろうと想像していた。

手塚は早々に日報を仕上げ、さっさと帰寮してしまう。郁はいつものペースで急いでいる様子は無い。小牧は郁の魂胆が読めたような気がして、一人ニヤニヤとしていた。

堂上が事務室を出てからどのくらい経っただろうか。小牧の携帯にメール着信があった。中身を開いて確認したであろう小牧が、珍しく眉間に皺を寄せて立ち上がった。

「ごめん、笠原さん。日報は副隊長に見せてくれるかな」

「どうしたんですか?」

「ちょっと・・・急用で呼ばれた。ごめん、行くね」

返事も聞かずに部屋から出て行った後ろ姿を、郁は不思議そうに見送った。

 

 

 

 

 

 

「大野!」

閉館を迎えた図書館の裏口に、小牧を呼んだ大野と頭を下げる堂上の姿が見えた。

「堂上、どうしたのさ」小牧は息を切らして近付く。

「小牧、俺はどうしたらいい?」

大野の声には、困り果てた感と同じくらいの怒りも含まれていた。何があったの、と小牧に説明を促され、大野が口を開いた。

 

「おととい、堂上と笠原さんに図書館で会ったんだ。地下リクエストを頼んでさ、笠原さんがその本を知っていたから一緒に閲覧室へ行って。その時、彼女に訊かれたんだ。『査問は辛いものですよね』って。俺、てっきり堂上が見計らいの件で査問を受けたことを知ってて、それを訊いてきたんだとばっかり思ってさ。部下だから、堂上が査問受けたこと話したのかな?って」

「それで?」内容に小牧も慌てている。

「笠原さんは、自分があの時の女子高生だって言った。俺、ビックリしちゃってさ。訊き返しちゃったよ。『キミがあの時の女子高生なの?』って」

記憶を辿っている時の大野は、本当に驚いたのだろうと想像できるくらい表情を変えていた。が、話を終えた途端、堂上を睨むように視線を落とす。

「で、ビックリして堂上にメールしたんだ。そしたらさ、直接話したいって言うから・・・今日、学校帰りに寄ったんだけど。小牧、あの子には堂上が見計らいをしたことは伏せてるのか」

「・・・ああ」堂上を伺うように返事をする。

「じゃあ、なんで彼女は俺に査問の話なんかしたんだと思う?」

「・・・きっと、大野があの時の三正かもしれないって思ったんじゃないかな」

「だよな。俺もそう思った。そして、堂上も同じ意見だ。そしたらさ・・・コイツ、俺に頭下げて頼むんだよ。『王子様のフリしてくれ』って」

「え・・・」

小牧は、じっと微動だにせず俯き加減の堂上を見た。そこにはいつもの威厳のある班長は居なかった。

「困ったから、小牧を呼んだってわけ。なぁ、俺はどうしたらいい?」

今度こそ本当に困り果てた大野を横目に、小牧は堂上の前に立つ。

 

「何を考えてるの、堂上。ちゃんと説明してくれないと、俺たちは何も協力できないよ」

小牧の真剣な声に、僅か堂上の顔が上がった。

「いいチャンスだと思わないか?笠原が自分で、間違ってはいるが王子様と思える人物に辿り着いたんだ。出来るならアイツの想いを昇華してやりたい」

「どういう意味?」

「アイツが面接の時に話したこと覚えてるだろ。『あの人みたいになりたい』って。アイツの中であの日の俺が、図書隊員としての目標みたいになってることは分かった。そんな風に思ってくれてること、正直嬉しくも思う。だが、俺はあの頃の自分を切り捨てた。もう、アイツに同じ背中は見せてやれない。でも、図書隊を辞めた大野なら・・・」

「あの日の三正はもう居ないって証明できるし、大野が優しく声をかければ、笠原さんのモチベーションもあがる」

後を引き継いだ小牧に頷き返す。大野は大きな溜め息を吐いた。

「俺はいいよ?適当に話を合わせて、彼女に仕事頑張れって言ってればいいんだから。でもさ、堂上はそれでいいの?」

「いいから頼んで―――

「いいわけないよね。俺も小牧も知ってるぞ。お前が辛い時期をどうやって持ち堪えてきたか。どうして自分に厳しく律してきたか。今のお前がタスクの中で認められてるのは、全部、あの日のあの子のお陰じゃないの?お前こそちゃんと正体を明かして、気持ちを昇華するべきだ」

 

大野の言う事は正しく正論だった。今の堂上には痛いくらいの。

心の中で拍手喝采の小牧だが、反面、堂上の苦しい胸の内も手に取るように分かる。それは愛おしい者を自分の手で守り切れない、やるせない気持ちと同等だ。

 

「堂上。それは笠原さんの上官として、彼女を成長させてやりたい思いからのお節介だよね。そこに堂上個人の想いなんか関係ないんだよ。だから大野・・・堂上の頼み、きいてやってよ」

お願いします、と小牧にまで頭を下げられた大野は、渋々ながら二人の肩に手を乗せてグッと引き寄せ「了解」と告げた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

新年を迎えてから、大野さんが図書館に来ることが増えた。

先日リクエストした検閲対象本を授業の題材にしたいらしく、その使用方法について真剣に悩んでいる様子。時々、館内警備やカウンター業務に入っていると、あたしに声をかけてくれるようになった。

 

――きょーかんじゃなくて、あたしに。どうしてかな?

 

思い当たるのは、大野さんが王子様じゃないかと思って、査問の話をしたことくらい。

それで声をかけてくれるってことは・・・やっぱり、王子様だったのかな?

ちゃんとした返事が無いから分からないけど。期待してもいいのかな?って思った。

 

大野さんは、元図書隊員ってだけあって状況判断が早い。あたしたちの動き、利用者の動き、その日の天気や時間帯とか、ずべてを加味してすごく良いタイミングで声をかけてくる。流石だ。

あたしにも、そんな風に判断できる日が来るのだろうか・・・と、つい本音を零すと

「大丈夫。これは慣れだよ。身体に沁みついてくるんだ。そして沁みついたものってなかなか消えない。未だに無意識でやっちゃうんだよね」

と、少年のような笑顔で答えてくれた。

 

――ああ、本当に。大野さんが王子様かもしれない

 

 

あの日の三正の顔は覚えていない。でも、もし会えたら・・・あたしは気付くんじゃないかって思ってた。図書隊員として憧れた背中、あたしは見つけられるって。

念願の時が来たのかもしれない!!

 

 

 

 

「ちょっと。最近、ご機嫌じゃない?なんかいい事あった?」

「うん。柴崎ぃ・・・あたし、逢えちゃったかもしんない!」

「え?逢えちゃったって・・・まさか、王子様?!」

「そのまさか!」

「正体、分かったの?!」

「えへへ・・・まだハッキリは分からないんだけどね。そうじゃないかな~?って人に逢えたの」

「・・・それ、ちゃんと確かめた方がいいわよ」

柴崎のテンションが急に落ちた。なんだろう?警戒してる感じ。

「うん、直接訊いてみようと思ったんだけどね。なんか恥ずかしくって、査問のこと訊いてみたりしたの」

「どこの部署のヤツ?」

「ん?もう図書隊辞めてる人。教官たちの同期だって」

「・・・教官、その人とは?」

「友達みたい。すごく仲良さそうだった。大野さんっていうんだけど。教官たちと図書大から一緒って言ってたから、すごく出来る人だよ!今は中学校の国語教師だって」

 

大野さんのイメージが掴めないから、柴崎は心配してくれてるんだと思った。出来るだけ、大野さんがいい人だってこと伝えようって頑張ってしまった。でも・・・

 

「教官に訊いてみた?」

「え!なんで、教官に訊くの?」

「だって、同期なんでしょ?だったら、教官だって知ってるはずじゃない」

「・・・そっか。あはは、思いつかなかった」

「まったく・・・早いとこ訊いちゃいなさいよ!」

「うん、明日訊いてみる」

「いますぐ!」強引に携帯を取られた。

「こんなことで、わざわざメールとか!迷惑だよー!明日訊くからぁぁ!」

柴崎は「確かに」と呟いて引き下がった。ああ、よかったぁ・・・。

 

 

実は、教官たちに訊いてみようかと思った時もあった。

でも堂上教官は王子様の話には明らかに不機嫌になる。それは、王子様がしたことを教官が認めていないからみたい。幾度となく「間違った見本」と言われている。

 

 

 

きょーかん、あたしは・・・

王子様を追いかけてここに来たけど

誰だか分からない状況で図書隊員としての見本にも出来なくて

ただただ一生懸命な自分を知って欲しいと思っただけなんです。

それと、あの時のお礼がしたいと思ってるんです。

 

たぶん・・・多分だけど

あたしが目標とする隊員は他に出来たと思います。

殊更、人に厳しくて

それ以上に、自分に厳しくて

一度認めたら、とことん公平な

本を守るために鍛え上げて

無駄なことは一つもない

その筋の通った強い信念が

あたしの心にも一筋の道を作るような

篤くて、大きな背中・・・

 

あたし、見つけたんです

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

柴崎は黙って引き下がったわけではなかった。すぐに小牧にメールし、一体どうなっているのか問いかける。小牧はとぼけた返事をよこしたが、これは堂上の箝口令が有効だということだろう。特別、慌てた様子も見られなかった。

ならば、同期の大野が郁に王子様と思われることに、改めて対応はしないつもりか・・・

 

――そう笠原に思わせようとしてるの?

 

堂上の思惑が読めず、柴崎は怒りを感じながら小牧へ今夜最後のメールを送信する。

 

>>明日、時間作ってください!

 

 

 

 

 

 

 

「堂上はもうすぐ来るから。笠原さんは、大野のレファレンスだよ」

「・・・最近、頻繁に来ているらしいですね」

「授業で使いたい教材があるんだって。利用者のニーズに応えてるんだ、仕方ないでしょ」

柴崎は頬を膨らませた。

「毎回、笠原をつけるのは、教官たちの差し金ですか」

「人聞きが悪いなぁ。そんな、目の敵みたいに言わないでよ」

小牧はおどけながら「怖い怖い」と肩を窄めた。そこへ堂上が到着する。

 

「堂上教官。笠原、何か質問してきました?」

「ん?いや、特には。何かあったのか」

「今、笠原が疑問に思ってること、教官たちなら知ってるんじゃないかって言ったんです。本人に訊けないなら、教官たちに訊きなさいって」

「一体何を――――

「大野さんは、笠原の王子様、なんですか?」

堂上は息を呑んだ。柴崎が忌々しい名前の正体を知っているとは思っていなかった。が、何となく敏い彼女を見ていると、ずっと前から知っていたんじゃないかと思える。それは不思議なことではないし、今更慌てる内容でもない。

 

「俺は知らない」

「教官、からかってます?私は、王子様の正体が誰かなんて訊いてません。大野さんが王子様なのか、と訊いてるんです」

「・・・笠原がそう思ったのなら、そうなのかもしれないな」

堂上の煮え切らない答えに、柴崎は怒りがこみ上げる。

「笠原にそう思わせて、何の得があります?確かに、今だけなら騙すことも可能でしょう。あの子のことだから、王子様発覚に心躍らせて、仕事も一生懸命熟すでしょう。でももし、どこからか真実が伝わったら?その時、大野さんとの関係が全幅の信頼となっていたら?あの子の気持ち、壊すつもりですか?」

「柴崎さん、言いたいことは分かる。俺も堂上も、笠原さんを苦しめたいわけじゃないよ。ただ・・・彼女が追いかけてる王子様は・・・この先、何年かけても現れない。その事実の方が彼女には可哀想だと思ったんだ。大野が王子様だと告げるわけじゃない。そうかもしれないって思うだけで、彼女の中でこの件のゴールを見つけて欲しいんだ」

柴崎は黙っている堂上と、バディを庇う形の小牧をじっと見つめた。そして、ふと口角を上げて笑った。

 

「教官たちの考えはわかりました。でも、そう上手くいくかしら?」

長い黒髪を片手で払い、二人の前に仁王立ちのような柴崎は、確信を持って告げる。

 

「茨城県産純粋培養純情乙女、なめんなよっ!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

勤務する中学校の休校日や、部活動の無い曜日の放課後などを利用して、大野は授業準備のために武蔵野第一図書館に通った。

勿論、一番の目的は教師としての仕事だが、もう一つ彼には責務があった。

 

 

 

3年前まで働いていた図書隊で大学からの同期は数多くいたが、退職後も時々連絡を取ったりしていたヤツは数少ない。その中でも更に頻度の少ない部類だったのが、堂上と小牧だ。

二人は図書大最後の首席と次席。同期の間でも飛びぬけて優秀な彼等は、どこに行っても注目を浴びる存在だった。

そんな二人から、まさかのお願い―――堂上が新人隊員の時に見計らい権限を行使して助けた女子高生に、その時の隊員が自分だと思わせておいて欲しい―――と。

 

初めは意味が分からなかった。助けた相手が目の前にいて、どうして他のヤツが助けたんだと嘘をつかなければならない?

しかも、大野は知っている。堂上が見計らい後に査問会にかけられ、隊の中で辛いポジションに置かれたこと。それでも彼は前を向き、一点の僅かな光を頼りに進んできたこと。

――その光が、あの日の女子高生だったということ。

 

そのことについて、特別話をしたわけではない。ただ、友人として出来るだけ傍にいて、時折何気なく声をかける毎日の中で、堂上の想いに触れられた瞬間があった。

彼は、規則違反をしたことを反省はしても、悔いてはいなかった。複雑な彼の気持ちを当初は理解できなかったが、大野にも分かる時がくる。

 

――図書隊員としては、やってはいけないことだった

  でも、人として、俺は正しいことをした

 

だから胸を張れないことなんてない、と堂上は笑った。いや――泣いていた?

その泣き笑いのような引き攣った笑顔に大野は衝撃を喰らい、自分自身の進むべき道を考え始めた。

そうして時間をかけて見つけたのが、教師の道。堂上のように胸を張って「人としての正しい道を選ぶこと」を子供たちに教えたいと強く願ったからだ。

 

堂上が選んだ正しい道に光をあてていたのは、あの日の女子高生だったんだと気付いたのは、図書隊を辞める日だった。

辞職を決意し公にしてから、周囲には「勿体ない」という言葉ばかりかけられた。まるで自分の進む先には味方なんて居ないのかと思わせるくらい、前向きな言葉はかけてもらえず、少しばかり落ち込んでいた。

そんな気持ちのまま迎えた退職の日、堂上にかけられた最後の言葉は――

 

「この先もお前は、後悔なんてする必要ない」

 

 

それは暗に「お前は正しい道を選んだ」と言われているようで、瞬間、暗く沈んでいた心に光が射した気がした。

 

――きっと堂上にも、この瞬間があったはずだ

  多分、あの子が光をあててくれてたんだな

 

 

 

大野自身の道を決定づけた出来事に、あの日の女子高生は少なからず影響を与えた人物の一人だ。堂上と併せて、恩人と言っても過言ではない。だから―――

堂上と郁の願いを叶えてやりたいと、二人が進んで行く道に僅かながらでも光を与えてやりたいと思う。

しかしこれが、正しいやり方だと言えるだろうか・・・。

 

 

 

 

 

「初めて地下リクエストした時、笠原さんがこの詩について思う事を話してくれたでしょ。それが忘れられなくて。もうちょっと話を聞いてみたいと思ってたんだ」

「えー!あたしの、ですかぁ?!」

「うん。人それぞれ、受け取り方は違うからね。多くの人の意見を聞くことは必要だと思うんだ。それに、感じることは一つでなくていいんだから」

「・・・はい。確かにそうですね。一つの考えに凝り固まるのは、心に自由がないようで寂しいです」

郁の言葉に大野は表情を変える。

「心に自由がない、か・・・。いい表現だね。是非、生徒たちにも言ってあげたい」

いいかな?と尋ねられ、郁は真っ赤になりながら「お恥ずかしいデス」と遠慮気味に了承した。

 

「この詩は、最後の部分に作者の想いが込められてるって解釈する人が多いけど。じゃ、何で『最初の質問』ってタイトルなんだろうって思わない?」

「んー、そうですね。それに、並べられた質問はどれもとっても日常的なのに、最後だけは違うんですよね。本当は、この最後の質問を最初に訊きたかったのかな?」

「・・・なるほどね。一番聞きたいことを最後にする意図は?」

大野の問いに、郁は真剣に頭を悩ませた。ちょっとして、郁の持つ空気がふんわりと変化したことに大野は気付いて注視する。

 

「例えば・・・好きな人にですね、『私のこと好き?』って訊きたい女の子がいます。あ、男の子でもいいです。好きな人に自分が好かれているか訊きたい。でも、恥ずかしくて訊けないですよね。モジモジして黙っちゃう、なんてことを繰り返していたんです。

女の子は気が付きます。二人きりの時間なのに、何も話せずにいるのは勿体ないって。だから、なんとかして訊きたいことに辿り着けるように、色んな質問をしていくの。でも、男の子の表情は硬くて、返事も短くて、会話のキャッチボールみたいにはならない。

どうしたらもっと彼の笑顔が見れるだろう・・・どうしたらもっと声が聴けるだろう・・・って、質問の仕方を変えたり、普段は気にも留めないことを訊いてみたり。

だんだんと彼の表情が和らいで、答えにも色んな話をつけてくれるようになって。彼のその日一番の笑顔が見られた時、不思議と自然に『私のこと好き?』って訊けた」

 

郁は恐る恐る大野と視線を合わせる。気付いた大野はニコリとして「それって」と口を開いた。

 

「もしかして、男の子の方も、実は同じように訊きたいことがあって緊張してた、なんてことあるかな?」

「・・・あると思います!」郁はキラキラな笑顔を見せる。

「そっか。『言葉をないがしろにしている』って、本当の気持ちが知りたいとか、一番欲しい言葉があるとか、自分の気持ちに正直になるなら言葉を駆使しなきゃダメだってことだよね。そしてそれは、相手に信じてもらえるような言葉を選ばなきゃならない」

「はい。『あなたは言葉を信じていますか』って、単純なイエスノーの答えが欲しいわけじゃないんですよね。遠回りな質問の答えは無駄ではない。相手を知るツールです。言葉を信じて、相手を信じて、更に言葉を尽くすことが大切だと思わせてくれます」

 

 

 

 

時間をたっぷり使って、大野は授業の準備を終えた。傍らで郁が、絵本を見本にして紙芝居を作り上げてくれている。

「笠原さん、本当にありがとう。とってもいい授業が出来そうだ」

「いえ、こちらこそ勉強になりました。ありがとうございます」

深々と頭を下げられ、大野は目下の郁の頭に手を乗せた。

「笠原さんは、いい図書隊員になれると思うよ」言って、子供を褒めるように撫でる。

「・・・あ、ありがとうございます!」

郁の声が床に反響した。

 

 

「あ、あの大野さん!―――――

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

10日後。公休日明けの午後は、防衛部全体訓練。

準備運動を手塚と共に入念に熟していた郁は、空を見上げて溜め息を吐いた。

 

「・・・最近、調子はどうだ」

「んー?まあまあかなぁ。手塚は?」

「変わりない」

「そ。それは良かったね」ニシシと笑う。

「そういえば、急に来なくなったな。二正たちの同期の人」

「大野さん?授業の準備が出来たから、来る必要無くなったんでしょ」

「・・・そうなのか」郁を伺うような声だ。

「なぁに?何か言いたそうじゃん」

「いや。お前、あの人とすごく親しそうだったからな。何かあるのかと・・・」

「は?何かって何よ?あるわけないじゃん!」

「だよなぁ」

何故か項垂れる手塚に、郁はちょっとムッとする。

「実はさ、大野さんって王子様じゃないかって思ってたんだけどね」

「・・・やっぱり」

「やっぱり?」

「そんなことじゃないかと思ってた。何だか二正たちも落ち着かない雰囲気だったし」

郁は手塚に預けていた背中を支点に、思い切り踏ん張って立ち上がった。

「えっ、えっ!教官たち、どうしたの!?」

「・・・大野さんが来ると、言われなくてもシフトを変更したり。お前と大野さんが選書してる時とか、心配そうに見てたりな」

ま、それは堂上二正に限ってだけど、と付け足された部分が重要だったりする。郁は何となく居た堪れない気持ちで俯く。

「で、どうだったんだよ?大野さんは憧れの王子様だったのか?」

「・・・ううん。違った」

 

小さく落とされた返事の後、郁は顔を上げて「違ったんだよ!」と手塚に笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

格闘訓練では、11模擬戦の後、二組のバディ同士での対戦訓練。バディ総当たりを目標に、時間内目一杯に格闘しろと強烈な指示が飛んだ。

手塚と郁のバディは、当然の如く一番下っ端、赤子扱いで先輩たちから洗礼を浴びる。特に、特殊部隊のメンバーは容赦がない。

 

「ねえ、手塚。あの人たちに勝とうなんて思わないけどさ、もうちょっと善戦したいよね」

「ああ。このまんまじゃ終われないな」

「次の組にはさ――――・・・」

 

末っ子たちが何やら作戦を立てている様子を、タスクの面々は嬉しそうに見ていた。中には堂上の脇腹を肘で突いていく輩もいる。郁と手塚の精神的な成長を垣間見た気がして、上官である堂上と小牧もご満悦だ。

次の対戦相手と向き合って一礼し、合図とともに皆が動き出す。郁はフットワークを活かして相手に捕まらないよう距離を取りながら、もう一人を相手にする手塚との距離を測っていた。

郁と手塚が背中合わせになるかという時、「ぎゃっ!」っと色気の欠片も無い声が上がり、一人の姿が消えた。見ると、グラウンドに仰向けで転がる郁。

「・・・笠原、何してんだよ」

手塚の絶望的な問いかけに、郁の乾いた笑い声が返ってきた。

「あれー?何かに足を取られたみたい・・・へへへ・・・失敗しちゃったぁ」

「しょうがねぇなぁ」と言いながら手を差しのべた手塚は、郁の手を掴んで思い切り引き起こしたのだが―――

「ぎゃーーーーっ!いったぁぁぁぁい!!」郁の絶叫。

 

 

「笠原、どうした!?」

慌てて駆け寄ってきたのは、予想通り堂上と小牧。二人は地面に女の子座りの郁を見下ろしながら、手塚に説明を求めた。

「足を取られるようなものは無いぞ。単に足首を捻っただけじゃないのか?」

堂上は片膝をつき、郁の足を無理ない程度に持ち上げながら、痛みの箇所を検分する。

「・・・これか?」

「っ!・・・はい、そこです」

「やっぱり、足首を捻ってる。こりゃ医務室だな」

立ち上がって辺りを見回し緒形を見つけて報告すると、「小牧と手塚でバディ組んで、後半の訓練を受けろ」と指示し、併せて班長権限を小牧に渡して郁を横抱きに持ち上げた。

 

「・・・これ、何度目だろうな」

抱えた郁の顔を斜めに見下ろして、冷めた目を見せる。郁はひたすら「ごめんなさい」を繰り返して、医務室へと向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

第二との会議があるとかで、医務官はいつもの倍の速さで郁の足首を固定した。その時、訓練終了までは医務室で休むよう言われ、堂上は報告書の類も任されて居残りとなる。

堂上と二人きりの医務室には、書類に書き込む音だけが響いて、郁はベッドの中で顔の半分が隠れるまで毛布を引き上げた。

「どうした。寝ててもいいぞ」

「・・・いえ。そんなに時間無いし。教官が仕事されてるのに、呑気に寝てなんかいられません!」

「くくく・・・そんな気遣い、出来るようになったのか」

まるで園児を褒めるかのように、「そうか、そうか」と嬉し気に笑っている。

「何気に、バカにしてますね?」毛布の中で頬を膨らませてみた。

「いや、すまん。バカにしたわけじゃないが、お前も手塚も、ちゃんと図書隊員として、社会人として成長してるんだと思ったら、日頃の俺たちの苦労が報われた気がして嬉しくなった」

本当に、褒められてるんだか貶されてるんだか・・・。でも、堂上が笑顔になっているのに釣られて郁の頬は緩んでしまう。

 

窓際の医務官の机に向かう堂上は、真剣に報告書類をまとめていた。癖のある文字を書いている時の堂上の背中は、普段のそれとは違って猫のように丸まる。何だか可愛く思えて、クスッと笑ってしまった。毛布の中だから聴かれていないと思ったのも束の間、「何笑ってんだ」と呟かれた。それには聴こえない振りだ。

 

「そういえば、笠原。昨日、大野から連絡があってな。あの詩の授業、上手く行ったそうだぞ。お前に礼を言ってくれと頼まれた」

「そうですか!よかったです」

「お前、紙芝居を作ったんだって?」

書くのを止め、堂上は椅子を回転させて郁のベッドに向いたのをきっかけに、郁は毛布を胸まで捲って上半身を少し起こした。

「はい。絵があるとイメージが膨らむかな?って思って。あの詩は、質問の内容が自然の風景とか音とかに関してるんです」

「・・・俺も読んでみた」

「え!ホントに?!どうでしたか」

「良い詩だな。共感できるものだったように思う」

「教官は、あの中の最初の質問ってなんだと思います?」

堂上は少しだけ視線を下げ、すぐに郁へと戻した。

「全部、だな」

「・・・ぜんぶ?」思ってもみなかった答えのようだ。

「ああ。訊きたいこと全部が最初の質問だ。それだけ、相手のことが知りたくて堪らないって気持ちなんじゃないかと思う」

郁がじっと堂上を見つめていると、それに気付いてふっと視線を外された。顔を背けた時に見えた耳が赤くて、郁はちょっとドキドキした。

 

「大野から――お前に伝言だ。

 『もし、笠原さんが訊きたかったことを最初に訊かれていたら、きっと答えは違っていたと思う。キミが最後に訊いたから、僕は正直になれたんだ』

 ――だそうだ、が。一体、お前は何を訊いたんだ?」

 

堂上の質問に、郁はふふふと笑みを浮かべる。「あたしは、全部じゃなかったから」と意味深に呟いて、気持ちを切り替えるかのようにニパッと笑って堂上を見た。

 

 

「きょーかん?

 今日教官は空を見上げましたか?

 空は遠かったですか?近かったですか?

 雲はどんな形をしてましたか?風はどんな匂いがしましたか?」

 

それは『最初の質問』の冒頭だ。堂上はニヤっと口角を上げてから、郁のベッド脇のパイプ椅子に移動した。

 

「何か、訊きたいことがあるんだな?」

郁はこくりと頷いて、だけど少しだけ躊躇した。

 

――今 訊いてもいいのだろうか

  ちゃんと答えてくれるだろうか

 

そんな郁の不安が伝わったのか、堂上は息を吸い込んでから郁の頭に手を乗せた。

それは無言の合図のようで―――

 

 

 

「きょーかん?

 教官は、あたしと出逢った日を覚えてますか?」

 

 

5年前の秋の日の、衝動と感情が蘇る。

 

 

「――ああ、覚えてるよ」

 

 

堂上の答えはそれだけだったが、頭に乗った掌が二度弾んだのを確かめて、郁はそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

堂上と小牧が館内警備で回っていると、背後から「教官」と声がした。それは郁の応援団長の怒気を含まない声だったので、構えることなく振り返った。

 

「ふふ・・・私の思った通りになりましたね」

人差し指を口元にあてて、柴崎は笑みを隠さなかった。顔を見合わす上官たちに、勝利の宣言を始める。

「笠原。自分の力で、大野さんが王子様じゃないってことに辿り着きましたよ?教官たちの思惑通りにはならなかったですねぇ」

「うん、確かにそうだね」小牧はきっぱりと認めた。

 

「手塚が話してくれました。笠原は、大野さんが王子様じゃないってこと、笑って話したそうです。全然残念そうじゃなくて、なんなら嬉しそうって感じで、手塚の方が面食らったって。で、あの子、言ったそうですよ」

含んだ口調に小牧は身を乗り出して「なになに?」と先を急がせた。

 

「王子様に似てるかも?って思える手は、ちょっと前から見つけてたんだけどね」

 

 

小牧が堂上の横顔に視線を落とし、そのまま微妙に体を折り始めた。

「ね?私が言った通りでしょ?『茨城県産純粋培養純情乙女、なめんなっ!』ですよ」

この後に及んで似てるかも?ですからねー、っと両手を広げておどけて見せた柴崎に、小牧は我慢の限界で笑い崩れる。

「でも、それだけで満足なんですって!王子様の正体になんか興味ないみたいですよ。今は、目標とする隊員を追うことで精いっぱい、らしいでーす!」

柴崎は「どんだけよ」と呟きながら、堂上たちに敬礼して業務に戻った。

 

 

残された堂上は居た堪れない様子だが、眉間の皺はいくらか解れていた。

「ホントに、うちの姫さんは可愛いね。王子様を待ってるなんて性分じゃない、って感じ?」

「ああ、逞しいな」

 

堂上の声は呆れているようにも聞こえたが、そんな風に思っているはずもなく。確かめるまでもなく照れているんだと小牧には分かった。

 

「大野から訊いたんでしょ?笠原さんにどんな質問をされたのか」

「ああ」

 

 

 

――「大野さん―――あたしと出逢った日を覚えていますか?

 

   あたしの頭を撫でたこと覚えていますか?

 

 あなたはあの日の――三正ですか?」

 

 

 

「一番訊きたいことを最後に訊いたって。それが笠原の想いの強さだと感じて、誤魔化すことが出来なかったと。王子様のフリをするって約束だったのに、出来なくてゴメンと謝られた」

「でも、堂上は同じ質問を最後までされたら答えようが無いから、最初の質問に答えたわけだ」

堂上は小牧に向かって「ま、そういうことだ」と軽く流して仕事に戻った。

 

 

 

 

 

――いや、小牧  きっと笠原は 

ひとつの質問しか用意してなかったと思うぞ

 

 

 

 

堂上は、手塚と共に階下で警備する郁の姿を視線で追った。

 

 


――なあ、笠原

  大野が王子様じゃないと分かって

  お前が嬉しそうだったのは、なんでだ?

 

 

 

 

 

「俺の質問に答えてくれる時は来るんだろうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fin

 

 

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弱点

愛される理由・番外編

comment iconコメント ( 6 )

No title

大野君お誕生日おめでとうございます。
大ちゃんのお母さん。いっつも大ちゃんを産んでくれてありがとうございます!!

大ちゃん出演のドラマ見てるみたいな気分で、名俳優たちで再生しました。
「・・・マジか。堂上・・・」のセリフが!!
彼の声で彼の言い方でまんま、まんま出て来ちゃった(笑)堂上さんとも同期♪

大ちゃんに王子様疑惑!?でも、大野さん純粋乙女をはぐらかしたりせず、正面から向き合ってくれました。素敵!!こんな現代文の先生がいたらいいのになぁ・・・

原作の間の、ほんとにあったかもしれないお話で、スパイスの投入!
ブラボー!!

名前: 屋根裏部屋の住人 [Edit] 2016-11-26 00:39

大たんお誕生日おめでとう!

恥ずかしながら、長田弘さんの「最初の質問」を初めて読みました。そしてこちらの作品。おこがましいですが、深い!言葉は本当に大切ですねー。改めて感じています!
本文中の大野先生、ええ仕事してまんなー!
素敵な作品ありがとうございました😊
泣けた。

名前: kiko [Edit] 2016-11-26 01:10

屋根裏部屋の住人さんへ

ありがとうございます♡
ほんとに、いっつも(笑)ありがとうございます!

実写化できた?声とか再生できると、悶えるよね~~~♡
教官と並んで談笑とか・・・妄想爆発!!

オリキャラがかなり目立ってしまいましたが。
教官の助けになってくれたかと。
そして、学校にいる・・・って妄想は、ホントに楽し過ぎる!!

名前: 悠@c.you [Edit] 2016-11-26 18:05

kikoさんへ

ありがとうございます♡
私も先日、知ったばかりの詩です。
某委員の研修会でご披露されたのです。
読んだ瞬間、「これは堂郁!」と(笑)
どんだけだ!です♪

教官の想いを書いてると、私も泣けますw
それも どんだけだ!って感じです。。。

名前: 悠@c.you [Edit] 2016-11-26 18:09

また、読んじゃった♪

またもや、はまった(笑)
「・・・マジか。堂上・・・」のセリフに、また本物実写版で再生されて、ニヤけた。
大ちゃん、図書隊のダークブラウンの制服、超似合う!紺のネクタイも素敵♪
はぁ(*´Д`)
たまらーーーん!!

名前: aya@屋根裏部屋 [Edit] 2017-11-18 08:50

やっぱり!

↑ayaさんももう一回読んでたか(笑)

「ーーああ、覚えてるよ」
この一言が好きです。
泣けるの。悲しい涙じゃなくてね。

そしてこのオリキャラが大野さん(実写妄想w)だから良い(*´꒳`*)

名前: yuca [Edit] 2017-11-18 12:01

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