パラレル2話目です。
郁ちゃん視点かな。







2 初恋の定義

 

 

 

あたしは今日から中学生になる!

つい3週間くらい前まで真っ赤なランドセルを背負っていたあたしが、膝下5cmのプリーツスカートの制服を着込んで、電車に乗って通学する。初めてのことばかりで、正直不安がいっぱいだ。

でも、あたしには心強い味方がいる!!

お隣りに住む堂上家の長男である篤くんは、あたしより5歳年上で今年高校三年生。あたしが入学する学校の高等部に通っている…と聞いていた。

 

あたしには3人の兄がいて、その三番目の翔兄の同級生の篤くんは、小さい頃からよく遊んでくれた。きっとあたしみたいな子は邪魔だったと、今なら当時の兄たちの気持ちを考えられるのだが、あの頃のあたしは名実ともに子供で。自分の事しか考えてない、わがままな女の子だったと自覚してる。

そんなあたしの事を篤くんは可愛がってくれてた…と思う。小さい頃、絵本を読んでくれたこと、今でも覚えてる。

 

 

『あたし、このお話がだいすきー!』

 

『そう言うと思ったんだ』

 

 

篤くんはいつも、優しく笑ってくれた。あたしの頭を撫でてくれた。

――そう、さっきみたいに。

 

 

篤くんと同じ学校に通えると分かった時、神様に感謝した。

お母さんに快く思われてなかった陸上競技の選手として進んでいくこと――それを強引に選んだ自分を誉めてやりたいと思った。これまで頑張って練習してきたあたしへの、最高のご褒美だと思えた。

 

なのに…学校で再会した篤くんは、ちょっと雰囲気が変わってた。

顔を合わせなくなって3年以上過ぎてる。もうあれがいつのことだったかさえ思い出せないくらい前のことになってて、自分でも驚いたんだもの。変わってしまっても仕方がない。

少し寂しくて、一人で浮かれてたことが恥ずかしくて。沈んだ気持ちだったけど、ふと頭に乗せられた掌は、昔とちっとも変わらない。優しくて、温かで、懐かしい。

 

 

「――先輩、かぁ」

 

「堂上先輩と、どういう関係?」

 

突然声をかけられて、コントか!ってくらい飛びあがって驚いてしまった。

振り向くと、あたしと同じグリーンのストライプ柄のリボンをつけた飛び切りの美人と、同色同柄のネクタイをした背の高いイケメンがこちらを見てる。

 

「え…あのぉ…」

「あら、私たちの顔、忘れちゃった?同じクラスなんだけど」

「お前、笠原…だったよな」

「う、うん。ごめん、顔とか覚えるの苦手で…」

「ふふ、今日が初めまして、だものね。仕方ないわ」

 

笑うと更に美人が引き立つって、どんだけだ!

イケメンも爽やかさ醸し出しちゃって!!

 

「で?堂上先輩とはどういう関係?」

「あつ…堂上先輩、のこと知ってるの?」

「今、この学校内で堂上先輩のこと知らなかったらモグリだわ」

「小牧会長と、特進クラスのツートップだからな」

「こ、ま、き?」

「高等部生徒会長の小牧先輩。二人とも高等部からこの学校に入学して、あっという間に有名人よ」

「スポーツ特待生より話題の二人、だな」

 

ちょっと次元の違う話で素直に「ほー」っと感心しつつ、篤くんがそんな有名人になっていることは何だか身内のことのように嬉しい。

 

「そうなんだぁ。うちのお隣さんなの。所謂、幼馴染みってやつ」

「へー!…それなら、一つ忠告」

人差し指を唇にあてて、美人な同級生はあたしの傍に寄ってきた。

「私たちは初等部からのエスカレーター組だから、困ったことがあったら言ってね。その上で、笠原さん自身でも気を付けて欲しいの」

「う、うん…」

「後でじっくり説明するけど。高等部特進科の先輩方とあまり親し気にしないこと。上下関係が厳しいことで有名なの。特に中途入学者には嫌がらせもあるって聞くから、意識して注意してね」

「何かされたら、すぐに俺たちに言えよ」

「…なんで?」

「「 は? 」」

「なんで、あたしに優しくしてくれるの?」

 

今の話が本当なら、エスカレーター組に嫌がらせされるのが中途入学者ということになるのに、この二人はあたしを助けてくれるって言う。今日が初対面の二人からの忠告に、少々不安が過った。

 

「んー、単純にクラスメイトだしぃ?私も手塚も、初等部の児童会執行部だったから。何となく特進クラスに対する嫉妬みたいなものに敏感になっちゃってて」

「笠原も中等部の特進クラスに入るほどだから、きっと色々あるだろうって予想がつくしなぁ」

 

この二人も特進クラスってヤツなんだ。ホントに優秀なんだろうなぁ…ってぼんやりと考えてたら、美人な同級生がクスリと笑った。

 

「何言ってんの?アンタも特進なんだから『優秀』なのよ?」

「――へ?」

「ダダ漏れだぞ。面白いやつだな」

「私は柴崎麻子。こっちは手塚光。よろしくね、笠原郁さん」

 

トドメの笑顔で心臓を撃ち抜かれた気分。

こんな同級生もいるんだぁ…って感心しながら、優秀な人たちと肩を並べていくことへの不安が広がった。

 

 

 

 

 

クラスメイトの柴崎と手塚とはすぐに意気投合!といった感じで、入学式の日の放課後に早速詳しい情報を入手することができた。

 

初等部からのエスカレーター組の中でも、柴崎と手塚のように学業で優秀な生徒は特進クラスになる。逆に成績不振で公立の学校へ進路を変えることになる生徒もいるらしい。

特進クラスにはスポーツ特待生も含まれていて、毎年特待生で居続けるために大会で結果を出さなければならないなど、苦労も多いという。

 

「特待の中には学業特待もあるのよ。小牧会長や堂上先輩は正にそれね」

「学業特待での中途入学者は少ないから、自然と注目されるんだ」

「更に、先輩たちは人望も厚くて。生徒会執行部に推薦されたの。ここ最近では無かったから、余計に注目されたのね」

 

篤くんの武勇伝を聞いて、あたしはテンションを上げた。気をつけていないと、顔がニヤけて仕方がない。

 

「笠原って、正直なのね〜」

「ああ、馬鹿正直だな」

「むっ!なんだとー!手塚、もう一回言ってみろ!」

 

あたしの反抗的態度に柴崎が笑う。

 

「何だかアンタたち、兄弟みたいね」

「な、なんでだよ!」

ちょっと慌てた手塚が可愛い。

「じゃれあい感が半端ないわ。仔犬同士?」

「それ、嬉しくないから!!」

柴崎が、今度は薄く笑った。

「これなら、手塚絡みは大丈夫そうね。問題は……」

「堂上先輩、だな」

「え?……」

 

状況が呑みこめないあたしでも、何となく嫌な感じは受け取れる。

何が大丈夫で、何が問題なんだろう…

 

「堂上先輩って、笠原の初恋の人なの?」

「・・・は?」

「ふふふ…何、その反応」

「は、つ、こい?」

「幼馴染みの定番じゃなぁい?小さい頃から追いかけてた男の子が、いつの間にか恋の相手になってた!…みたいな?」

「・・・こ、い?」

 

あたしの反応があまりにも悪すぎるからか、柴崎からは溜め息が漏れた。

隣りの手塚が困ったように肩を落としていた。

 

「柴崎、こいつはその手の話に疎いんじゃないか?」

「ん。そうかもね。これじゃ、話を進めても陽が沈むわ」

「・・・こ い・・・」

「ああ、もう!笠原、考えなくていいから!大丈夫、私たちには分かってる。アンタの気持ちは!」

「あたしの気持ち?・・・って、なーに?」

 

手塚がガクリと項垂れて笑い始めた。これにはちょっとカチンとくる。

 

「自覚が無いなら尚更よ。自分の気持ちに気付いてないなら、ついつい昔ながらの空気に流されがちになるわ。いくら先輩だって、小さい頃から付き合いのある笠原を無視するわけにはいかないし。二人の距離が近いってことがバレるのは時間の問題よね」

「とにかくお前は、堂上先輩との接点を少なくするように努力しろ!」

「えーーっ!なんでぇ?せっかく、篤くんと同じ学校に通えるようになったのにぃ!」

 

感情のまま叫んで、手塚から拳骨を喰らった。

 

「バカか!こんなとこで名前呼びとか、自分で自分の首を絞めてどーする!!」

「あー、ど、堂上先輩、にも言われたんだったぁぁ」

「ホント、アンタってバカね」

「むーーーーっ、返す言葉が無いっ!」

 

自分が情けなくって、ちょっと涙が滲んでしまった。

柴崎は手塚が落とした拳骨の痕を優しく撫でながら、「素直でよろしい」と子供を慰めるようにしてくれた。

 

「良くも悪くも、笠原は素直なのね。それならそれで、何かあった時の対処の仕方があると思うの。大丈夫、私たちはアンタの味方よ」

 

言われて手塚を見ると、黙ってコクリと頷いてくれた。

何だか心強い仲間が出来たような気がして、すごく嬉しかった。

 

 

 

「ところでさ。柴崎と手塚も、幼馴染みなの?」

「ん?ちょっと違うかなぁ。でも初等部入学の時からの腐れ縁ね」

「ああ。特進が一クラスしかないから、自動的にずっと同じクラスだったし」

「ふ~ん。で?お互いに初恋の相手、なのぉ?」

 

さっき喰らった爆弾をあたしも投げてみた。

柴崎は顔色を変えずに手塚を見上げ、手塚は少しだけ耳を赤くして咳払いした。

 

――そっか。手塚はビンゴだな()

 

そんな手塚に気付いたのか、柴崎はすぐに視線を戻してニヤリと笑いながらあたしに爆弾を投げ返す。

 

 

「ねえ、笠原。聞いたことないの?

 初恋ってね、実らないものなのよ?」

 

 

 

 

篤くんへの気持ちの正体を知らないうちに、初恋の輪郭がぼやけてしまった。

何故だか少し寂しくて。

「そんなの嫌だな」って思ったの。

 

ふと手塚の表情を見て、「ああ、同じ気持ちになったんだな」って気が付いてしまったから、勝手だけど仲間意識が強くなったんだ―――

 

 

 

 

 

翌日は中・高等部合同の始業式。

校長先生だかの有り難い訓示の後、各クラスや教科担任の発表。講堂の各所でざわざわとした空気が広がった。

あたしの担任は理科担当の女性教諭。挨拶を聞くだけでも、明るくサバサバとした性格が窺えた。昨日の入学式後の各クラスのホームルームでも、きびきびとしていたのが印象的だった。

 

クラスの列の前方を少しの背伸びで見渡すと、柴崎が真ん中より前の方に並んでいるのが見えた。そしてふと横を見ると、手塚が真面目な顔をしている。

背の順で並ぶと、あたしは一番後ろになることが多い。今年も多分に漏れず最後尾。手塚も男子の列の最後を飾っていた。

 

「昨日は名前の順だったから、二人ともあたしより後ろの席だったんだね。全然気が付かなかったもん」

「お前、朝のクラス集合の時とか、周りを確認しなかったのか」

「そんな余裕無かったよ。ドッキドキだったから」

「・・・へぇ」

「あ、今、あたしのキャラじゃないって思ったでしょ?」

「そういうのだけはスルドイとか、どんだけだ」

「けっ!」

 

お互いに前方を真っすぐ見ながら、相手を牽制しあう。

前に並ぶ男女は、チラチラとあたし達を窺っているようだ。ちょっとうるさかったかな?ごめんねー。

 

あたしは時々、高等部の列を横目で確認しようと頑張る。

その怪しげな動きを捉えた手塚は、すかさず「やめとけ」と窘める。昨日聞いたこと忘れてないけど、全てを受けれた訳じゃない。納得出来ないことが沢山あるから、一つ一つ篤くんに確かめたいって思ってるくらい。

 

「目立つ事はやめろよ」

「誰も見てないよおぅ」

「だとしてもだ、お前は普段から気をつけてないとダメだ。ニワトリ並のようだからな」

「なーに?やる気?

「やらねーよ」

 

ムカツク手塚の脇腹にヒットするように、肘鉄を喰らわせた。「なんて奴だ」と苦い顔するだけで、仕返しはしてこない。

そういうとこ、今まで遊び友達となっていた男子とは違うんだなぁ…って、少しだけ手塚が大人に見えた。

 

 

——あたしも、大人にならなきゃダメなのかなぁ

 

 

 

 

 

始業式の後は、ホームルームとして入学後の生活面の注意事項確認や、春恒例の記入物、提出物の説明などに時間を割かれて、正直あたしは眠気に負けそうだった。

幸か不幸か、あたしの席は窓際の一番後ろ。ふと外に視線をやると、桜の木が数本並んでいるグラウンドに100メートル走用のコースが見えた。

4階建ての校舎は、最上階に1年生の教室。階下に行くにつれて学年が上がる。見晴らしのいいこの教室で一年間過ごせることには、テンションが上がっていた。

 

――早く走りたい!!

 

放課後の部活動時間が待ち遠しい。春休みに参加した練習では、高等部の皆さんとも少し仲良くなれた気がする。楽しく走れたら…こんなに幸せなことはない!

うずうずしながら眠気を吹き飛ばして午後を過ごした。

 

 

 

 

 

放課後。

終業のチャイムと共に教室を駆け出そうとしたあたしを呼び止めたのは、柴崎と手塚だった。

 

「笠原、部活なのか!?」

「うん。今日は高等部と合同なんだって。行ってくるね!」

「あ、ちょっと待って!!」

「何よー!?」

 

あたしの走り出しの一歩を捕まえるなんて、柴崎素早い!…と思ったら手塚だった。コイツ、運動神経もいいのか…とちょっと嫉妬する。

 

「手塚、ナイス!――あのね、陸上部の部長さんって、堂上先輩と同じ特進の人だからね。ボロ出さないように気を付けなさいよ!」

「うっ!!部活でもかーっ!」

「当たり前だろ!学校内では気を抜くなよ!」

「げーっ。なんかテンション下がってきたなぁ」

 

そう。陸上部だったら篤くんとのこと気にせずに、のびのびと走ることだけ考えていられるんじゃないかって期待してた。なのになぁ…

 

「まあ、気持ちは分かるわ。部長さんには言葉遣いとか気を付けていればいいでしょ。きっとね、他に気を付けることが出てくるから」

「え?なにそれ」

「んー。今はまだいいわ。そのうち、分かる時がくるから」

「何かあったら俺たちに相談しろよ」

「う…うん。わかった。じゃ、行くね?」

「いってらっしゃい!」

 

美人の笑顔に送り出されて、ちょっとだけ気分は良かったけど。

二人の言う「他に気を付けること」ってのが気になって仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

「おい、笠原!ちょっと来い!」

 

部長の新井先輩に呼ばれて後をついて行くと、誰かに声をかけた部長があたしに手招きした。小走りで近付くと、部長の向こうに篤くんの姿が見えた。

 

――わあ!今日も会えた!!

 

つい柴崎と手塚の忠告も忘れて、いつもの調子で名前を呼ぼうとしてしまった時だった。

あたしのことを見た篤くんが、ゆっくりと首を横に振った。何だろう?って口を閉じたら、部長が篤くんにあたしのことを紹介し始めた。

それでようやく気が付いた。

知らないフリ、しなきゃならないんだね―――

 

 

「――こいつは俺と同じクラスの堂上篤。生徒会副会長で、入学式にも出席したみたいだけど。覚えてる?」

「え…っと…な、なんとなく、ですが」

 

――知らないフリ、知らないフリ、知らないフリ!!!

 

「笠原さん、よろしく。新井はこんなだけど――――

 

 

 

 

目の前の篤くんが、あたしと初対面のフリで話しかけてくる。

いっぱい、いっぱい遊んでくれた篤くん。

お強請りした絵本を丁寧に読んでくれた篤くん。

小学校の初めての運動会の時のこと。

ずっと忘れられなかった言葉。

 

今までの全部が無かったことになったみたいで、すごく悲しい。

 

 

 

篤くんの声も耳に入ってこなかった。気が付くと部長に見つめられていて、その横で篤くんが小さく頷いたから「………はい」と返事しておいた。

その対応は間違ってなかったみたいで、篤くんはホッとした表情をみせながらも、眉を下げて困った風だった。

 

 

「なあ?可愛いだろう?彼氏いないんだってさ。俺、立候補しちゃおうかなぁ」

「「えっ!?」」

「……え?同じ反応?」

 

笑える!と声を上げた部長の横で、篤くんは眉間に皺を寄せていた。

あたしは知ってる。その眉間は―――

 

 

「笠原、戻るぞ」

部長に耳元で囁くように言われて、あたしは途端に真っ赤になってしまった。

その理由とか、部長の真意とか、結構重要なことはあったはずだけど、あたしの意識は篤くんに向いていた。

 

右手首を部長に掴まれて引かれるように歩き出したあたしを、篤くんは表情なく見つめてた。

 

 

 

 

篤くん――そんな顔しないで

もっと、あたしに分かりやすい顔してよ

何考えてるか分かんないよ!

 

 

 

 『郁はいい子だな』

 

 

頭の中に浮かんだ声は、小学一年生の秋のこと。

あの時、篤くんはあたしの頭を撫でながら「いい子だ」と言ってくれた。

でも篤くんの表情は悲しそうだったの。

 

だからあたしは――初めて篤くんを助けたいって、小さな拳を握りしめたんだ。

 

 

 

 

 

 

あれが『初恋』の瞬間だったのかな?

 

――ね、柴崎。どう思う?

 

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】

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