「手紙」の続き。
今回の郁ちゃんは、堂上さんから離れた場所で
図書隊員として成長した姿を見せてくれます。
そして・・・再会♡







手紙2

 

 


 

関西へ異動し、間もなくゴールデンウィークに突入。

業務に関しては関東も関西もあまり変わらない。防衛方の訓練等も、ソツなく熟していけている。思っていたより問題なく、対人関係には少し気を遣って様子を見ながら、自分の置かれた立場を客観的に考えられる余裕もある。

こんなにすんなりと関西に溶け込めると、関東で如何に手厚く育てられてきていたかということに思い至る。

問題なく過ごせているからこそ、そう指導してくれていた人たちが傍に居ないことが寂しく思えた。

 

――逢いたい

 

その一言を乗せた気持ちだけは、いつも遠くへ向けて念を送っていた。

自分から離れることを選んでおいて、今更どの口で「逢いたい」などと言えようか。

もう一人の自分は、厳しくもそう言って丸まった背中に蹴りを入れる。

自分の中の2つの心の戦いに、ハラハラしながら過ごす毎日。

勝敗によってはコレを送ることになるだろうから、毎日慎重に見極めなければならない。

 

コレ ―――― 堂上へ向けた一通のメール。

これを送信しようか、迷いに迷っている毎日なのだ。

 

まだ一人でも大丈夫と思える間は、送信を控えようと決心している。

だから・・・

 

――まだ大丈夫、大丈夫、大丈夫

 

暗示をかけるように心の中は「大丈夫」でいっぱいだ。

それは自然に頭に乗せられていた手を思い出しながら、自分を呼ぶ声を思い出しながら、検閲の時の呼吸を思い出しながら、いつも堂上から貰っていた「大丈夫」で埋め尽くす。

 

 

きっと自分の動向は関東へ報告されている。

だから気を抜けない。

いつでも必要とされる図書隊員でいられるように。

自分を律して日々の業務に励む。

 

あの人たちに育てられたんだから。

あの人が育ててくれたんだから。

遠い地で恩を返す。

それでいい。

 

 

 

 

郁は関西図書隊の防衛部に所属している。これは玄田の采配だ。

郁と手塚は、教育隊から直接配属で特殊部隊員となった「異例中の異例」である。本来なら防衛部で基礎を学んでから引き上げられるべきで、そこを体験していないことを気にする輩も少なくない。

郁たちが防衛部出身でないということで、他の隊員と比べて劣っているということも無い。逆にのびのびと自分の得意分野で活躍し、成果を上げてきてくれた。

だが郁が異動するとなったとき、玄田はこれをチャンスと捉えた。防衛部で更に基礎を学び、一回りも二回りも大きく成長して関東へ帰還する・・・そんなことを想像しながら一人ほくそ笑んでいたことは内緒だ。

 

当初郁は、珍しい「逆輸入品」として好奇の目に晒された。

関東の特殊部隊員としての活躍を知る者も多いのだが、それよりも女性の分類で色々な憶測が飛ぶ。そしてそこに尾ひれが付き、「防衛部格下げ」などと揶揄されるようになっていたのだが、本人はそんなものに動揺はしない。

 

「笠原~!お前、よく平気でいられるな」

「へ?そんな気にするようなことですかね?」

「強がってるだけだろー」

「いやいや。関東なんてもっとえげつないんですよー。こんなの可愛いもんです♪」

 

郁の言葉に関西の面々は、一体、関東はどんな嫌がらせをしたんだ?と慄く。

当の本人はあっけらかんとしたものだ。根性が座った郁を好ましく思う仲間は、どんどん増えていった。

そして何よりも、郁の体力面に度肝を抜かれる。完全に特殊部隊仕様になっている郁の身体能力は、防衛部の訓練では物足りなさ気だ。いや、関西の特殊部隊の訓練でも、もしかしたら物足りないと思うのではないか・・・と言うくらいなのだ。

案の定、防衛部全体の合同訓練で、郁は特殊部隊の面々を押し退けてトップクラスに入り込んだ。関東のメンツにかけて、ここは負けていられない!と心の中で闘志を燃やしていたのは事実だが、そこまで意識しなくても好成績は残せたであろう。

この訓練を境に、特殊部隊が中心となってある計画を立て始めるのだが・・・それに郁が巻き込まれるのは時間の問題であった。

 

 

 

 

「・・・これ。このままでいいのかなぁ」

 

片手にホチキス、片手に書類。郁を含めた数名の防衛部士長は、明日開催される会議の資料作りを任されていた。

ページを重ねて纏めてホチキス止め。それをくり返すこと百数十部。いい加減流れ作業に飽きてきたところで、郁は資料の中身に興味を持った。

 

「明日の会議って極秘とかなの?資料作りが前日なんて、なんか慌ただしいよね」

「別に極秘ではないよな。ただ資料は、内容の検討にウチとタスクの擦り合わせで時間がかかったって話だぞ」

「ふ~ん・・・それで、この内容?」

「なんだよ。笠原、不満気だな」

「だってさぁ、これって、秋にある図書館協会の全国大会の警備計画でしょ?作業しながら、ざっと目を通しただけでも、ツッコミどころ満載なんだけど?」

「おいおい。そんなこと、上の人たちの耳に入ってみろ。お前、大変なことになるぞ」

「うーん・・・それは分かるけどさ。明日の会議の参加者って誰なのよ」

「各基地のお偉いさんと、防衛部からの選りすぐり?ま、大体が各特殊部隊の隊長クラスか」

「えー!?マジ?・・・来るか・・・来るのか?・・・熊」

「は?熊?」

 

若干青ざめている様子の郁を見ながら、同僚たちは首を傾げた。

 

「はっ!だったら尚更!これ、関東タスクの隊長なら、ガンガン突っ込んでくるよ」

「・・・熊って、玄田隊長のことかっ!」

「へへ・・・いやいや、それより!こんな穴だらけの計画書、恥ずかしいって!」

「そうか?そんなに出来の悪いものだとは思わないけどな」

「うん。警備自体は、多分会議で詰めてく部分だから緩くても構わないと思うし、会場見取り図と互換性があって見やすい計画書だけどさ。話を詰めてく時に必要なデータ開示が少ないよ。もっとさ、この部分とか――――

 

「何やら楽しい話をしているようだね」

 

突然後ろから声を掛けられ、郁たちは揃いも揃って「ひぃぃっ!」っと悲鳴を上げながら振り返ってしまった。

小会議室の入り口に立っていたのは、防衛部のナンバー2、田所三監だった。一同綺麗な敬礼で、先ほどの悲鳴を打ち消す勢いだ。

 

「笠原一士、今の話の続きを聴かせてくれないか」

「はっ!いえ・・私の行き過ぎた発言ですので、お気になさらず・・・」

「そんなことはないでしょう。とても建設的な意見として拝聴したい」

「え、そんな・・・拝聴とか・・・恐れ多くて・・」

 

防衛部の上官の中でも、理知的でスマートなイメージの強い田所の登場は、平隊員たちを委縮させる要素満載ではあったが、郁はただ委縮しているわけではなかった。

田所の温和な雰囲気は稲峰を思い出させてくれる。仕事ぶりは隅々まで配慮が行き届いた緒形に似ているし、過去の武勇伝を伝え聞くと篤い想いがあの人と重なった。

憧れが強くて、強すぎて、ついつい照れ隠しのように俯いてしまうのだ。

 

「笠原一士。君の意見を聞きたい。あの玄田の秘蔵っ子と聞いているからね。ヤツが育てた、タスク唯一の女性隊員がどんな成長をしているのか知りたい」

「あ、あの・・・田所三監は、玄田隊長とお知り合いなんですか」

「ああ、同期だ。悪友と言ってもいいかな。私も以前は関東にいたのでね。防衛部で一緒だったこともある」

「そうなんですか!」

郁の表情が一気に明るくなったのを確認し、田所はふっと空気を柔らかく変えた。

「君の言う通り、ヤツならこういった会議で黙っていないだろうな。お互いに部や隊を任される立場になってから同じ会議で会うことが少なくなっていて、私は関西の色に染まり過ぎた感もある。初心に帰って、細やかな配慮を施した会議にしたいと思うんだが。協力してくれないか?」

 

田所の申し出に目を輝かせたのは郁だけじゃない。

そこに居た平隊員の全員が羨望の眼差しで田所を見つめ、憧れの人に頬を染める少女のような郁の横顔にドキドキしながら、彼女の視点を興味深く聞いた。

 

 

 

 

寮に戻ると、郁は大きく息を吐いてベッドに沈んだ。

夕方のひとときを想い出すと、胸のドキドキが止まらない。

 

「どうしよう・・・あたし、こんなに好きだったんだぁ・・・」

 

思わず零れた心の声が、自分の耳に届いた途端、全身が真っ赤になるのがわかった。

枕を抱きかかえて悶える。幾度かゴロゴロとのた打ち回ると、壁に腕がぶつかった。

 

「・・・あたし、どんだけだ」

 

熱を持った頬を両手で包んで、一呼吸して起き上がる。

同室の隊員はすでに夕食や風呂など、一日を締めくくる時間を過ごしているようだ。郁も急いで部屋を出て、就寝までの自由な時間を出来るだけ長く作ることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

机の上には便箋。これから手紙を書く。

今日、自分の心の中で暴れ出した気持ちに、気付かない振りは出来そうにない。ならば、一気に吐き出すまでだ。

相手に伝わるように――それだけを想って書く手紙だが、最終的に渡せるかどうかはまた別の話。この手紙の行方は自分でも分からない。

 

渡すことが出来るなら・・・書きたい言葉はただ一つ。

 

 

 

 

 

本日は防衛部の合同会議。各図書隊の防衛部のお偉方と、現場に近い指揮官クラスが一堂に会する。今回は秋に開催される図書館協会の全国大会の警備についてがメインとなっている会議で、その開催地である関西図書隊が幹事となっているため、関西の防衛部員は裏方仕事を割り当てられて大忙しだ。

 

郁たち図書士は、会場と会議の準備担当である。よって郁は、本日の参加者名簿にお目にかかることさえ出来ずに走り回っていた。

関東からは玄田が来るのは間違いないだろう。そうは思っても、一応確認して気持ちを落ち着かせておきたかった。が、願いは叶わず。

昨日作った資料などを抱えて会場へ向かっていると、前方にスラリとした背中を見つけた。

思わず訓練速度で近付いて、少し高いトーンで声をかけてしまった。

 

「田所三監!おはようございます!」

「ああ、笠原さん。おはようございます。昨日はいい話が出来たね」

「あ、ありがとうございましたっ!」

 

深々と頭を下げた。郁のスーツの上着の内ポケットでカサリと音がした。

渡せるかどうかわからない手紙が、郁の胸元で温められている。

 

「今日もよろしく頼むよ。ところで・・・ちょっとガッカリしたな。まさか、ヤツが来ないとはね」

「え?」

「あれ、笠原さんは聞いてないのかい?関東の代表は玄田が来られなくて、急遽代役になったらしい。えーと、なんと言ったかな・・・笠原さんなら知ってると思って、どんな人物か聞こうと探していたところだよ。昨日の話もあるしね」

「あ、あの・・・代役って・・・まさか・・・」

「噂では聞いていたんだが。玄田の懐刀とか言ってたな。確か――――――

 

 

って、え?笠原さんっ!!」

 

 

 

郁は田所が名前の頭文字を声にしたと同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

会場となる大講義室に資料を届けると、その足ですぐに受付のあるロビーへと向かった。

関東から関西への出張なら、とうに到着しているはずだ。人気のない廊下はトップスピードで。ロビー近くになると訓練速度で辺りを検索しながら歩いた。

 

すでに受付が始まっていて、各基地の代表が数人の塊を作って点々としていた。

その中に見覚えのある顔を見つけた。関東の原則派で、防衛部に大きな影響を与えることが出来る人物として有名な松川一監。他所のお偉方と立ち話をしている。

 

――こういう事は好きじゃないはず

 

郁は真っすぐ受付へ向かった。合間を縫って関東の出席者名簿を盗み見る。

玄田の名前が記されているが、一本の線で消されていた。

 

「あのぅ、欠席者の代役の方のチェックは、どこでされているんですか?」

端に立っていた三正に小声で聞く。

「出欠確認の締め切り後の変更は、当日の受付でやるの。名簿の最後に追加で記入してもらうのよ」

どうやら郁を受付係だと思ったらしい。「名前と所属と階級ね」と言いながら、別の名簿の最終頁を見せてくれた。

受付にやってくる人の波が引いた瞬間を狙って、郁は関東の名簿が印刷されているものの最終ページを開いた。

 

 

「――っ!」

 

見覚えのあり過ぎる悪筆。

しかしそれは、何度も書いてきた慣れも感じる柔らかい線。

 

目頭が熱くなった。

鼓動も速くなって、小さな胸が上下に動くのが視界に入った。

 

記憶の中で、あの人が好んでいた場所を想い出す。

ひとつ思い浮かんだ場所へ走り出そうとしたとき、自分の名前を呼ばれた。

一瞬、あの人が見つけてくれたのではないかと、息が止まりそうになった。が、それは同僚の声だった。

 

「笠原―!こっち、手が足りない。頼む!」

「―――もうっ!・・・了解!」

 

呼ばれた方へ足を向けた瞬間だった。

視線を移動させた中で、何かが郁の脳裏に焼き付いた。

 

「え・・・」

 

もう一度振り返ると、受付を挟んだ向こうの大きなガラス窓の前に、その人と見間違えるはずもないシルエットが浮かんでいた。

 

 

「・・・きょーかん?」

 

ガラスの向こうは夏の日差しで、郁からは逆光になって表情が見えない。

だけど郁の唇が動いた後に、ふっと笑ったように感じた。――気のせいかもしれないが。

 

郁は気持ちを抑えるのを忘れて、堂上の元へ走り出そうと体を向けた。

それと同時に、「待て」のハンドシグナルを食らう。続けて、人差し指で刺された方向は、同僚に呼ばれて向かおうとしていた会議の会場だ。

郁は堂上の意図を理解し、小さく頷いた後踵を返して会場へと向かった。

 

 

 

 

 

「笠原!」

 

呼ばれてあいつは背中を見せた。

テキパキと動くその姿を見つけてから、ずっと視線を外せなかった。

懐かしさ? そんな言葉では語り尽せない。

失くした宝物を見つけた子供みたいに、気分が高揚するのがハッキリとわかった。

 

嬉しかったのは、あいつが背中を向ける仕草の中で、俺の姿を見つけてくれたことだ。

勢いよく振り返ったあいつの表情は、きっと一生忘れることが出来ないだろう。

 

驚きと、喜びと、我慢しきれないあの感情――

俺と同じなんだな。それは良かった―――

 

あいつの口元が動いて、それは俺を呼んでいた。

その瞬間は待ちわびていたもので、幾度も想い返しては夢で逢えるのを楽しみにする他ない状況に苛立っていたのに。

俺は意識することなく微笑んでいた。心の底から嬉しいと感じていたんだと気づく。

 

近寄って、手を取りたい衝動を辛うじて抑え込んで、俺はあいつに仕事に向かうよう指示した。堂上班から離れて4カ月。それでもちゃんとハンドシグナルを読んでくれたことにも喜びを感じながら、俺はいつにも増してヤル気を漲らし会議へ臨んだ。

 

 

 

 

 

防衛部合同会議は、手元の資料に沿って恙なく進行していた。

堂上は眉間の皺を深くしていた。資料の内容に物申したい気分なのだ。丁寧に作られているのは分かる。だが、これから細かく詰めていく警備計画に必要なデータが足りない。

この落ち度をどの時点で進言するべきか――話し合いの最中では、必要なデータは揃わないかもしれない。それでは会議自体が中途半端になってしまわないか・・・

堂上は真剣に会議の内容に考えを巡らせながら、ある事にも気を奪われていた。

その人物が送る視線の先を盗み見た時、身体中の血液が沸騰するような感覚があった。

 

――くそっ!何なんだ、さっきから

 

 

 

 

 

 

 

郁たちは各基地からのお客様の後ろの席を宛がわれていた。

特に下っ端の図書士クラスは端の方に陣取って、いざという時に動ける体制だ。

時折、前方の説明担当者席にいる田所と目が合う。

昨日の準備の時に聞いてもらった郁の意見に、田所は手放しで拍手をくれた。その上で会議資料をもう一つ準備して備えようと言ってくれた。雲の上の存在である上官に褒め称えられ、郁は天にも昇る気分だった。

そんな気持ちを想い出し、また顔が赤くなってしまう。少し俯き加減で田所を伺うと、向こうはクスリと笑うのだった。

 

――三監!今日はその笑顔は反則です!

 

 

郁はドキドキしながら斜め左前方へ視線を移した。

関東の代表者の中で、郁には一際存在感があるように見える席。探すことなく視線が定まってしまうくらい、堂上の姿を捉える能力は洗練されていた。

 

――ホントに、どんだけよ、あたし!

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ警備計画を練る時間となった。

堂上は資料の不備を指摘するのではなく、話し合いの中で必要なデータをいちいち聞き出すことにした。ちょっとだけ、大人気ないか・・・と思いながら。

 

進行役が計画の担当者を紹介する。防衛部の一正が三人、起立で胸を張った。中には堂上の知った顔もあったが、これから起こるであろう波乱に対してどんな反応をするのか楽しみだ、と思うくらいの浅い仲だ。

そして責任者として紹介されたのは、関西図書隊防衛部ナンバー2、田所三監であった。

堂上は顔を強張らせ、視界の端に郁の姿を捉えた。

 

 

「それでは我々が練ったものを下地にして、警備計画書を完成させたいと思います。皆さん、資料の3ページより当日会場の見取り図をご覧ください―――」

 

 

 

 

 

図書館協会の全国大会の会場となるのは、大阪駅からほど近い有名ホテルの大広間だった。

普段からこの手の警備はどの基地でも取扱っているので、そんなに大袈裟に考えていない様子が見て取れる。

気持ちに余裕を持てるのはいいことだ。しかしそれは、完璧な警備計画が立っている自信があるなら見せてもいいもので、仕上がっていないうちから気が緩んでいるのはどうしたものか、と思うのは関東の特殊部隊で鍛えられた堂上だ。

 

説明が進むうちに、警備配置の人数や動線に関するデータが欲しいところとなった。

すかさず堂上が手を挙げる。

 

「関東特殊部隊所属の堂上です。まず会場フロアの警備配置について、この人数を弾き出した根拠となるデータは提示していただけないのでしょうか。因みに、動線やこの後の会場内の配置についても同様です。この資料では根拠を示すデータが足りないと思いますが」

 

出席者は資料を捲り、一様に「確かにな」といった表情で担当者を伺った。

だが、説明しなければならない担当の一正たちは、指摘されたデータを持ち合わせていない。それどころか、その分野のデータは収集していなかった。

明らかに手落ちだったと認めざるを得ない状況であると見て取れた時、横から遠慮気味に手が挙がった。責任者の田所だ。

 

「申し訳ありません。私の監督不行きで資料作成に不手際がありました。今回は追加資料を作成させていただいております」

 

田所は郁の方へ視線を投げ「お願いします」と呟いた。それを待っていたかのように、郁とその周辺にいた隊員が数名立ち上がり、各々が資料の束を抱えて横から配布のために歩き出した。

堂上は郁の動きに注視していた。配布に来た郁は、堂上と目が合うのを確認して深く頷いた。

 

――そうか。お前が進言したんだな

 

回ってきた追加の資料を見ると、堂上が足りないと感じていた部分のデータがしっかりと開示されていて、これならば計画書を詰めていくのも困難では無いと思わせるだけの仕上がりとなっていた。

 

 

「ではここからは私に進行を任せていただき、警備計画書の完成へ向けてご意見を頂きたいと思います。本来なら過去3年分のデータが欲しいところではありますが、この不手際に気が付いたのが昨日であったため、2年分のデータしか揃えられなかったことを申し添えておきます。誠に申し訳ありません」

「いえ、一夜でこれだけのデータを集めるのは手間がかかったと思います。計画を立てる上で、充分な量です。完璧なものが作れると思われます」

「堂上二正、ありがとうございます。では、始めましょうか。まずは――――

 

 

 

 

 

「堂上教官!」

 

背後からかけられた声に、心を鷲掴みにされた。

聴き慣れた声なのに、とても懐かしく。呼ばれ慣れた呼称なのに、久しぶり過ぎてくすぐったい。一日中、いつこの声を聴けるのかと、落ち着かない気持ちだったこと、どうやって伝えようか。

 

堂上は立ち止まってゆっくりと振り返った。

郁は少し離れて立っていた。その距離がもどかしい。

 

「あ、あの!きょ―――――

「しっかりやってたか」

「は、はいっ!あたし、防衛部で一から勉強中で」

「知ってる。隊長の差し金だろ」

「はい―――きょーかん?」

「ん?」

「あの―――きょーかん」

「なんだ」

「きょ・・きょーかーぁん」

 

郁が決壊した。

堂上はもどかしい距離を自ら縮めた。辿り着いたと同時に郁の頭を抱えて自身の肩に落とす。

 

「ここにはハンカチは無いんだろうな」

「・・・ん。あるわけないじゃないですか」

「そうか?田所三監と随分親しげだったが」

「田所三監って、雰囲気が稲峰司令に似てらして、緒形副隊長みたいに細やかで。だけど、とても篤い人で、そこが堂上教官に似てるなって思ったら、もう教官のことばかり考えてしまって、三監と一緒にいて悶えてる自分が恥ずかしくって・・・」

 

郁はガバッと顔を上げた。堂上の表情を近くで見つめる。

 

「・・え?ホントに?教官、嫉妬ですか?」

「なんだよ。俺が嫉妬するのは変か」

「・・・変です」

「おいコラ!」

 

郁は「ふふふ」と笑った。

 

「嘘です。嬉しいです。あ、これが『とことん』ですか?」

 

キラキラした瞳をしているのは少し涙ぐんだ後だからだが、それは期待の眼にも見えて、堂上は構えることなく素直になっている自分と向き合った。

 

 

 

「そうかもしれんな。

 

 とことんお前に惚れてる。

 

 だからちょっとのことで嫉妬するんだ」

 

 

郁が真っ赤になったのを見た瞬間、堂上は咳払いをして胸ポケットに手を入れた。

 

「というようなことを書いた覚えがあるが。とりあえず、タスクのみんなから預かったモンだ。ちゃんと受け取ってくれ」

 

それは白い封筒。結構な厚みがあって、これが胸ポケットに・・・って邪魔じゃなかったのか?と思わせる代物だった。

関東特殊部隊一同と小さな文字が見えた。それは優しい緒形の字だ。

 

「やっぱり声で伝えるのは恥ずかしいもんだな。試すことでもなかったぞ」

「教官、あの時のメール、覚えててくれたんですか」

「当たり前だろ。ついでに言えば、お前は『直接声で言いたい』と言ってたが?」

 

視線を合わせると、それは悪戯っ子の光を宿して、だけど熱も帯びているように感じた。

郁は心の中で何度も繰り返した。ずっと練習していた言葉。夢にまで見た、堂上の目の前というシチュエーション。

 

「まさか、今日逢えるなんて思ってなかったんです。だから、練習不足なんですけど」

「練習不足って、なんだよ」堂上が笑う。

 

 

「きょーかん!」

 

郁は僅かな距離を更に縮めた。堂上の胸に飛び込んで「大好きです」と呟いた。

時間を置かずに背中に回された腕に意識が集中した時、郁の耳には「俺もだ」と堂上の息に消えそうな声が届いた。

 

 

 

 

 

堂上 篤様

 

 

 伝えたい言葉がたくさんあったんです

 だけど、どうしよう・・・

 好き過ぎて、言葉が浮かばない

 

 教官、好きです

 大好きです!

 

 それだけで伝わりますか?

 あたしの気持ち届きますか?

 

 叫びたい想い、受け取ってくれますか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】

 

 

 


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comment iconコメント ( 2 )

つづいちゃったよーー(笑)

こんにちは。

前に読ませて頂いた時も、教官と郁ちゃんの
久々の再会に、にやってなったんです。
二人とも本当にかわいいなー。
私も大好きです!たまらんですな。
早く関東に帰ってほしいなー。
(そりゃ、関西にはいてほしいで。
でもなー、やっぱり郁ちゃんは関東が似合ってるねん。)
って、そんな感じでしょうか。

つづきはいつ頃の予定でしょうか?
いや、待ちますけどぉーー、
早く読みたいなぁーなんて、
じーーーーーと視線送っておきます。
はやくーーー、はやくーーーー。


名前: kiko [Edit] 2016-12-06 12:14

Re: つづいちゃったよーー(笑)

kikoさんへ

ご、ごめーん!
違うやつの新作書いちゃったww
この続きね、ちゃんとネタ帳にあらすじ作ってあるんだ!
だから近々・・・うん、頑張るじー!!
きっとね、甘~いのになるから♡
お楽しみにね♪

名前: 悠@c.you [Edit] 2016-12-06 18:47

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