この作品は、某所のフォロワーさん1,100人記念SSでした。

うち仕様で、このタイミングです・・・的な内容です。
父になるシリーズの途中ですね。





笠原、あのね・・・

 

 

 

 

 

今年の夏は暑い。非常に暑い。

そんな異常気象が騒がれていた今年、郁は妊婦となっており、更に暑い思いをしていた。

 

 

「暑いって言うから余計暑いんだ」

 

哲学者みたいだな。(結局言ってる意味がわからない点で)

人生悟ってるな。(同期とは思えないジジ臭さ)

柴崎に言いつけちゃお。(魔女にこってり絞られろ)

 

 

暑さの所為か郁の思考はダダ漏れ。小牧が床とお友達になっていたが、どこにスイッチがあったのかと不思議そうな顔で汗を拭う。

 

ジジ臭い哲学者と言われた手塚は、郁が(思考で)柴崎と言ったのを少し気にしていた。

 

 

 

 

***

 

 

年の始め、手塚と柴崎は結婚した。

人も羨む美男美女のカップルに、誰もが感嘆の声を上げる結婚披露宴であった。

結婚を機に手塚家も官舎に引っ越してきて、郁は胸を撫で下ろした。

 

もう結婚したのだから、柴崎を守るのは手塚だ。けれど郁にとって柴崎は親友というカテゴリを超越した特別な存在である。出来るなら柴崎のことを守っていきたいと思ってしまう自分が居ることを身近な人間に話せないまま、少しでも近くに住むようになった同期夫婦の引っ越しを手放しで喜んでいた。

 

郁が柴崎の身の安全を心配する理由は一つだ。

去年、柴崎が被害を受けた一連のストーカー事件。その決定的な事件の切っ掛けとなったのは、柴崎が官舎の堂上家から独身寮へ帰る道中だった。

郁はずっと後悔をしていた。自分が柴崎を送り届けていれば、事件に巻き込まれることはなかったのではないかと。

 

事件後、郁の落ち込む姿を堂上が心配した。そして尽くせる限りの言葉と態度で慰め、励ましてくれた。

夫の優しさに、自分は恵まれていると思い至ると、自分ばかりが幸せで申し訳ない気持ちに押し潰される。

そんな負のループに陥った時、柴崎から救いの手が差し伸べられた。

 

「笠原。アンタは堂上教官に幸せにしてもらってる。

 私は、手塚に幸せにしてもらう。

 私たちは二人とも幸せなの。アンタだけじゃない。だから大丈夫」

 

 

郁の気持ちを完全に読み取った柴崎の言葉に驚き、言葉にならない心の凝りが解けていく感覚も知った。

そして夫からの言葉にも。

 

 

「郁は何も悪くない。許されようと思わなくていい。

 誰もお前を責めてない」

 

 

心痛な面持ちの堂上を見て、心配をかけていたことを反省した。

それからは、いままで通りの郁を心がけ、手塚と柴崎から結婚を決めたことを報告された時には、号泣して喜んだ。

 

 

 

 

 

手塚と柴崎の結婚から半年以上が過ぎ、迎えた夏。

暑さで思考のダダ漏れ制御が効かない郁に、無自覚攻撃されている手塚はそわそわと落ち着かない。

それに気が付くのは郁ではなく、その夫。

 

堂上は妻のイライラを解消しようと考えていた。暑さを解消するには空調で何とかするしかないが、エアコンの設定温度は高目だ。タスクの事務室はそれをしっかり守っている。

時々、仕事が捗って時間に余裕がある時は、エアコンを効かせた小さな会議室に郁を呼び涼ませてやったりするのだが、そんな特別扱いを続けるわけにもいかない。

 

「なあ、郁。気分転換でも考えたらどうだ?」

「んー、どんなぁ?」

考えること自体面倒と言った感じでダレた妻。

「外に出てみるとか」

「外ねぇぇ」

いかにもそんな気はありません!と言わんばかりの返事。

 

「柴崎とランチは?最近、あまり行ってないだろ。もう悪阻の心配もないんだし、安定期なんだから運動も兼ねて、どうだ?」

「うーん・・・そうだね。聞いてみようかな」

 

少しでも前向きになれるならと思っていた堂上は、郁の返事に気を良くした。

「確か今度の公休日は柴崎とも重なってると思うぞ。手塚からの希望日に当たったはずだ」

 

手塚と柴崎が結婚してから、堂上班の公休日は柴崎のそれと合わせるようにシフトを組んでいた。毎回と言うわけにはいかないが、出来るだけ夫婦一緒に休めるよう配慮している。自然に郁との休みも合うのだから、少し我儘を言い合えばどんな形でも女子会は可能ではあった。

 

「手塚に聞いてみるね」

小首を傾げるその仕草はかなりの破壊力があるのだが、郁にはまだ自覚がないようだ。

「ん。じゃあ、事務室に戻ろうな」

頭を撫でて子供に言い聞かせるようにする。

 

 

事務室に戻り、早速郁は手塚を捕まえる。

「ね、今度の公休日、柴崎とランチに行きたいな~。ダメ?」

「え・・・公休日は・・・」

「あ、予定立てちゃったか。・・・うん、大丈夫」

「いや、えっと・・・」

手塚が珍しく返事に困っているので、見兼ねた堂上が助け舟を出す。

「手塚、無理しなくていい。郁の気分転換なら俺が付き合うべきことだ」

「いえ、一正。今度の公休日は休日出勤になりそうなんですよね?」

「え・・・」

手塚の返事は予想外で、郁は固まった。

「あ、すみません。まだ笠原には話してなかったですか」

「ああ。ちょっと話すタイミング無くてな」

 

――嘘。さっき話せたじゃん!

 

郁は堂上を睨みつけた。が、怒りはすぐに治まった。

堂上が自分の様子を心配してくれてたことを思い出した。

休日出勤でいない代わりに、何とか郁の気分転換を、と考えてくれていたのだ。

きっと柴崎とのランチが決まれば話してくれたのかもしれない。安堵の表情で。

 

「笠原、公休日のことは、麻子に聞いてみてくれるか?俺からは何とも・・・」

「ん?いいよ、大丈夫。子供じゃないんだから、一人で留守番くらいできるわよ!」

努めて明るく、郁は手塚に笑いかけてその場の空気を濁すことなく仕事に戻った。

 

 

「すみません、一正。ちょっとよろしいですか」

手塚が堂上をこっそり連れ出した―――

 

 

 

 

 

堂上班の公休日。

堂上は休日出勤、郁は官舎の自宅で留守番することとなった。

 

「あんまり暑くなるようだったらエアコンつけろよ。室内でも熱中症にかかるんだからな。それでなくともお前は妊――

「わかってます!篤さん心配し過ぎ!」

 

出来る限り笑顔で送り出そうと、郁は必死に笑顔を貼り付けた。

仕事なんだから仕方ない。堂上に申し訳ない顔をされるのが一番辛い。

そんな郁の気持ちも分かって、堂上は僅かな時間でも離れるのが嫌で堪らない。

自然とスキンシップが過剰になるのは許してもらいたい。

 

「・・ん・・あ、篤さんっ!早く行かないと」

「ん。じゃ、ちょっとだけ・・・」

「ばっ、ちがっ!仕事!!仕事に行く時間!」

「・・・・」

 

まったく・・・油断も隙もないとはこのことだ。

 

郁の(可愛い)鬼の形相は、堂上に別のヤル気をもたらすのだが、それは長年培ってきた(最近ご無沙汰だけど)鋼の理性を総動員してねじ伏せる。

最年少班長の真骨頂!(ココ?)

 

唯一、郁にも歓迎されたキスだけ堪能して、元気よく庁舎へと出かけて行った。

 

 

**

 

 

軽く家事を済ませると、じんわり汗が滲んできた。

郁は遠慮なくエアコンを点けてソファーに沈む。

 

休日前に必ず本を借りてくるようにしていたのでそれを読み始めると、静かな部屋に飲みこまれるように睡魔が郁を襲う。

今日はそれと戦うことはしない。エアコンのタイマースイッチを押して、そのままソファーで横になった。

 

 

 

目が覚めた時、テーブルの上でスマホが音を立てていた。

エアコンは止まり、またじっとりと室温が上がっていたようだ。郁の額にも汗が浮かんでいた。

汗を拭きながらスマホの画面を確認すると、堂上から電話だ。

 

『郁!どうした?!』

「え?何も?篤さんこそ、どうしたの?」

『なかなか電話に出なかったろ』

「ああ、寝てたの。ごめんね。大丈夫だよ」

『そうか。具合が悪いわけじゃないんだな?』

「うん。暑さで疲れたのかも。ソファーで読書してたら寝ちゃった」

『じゃあ、事務室まで出て来られるか?』

「今から?」

『ああ。隊長が昼飯ごちそうしてくれるらしいぞ』

 

途端に郁は立ち上がり「行く~~!絶対に行く~~!」と連呼した。

 

 

 

 

 

「お!笠原、来たのか~!」

「こんな珍しいこと無いもんな!明日は雪だぞ」

諸兄たちがガハハと笑って事務室へ入っていく。郁もそれに続くが、少し気合いを入れて足を踏み入れた。

 

「笠原、参戦でーす!」

「おお!休みのとこわざわざ悪いな」

「えー?だってお昼食べさせてくれるんでしょう?そりゃぁ来ますよ~」

 

ウキウキとした声を出した郁をタスクの面々は微笑んで見つめている。

その空気がいつもと違う事に、郁は気が付いた。

 

「―――?どうしたんですか?みんな変」

 

何となく不安になる。辺りを見回すと堂上が居ない。

 

「あれ?篤さんは?」

「笠原―――」

 

キョロキョロとする郁に声を掛けたのは緒形だ。

「今日は一人になりたくなかったんだろう?なのに堂上に休日出勤なんかさせて悪かったな」

「えっ。な、なにを言ってるんですか・・」

「笠原、お前ももうすぐ母親になる。ここのヤツらは独身者が多いから、予想でしか言えないが、親になるってことは幸せなことだぞ。笠原は幸せになれるんだ。いや、ならなきゃいけない」

 

緒形の声は優しくて、郁は不思議と心が凪いでいくのを感じた。

その様子を見ているタスクの諸兄たちも、一様に優しい笑顔を向けている。

 

「出産の前に、笠原の気持ちを解放してやりたい、と申し出があった」

 

「・・・かいほう?」

 

 

瞬きを忘れている郁の元に、堂上が歩み寄る。傍らに手塚。

そして、手塚の後ろに――――

 

 

「――! 柴崎っ!」

 

郁は真っ直ぐに柴崎の元へ小走りで辿り着く。

 

「バカね、笠原。走ったりしちゃダメじゃない」

「だ、だってぇぇ。今日は柴崎に会えないと思ってたからぁぁ」

 

抱き着いて泣きじゃくる。いつもの堂上のポジションはすっかり奪われ、今となっては懐かしいコンビに逆戻りだ。

 

 

「はいはい、泣かないの!母親の精神状態は、お腹の子に影響を及ぼすのよ。しっかりしなさーい!」

「うっ・・ぐすっ・・・うん・・」

 

二人の様子に、それぞれの夫が溜め息を落とす。だが、二人とも眼は優しく妻の表情を捉えていた。

 

「笠原。緒形副隊長が言ったこと、ちゃんとわかった?

 あんたには幸せになる権利があるんだからね。そのこと、忘れないで」

「・・・うん。だけど、なんでそんなこと言うの?」

 

「あら、わからないの?今日があの日だからよ」

 

柴崎の言葉に、郁の表情が曇ってきた。

「あの日」とは・・・柴崎が巻き込まれたストーカー事件の日だ。

あれから丸一年。

当初、自分を責めていた郁も、時間をかけて普段は今まで通り過ごせるようになった。

―――と見せかけられるようになっていた。

 

堂上も柴崎も気付いていた。

無理して笑い、無理して触れないようにしていることを。

 

 

「光から聞いたの。最近、イライラしてたでしょ。暑いからとか言って誤魔化して。わかりやすいのよ、アンタ。目が泳いでたらしいわよ」

ね、っと手塚を見上げてサラッと笑う。

 

「私、言ったわよね。アンタは堂上教官に幸せにしてもらってる。私は光に幸せにしてもらう、って。光の事、信用できない?」

 

郁はぶんぶんと首をふる。その仕草に、手塚は「子供かっ」と微笑む。

 

「じゃあ、ちゃんと信用してあげて!笠原に心配されなくても、私、幸せにしてもらってるわよ?こう見えて、光は優しいから」

「こう見えてって何だよ!」

「言葉のまんまよ!――って、今はいいから。余計なツッコミしない!」

「・・・はい・・」

 

手塚夫婦の力関係が垣間見え、皆は心中で手を合わせた。

 

 

 

「大丈夫。私、幸せなの。こんなに幸せな暮らしが出来るなんて、思ってなかったの。これは笠原、アンタのお陰。アンタに出逢ってなかったら、きっと私は不幸だったわ」

 

柴崎は郁をギュッと抱きしめ、そしてそっと身を離した。

 

 

「今日からまた、新しい生活が始まるの!そのために今日、公休日にしてもらったのよ」

「ランチの誘いの時、言えなくて悪かったな」手塚が頭を下げる。

 

「な、何? なんのことかわかんない」

郁は酷く怯えて、じりじりと後退していく。

 

 

 

 

 

 

 

「笠原、あのね・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 あかちゃん できたって」

 

 

 

 

 

 

 

 

タスクの事務室から雄叫びと

 

万歳三唱の大合唱

 

 

 

 

 

 

 

――笠原

 

  みんなで幸せになるのよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

 

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きらきらひかる

進藤、あのな・・・

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