この作品は、某所のフォロワーさん1,300人記念SSでした。


臨月前の郁ちゃん。
堂上さんに長期出張のお話が・・・
行くの?行かないの?みたいなねww






堂上篤、そして父になる 6

 

 

 

11月。郁は妊娠9ヶ月目を迎えようとしていた。

そろそろ産休に入る頃合いを真剣に考えなければならない。郁の体調は良好で、医師からも出産間近までの勤務に関しては許可が下りてはいるが、過保護な堂上他、郁に甘いタスクの諸兄たちは、毎朝の日課として健康観察と称する質問を繰り返していた。

 

「笠原、おはよう!今日のおチビはどうだ?元気か?」

「おはよう。大丈夫か?下がったような感じは無いか?」

「笠原、チョコ食うか?それともガッツリとプリンでも食うか?」

 

「おはようございます!今日も元気ですよー♪大丈夫です。でもぉ、朝からプリンは遠慮しときまーす!おやつにくださーい()

 

会話は毎日変化の無い内容ではあったが、郁が笑顔で返事する様子を微笑ましく、また嬉しく思いながら朝のルーティーンとなっていった。

そんな安定の朝を迎えていた時、隊長室のドアが開いて姿を見せた緒形が、少し表情を硬くして郁を呼んだ。

 

 

「隊長、副隊長、おはようございます!・・・お呼びですか?」

「おはよう。まぁ、座れや」

玄田がソファーを指差したのを見て、緒形が郁の背中をそっと押した。「失礼します」と着席したところで玄田も対面に座り、傍らに緒形が立った。

 

「笠原、お前さん、赤ん坊は順調か」

「はい、お陰様で。年末まで勤務したいと思っているんですが…大丈夫ですか?」

「ああ、それなら心配ない。笠原の希望は通ってる。もしその前に都合が悪くなって早く産休に入るとなっても問題ない。しっかり体調管理してくれ」

「ありがとうございます」

 

特殊部隊初の女性隊員の出産。初めて尽くしで勝手が分からない分、融通を利かせて臨機応変に対処出来る体勢を取っている。図書隊が「女性に優しい職場」であるとアピールする絶好の機会だと、上層部の快諾も取り付けた。

 

「ところでな。堂上から何か聞いてるか?」

「え?何か、って・・・何ですか?」

「やっぱり、何も話しとらんか」

 

玄田は斜め上に顔を向け、緒形と目を合わせた。溜め息でも聴こえてきそうな雰囲気だ。

 

「何ですか?何かあったんですか」

「半月ほど前に堂上には話したんだが、その場で断られた案件があってな」

「色々考えたんだが、やはり今回は堂上に・・・という気持ちが強くてな」

 

玄田と緒形の言葉からして悪い話ではなさそうだ。いつもの隊長の無茶振りとも違う。

郁は真剣に話を聞く態勢を見せた。

 

「毎年12月に、ある研修が開催される。これは一正を対象としたもので、更に各部の部長以上の上官推薦がなければ受けられないものだ。人数もごく少数。今年は関東の防衛部として3名の推薦者の中に堂上の名前が上がってたんだが・・・」

「篤さん、断ってしまったんですね。どうしてですか?」

「多分だが。研修は一週間。今年は関西図書基地開催で出張扱いになるからじゃないか」

「笠原、お前さんのことが心配で、出張なんて出来ないんだろうよ」

 

玄田の言葉に、郁は自身のお腹に視線を落としてそっと撫でた。

 

「12月なら、まだそんな心配しなくても大丈夫なのに」

「いや、堂上の気持ちもわかるぞ。臨月に入る頃合いだろう?いつ産まれてもおかしくはないんだ。万が一を考えたら、お前の側を離れるのは躊躇するだろうな」

「ヤツの気持ちは解るから、断られた時点で防衛部に話を戻したんだが。この研修は代役を立てられるようなものでもなくてな。堂上が断るなら、人数を減らすまでなんだ」

「それで構わないと言えばいいんだが・・・出来ることなら堂上に受けてもらいたいというのが俺たちの気持ちなんだ」

「・・・説得しろ、と仰りたいんですね?」

 

郁の質問に玄田は大きく頷いた。緒形も郁の理解の速さに満足げだ。

 

「お前もこんな時期に堂上が側に居ないのは心細いと思う。だが、この研修は今後の堂上のためになる。損は一切無い。だからこのチャンスを棒に振ってほしくはない」

「わかりました。どこまで出来るか分かりませんが、精一杯篤さんを説得してみます」

「頼んだぞ」

「はい!」

 

明らかに表情が柔らかくなった二人を見て、郁は自分たちのことを真剣に考えてくれる優しくも頼れる上官の存在に、改めて感謝したくなった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

その日、堂上は武蔵野第二図書館へ警備計画打合せに出張だった。

僅か半日の出張でも堂上は郁に対する過保護を発動し、小牧や手塚、気が向けば進藤にも声をかけて出かける始末。流石に青木に声をかけた時には「堂上、聴こえてたから大丈夫だ」と先手を打たれてしまっていた。

 

「堂上一正は、本当に心配症ですね」

「はは。ま、面倒見がいいヤツだとは思ってたけどね。笠原さん限定で過保護も追加されるみたいだね」

「愛されてんなぁ。な、笠原!」

 

進藤の揶揄い口調に、「やめてください!」と郁は頬を赤くした。

 

「考えてみたら、堂上んとこは夫婦でタスクにいるわけだろ。仕事も家庭も四六時中一緒なんだ。いい加減、離れる時間が欲しいとは思わないのか?」

「えー・・・そんなこと考えたことも無かったですぅ。ずっと一緒にいると、そんな風に思うものですかぁ?」

 

郁の素直な反応に、最大級の糖害を受けた。

郁には比較対象が無いため、自らの体験でしか物事を計れない。今のところ堂上との生活において不満は無いようだ。それならば、余計な詮索で一般常識的な下世話な情報を刷り込む必要は無い。堂上家の幸せは、タスク安泰への近道だ。

 

郁は進藤の言葉を反芻した。朝、隊長室で聞いた話を思い出したのだ。

離れたいなんて思わない。今までもずっと同じ時間を共有してきた、所謂「戦友」であることが根底にある夫婦だ。

これから先も同じように過ごしたい――そう思うのは、戦闘職種だから。いつ如何なる状況になるか分からないからこそ、一緒に居られるならばずっと一緒に居たいと、素直に思ってきた。

しかし――――

 

郁が長考モードになったのに気が付いた小牧は「笠原さーん」と小さく呼んでみたが、反応が無かったので少し心配顔になった。すかさず手塚が覚醒させる。

 

「おい、笠原!ボケッとしてんなよ!」

「むっ。手塚、うっさい!」

 

いつもの即座な反応に、ホッと息をつく上官。手塚も満足そうにしながら「仕事しろ、サル!」と言い返した。

 

 

 

 

 

「はあぁ・・・きょーかん、何時に帰ってくるかなぁ・・・」

 

 

 

 

それはいつものダダ漏れだったのか。

郁の口から発せられた「逢いたいオーラ全開」な言葉に、事務室の全員がまたしても被弾。

進藤の下世話な質問など存在しなかったようだ。全くもって心配要らない堂上夫妻のバカップルぶりに、自嘲気味な笑いが各所で起こる。

 

「笠原さん。堂上にメールでもしてみたら?」

「え。でもぉ、仕事中ですしぃ・・・」

「うん、だからさ。仕事終わってメールを見たら返事くれるだろうし。もし途中で見たら、嬉しくって早く仕事終わらせて帰ってきてくれるんじゃないかな」

「う、嬉しくてって・・・そんなこと・・・」

 

小牧スマイルで告げられた案は、郁を真っ赤にさせるだけの破壊力があった。

もじもじとする郁の姿に軽い被弾を繰り返していた進藤は、痺れを切らせて割り込んできた。

 

「そんなことあるぞ、笠原!堂上なら大喜びだ。仕事が捗る。第二の皆さんもビックリだ」

「そうそう。皆に有り難がられるだろうから、是非ともメールしてやって」

「・・・そうですかぁ?そこまで言うなら・・」

 

郁はスマホを操作し、メールを一つ送信したようだ。

すぐに返事が来たりしたら、それはそれで恥ずかしいな、と思いながらも期待に胸を膨らませて待つ自分がいることに、更に赤面だ。

 

「ふふ。笠原さんのそういうとこ、ホントに可愛いよね。堂上にも見せてやりたいよ」

「や、やだなぁ。小牧教官は、そうやって揶揄うんだからー」

「揶揄ってなんかいないよ。二人がジレジレしてた頃なんて、多分、堂上より俺の方が笠原さんの可愛いところを拝めてたんじゃないかって思ってて。堂上に申し訳ないなぁって感じだったよ。

あ、今は圧倒的に堂上の方が一緒にいる時間が長いからね。四六時中、嫁バカ発動してるのは知ってるから思わないけど」

 

赤い顔を隠すように頬を掌で包んでいた郁が、「嫁バカ」で動きを止めたのには理由がありそうだ。きっと思い当たる節があるのだろう、と小牧は踏んだ。ギリギリのところで上戸発動は止めておいた。

 

「小牧教官?あたしたち、今のままでいいと思いま――――

(((ブーッ ブーッ ブーッ)))

 

「わっ!もしかして、堂上?」

「・・・はいぃ」

「くっ・・・くくくっ・・・は、やいっ!・・くくくく・・」

 

寸止めの上戸は簡単に堤防決壊した。

郁はメールを開き、瞬間に真っ赤になりながら「もうっ!知らない!」と画面を閉じてスマホを片付けた。

 

 

 

 

片腹を押さえつつ小牧は、郁が言いかけた言葉を回収する。

 

――今のままでいい?って

  何を考えてるの、笠原さん?

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

特殊部隊庁舎の廊下に響く足音。発信源は眉間に皺を寄せている。

すれ違う隊員は一様に「あれ?」っと疑問符を浮かべた顔をする。午前中の郁の反応を見ていた輩だ。皆、堂上は嫁のメールに被弾して、ウキウキしながら帰ってくると思っていたに違いない。ところが、どう見ても機嫌が宜しくない時の堂上なのだ。

触らぬ神に祟りなし―――皆、黙って様子を見守ることにした。

 

事務室に戻るなり、隊長室へ向かい出張の報告を済ませる。

僅か5分程で話を終了させた、堂上のイライラが見て取れる。

それまで視線のやり場を意識していたようで、やっと郁の姿を捉える。その瞬間、眉間の皺は半減したようだ。外野がホッと息を吐く。

 

 

「きょーかん!おかえりなさい!」

 

堂上が班の元へ到着すると郁が満開の笑顔で出迎え、そのままいそいそと給湯室へ向かった。

小牧が堂上の脇に立ち、書類を見せながら何やらひそひそと耳元で囁いている。

堂上は一つ頷くと「ちょっと時間をくれ」と言い残して自席を離れた。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・これはこれで、嬉しいんだけどな」

 

郁はコーヒーメーカーのスイッチを入れてからスマホのメール画面を開いた。

午前中に堂上へ宛てたメールには「何時ごろ戻れそうですか?」とだけ記したのだが、その返事は――

 

>予定は4時までだが、早く郁の顔が見たくなった

>サクッと終わらせて速攻戻る

 

 

「ホントにサクッと終わらせたのね。まだ2時だよ?」

 

思わず笑みが零れたが、少し眉が下がったことに本人は気付かない。

溜め息をもう一つ落として視線を上げると、給湯室の入り口に堂上が佇んでいた。

 

「あ、もうちょっと待ってください。もうすぐ出来ますから」

「・・・郁、何した」

「へ?」

 

堂上のこの尋ね方は久しぶりだった。新人の頃は特にこの聴き方をされて、郁は盛大に膨れたものだ。

――あたしが何かしたの前提ですか?!

――確率の問題だ!

お互いに想い合いながらも素直になることが出来ずにいた頃の、あの微妙なジレ感が懐かしい。

 

「久しぶりのセリフに、感動しちゃいました」と郁は笑ってみせた。そして「なんにもありませんよ?」と安心させるための笑顔も晒した。

 

「溜め息・・・吐いてたぞ」

「ふふ・・・それは、篤さんからのメール見てて」

「なんで俺からのメールに溜め息吐くんだよ」

「んー。いつまで経っても甘いなぁ、って思って?」

「疑問形か」

「それだけじゃないです。幸せ過ぎて怖いなぁ、って」

 

堂上が数歩歩み寄って郁の腕を取った。と同時に少し引いて距離を更に詰めると、ふわりと郁を包んだ。耳元で「阿保かっ」と囁くことも忘れない。

 

「郁、何か話したいことがあるんだろ」

「・・・ほらね。解っちゃうんだもん。こんなに幸せなことないですよね」

ケラケラと笑ってから「だから怖い」と呟いた。

 

「篤さん、今夜お家で話しましょう。大切な話だから、ちゃんと時間かけたいの」

 

郁の真っすぐな瞳に射抜かれては言葉も無い。

堂上は小さく頷いて見せると、今まさに出来上がったばかりのコーヒーを堂上班4人のマグカップに注ぎ始めた。

 

郁は堂上の左腕をしがみ付くようにして抱き込んで、堂上の肩に頬を付けながら注がれるコーヒーの行方を見届けた―――

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

郁は定時に退庁し、堂上は小一時間の残業で一日を終えた。

最近は書類の丸投げが減っている。一応、気を遣っているらしい。(本来は堂上の仕事ではないのだから)当然と言えば当然のことなので、改まった礼は言わない。

机上をキレイに片付けてから事務室を出る。それでも明日の朝には、数点の書類が積まれているんだろうな、と予想しながら。出所は知れている。あの大きな熊だ。

 

半月ほど前、隊長室に呼び出された。

玄田と緒形が揃っている空間は、未だに緊張するものだ。時として良くない話もあったりするので、自然と身構えてしまうのは許して欲しい。

その日は緩んだ空気ではあった。しかし、玄田の眼は真剣で、自分の身に降りかかるであろう話の行方に不安にもなった。

前置きも無く切り出されたのは「関西への出張命令」だった。

また玄田の身代わりとしての無茶振りか、と顔を顰めたが、続いた緒形の話でそれ以上のしかめっ面を晒すこととなった。

 

「今回は関東の防衛部から3名が推薦された。『監前研修』ってやつだ」

「かん・・まえ?」

「図書正が図書監になるために必要な研修だが、これは誰でも受けられる訳ではない。監に上がるのはごく少数。その候補となり得る一正を対象として、毎年12月に開催されてるんだが、推薦された者にしか詳細を教えないのと、その後は口外無用と暗黙の了解があってな。この研修があること自体、殆どの隊員が知らないんだ」

「この研修を受けたからと言って、確実に監に昇任するわけでもない。だが、受けていないヤツは監に上がれない。防衛部長以上の幹部推薦が必須条件。有り難く拝命しろ」

 

玄田と緒形は我が子の晴れ姿に立ち会ったかのような清々しい表情だった。

――が。

 

「あの・・・お断りは出来るんでしょうか」

「「は?」」

 

予想外過ぎて、大の大人が口をあんぐりと開けたままで顔を見合わせることになる。

 

「お、おい!堂上?お前、話聞いてたか?この研修はな―――

「分かってます。お偉方の期待も含めて、有り難いお話です。ですが、今回は辞退させてください。お願いします」

 

堂上は深々と頭を下げたままだ。玄田と緒形は困り果てた。

 

「堂上。断る理由は、笠原か」

「・・・いえ、まだ自分には早過ぎる話だと思うので」

「早いかもしれんが、早過ぎるということは無いぞ。研修を受けても、実際に昇任するまでには何年もかかるのが通例だ。その間、研修の成果を見極められる。推薦が取れた時がチャンスだ」

「・・・我儘言ってすみません」

 

再び頭を下げる。

 

「笠原が心配なのは分かるが、たった一週間だ。12月初めだし、臨月に入るギリギリのところだろ?」

「様子を見る限り、姫さんも元気そうだし。今すぐに何かあるって事も無さそうだ。ちゃんと相談して、それから決めるのはどうだ」

「いえ。郁のことは関係ありません。まだまだ図書正としてやるべきこともあると思うので、先を見るより足元を固めたいと思ってのことです」

 

出産を控えた郁を心配するあまり・・・なのは見て取れる。

だが堂上は、郁の為だと思われることも見越しているようだ。元来の頑なさが前面に押し出てくる状態では、何を言ってもダメだろう。

 

「お前が断っても、誰かが代われるものじゃない。推薦する人数が減るだけだ。まだ時間はあるから、じっくり考えろ。いいな」

「・・・了解しました」

 

心持ち重たい動作で敬礼をして隊長室から出た堂上は、窓辺の鉢植えに水遣りをする郁の姿に安堵の表情を隠せなかった。

 

 

 

図書監になる―――それは入隊当初には想像もしなかったことだ。

雲の上の、更に上。そんな表現が相応しいと言えるくらい、特別な階級だと認識していた。

特殊部隊では、玄田がすでに監の階級だった。緒形や進藤などは県展で得られた考課ポイントで昇任したと思っていた。

実際、確かに考課もあったようだが、それ以前に彼らは推薦を受けて研修を行っていたということになる。それがどのくらい前だったのか、聞くに聞けないが、彼らと比べたら堂上が推薦されるのは「早い」と感じるのだ。

 

ただ我武者羅に仕事を熟してきた。

どんなことでも吸収して、誰が見ても「使える隊員」と思われるように。

自己を律し、滾る感情は切り捨てながら。

そうして得られた今の地位は、自分一人で築いてきた訳ではない。

バディと、素直な二人の部下と。

4人で作り上げたチームワークの上に自分が存在する。

 

何より、今の自分があるのはバディである小牧のお陰だと思っている。

図書大の頃から肩を並べてきた仲だ。バディとなってからも常に一緒に歩んできた。

出来ることなら、何事も一緒に―――そういう思いがないわけではない。

堂上の気持ちは複雑だった。

 

それに加えて、郁が出産間近であること。

研修を断ったことを郁が知れば、自分の犠牲になったと嘆くだろうことは分かっているし、決して郁が理由なのではない。

これは、堂上が親になる覚悟をした証しなのだ。

 

――それをどう伝えたら理解してもらえるのだろうか。堂上は官舎までの道のりをいつもより時間をかけて歩いて行った。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

いよいよ話し合いの時が来た。

あとは就寝を残すのみとなって、リビングテーブルの脇に向かいあって座った。

 

「篤さん。一週間の出張のお話があったんじゃないですか?」

 

郁は回りくどい聞き方はやめようと決めていた。ズバリ、核心から突いてみる。

 

「・・・隊長か」

「はい。研修、どうして断ったんですか。あたしとこの子の為ですか」

「そう言うだろうと思ってた。が、そうじゃない」

「じゃあ、どうして?」

「隊長から、研修については何を聞いた」

「・・・関西で一週間、出張扱いで。篤さんが断っても代役は立てられないって。今後の為になって、損は無いって。それだけ」

 

堂上はすぐさま玄田たちの意図するところを読み取った。

研修内容を巧みに避けているようだ。『監前研修』であることは他言無用だということだ。

自分の考えをどう伝えようかと考えを巡らせていると―――

 

「ね、篤さん。この研修って、人事に関わる重要なものじゃないの?」

「っ!!お前、なんで―――

「なんとなくだよ。でも篤さん、どうして断ったの?昇進とか、したくないの?」

「したくない、と言えばウソになるな。必要とされて認めてもらえるなら、上に行きたいと思う」

「じゃあ、どうして断るの?ちゃんと認めて貰えたから来た話でしょう?」

「確かにな。だが、俺にはまだ早いな。まだまだ今の地位でやらなきゃならないことがあると思ってるし」

「―――違うよね。それが一番の理由じゃない。やっぱり、あたし、でしょう?」

 

ちょっと上目遣いで挑むように覗き込む郁の眼に、堂上は少々たじろいだ。

 

「そんなに心配?体調は順調だし、12月なら出産予定までは一か月あるよ。たった一週間だし、本当に心配いらないよ?」

「・・・俺の心配は、いらないか」

「そ、そうじゃなくてぇ!」

「わかってる。郁の方が俺を心配してくれてるんだな」

 

身を乗り出していた郁の頭に手を乗せ、ぽんぽんと弾ませながら息を吐く。

郁はすぐに体勢を戻して腹を摩ると、腰を上げてソファーに移動した。自然に堂上も郁の隣へ移動する。

 

「苦しそうだな」

「ん。正座はきつくなってきたかも。この前、防衛部の先輩に言われたの。正面から見ても妊婦って感じしないけど、横から見ると出てるね~!って」

「ほう・・・そういう見方もあるのか」

「でね、先輩がね、お腹見て、男の子じゃない?って」

「ますます・・・だな」

「ふふふ。まだ進藤三監には言いませんけどねー」

 

進藤家の次女、ナオの予言を信じていること。当麻蔵人の了承も得て、すでに名前を決めていること。これは夫婦のトップシークレットである。

 

 

「郁。俺は『いい父親』になりたい」

「なれますよ。篤さんなら、絶対に。だけど、篤さんが思ってる『いい父親』は、あたしが思ってるのとは違うみたい」

「・・・どんなのだよ」

「篤さんは、いつでもあたしを守れる所に居て、お腹の子も一緒に守るために離れたくないって思ってるでしょ。でもあたしは、傍に居るだけが守ることじゃないと思ってるの。

あたしが思う『いい父親』って、存在するだけで安心できて、心強く感じられる人。篤さんが元気に仕事してくれるだけで、あたしたちは守られてるって思えるの」

「しかし、何かあったら―――

「篤さん!それ!何かあった時、篤さんだけに頼らなきゃダメ?」

 

郁は体ごと堂上へ向きを変え、両手で堂上のそれを掴んだ。

 

「あたしたちには、心強い味方がたくさんいますよ?頼っていい人たちが、すぐ傍にいてくれてます。その人たちは、あたしたちに頼られるのを待っててくれてます。違いますか?」

 

堂上の瞳が大きく揺れた。郁の言葉が何かを動かしている瞬間だ。

 

「確かに、子供を育てることは親の仕事です。でも、親だけじゃ健やかに育ちません。色々な人に関わってもらって、色々な経験をさせてもらって、そうすることで心身ともに健やかに成長できるんです。だから、あたしたちは誰かに頼ってもいいんです」

「・・・つまり?」

 

「篤さんが関西へ研修に行っている間、あたしはタスクの皆さんや柴崎に頼ります。だから心配いらないです」

 

 

郁は強く宣言した。

背筋を伸ばし、堂上との視線を外さない。

 

「また、お前は――――」

 

 

――あの時みたいに『負けた』と思わせるんだな

 

 

 

 

「郁。隊長は、いつまでに俺を説得しろと言ってたんだ」

「っ!!拝命する?」

「ああ・・・間に合うならな」

 

郁は「ミッション完了!」と万歳をし、すぐに玄田へメールした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二週間後、堂上は関西図書基地へ出発した。

研修の間、毎晩「今日の笠原」と題したメールを送り付けられ、苦笑とともに感謝の気持ちでいっぱいになる。

 

もちろん、郁からのメールもしっかりと届くのは言わずもがな。

 

 

 

 

 

>篤さん。嬉しいね

 

>この子は、あたしたちだけの子じゃないって

 

>つくづく感じる毎日です

 

>ちょっと寂しいけど元気です!

 

 

> from    郁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】

 

関連記事
スポンサーサイト

手紙 2

好きだ 好きだ 好きだ

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿