おはようございますww
新作出来ました♪
郁ちゃん3年目の春から、県展前のジレジレ期。
オリキャラ登場で教官の心の箱が・・・・!

今回のタイトルも音楽から。
♪こころのありか は
合唱のための組曲「こころのてんきよほう」の中の一曲。
うちの子供たちは、小学生の時合唱部に所属してました。
「こころのありか」は、長男が歌った合唱曲。

~♪だって だれかを すきになると
  こころが ざわざわ さわぎだすんだもん♪~










こころのありか

 


 

 

 

 

桜の蕾が日ごとに膨らみ、東京では開花宣言されたようだ。

郁たちは図書隊3年目の春。あと数日で新たな後輩たちを迎えるとあって、俄かに慌ただしい毎日。更に郁に限っては、業務部と連携した企画の話が舞い込み、その準備やらで食事の時間も惜しむほどだ。今日も打ち合わせの会議を午前中から熟し、午後も企画書提出までを柴崎と共に詰めることになっている。

 

「かーさーはーらー!差し入れよ~♪」

「わーい!ありがとう(泣)」

コンビニの袋に頭ごと突っ込みそうな勢いで中身を確認する。その姿に、柴崎は声をあげて笑った。

「やだもう!そんなにお腹空いてたの?なら食堂行ってもよかったのに」

「ううん、企画書のチェックしたかったから。それにこの調理パン!ボリューム満点だよー!こういうの食べたかったの。流石、柴崎だよ~~!」

「あらやだ。それね、堂上教官からの差し入れよ?言わなかった?」

「・・・・・言ってないし」

柴崎の話術に嵌った感が否めず、郁は膨れっ面のまま耳を赤くしてパンに噛り付いた。

「ふふ・・・ほーんと、流石、堂上教官よね~!笠原の好み分かってらっしゃる」

更に赤くなるようなツッコミをどうしたら躱せるのか、考える暇さえ与えられない。

「笠原が食堂に行かないってことも分かってたってことでしょー?あの人、どんだけよ」

「あー、それは・・・ちょっと前にメールで聞かれたの。“一緒にメシ食えるのか?”って」

堂上班は特別な事が無い限り、いつでも一緒に昼食を摂る。それは暗黙の了解となっているようで、今日のようなイレギュラーな場合は、班長自らが点呼を欠かさない。そこは相手が郁に限らずなのだが―――

「そう言えば・・・教官、もう一つ袋持ってたわね。もしかして教官も食堂には行かずに、笠原と同じ調理パンで済ませるつもりだったのかしら?」

柴崎は郁が分けてくれたメロンパンを一口頬張りながら、「うん、きっとそうよ!」と妙な自信を漲らせて、郁へニヤリと視線を向けた。

「笠原、愛されてるわねぇ」

「ぶはっ!へ、変なこと言わないでよっ!!」

落ち着きを無くした郁は、手にしていたパンの残りを無理矢理に頬張った。そんなに詰め込んだら苦しくなるだろうに・・・とのツッコミは無視して、慌てて企画書に目を移す。

 

 

―――愛されてる

 

そんな言葉は不似合いだと思う。ただ堂上は上官として、出来の悪い部下を根気よく育て続けているだけ。最近は郁の成長が見られるようになったから、ちょっと機嫌が良くて、時々優しく接してくれてる。それだけのことだと自分に言い聞かせる。

「可哀想に。堂上教官の真意は、笠原には届かないかぁ・・・」

「なにそれ、失礼な!ちゃんと分かってますよーだ!」

子供のように剥れ返した郁に、柴崎は盛大な溜め息を吐いて「はいはい、部下としてね」とまるで分かってないと言いたげだった。

それのどこが間違いなんだ?!と反論したい気持ちを抑えた郁は、柴崎の言った「部下」という言葉だけを大切に扱った。

 

 

郁が堂上の部下でいること

それに変化を求めてはいけない。

堂上が上官でいてくれること

それに期待をしてはいけない。

 

上官にとって使える部下になること

それだけを目標に走って行こうと決めた。

そこは絶対に揺るがずに―――

 

 

郁の気持ちは変わらず、新しい年度を迎えようとしている。それでいいと思えるから、頑張ろうと素直になれた。

ただ去年までと違ったのは、時々、追いかけている上官の気持ちを知りたいという想いが湧いてくること。誠実な堂上の心が、今なにに向いていて、どう動きたいと思っているのか、読み切れない時にその欲が顔を出す。

 

 

―――あたしの心はいつでもそばにあります

 

  じゃあ、教官の心は?―――

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

特殊部隊の事務室にコーヒーの香りが漂ってきた。先程、緒形が給湯室から戻ってきたのを思い出し、堂上から「淹れてきます」と告げて席を立った。

 

「どうぞ」

「おお、すまんな」

堂上は自分のマグを持って席に向かう。

「堂上、ちょっと頼みがあるんだが」

「はい、なんでしょうか」

「業務部から笠原の貸出要請がきてるんだ」

「それは・・・あの企画の?」

「いや、それとは別件だな。隔週で開催してる週末のお話会への助っ人だ」

堂上は心の中で「来たか」と呟いた。

以前、お話会の警備に就いた時、急なシフト変更で人員が不足し、その場にいた柴崎の提案で郁が助っ人に入ったことがあった。その際の仕事ぶりを評価してもらえたのだろう。現に、子供たちには好評で、その後の館内警備で郁を見つけると「次はいつ?」と催促をされるほどだったのだ。

「業務部からの依頼はな、お話会については無期限となってるんだ。隊長も俺も、笠原の貸出については了承の方向なんだが・・・堂上班としてはどうだ?」

「俺も異論はありません。笠原の特性を活かした使い方が出来るなら、それは喜ぶべきことですし」

堂上の答えに、明らかにホッとした表情をした緒形は、やっとコーヒーを味わうように飲み干した。

「準備を進めてる企画の方は、土台が出来れば笠原は用済みだ。元々、笠原の企画を頂戴する形だからな。それはあいつも了承したことだが、やはり我々としては面白くない。笠原の評価はどんなものなのか、具体的に分かるようにしろと隊長が業務部長に掛け合ったんだ」

「そうですか」

堂上はふっと優しい笑みを零した。

「・・・お前、そんな顔するようになったか」

「え、何ですか?」

「いや。その様子だと、もう笠原を扱いて辞めさせようなんてことは考えてないな?」

堂上は眉間の皺を浅く刻んで、頬を掻きながら「ええ、まあ」と曖昧な返事をした。

「それは笠原を図書隊員として認めてやってるってことだろ。そのお前の気持ち、ちゃんと笠原に伝えてやるんだぞ」

「・・・はい。いつか、その時が来たら」

堂上はそれにも曖昧な返事しかしなかった。

 

 

 

2年間、郁を傍に置いて厳しく育ててきた。多分、普通の新人教育より難しいケースだったと思う。一番は、郁が女であること。この厄介な状況を作り上げた玄田の采配に、愚痴はいくらでも吐き出せるような毎日だった。

女であることが大前提なのに、女として扱ってはいけない。防衛の最前線においては、性別なんて誰も頭の隅にも置いてはくれない。そこには全ての人に平等に、命があるだけの現場なのだ。

甘やかさない。他の隊員より、更に厳しく。

堂上が郁に求める“理想の図書隊員像”は、とても高いハードルだった。

 

見上げる程のハードルに郁は何度も挑んで、失敗を繰り返しながら何かを掴み、成功へ向けて徐々に理想形に近付いてきた。その努力する姿を、堂上は逃さずに見守ってきた。

だからこそもう、認めている。郁は、関東図書隊図書特殊部隊になくてはならない存在なのだということを。

 

自分自身の心の変化を感じる瞬間はいくらでもあった。その度に、郁を褒めてきた。言葉ではなく、行動で。郁の頭を撫でること―――それは本当に特別な意味を込めて。

 

「俺の思いは、伝わってると思いたいんだがな」

 

手を頭に乗せた時の郁のはにかんだ表情を思い出し、ちょっとだけ天に祈った。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

業務部からお話会の助っ人を頼まれ、郁は明らかにテンションを上げた。実は企画立案の仕事よりお話会の方が、断然自分に向いていると思っていたのだ。

図書館の視聴覚室広間に親子連れが集まり、業務部員が中心となって読み聞かせを始める。子供たちの反応にはいつも発見があり、読み手も楽しめるイベントだ。この日も郁は、リクエストに応えた絵本を読み聞かせたり、ちょっとした人形劇のようなエプロンシアターや、ペープサートなどで観客の心を鷲掴みした。

 

お話会が終了して後片付けの時、室内を遠慮気味に覗き込む男性の姿を捉えた郁は、きっちり防衛方の空気にシフトチェンジして距離を縮めた。

「何か御用でしょうか」

「あ・・・あのぉ、広報担当の方とか、責任者の方っていらっしゃいますか?」

「・・・どのようなご用件ですか?」

「僕、こういう者です」

そう言って手渡されたのは、白い名刺。“武蔵野タウン情報局”という文字が踊り、小さく編集部と書いてあった。

「えと・・・雑誌の?」

「はい。タウン誌の編集者です。近々、武蔵野第一図書館の特集を組むことになっていまして、その件で打ち合わせを兼ねて来たんですが・・・」

「そうですか。お約束が取れていらっしゃるなら、こちらへどうぞ」

確か広報の者が視聴覚室のサブブースで見学をしていたはずだと思い出し、郁はスマートに誘導した。

「先程の読み聞かせ、見させてもらいました。あなたはとっても魅力的な人ですね」

「え?!あ、いや、あ、アリガトゴザイマス」

褒められることに慣れない郁は、一気にテンパってしまう。

「なるべくしてなった、という感じですね。図書館員に」

「あー・・・そう言っていただけると嬉しいですけど。実はあたし、本来は防衛方なので図書館には警護でいることの方が多いんです」

「そうなんですか?!防衛・・・それは意外だなぁ」

「確かに子供は好きなので、こういう仕事も楽しいんです。防衛部より向いてるかもしれないって思う事もあるんですけどねぇ」

「ええ、とても向いていると思いますよ」

「ふふ・・・でもあたしは、防衛部員として全うしたいと思います・・・・さ、こちらに広報の者が控えていますので、どうぞ」

サブブースの入り口を開け、タウン誌編集者の田崎一哉に入室を促し一礼して別れた。

 

 

 

 

 

それから郁が隔週のお話会に助っ人として参加する度に、タウン誌編集者の田崎と会うことが続いた。武蔵野第一図書館の特集記事は少し前に掲載されたと聞いていたので、もう来館することは無いのだろうと思っていたのに。

「今日も取材ですか?」

「いえ、今回はプライベートかな?」

「あ、そうなんですか」

意外な答えに、郁は少し調子を狂わされた。

「笠原さんとお話がしたくて」

それは何気なく、まるで意味を持たないくらいサラリと。

「あ、あたし?!」

「はい。お時間、無いですか?お昼休みとか、少しで構わないので」

「あー・・・えっとぉ・・・お昼休みかぁ・・・」

昼休憩は自由だ。ちゃんと上官に許可を取れば、基地の外に出ても問題はない。だが郁の脳裏には堂上班揃っての昼休みしかイメージとして浮かぶものは無く、それを辞めてまで他の誰かと休憩を取るなんて考えたことも無い。

「一般人からの視点だと、図書館が図書隊員との接点の入り口って言うかな・・・館内で利用者と関わっている隊員しか知り得ないじゃないですか。せっかく防衛部の方とお知り合いになれたから、ちょっと興味が湧いたんです。そういうお話をしたいと思ってるんだけどな」

「あ、防衛部、ですか。それなら、まあ・・・あたしでお役に立てるなら」

仕事と割り切れば、郁にもハードルは高くないと思われる。危険職種と言われる図書隊防衛部の本来の姿や、みんなの篤い想いが伝わればいいなとポジティブに考えられる。

「それじゃ、ここで待ってます」

と、田崎は名刺サイズの紙片を郁に提示する。柔らかなグリーン配色のデザインに、イタリアンの文字がお洒落に並んだショップカードだった。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「うっわ~~~~!美味しそう!!」

目の前に並んだ皿に歓声を上げた。トマトソースが絡んだパスタにスライスしたオリーブの実とバジルの葉。彩の良さに郁の目は輝いた。

「ここ、オープンして間もないんですが、好評なんですよ」

「もしかして、予約してくださったんですか?日曜日のお昼って、混むんじゃ・・・」

「実は、ウチの雑誌で真っ先に宣伝したんです。その効果があったみたいで・・・オーナーに感謝されて。それから色々と融通を利かせて貰ってるんですよ」

「そっか。タウン誌ですもんね。こういう新しいお店の情報は、いち早くキャッチ出来ちゃいますよねー!」

郁は田崎の職業を「羨ましいな♪」とご機嫌な笑顔で称えた。

「確かに、うちの女の子たちも、その点はいい仕事だって言ってるね」

一緒に笑顔になる。目尻に浮かんだ皺が、なんとも可愛らしく感じられる笑顔だ。

「・・・えへへ・・・じゃ、いただきまーす!」

しっかり手を合わせてフォークを取ると、田崎は「どうぞ」と勧める。郁の反応を楽しむかのようにじっと見つめていた。

「・・・美味しいぃ!ああ、幸せ~♪」

うっとりと頬を包んだ郁は、微笑みかける田崎と目が合って我に返った。

「はっ!やだ、あたし・・・美味しいものに目が無くて・・・ついついいつもの感じで」

「いやいや。ホントに笠原さんって可愛らしい人だなって思ってみてますよ」

「か、可愛いとか!もう、ホント、恥ずかしいのでやめてくださいって!」

「えー?本当のことなのに。もしかして、可愛いって言ってくれる人、周りにいないんですか?」

「いません、いません!」

思い切り否定の郁に、田崎は気の毒そうな表情を見せる。

「ダメだなぁ。防衛部は女性の扱いが出来てないんですね」

それは郁が想定していなかった言葉。瞬時に怒りのような気持ちが膨らんでくるのが分かった。

 

「防衛部のこと、そんな風に言わないでください。良化隊との抗争の最前線に女性を置いてくれること自体、とても大変なことなんです。抗争の時は男も女も無い。同じ人間同士の戦いだから、手加減しないし。手加減されたいとも思ってません。色々な覚悟をして挑んでいるんです。だから普段から、性別とか気にしないでくれていいんです。あたしは今の環境に、不満はありません」

「・・・そっか。ごめんね。・・・うん、図書隊の人たちの覚悟とか、そういうこと気にしたことなかったな。笠原さんは、女性扱いして欲しいなんて思ってないってことなんだね?」

「はい。確かに体力的に劣りますけど。出来る限りみなさんの足を引っ張らないように、訓練頑張って、とことん鍛えて、ずっと追いかけていけるように―――」

何かを思い出したように、一点を見つめている郁の様子を見届け、田崎は頭を下げながら「ごめんなさい」と改めて謝罪した。

「防衛部とは言っても女性だから、雑用くらいにしか思われてないのかと思ってたよ。訓練とか、毎日のようにあるの?」

「隊の訓練は決まったローテーションで。最低でも週に2日は。それ以外にも班ごとに訓練日を設けたり、自主練も取り入れるのでほぼ毎日です。防衛部との合同訓練も毎月あるし」

「・・・え?」

「・・・え?」

お互いに何故疑問を投げかけたのか分かっていない。

「いま、防衛部と合同訓練って・・・笠原さん、防衛部だよね?」

「あー・・・はい。防衛部です。でもあたし、特殊部隊なんですよねぇ」

郁は乾いた笑いを乗せた。

「え・・・特殊部隊!?」

至極当然な反応だった。「言ってなかったですね」と小さく謝る郁に、田崎は目を輝かせた。

 

「笠原さん・・・君は本当に素敵な人だ!!」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

図書隊の隊員食堂の一角を視界に捉えた柴崎は、迷うことなく足を進めた。

「ご一緒してもいいですか?」

「あ、柴崎さん。どうぞ~♪」

明るく返事をしてくれた小牧に会釈して、柴崎は手塚の隣りに席を取った。

「笠原はどうしたんですか?」

「今日は基地の外で食事だってさ」

「・・・珍しいわね」

急に柴崎のテンションが怪しくなった。

「あれ。柴崎さんも知らなかったの?」

「てっきりお前と出掛けたのかと思ってたんだけどな」

「聞いてないわ。今日はお話会の助っ人だったわよね?わたし、地下業務だったから会えなかったのよね」

三人の会話を黙って聞いている堂上は、俄かに眉間の皺を深くした。

「・・・まさか、あの人かな?」

「あの人?」

手塚が柴崎に聞き返すと、上官の二人も箸を止めた。

「お話会に取材に来てた人がいて。その人と笠原が親しく話しているのを何度か目撃してまして。あ、男の人ですよ。まあ、笠原はあの通りですから、普通に利用者対応って感じですけどね。相手が・・・笠原に興味アリアリって感じだったから。ちょっと面白くなりそうって思ってたんです」

言葉の端々に柴崎の気持ちがダダ漏れた感じがあった。それは堂上にとっては面白くない話であって、ついその思いが表情に出てしまう。

「ぐふふ・・・堂上教官、怒ってます?」

「別に」

それ以上の返事は出来ないらしい。素直じゃないなと思いながら柴崎は、ケータイを取り出して何やら操作を始めた。数分して着信があり、それを確認すると「やっぱり」と溜め息を零して画面を見せた。

「デザートだそうです。今回は取材だって言ってますよ」

真っ白な皿に並んでいるのは、郁ならヨダレものだろうと想像がつきそうなスイーツ。その写真を覗き込みながら、堂上の口からは「何が取材だ」と愚痴が零れた。

「・・・柴崎さんは、その人見たことあるんだよね?どんな人なの?」

「歳は、教官たちと同じくらいですかね?背は笠原と変わらないくらいで。細身の好青年って感じですね」

「取材って、新聞か?」

「タウン誌よ。この間、うちの特集が組まれたの。で、その取材に図書館に通ってきてて。笠原のお話会、欠かさず見てたんじゃないかな?」

柴崎の話を聞きながら、堂上の眉間は記録更新と言えるくらいの最深の皺を刻む。忌々しく思うのは、郁が助っ人として参加したお話会を全然見に行けていなかったこと。毎回、時間が空いたら行くと言うばかりで実現できなかった。

堂上には見ることが叶わなかった郁の姿を、その男はしっかりと見ている。その些細な差が、今の堂上には大河を隔てた対岸のような気がして・・・・・

 

「猛アタックとか、されてないといいですね」

 

柴崎の何気ない一言が、暗い影を落とした。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

そろそろ新入隊員の配属が決まるという時期。教育隊が占拠していた訓練場が漸く解放となり、来週から特殊部隊と防衛部の合同訓練も再開だ。

郁が機嫌よく仕事を熟しているのは、それが要因だと思っていた。いや―――思いたかっただけかもしれない。明らかにウキウキと浮かれた様子の郁を見続けていて、堂上の思考は正常のものから外れていた。

 

その日は、堂上と郁がバディを組んで館内業務に就いていた。返却本の配架をしている途中、郁が「あれ?」っと声をあげて堂上の傍に寄ってきた。

「きょーかん?これ、地下の本ですよね」

「・・・ああ、閉架書庫のラベリングだな」

「カウンターの子、間違っちゃったんですね。ここにあるのはマズイから、ちょっと地下まで届けてきますね」

「ん。頼んだ」

「はいっ!」

ビシッと敬礼を決めて、一歩目から軽い足取りで地下へ向かう郁の背中を見送る。

 

郁が持ち前の明るさを失わずにここに居られることを、堂上は親心に近い感情で見守っていた。思えば去年は、同期に嵌められ―――所謂、砂川事件に巻き込まれ、査問を受けた郁。本来ならば大喜びで身体を動かしただろう訓練さえも、冴えない表情を消せず、やっとの思いで熟す時期もあった。寮では出来るだけ部屋から出ない休日だったり、他の隊員と顔を合わせないように行動時間をずらしながらの生活だったり。

嫌な思いも、寂しい思いもたくさんしてきた郁を傍で見守ることしか出来ない毎日の中から、堂上には言葉に表せない感情が湧いていた。

その思いを少しずつ認めて、日々成長させている気がする。

もっと想いが膨らんだ時には、俺は一体どうしたらいいのだろう?――っという自問をしながら。

そしてその想いは、ここのところ急激に成長しているとも感じていた。理由は簡単だ。郁に、男の影があること。ただそれだけ。

 

「―――あ、ちょっと」

ブックワゴンを除けて通り過ぎようとした業務部員を呼び止める。瞬時に階級章に視線を遣り、三正であることを確認して話を続けた。

「さっき、このワゴンに閉架書庫の本が紛れてたぞ」

「えっ!?それは申し訳ありませんでした、堂上二正!」

深々と頭を下げられる。

「多分、新人の仕事だったと思うが。もうじき正式配属だ。しっかり指導してやれ」

「はい、ありがとうございます!失礼します」

丁寧に礼をしてカウンターへ向かう隊員を横目に、残った書籍を棚へ並べ始めると――

 

「・・・あっくん?」

不意に懐かしい呼び名が聞こえて、堂上は振り向いた。

「え・・・カズ?」

「あっくん!図書隊に入ったっておばさんから聞いてたけど、ここにいたんだね!」

「カズ、久しぶりだなぁ!」

お互いに腕やら肩やらを叩き合いながら、久しぶりの再会を喜んだ。

「今、“堂上”って聞こえたからさ。珍しい苗字だし、もしかして?と思って。何だか、偉い人みたいだったね」

「一応、俺の方が上官だからな。ここは上下関係にそこそこ厳しいんだ」

「でも、違和感ないよ。あっくんは、相変わらずカッコいいなぁ」

「・・・お前も、相変わらずだな。そんなセリフ、よく恥ずかしくもなく言えるもんだ」

今度は互いに笑い合う。本当に久しぶりなのに、空白の時間など無かったかのように自然な空気感に二人は満足していた。

「カズは・・・小説書いてるのか?」

「あー、それね。断念した。今の世の中だと、自分の書きたいことを制限しないで表現するのが難しくてね」

それは良化法の下で・・・という前提だと気が付いた。確かに執筆活動を続けるには、現在の日本は酷な環境となっている。

「じゃあ、今は何をしてるんだ?」

「小説は諦めたけど、出版業界から離れたくなくてさ。一応、編集のしご―――

 

「きょーかん!ただいま戻りましたぁ!・・・あ。田崎さん?!」

「お、笠原さん!」

「え?!」

「ん?」

「あれ??」

それぞれがそれぞれに短く疑問を投げたが、混沌とした状況に言葉を失った。最初に正気に戻ったのは田崎だった。

「あっくん、笠原さんの教官?!」

「笠原、お前、カズのこと知って・・・」

「田崎さん、あっくんって・・・堂上教官のことですかぁ?!」

何から答えたものか・・・ここは順を追って疑問を解消しようと、堂上が咳払いを一つしてから二人の顔を見比べた。

 

「カズ、笠原は俺の部下だ。笠原、カズと俺は幼馴染みだ。で、お前たちは?」

「田崎さんは、ここに取材にいらしてたタウン誌の編集者さんです」

堂上の予想通りの答えが返ってきた。それに少しの安心と、言いようの無い不安が渦巻く。

「そうなんだよ。話を戻すけど、俺は今、小さな出版社で働いてるんだ。年末までは、都心の大手出版社に居たんだけどね。大手は大手の悩みってのがあってさ。もっと自由に記事を書きたいなって思いが強くなって、転職したんだ」

田崎の話には、郁も「へぇ~」と聞き入っている。そこまで詳しい身の上話をするような仲には発展していなかったようだ。

「あっくんの部下が笠原さんってことは・・・あっくんも特殊部隊なの?」

田崎の質問は特別返答に困るものではなかったのだが、何故か堂上からそれらしき声が聞こえない。郁は不思議そうに上官の横顔を覗き込んだ。

「教官?どうかしました?」

「あっくん、どうしたの?」

「カズ、その呼び方・・・」

眉間だけじゃなく鼻筋にまで皺を立てて、堂上は心底嫌そうな顔をして見せた。それで田崎は理解した。

「ごめん、流石に部下の前では恥ずかしいか。でもね、あっくんとしか呼んだこと無いからなぁ」

「・・・ああ、そういうことか」

遅れて郁も気付く。

「いいじゃないですかぁ!別にあたしは気にしませんよ?」

 

――俺が気にするんだ、ド阿呆がっ!!!

 

という叫びは心にしまった。代わりに田崎がクスッと笑って「可愛い部下だね」と揶揄うものだから始末に悪い。

「またまた~ぁ。田崎さんはいっつもそう言う~」

「・・・いつも・・」

堂上の小さな呟きは二人に届かない。

「そんなに恥ずかしがらないで、そろそろ慣れてもいいんじゃない?」

「無理無理無理・・・絶対、無理です!」

なんだか砕けた関係に見えて、二人のやりとりを表情無く見つめてしまう。

「あっくんからも言ってあげてよ。笠原さんって、いくら褒めても謙遜するんだよ」

二人の視線の先には、何やら機嫌の悪そうな顔をした堂上。空気を瞬時に感じたのは郁だった。

「きょ、教官、いいですからね?笠原、仕事で褒められるのが一番嬉しいですから!」

「仕事は勿論でしょ。その可愛さ全開な笠原さんをさ、褒めずにいられるって方がおかしいよ!」

「だーかーらー!言ったじゃないですか。女の子扱いはしなくていいんだって!!」

郁の牽制の一言が堂上の心に刺さった。何をこんなにイラついているのか、本人にも分かっているようで全部は分からない。みっともない姿を晒しそうで怖くなった。

 

「・・・もういいか?仕事中だ。カズ、すまないがまた今度な」

堂上は二人の返事を待たずに、空のブックワゴンを押して歩き出した。田崎に深々とお辞儀をした郁は、慌てて上官の背中を追った。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

郁と田崎について、特殊部隊の中でも明らかに耳に入るようになったのは、それから一か月もしないうちだった。

それは堂上が焦るほどの内容ではなかったが、いつ付き合いだしてもおかしくない状況だと進藤たちに忠告され、郁も満更ではなさそうだと柴崎から脅かされ、気が気でない毎日を送っている。

 

そんなある日、小牧と共に館内警備をしていた堂上は、幼馴染に呼び止められ少しの時間警備から離れた。

「仕事中にごめんね」

「いや、少しなら大丈夫だ」

「今日は仕事だよ」

先制攻撃をされたような気がする。

「前回の武蔵野第一図書館特集が好評でさ、第二弾を考えてるんだ。今度は防衛部を主役にして、検閲ってどんな仕組みなのかってことにも切り込んでみようかと」

「それ、大丈夫か?良化委員会に目をつけられたら、タウン誌だと言っても潰されるぞ」

「編集長とも相談したよ。うちの編集長もさ、以前は大手にいたんだ。だから良化委員会の手の内とか知り尽くしてるんだって。目をつけられないような巧い誌面作りをレクチャーしてくれるって」

「ホントに大丈夫なのかぁ?」

堂上の心配気な声を聞いて、田崎はふっと笑った。

「俺のこと、心配してくれるんだ」

「当たり前だろうが!」

「・・・やっぱり、あっくんはカッコいいなぁ・・」

呟くように零した後、田崎はいつもの笑顔を向けた。

 

「あっくん、応援してくれる?」

「ん?何をだ」

「―――俺、笠原さんのことが好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田崎の告白を聞いた後の記憶が定かではない。

自分がどんな返事をしたのか、そこからどうやって仕事に戻ったのか、全く思い出さずに今に至る。

―――と言うか、今っていつだ?

 

「きょーかん?」

不意に横から覗き込んできた郁と目が合って、堂上は反射で仰け反った。

「な、なんだ」

「聞いてます?相談したいことがあるんですってば!」

相談と言われてすぐさま上官の顔になる。そんな上官の鏡のような堂上の姿に、郁はそっと笑みを零すが、自分が持ち込んでいる案件は呑気に笑っていられるものじゃないと思い出して、厳しい顔つきに変わる。

「あ、あの・・・柴崎に言われたんです。そういうことは教官に聞けって」

「そういうこと?」

「はい。交際を申し込まれた時のお断りの仕方」

堂上は息を呑んだ。目を瞠ったまま、瞬きも忘れて郁の困った顔を見ていた。

「なんて言ったらいいんでしょう?」

上目遣いでこの上なく凶悪な可愛さを見せつける郁に眩暈を起こしながら、微かな記憶を辿る。郁の言う交際を申し込んできた男とは、多分田崎のことだろう。堂上が我を忘れていた間に、しっかり郁への告白を果たしていたのだ。

「・・・どうして断るんだ」

「え?」

「断る理由があるんだろ?」

今度は郁が動きを止めた。この手の相談なら、堂上は郁の気持ちを汲んだ答えをしてくれると期待していた。まさかここで、交際を断る理由を聞かれるとは思ってもみなかった。

 

理由と言われれば、ハッキリ見えている気持ちがある。郁はその相手に対して恋愛感情は持ち合わせていない。あるのは親近感だけなのに、男女の関係など迫られても困るだけだ。

ただそれを、堂上に話すという手段に踏み切れない。恋愛初心者と公言している自分がせっかく異性から告白されたというのに、お断りするなんて偉そうな女と思われやしないか。

そもそも、お前に好きなやつはいるのか?と聞かれたら、なんて答えたらいいのか。

 

「それって、カズだろ?」

思考が渦巻いている最中に、今の郁には心臓を跳ねさせる名前が堂上の口から飛び出したことに驚いた。

「カズのこと、嫌いか?」

「き、嫌いじゃないです」

「じゃあ、なんで断るんだ」

堂上の声は穏やかで、何故だか郁は悲しい気持ちになった。

「それって・・・田崎さんの申し出を断るなってことですか?」

「そうとってもらって、構わん」

 

郁は傷ついた顔をした。それを堂上は見てもくれなかった。

視線を合わせずに言い捨てた堂上に、郁は「わかりました」と一言だけ残して踵を返した。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「柴崎の嘘つきっ!!」

自分の声が涙交じりになっているのに気が付いて、敢えて天を見上げた。悔しいくらいに晴れていた。特殊部隊の事務室に戻らねばならないが・・・今はまだ戻れない。

 

 

田崎の告白はストレート過ぎて、恋愛初心者の郁には心を鷲掴み以外の何者でもなかった。

ただこれが、望んでいた人だったなら・・・それが一番の感想だった。

郁の望む人とは―――それを考えると胸が苦しくなる。

 

図書隊員を目指したのには、大きな転機があった。

高校3年生のあの秋の日―――町の本屋で出逢った人に、この上なく憧れを抱いた。

初めはただ再会を願って進路を決めた。大学生になり、司書資格を取るための勉強と並行して少しだけ図書隊について書物を漁った時、その浅はかな考えは綺麗サッパリ捨てることとなった。

今思えばその時知ったのは、図書隊の理念のほんの入り口に過ぎなかったが、ただ逢いたい人に逢いに行くために選んでいいような職業ではないと思った。

本を守ること―――それは人々の自由を守ることに繋がるんだということ。そしてそれらを全うするには、命を懸けなければならないということ。図書隊員が日々鍛錬を続ける理由を知ったのだ。

その影ながらの努力の結果が、あの日、郁を救ってくれた隊員の背中に現れていたのだと気付き、それを目指したいと心から思った。

 

去年、砂川に嵌められ、査問を受けた。そしてその終わりに、手塚の兄から衝撃的な事実を突きつけられた。

堂上が、あの日の図書隊員だった―――王子様と宣って、逢いたい、好きだと公言した。あの人の正体が堂上だと知って、郁はパニックだった。

王子様の正体を知ってしまったことを、堂上に知られたくないと思った。教育隊からのことを思い返すと、恥ずかしさが込み上がるばかりで、胸を張ってお礼を言えるような気がしない。憧れて、追いかけて来たということを伝えたら、きっと迷惑そうな顔をされるに違いない。こんなに出来の悪い部下になんて、追いかけて欲しくはないと思うんじゃないかと、マイナス思考は広がるばかり。

 

そんな郁に小牧がくれたアドバイスは、「堂上篤として見てやって」というものだった。いつまでも記憶の中の王子様を追いかけるのは、堂上が可愛そうだと言う。

その意味を完全に理解した訳ではなかったけれど、小牧の言葉のままを実践してみようと思った。

漠然と追いかけていた二つの背中を重ねること。まずはそこから。

単純であまり意味のないことのように思えたが、それは難しく考えることが苦手な郁には合っていたようで。目標を一つに絞られたことによって、気持ちも素直に一つになれた。

 

――堂上は郁にとって、何に於いても特別な存在――

 

全てを曝け出せる

喜怒哀楽をぶつけても受け止めてくれる

甘い考えは厳しく正され

いつでも前を向くことだけを導いてくれる唯一の上官

 

憧れた。本当に、追いかけたいと思った。

だから郁が誰かを想う時、まず一番に思い浮かぶ人が堂上だ。どんな場合でも変わらない。

それが―――恋愛の対象として、だとしても。

 

「あたしってバカだよね。上官と部下でいられるだけで幸せなのに」

胸を痛めるのは今回が初めてではない。少しだけ慣れた痛みを上手く逃がしながら、郁は一つの決心をする。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「――応援してくれる?―――俺、笠原さんのことが好きなんだ」

「・・・そうか。頑張れ」

 

 

思い出した―――堂上は両手をギュッと握りしめた。

田崎の告白に、ちゃんとした答えは出来なかった。言われた通りに応援しているようで、実は関わりを断ったような突き放したエール。

そんな曖昧なことしか言えなったことに、言いようの無い後悔が押し寄せた。

 

自分の本心ってやつの在処が、最近分からなくなっていた。殊、郁に対しての感情は、見て見ぬふりという言葉がピッタリと思えるくらい、いつも誤魔化し続けてきた。

どうして誤魔化さなきゃならないのか―――それさえも考えないようにしていたと思う。実は単純な気持ちを複雑なものに変換して、難解だと自分自身に言い聞かせていたのだ。

 

郁が誰かから想われて、自分以外の誰かに守られて生きること―――初めて現実身を帯びて考えることができた。想像することを避けていた案件は、想像以上に堂上の心を破壊した。

己の全てで否定する。事実を受け入れること、そもそも考えることさえも許されない。

 

それは、堂上の本心の在処を示す鍵だ。

見つけた物は使え!

 

 

この鍵を開けるのは、今しかない――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを腹に括って、堂上は特殊部隊の扉を開けた。すぐに郁の所在を確認する。

「笠原なら、田崎さんの所へ行ったぞ」

「え・・・カズのところに?」

堂上の様子がいつもと違うと感じた緒形が、事のあらましをちゃんと伝えようと真剣に説明を続けてくれた。

「田崎さんから防衛部に関わる資料の提供を依頼されてたんだ。それを出版社に届けるように頼んだところだ」

「カズの出版社って、何処ですか?」

質問の意図を理解する前に、緒形は辺りを見回した。

「進藤よ、何処だと言ってた?」

「駅の向こうに新しく喫茶店が出来たろ?その近くのビルだって言ってたぞ」

「あー、そうだ。笠原がタウン誌で見つけて、コーヒーが美味いって書いてあるから行ってみたいって騒いでたな」

「そうそう。田崎さんに詳しく聞くんだって言ってたよな」

「場所が分かったってことは、連れてってもらったのか?」

「さあ?どうだろうな」

タスクの諸兄たちは、思いついたことを自由に話していた。その中には堂上の心に引っかかるポイントがいくつもあったのだが、それをいちいち聞き出す余裕は無かった。

 

「副隊長、すみません。ちょっと出かけます」

返事を聞かずに全速力で走り出した。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

最寄り駅までの道のりは、目を瞑っても辿り着けるくらい慣れたコースなのに、今日はいつもの倍以上に長く感じた。しかも、実戦さながらの全速力なのに。

必要以上に息が乱れないよう、呼吸を整えながら走る。郁に追いついた時、ちゃんと話が出来なければ元も子もない。

 

それから、先程見つけた鍵は、スタートと同時に解錠した。

もう溢れる何かを無理矢理に止めることは出来ないだろう。

 

 

駅の北口と南口を繋ぐ通路を、人を除けながら走りきる。駅前のロータリーを抜けて、ビル街の端にその店は開店したはずだ。近くまで行けば、田崎の出版社のビルも見つけられるだろうと、堂上にしては珍しく楽観視だ。

 

角を曲がった瞬間、建物から姿を現した郁を見つけた。

「笠原っ!」

考えるより先に、声が出ていた。今はそれでいい。

「え・・・きょーかん?!」

郁は心底驚いた表情をしながら立ち止まった。

トップスピードで来た堂上は、こんな時でも目測を誤らない。郁の目の前でしっかりと停まって見せて、「流石です」と小さく拍手をいただいた。

「どうしたんですか、教官」

膝に手をやり、肩で呼吸をする堂上の姿は珍しい。滅多に見られない光景に、郁は何事かと表情を硬くする。

「かさ・・はら・・・カズのところ、に・・・」

「はい。資料を届けてきました」

「へ・・んじは?」

「返事?」

郁があまりにも読解力を見せないので、イラついた態度を隠せなかった。

「返事だ。カズに、告白されたんだろうが!」

「あ・・・はい、してきました、よ?」

普段の何気ない会話と然程変わらない郁のテンションに、少しだけ不安になった。その返事の内容をストレートに聞いていいものか、不安が過った分だけ迷って言葉にならない。

 

「ちゃんと、お断りしてきました」

「・・・断った?」

「はい。教官に聞いたじゃないですか!なんて断ったらいいんでしょう?って」

「ああ、確かにそうだが・・・」

「あたし、田崎さんのこと嫌いじゃないけど、恋愛感情があるわけでもないです。じゃあ、他に好きな人がいるのかって聞かれたら困っちゃいますけど・・・好きな人っていうか、追いかけてる人はいます」

「それって・・・アレか?」

控え目な問いに、郁はふっと笑った。

「そうです。堂上教官が嫌いな、王子様ですよ!あたし、器用な人間じゃないから。王子様追いかけながら、誰かに恋するなんて不可能だと思うんです。図書隊に居る限り、あたしの中の王子様の存在は消えないから。だから、田崎さんにはお断りしてきました」

 

堂上の肩から力が抜けた。腹を括ってここまで全速力で来たのに、また郁の男前思考に先を越された感がある。

「そ、そうか・・・はは・・・」

無意識に力ない笑いが零れて、今にもその場でへたり込んでしまいそうになる。

「教官?ちょっと休んで行きませんか?」

見ると、郁が堂上の背後を指差していた。そこは、タスクで聞いた新しい喫茶店だ。

「コーヒーが美味しいって評判だそうです。きっと教官も気に入るだろうと思って、田崎さんに色々教えてもらってたんです。どうですか?寄って行ったらダメですか?」

「・・・俺?」

堂上の質問の意味が、郁にはいまいち分からなかったが、笑顔でもう一度「一緒に」と人差し指を向けて続ける。

 

「教官と一緒に来たかったんです!」

 

 

 

今回もまた、郁に先手を打たれてしまった。お約束のように後手後手に回る堂上に、本心を伝えられる日は来るのだろうか―――それは堂上自身も不安要素ではあったが、せっかく見つけた心の在処をこのまま隠していく手段は選ばないと腹を括ったばかりだ。

 

 いつか――― 一緒に

 この心のおもむく場所まで 辿り着けたら―――

 

 

「ん。タスクには俺が連絡入れとく」

「やったーっ!このお店、何がいいって、紅茶の種類も豊富だって話なんです。コーヒー飲んでる教官のことただただ見てるだけじゃなくて、自分も紅茶を楽しめたら嬉しいなぁって思ってたから♪」

 

郁は浮かれた足取りを見せた。それは数週間前にも確認した姿だ。やはり、あの時は訓練が出来る喜びを感じていただけだったのだろうと、今更ながらに安心する。

ホッと息を吐くと、鍵を開けた箱から溢れ出る何かの存在を確認できた。

 

 

 

「じゃあ俺は、ただただ俺を見つめるお前じゃなくて、嬉しそうにしてるお前を見てられるんだな」

 

ふっと笑みを零してやれば、耳を赤くした郁が現れた。

頭を一撫でして、二人で一緒に店のドアを開けた。

 

 

 

 

 

fin

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アンタって、ほんとに馬鹿ね

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comment iconコメント ( 3 )

ふたりの心情が沁みました。
まだまだジレてるけど、あと一歩かな?って期待もしちゃいます!!

喫茶店でふたりで向かい合ってるのを想像したら、何となく映画のラストを思い出しました。

名前: りこ [Edit] 2018-03-13 23:04

就寝前に新作がアップされてたことを思い出し、読むことができました。
良かった。夢見が良くなりそうです!

悠様のお話、全部好きですけど。特に教官の想いが溢れるお話が好きです!
今回も教官の想いに心鷲掴みです。
同じように郁ちゃんも葛藤してるところも。
これがジレジレの王道ですね!

次回作のことも・・・。
僭越ながら一つだけ投げてみました。あんなんでいいですか?

名前: ゆん [Edit] 2018-03-14 01:12

心と気持ち...と聞いたら

『風が吹いている』を思い出した~(*´꒳`*)
心と気持ちが別々なのは防衛方としては正解だけど
恋愛に関しては同じ方が正解かな…?
上官部下の関係を崩したら2人の関係が崩れてしまうと思うあまり
距離が縮められないジレジレ~( *´艸`)
堂上さんの大きな背中をどーんと押したくなりました(笑)

そして、カズ=田崎さんってのに驚いた!
最初カズが話しかけてきた時てっきり女の子だと思って読んで
郁ちゃんが戻ってきたら勘違いしちゃう~とドキドキ…
そしたら、田崎さん!って(゚ロ゚屮)屮

だれかを すきになると こころが ざわざわするんだもん
すごく幼い感じがするフレーズだけど堂郁にピッタリ( *´艸`)

名前: yuca [Edit] 2018-03-14 08:51

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