えへへ・・・一気に書いちゃった♪
堂郁ジレ。ジレジレです(笑)
最後は甘い仕上がり・・・かな?
うっひっひ

テーマ曲は ♪スピッツ「冷たい頬」
「あなたのことを 深く愛せるかしら」
と始まりたかったけど
まだそんな時期ではなかったのww









この手に触れた その時に

 

 

全てが 終わる のか―――

 

 

何かが 始まる のか―――

 

 

 

 

 

 

 

冷たい頬

 

 

 

 

 

 

闇に包まれ密閉された空間で、微かに聞こえる呼吸音は自分のものを含めて3つ。そのひとつが僅かに動揺したのを捉えた助手席の部下が、「大丈夫ですか?」と後部座席に問いかけた。

「ええ・・・ちょっと閉所恐怖症気味で・・・」

「先生もですか!?実はあたしも、なんですよぉ」

身を守ってもらっている立場の当麻先生を気遣っての発言かと思いきや、笠原の声は先細りに震えた。

 

 

こんな時―――誰にも遠慮することなく、俺自身の気持ちのままに行動出来たら―――どんなに晴れやかな気持ちになれるだろう。

 

 

ふとそんなことを思ったのは、俺と笠原の関係が少しだけ以前とは変わっているからかもしれない。

俺の中で大切に隠してきた想いの箱は、茨城の地で粉々に砕けた。その事実を無視せずに、ゆっくりではあるが箱の中身を自分の本心だと認めるよう努力し続けて今に至る。

まずは、二人のささやかな約束を果たすこと。

その時に俺は、チャンスがあれば何かを伝えようと決心もしていた。

実際は、伝えることは出来なかったが。

 

悔しさは後から押し寄せた。

あんな絶好なタイミングを、ことごとく逃したのだ。

そして、再び良いタイミングが訪れることは叶わないのだろうと諦めもした。

 

そうだ―――諦めたんだ。

俺と笠原の関係を大きく変えることを望まなければ、上官と部下のままできっとずっと一番近くに居られるんじゃないかと、かなり臆病な答えを出した。

それが一番いいんだと、懸命に自分に言い聞かせて。

 

 

 

「・・・ふぅ・・・」

笠原から小さな吐息が漏れた。鼓動が早く、息苦しくなっているらしい。閉所を我慢するのも限界なのかもしれない。

そう思ったのと同時に、俺の左手は自然に動いていた。理性なんて働かなかった。

 

笠原の右手は、指先がひんやりと冷たかった。

一瞬、肩に力を入れたのが分かったが、俺はその冷えた手を離さない。

指先を包むようにした後、緊張した掌からの熱を奪うように合わせ―――指を絡めた。

笠原は、俺の手を嫌がることなく受け入れてくれた。

その事実に言いようのない喜びを感じる。

 

再び、何かが砕けた音がした。

多分―――最後まで笠原を守っていた分厚い透明のガラス。それは俺が、俺だけが勝手に作り上げた砦だったと気付く。

 

 

 

何も言わずに笠原の手を取ったまま、闇の中で目を閉じた。

澄み渡る晴れた空が見えた気がした――――

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

敦賀原発を狙ったテロが日本中を震撼させた日から、関東図書隊は極秘で作家・当麻蔵人を匿っている。つい先日までは、基地から離れた稲嶺邸にて幽閉状態。当麻の精神的ダメージを心配しながらも、なかなか行動を起こさない良化委員会を黙って迎え撃つための準備を怠らない。

匿う特殊部隊の精鋭たちにも疲労の色が見え隠れしてきた頃、幽閉場所を基地に移動することとなり今に至る。

 

国レベルの大事件と関りを持つこととなった図書隊員は、誰が何のために動いているのか分かっていながら口には出さない。所謂トップシークレットは絶対に口外してはいけないと、厳しく通達されていた。

稲嶺邸での警備を堂上班が一手に引き受けていたため、当然のことながら通常業務から綺麗に外れていることも、業務部を始めとする直接当麻と関わらない隊員は暗黙の了解の一項目として捉え黙って見守る。だが、内外にファンの多い堂上班だ。彼らの事が話題にならない日は無かった。

「ね、聞いた?堂上班が戻ってきたって!」

「ホント?!館内警備とか、来るのかしら?」

黙々と手を動かす柴崎の後ろで、そんな話で盛り上がる同僚たち。ついつい溜め息が零れてしまう。

「柴崎さんは、何か聞いてますか?」

期待の目をして訊いてきたのは、ひとつ年下の隊員。そちらに顔を向けると、一緒に話していた先輩隊員に言わされたのだと分かった。

「わたし、ですか?誰から、何を?」

彼女たちが訊きたいことは分かっていたが、敢えて気付かぬふりで訊き返した。

「ほら、笠原さんから。今後の堂上班のシフトのこととか」

「いえ、何も。あの人たちは重要任務に就いている真っ最中ですから。易々と話したりしませんよ。業務部とは違うんです」

嫌味を込めると、先輩の眉間に皺が寄った。

 

柴崎は複雑な思いを抱えている。

堂上班の任務が基地を拠点とするものとなれば、多分郁の生活サイクルも以前のように戻るであろうと予想し、そうなれば寮で同室であることを再び実感できる日々が訪れてくれるだろうと期待する。当麻が基地に来たことは、喜ばしいことなのだ。

だがその反面、当麻を取り巻く環境に好転の兆しが見つからず、図書隊自体が焦りを感じているのも確かだ。特に柴崎は司令直下の部署で働いていることもあり、そういった上層部が抱える案件にも明るい。周りが見え過ぎて、関東図書隊の行く末を案じている。

「・・・とにかく、あの人たちが巻き込まれなければいいんだけど」

「誰が巻き込まれるって?」

「っ!! 笠原っ!」

「やっほー♪たっだいまぁ!」

カウンターを挟んで、郁が満面の笑みを湛えている。

「何してるのよ!こんなところに来てていいの?!」

「うん。今日は仕事だけど、休暇も兼ねてるの」

「何それ」

柴崎の訝しんだ質問に、郁は「うひひひ」っと笑って挨拶回りだと言った。

「堂上班は明日から通常業務に入るから。いきなりだとみんなが落ち着かないだろうって、副隊長の配慮だよ」

「そ・・・」

ちょっとだけ気恥ずかしくて、柴崎は素っ気ない返事しか出来なかった。

「という訳で、明日からまたよろしくお願いしまーす!」

郁はカウンター内の図書館員に万遍なく挨拶をした。

「あ、あの・・・挨拶回りって・・・堂上二正たちもこちらにいらっしゃるんでしょうか?」

柴崎は横目で様子を伺った。また先輩に言わされている空気を感じる。つまらない事を聞くものだ、と思いながら郁へと視線を移すと―――彼女は何故か耳を赤くしていた。多分、柴崎しか気づかなかったと思うが。

「え、えと・・・どう、かな?来るかも?分からないけど・・」

不必要に期待を持たせないように気遣ったのかと、郁にしては気が利いてるなぁっと思いながら様子を見ると、単にテンパっているだけのようだ。

 

――何かあったわね?

 

柴崎の予感は絶対だ。殊、郁と堂上に関しては、柴崎自身が驚くほど正確な予感となっている。先程まで殊更冷静に対応していた柴崎が不敵な笑みを浮かべて郁を見つめると、彼女はギシリと固まった。まるでどこぞの魔女に石にされたかのように。

 

――覚悟なさい!何があったか聞き出してやるから!

 

 

 

 

 

 

そんな柴崎の決意を余所に、郁は少しだけ様子をおかしくしたまま通常業務に戻っている。

こっそりと姿を目で追う柴崎には分かる。郁は堂上との距離感に戸惑っているようだ。だが明らかに一緒に警備が出来ることを喜んでいる。

 

一緒にいたい―――だけど、傍でどうしたらいいのか分からない―――そんな空気を読み取って、まるで中学生のような淡い思いをダダ漏れさせる同期を“可愛いヤツ”と位置付けた。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

当麻は基地内である程度の自由を得るようになった。

稲嶺邸からここへの移動の際、良化隊が無理な攻撃をしたためにヘリが着陸に失敗し、多少の損害を与えたことがマスコミによって拡散されると、奴らは目立った動きを敬遠するようになる。無暗に図書隊のテリトリーを侵害するのではなく、別の手段で当麻を奪おうと画策していると見た。

当麻に自由を与えるために、特殊部隊の警護は簡略化されていく。それに伴い、通常業務と並行して訓練も再開されたのは、郁にとっては喜ばしきことだった。

 

「笠原さん、ホントに嬉しそうだね。どこかに飛んでっちゃいそうだよ」

小牧が穏やかに笑う。

「どんだけ訓練好きなんだ」

手塚は相変わらず呆れモード。

「ケガしないように注意しろよ」

堂上は気持ちを汲み取った上での言葉かけ。郁は瞬時に赤くなった。

「こ、子供じゃないですから!大丈夫ですぅ!」

素直になれないのは、全て恥ずかしさが勝るからだと分かっていた。こんな可愛くない態度はダメだと思っても、郁は自分をコントロールする術を見失っている。

堂上の前だとちょっとずつ何かが狂ってくるのを感じて、自然に上官との距離を取る。

 

表情は笑顔だがじりじりと後退していく郁の姿に、堂上は自分がしたことを顧みてただただ反省するのだ。

 

―――アレがいけなかったか・・・

 

郁が堂上の前でアタフタするのは、あの日、暗闇の中で恐怖を逃してやろうと手を握ったことが原因だろうと、それしかないと思う。

日頃から恋愛初心者だと公言していたことを思うと、あのシチュエーションは郁の想像を遥かに超える行為だったのだろう。それを闇の恐怖に震えていたとは言え、有無を言わせぬ状況で、ある意味実力行使だ。

郁は嫌がらなかったのではない。嫌がることが出来なかっただけ―――

 

 

堂上の思考は負のループに陥っていた。

何をしても、何を言っても、郁に許される気がしない。けれど上官として、確立したポジションはあったはずだ。

いざという時に頼れる上官でありたい―――いや、遠慮せずに頼って欲しいと、堂上が切に願っていた。だから郁の小さな変化も、迂闊が表面化したピンチの場面も、逃すことなくキャッチしてしまう。

 

 

 

訓練場の真ん中で、手塚を相手に組手争いをしていた郁が足を滑らせた。

盛大に尻もちをついたのを視界の隅に捉えていた堂上は、郁が声をあげるよりも早く一歩を踏み出す。

「あいたたたたぁぁ・・・芝が濡れてたかなぁ・・・あはははー」

「笠原!大丈夫かっ!?」

飛んできた堂上を見上げて、郁は耳を赤くしながら「ダイジョブデス」と小さく答えた。

「立てるか?足首とか捻っていなか?歩けるなら一度医務室に―――

「だ、大丈夫ですって!大したことないですから!」

郁は両手で地面を押し出すようにして体を浮かせた。すぐさま目の前にゴツゴツとした手が差し出される。それが堂上の手だということは、確認しなくても分かってしまう。そのくらい見慣れた、特別な手だ。

 

 

特別だからこそ―――その手を取れなかった。

 

この手に守られてきた今までが蘇る。

この手に温められた瞬間も思い出す。

この手が掴んでくれたもの―――血の気が引いて冷たくなった指先だけでなく、あの瞬間は心をガシリと鷲掴みされたのだ。

 

本当は―――もう一度、ぎゅっと握りしめて欲しかった。

密閉された空間で呼吸が苦しくなった時、それを感じてくれたかのように堂上の掌は迷いを持たずに郁の手を包んでくれた。

不思議と呼吸が楽になる。

心臓は最大に波打つけれど、それは自分だけじゃないと分かるくらい、堂上も同じく鼓動を早くしていて。シンクロしているようで心地良かった。

 

あの心地良さを知ってしまった今―――今までみたいに平気な顔でいられない。

堂上と目が合うたびに早くなる鼓動は、あの時を思い出させる。

だから――――

 

 

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」

視線を合わせることなく一人で立ち上げり、軽くジャンプをして足の状態を確認。

「ね?大丈夫!」

意識して笑顔を堂上に向け、再び訓練に戻った。

 

 

 

 

その手に触れたら

全てが終わる気がする―――

 

頼れる上官の、使える部下になるために費やした

あたしの命をかけた時間も―――

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

当麻の裁判が始まって、図書隊では今後の方針を話し合う機会が増えた。

メディア良化委員会は当麻を奪取するために、如何なる手段も厭わないだろう。その色々を想定した上で、どうしたら当麻が作家を続けて行けるか・・・みんなで知恵を絞る毎日だ。

「なんかぁ、先生は悪くないのに、こんなに追い詰められて。可哀想ですよねぇ」

郁の呟きは、タスクの総意だった。図書隊の精鋭揃いのタスクで会議を重ねても、当麻を救う一手は思いつかず、皆が疲弊してきた時だった。

 

「あたし、腹立ってきた。日本ってもっといい国だと思ってたのに・・・悔しい!こんな理不尽な国なんて、こっちから願い下げだっつーの!!」

 

鼻息荒くしている郁に向けて、皆がゆっくり頭を動かす。視線が集中したところでバッチリ堂上と目が合った郁は、赤くなるのを防ぐために避けていたシチュエーションだと気付いたにも関わらず、その視線を外せなかった。

「な、なにか?」

「お前、今なんて言った?」

「へ?・・・悔しい?」

「違う!その後だ」

「・・・こんな国、願い下げ?」

 

「「「それだぁぁぁぁぁ!!」」」

 

突然、タスクメンバーのお祭り騒ぎが始まって、郁は茫然と目の前に立つ人を見つめた。

その人も他の隊員と同じようにテンションを上げているらしい。徐々に熱を帯びていく様が見て取れた。が、大声を上げるでもなく、小躍りするでもない。ただじっと郁の瞳を捉えて何か呟いた。

「な、な、なんですかっ!?」

訊き返した時、両肩をむんずと掴まれた。普段はお目にかかれない、何かを爆発させる寸前のような様子に慄きながら、その人の答えを待つ。

 

「・・・まさかお前から・・・そんな発想が飛び出すなんてなぁ・・・」

 

少し気の抜けた、正直信じられないと言った感じの堂上の声に、郁の何かがプツリと切れた。その証拠に、目にはじわりと涙が滲んできていた。

 

「な、なによぉぉ・・・褒めるんなら・・・もっと分かりやすく褒めて、くださいよぉぉ!」

 

郁の中で色んな感情が化学反応を起こした。

堂上と真正面から向き合った時のドキドキと。

当麻を思うと湧いてくる、正義と言う名の怒りと。

何だかみんなが元気になった喜びに。

目の前で静かに気持ちを溢れさせた堂上への驚き。

それを受け止めて良いものか、迷ってしまう自分に苛立ち。

そして、自分の発言が本当に正解だったのか、分からないから恐ろしく・・・

 

気が付くと、目の前の堂上目がけてパンチを繰り出してしまっていた―――

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「ねえ、聞いた?タスクのあの子が堂上二正を殴ったんですって!」

「うんうん、聞いた。顔面パンチだったとか」

「何があったか知らないけど、仮にも女よ?顔面パンチは無いでしょ~!」

「もう女を捨てたってことじゃないの?」

「かもね」

 

 

・・・・・。

 

 

 

どこから漏れたのか。翌日には郁の暴挙だけ噂話が広まってしまっていた。

現場で見ていて、郁の不安定な精神状態を確認し、きちんと宥めてその場を丸く治めた柴崎には、この噂話は面白くないものだ。

本当ならちゃんと経緯を話して誤解を解いてやりたいのだが・・・そうもいかない訳がある。今回の事件は、郁(と堂上)の密かな想いが少しずつ方向を変えて動き始めた決定的瞬間が引き金になっているとみている。つまり、二人それぞれの気持ちを汲み取って代弁してやらなければ、郁が想いを整理できずに思わずパンチを繰り出してしまったことの説明が出来ないのだ。

 

まだ早い――――。

傍から見ている柴崎たちには、くっきり見えている二人の気持ち。それは本人たちには見えていない。自分で気付くべき想いを、外野で騒いで教えてやるなんて下世話なことはしたくない。

 

だから柴崎は涙を呑んで、郁を笑い者にするような噂話に目を瞑った。

 

 

 

 

 

一方、堂上と言えば―――再びの反省を繰り返している。

郁のストレートパンチは強烈だった。長年訓練で鍛え、数多くの検閲抗争をくぐり抜けてきた堂上でさえ、その威力に腰を抜かしそうになるくらいの衝撃。

パンチの重さとか、繰り出しのスピードとか、そんな次元の話ではなく。郁の気持ちが複雑に絡まっていたことを、気付いてやれなかったことへのショックだ。

 

「これはまだまだ腫れるだろうね。ちゃんと冷やしておかないとね」

小牧が半笑いを浮かべて、堂上の口元を覗き込む。悔しさを滲ませる表情も見えた。

「殴られたお前はかなりのショックだったと思うけど。笠原さんも、自分のしたことに相当驚いてたね」

可哀想に、と小牧の呟きが耳に届く。

「彼女があんなに混乱してたのって、最近のお前の行動の所為じゃない?」

「・・・なにか、したか?」

「ううん、逆。何もしなかったの。いつもなら真っ先に笠原さんの頭を撫でてあげる場面で、何故か躊躇してたように見えたけど?っていうか、頭撫でてあげなかったでしょ」

「そ、それは――――

「意図して、そうしてたんだね?」

 

残念なことに、小牧には全てお見通しだった。それに気付くのは今更だと、堂上は諦めたように溜め息を吐いた。

「今まで、不用意に撫ですぎてたんじゃないかと思ったんだ」

「何を今更!堂上に撫でられること笠原さんが嫌がってたんなら、もっと早く皆が気付いただろうし、彼女だって黙ってないよ。少なくとも俺には、笠原さんは喜んで堂上の手を受け止めてたと見えてたよ」

小牧視点を聞いても、胸を張れるだけの自信は持てなかった。

「もしかして、セクハラとか言われるんじゃないかって気にした? 業務部のヤツらが話してるの聞いちゃったとか?もしそうだとしても、笠原さんが言いださない限りセクハラにはならないし、絶対に笠原さんはそんなこと言わないから安心しなよ」

そこまでの心配はしていなかったが、言われてみるとそういう観点もあったのだと気付いて、逆に不安になる。郁はどう思っていたのか、知りたいと思った。

 

「そんなことより堂上。ショックを受けてる場合じゃないよ。既に今朝から、昨日の事件が館内で噂になってるらしい。お前を殴った笠原さんのこと、色々言ってる奴らがいるみたいだから。彼女の耳に入らないうちに、フォローしてあげないと」

堂上は顔を上げた。まだ口元には痛みも伴っているらしい。一瞬だけ眉間の皺を深くして頬をピクリと動かしたが、すぐにいつもの光を宿した目つきに変わった。

小牧は満足そうに「うんうん」と頷き、「しっかり班長の仕事してね」と特別感を出さないよう、堂上の背中を押し出した。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

今朝の郁は余所余所しかった。何か言いたげだが、視線を合わせようとはせず。班長の指示を黙って聞いて、敬礼だけ綺麗に決めて事務室を出て行った。

本当なら声をかけてやるべきだったが、それが出来なかったのは、きっと堂上も郁に対して余所余所しくなっていたからなのだと思う。

 

こうやって、伝えるべきことを伝えず仕舞いにしてしまう自分に、怒りを感じるようになったのはいつからだったか。記憶を辿っても明確な答えは見つからないのに、懸命に探すことが郁のためになるんだと信じて自問する。

 

――俺はいつからこの気持ちを抱えてた?

 

“この気持ち”―――今、浮かぶのはただひとつ。

 

「・・・笠原に、触れたい」

 

 

 

小牧の指摘の通り、郁の頭を撫でることを避けていた。それは何となく、郁が自分と距離を取っていると感じたからに他ならない。幾度か手を差し延べてみたが、郁は堂上の手を取ることをしなかったから。

しかし、そうやって郁の所為にばかりして、本当の気持ちに蓋をしたことに目を向けない自分は卑怯じゃないか・・・とも思う。

 

本当の気持ち―――郁の頭を撫でてやりたい、とか。惜しみなく褒めてやりたい、とか。

上官が部下を思う気持ちと然程変わらないのに、自分の中に存在するある想いを認めると、一気に意味合いが変わってしまうと気が付いて考えるのをやめてしまった“俺の気持ち”。

 

もう、伝えてもいいだろうか――――あの日、伝えられなかった想いを。

 

 

 

 

 

 

警備のそれとは明らかに違う速さで館内を歩き、郁を見つけた。業務部のヤツらに捕まって、困ったように背中を丸めている。

 

「――ホントに殴っちゃったんだぁ。ただの噂かと思ってたのにぃ」

「何で殴っちゃったの?堂上二正に何かされた、とか?」

「そ、そ、そんなわけないじゃないですかっ!」

「そうよね~~ぇ。二正に限ってね~。・・・じゃ、どうして?」

「そ、それは・・・」

「理由も無く殴ったの?それとも、男同士の喧嘩みたいな感じ?え、笠原さん、ホントに女捨てちゃったの?!」

 

堂上の眉間に深い皺が刻まれた。彼女たちは最後のフレーズを言いたいがために、郁を困らせる質問を続けているのだと気付く。

「おい、何してんだ」

「きょ、きょーかん!」

「まあ、二正!笠原さんに殴られたって聞きましたけど、その傷・・・ひどぉい!」

わざとらしさに吐き気がした。

「ホント、笠原さんったら酷いですよねぇ。上官を殴るなんて!」

「いくら防衛部員だって言っても、やっぱり女の子は女らしくしてないと。何のためにタスクに配属されたか分からないじゃないですか、ねぇ?」

「・・・笠原は、何のためにタスクの一員になったって言うんだ?」

「それは――――

 

彼女たちは思っていたことを口にしようとしたが、堂上の鋭い視線に気づいて噤んでしまう。それは大正解だった。下手に郁を侮辱すれば、きっとこの場で堂上から容赦ない口撃を受けることとなっただろうから。

 

「殴られたのは、俺が悪かったからだ」

不意に堂上から、思いもよらない告白を受けた。

「俺の言動が配慮に欠けてて、笠原を傷つけた。それを我慢してくれてたのに、更にこいつを怒らせちまって・・・つい手が出たってとこだ」

「きょーかん?何を言ってるんですか・・・」

「今回は俺が悪い。殴った笠原を責める前に、俺の上官としての資質を責めてくれていい。何なら防衛部長に経緯を話してもらって、俺は処分を受けても構わないが?」

「え・・・堂上二正が、ですか?そ、そんなこと私たちには出来ません!」

「なら今回の件は、堂上班で話し合いの上解決するってことで納得してもらえるか?」

業務部員は怯えたように頷くだけで、勢いよく頭を下げると逃げるように行ってしまった。

 

「教官!なんで、あんなこと――――

「笠原、来い。話し合いで解決するぞ」

手を引いて歩きたいところ、最後の我慢だと自分に言い聞かせて方向転換した。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

誰も居ない静かな場所を選んで、二人は庁舎の屋上に出た。

春めいた風が優しく吹いている。

 

「教官、なんであんな嘘言ったんですか」

「嘘・・・でもないと思うが」

「嘘ですよ!教官は悪くないです。あたしが考えなしだったから・・・」

「いや、よくよく考えたら、お前は俺に肩を掴まれて身動きが取れなかった上に、みんなが何故歓声を上げていたのかも理解してなかっただろ。何が何だか分からない、怯えたような眼をしてたのに、俺はそれを無視してお前の何気ない発言を喜んだ」

「よ、喜んだ?」

ますます分からないと首を傾げる。

「ああ・・・笠原が言った一言で、当麻先生を救う最終手段が見えた。あんなに苦しみながらみんなで考えてたのに、お前のたった一言で空気がガラッと変わった。変えてくれた。それを笠原がやってくれたことが嬉しかった」

郁はキョトンとしたまま堂上を見ていた。心からの賛辞を俄かに信じられないと言った表情だ。

「笠原、信じろ。お前のお陰で、先生は作家として生きていける」

「・・・ホントに?教官、あたしのこと褒めてくれてる?」

郁の声でハッとする。いつもならこのタイミングで頭を撫でているのだ。

 

郁に手を伸ばすことを躊躇したままでは、きっと何も伝わらない。そう気付いた堂上は、難しく考えることをやめて郁に一歩近づいた。

「思う存分、褒めてやる」

そう言って、少し懐かしさを感じながら郁の頭に手を乗せた。郁は目を細めて頬を上げ、その重みを受け入れた。

 

 

 

「きょーかん」

「ん?」

呼ばれて手を止めると、上目遣いの郁がそっと手を差し出した。

「殴ってしまって、ごめんなさい」

小さく言って、堂上の口元の傷に触れる。

「・・・痛いですよね?」

指先を震わせながら傷を癒すように優しく触れるのを、堂上は目を閉じて受け入れた。

 

「まだ熱を持ってるみたいだな。笠原の手が冷たいから、気持ちよく感じる」

正直に伝えると、郁は頬を包むように掌で傷を覆った。

「ホントだ。頬は冷たいけど、傷のところは熱いみたい。冷やした方が早く治りますか」

「ああ、そう言われたな」

「じゃあ、このまま――――

郁は掌で熱を奪おうと真剣に堂上の傷と向き合う。その姿をそっと目を開いて確認すると、思わず口角が上がってしまった。

 

「笠原――――

 

頬に触れていた郁の手を取り、あの日のように冷たい指先をぎゅっと握った。

堂上の手は全てを覚えていて、指を絡めるまで迷いが無かった。

 

たった一つ違ったこと―――それは、郁が手を握り返してきたこと。

そうして二人で笑いあった。

 

 

 

 

 

 

笠原の手を取った―――その時

 

もう一度あの日の温もりを確かめてしまったら

二度と上官としての俺は存在しなくなるんじゃないかと

何かの終わりを感じていたが

 

その手には

確かな“終わり”と共に

温かい何かの“始まり”も存在していたと知る

 

 

 

 

もう諦めてスタートしよう

 

 

今度は俺が、笠原の冷たい頬に触れてみる

 

俺の決意の証しとして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin



関連記事
スポンサーサイト

こころのありか

7 旅立ちの時

comment iconコメント ( 4 )

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

名前: - [Edit] 2018-03-06 09:54

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

名前: - [Edit] 2018-03-06 10:01

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

名前: - [Edit] 2018-03-06 23:47

ジレジレバンザイ!

キタ━(゚∀゚)━!
堂郁ジレ♡

暗闇の中、指を絡めるこのシーンは大好きです(*´꒳`*)
緊迫した状況で堂上さんが思わず取る行動。
自分の気持ちを抑えられなくて、でも抑えなきゃって言う気持ちの葛藤がこの暗闇での行動に集約されてるシーンだと思うの。

そこからの甘々な展開♡

屋上で2人きり…頬に触れて手を握って…
2人で笑い合う…

ん?笑い合うのかーい!(笑)
フライングしちゃわないのが流石!堂郁~!
ジレキュンしました♡

名前: yuca [Edit] 2018-03-07 08:27

コメントの投稿