ふう~。書けました。
すっごい長編(-_-;)
読むの大変だと思います。お時間がある時にどうぞ。

「そして父になる」シリーズの、本当のラストです。
因みに、今作のテーマ曲(エンドレスで聴いてた曲)は・・・
♪V6 「ボク・空・キミ」 です♡
早く生で聴きたい・・・





そして父になる 番外編

 

 

 

 

 

運命の人

 

 

 

 

 

僕は、堂上蔵人。この春、高校二年生になった。

両親は図書隊員。妹は中学生。

本が好きで、運動も好き。

小さい頃の将来の夢は、父親みたいな図書隊員になること。

でも今は・・・現実を正面から見つめて、考え直している最中。

友達は多い方だと思う。性格も明るい方だと思う。

ごく普通の男子だと、僕は思っている。

 

でも、そんな僕を好奇の目で見る人が少なからず存在する。

それは僕の名前の所為なのだと、いつの頃からか理解している。

この名前は珍しい。

好き好んでこの名前を付ける人はいない。

 

「お前の親、度胸あるんだなぁ」

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

図書委員として貸出カウンターの当番で、週に2回は図書室で昼休みを過ごす。

今日も購買部で調達した調理パンを食後のデザート代わりにしながら、好きな作家の若かりし頃の作品を読んでいると、カウンター越しに声をかけられた。

「お、おねがいし、ます!」

「あ、ちょっと待ってください」

僕は慌ててウエットティッシュで手を拭い、両膝を軽く叩いて掌を乾かしてから本を受け取った。バーコードリーダーを翳すと、PC画面が瞬時に切り替わる。

 

現在、国内の全ての図書館は図書隊管理の下、蔵書などの全てのデータがオンライン化されている。図書館の利用者カードを一度作れば、どこの図書館でも貸出や返却が出来、利用履歴も一発検索出来る仕組みだ。

更に、良化法に反対する長に治められている一部の自治体の学校などもこのシステムの簡略化したものを導入しているため、図書館利用者カードで学校の図書室の本が借りられる。

僕の学校もその一校で、貸出の時に利用者カードを提示されると、PC画面に表示されるのは貸出履歴だ。あくまでも未返却本のチェックのためであって、貸出履歴は個人情報と同レベルの扱いとされているので詳細まで見てはいけないと言われている。

だが―――

 

この日、僕は出逢ってしまった。

自分と本の好みが似ている子に。

そして、彼女が今まさに借りようとしている本は、僕が僕自身を知ることになった運命の本だ。

 

―― 泉本 詩織 ・・・ イズモト シオリ

 

画面に表示された名前を確認し、改めて手の中の本に視線を落とした。

「・・・返却は、一週間後でいいですか?」

「はい」

返事を聞いて、返却予定をチェックする。この本を読もうと思ってくれた人物がどんな人なのか、とても興味が湧いた。

「あの、どうしてこれ、読もうと思ったの」

「え・・・」キョトンとした表情は、高校一年生にしては幼い感じがした。

「あー、ごめん。滅多に貸出とか無い本だったから。ちょっと興味があって」

あくまでも本に興味があるような感じで。

「えっと・・・母に薦められて」

「へえ。お母さんは、図書隊関係者とか?」

「いえ・・・違います」

「ふぅん・・」

返事の中の妙な間が気になったがそれ以上は深く掘り下げずに、一週間後の返却を約束させる常套句を告げながら本を手渡した。

丁寧にお辞儀をして図書室を去る彼女。

 

「――でも、きっと本が好きな両親だよな」

詩織という名前が、それを物語っているような気がしてならなかった。

 

 

 

** **

 

 

 

 

剣道部の練習が終わり、友達が買い食いに誘ってきたが断って帰宅する。今日は両親が揃って遅くなると聞いていたので、出来る限りの家事手伝いのためだ。

家に着くと妹の真愛(まな)が、既に洗濯物を片付け始めていた。

「お兄、おかえり。ご飯、どうする?」

「今日の弁当にカボチャの煮たのが入ってた。冷蔵庫にないか?」

「あー・・・あるある。これ、どっち?」

「ん?父さんだな」

「おっけー。じゃ、メインの準備でもしておこうかなぁ」

「肉ないか?肉が食いたい」

「はいはーい」

 

図書隊で働く両親は、時々揃って帰宅が遅くなることがある。大抵は、特殊部隊の隊長である父親が遅く、母も決して早いわけではないが、夕飯の支度が出来るくらいには帰っていることが多い。

小学校の低学年まで、放課後は学童保育を利用していた僕たちも、それなりの年齢になって料理を覚え、母の帰宅が遅くなる日は兄妹で食事の準備をして待つようになった。

 

因みに、今日のカボチャの煮漬けは父が作ったものだと、弁当を食べた時にすぐに分かった。何でも器用に熟す父は、結婚してから料理を覚えたと聞いている。それは、料理が得意ではなかった母を助けるためだったと言っていたが、やっているうちに楽しくなってしまったんだろうと推測する。

更に、大きな声では言えないが、父の味付けの方が僕の好みだ。

 

妹と二人、食べたい物の相談をしながら材料を切っていく。切りそろえた所でフライパンに火を入れようとした時、玄関ドアが開いて賑やかな母の声が響いた。

「たっだいまぁぁぁ!」

「おかえり~!お父さんも一緒?」

「うん、一緒だよ~~」

「ただいま」

「お父さん、おかえりなさい!」

妹が嬉しそうな声をあげている。学校で何かあったのか?と思った。

「ごめんね。今朝、お肉を解凍するつもりが時間無くて出来なかったの」

「お!流石、母さん。俺、今日は肉がいいなぁって思ってたんだよね」

「あら。じゃあ、メインはお肉にしてくれてるのかな?」

「うん。レンジで解凍しといたよー。野菜、これから炒めるとこ」

「わかった。続きはお母さんがやるわ」

腕まくりする母の肩を父が掴んで、方向転換させて「俺がやる」と言った。

「え。篤さん、疲れてるんだからいいよ」

「いや、真愛が何か話したいみたいだからな。一緒に作りながら話を聞く。郁は風呂の準備でもしててくれ」

父の言葉に妹が喜んだ。やっぱり、学校での話があったらしい。

母はやっと納得して寝室へ着替えに向かった。父も妹に何やら指示を出して寝室へ向かう。着替えを済ませてキッチンに立つと、妹と真剣な顔で話をしながら夕食作りを始めた。

 

これが堂上家の日常だ。

両親の仲が良いのは、僕が生まれる前からの事。お年頃と言われるようになった僕にとっては、聞いてて恥ずかしいと思うこともあるくらい、本当に仲の良い両親だ。

この二人に育てられて、真っすぐに育たないなんてあり得ない。僕も妹も、反抗期と思しき時期は自覚したことがあったが、少しも道を外れたいというような気持ちにならなかった。

 

・・・と、家族には話していたが、実は僕には微妙な時期があった。

小学5年生の時、社会科で良化法について考える授業があった。良化法施行から50年という節目を迎えるにあたり、世間では盛んに『世紀の悪法を廃止へ!』と叫ばれていて、それまでの良化法にまつわる事件などを取り上げる番組が放送されたりした。

良化法絡みの大事件と言えば、未だに人々の記憶のトップに立つのが『敦賀原発襲撃事件』。それについて社会的背景を紐解いていくと、否応なしに比較されるのが、作家・当麻蔵人の長編小説だ。当時はこの小説を模倣した事件だと騒がれ、当麻先生自身が良化委員会に追われる立場になったことまでクローズアップされると、僕の周辺は俄かにざわめき立つ。

 

そう―――僕の名前が、当麻蔵人と同じだと気付かれると、子供特有の仲間外れ的空気を感じるようになった。

多分、同級生たちの親がそれに気付き、僕の名前の由来を勝手に想像して我が子に話して聞かせたりしたのだろう。世間を騒がせた事件の、もしかしたら発端だったかもしれない小説の作者のペンネームを、子供の名前にするなんて・・・流石、図書隊の人はやることが違う・・・とかなんとか。

決して僕のことを侮辱する内容では無かったが、同級生の反応は冷ややかで、心の距離らしきものを感じずにはいられなかった。

 

そんな寂しい思いを体験した僕は、僅かながら、両親を恨んだりもした。

何故、この名前を選んだのか―――それが一番の恨み節だったのに、直接聞くことが出来ずに、燻りながら残りの小学校生活を過ごした。

 

 

中学入学のタイミングで、両親から贈られた一冊の本。それは当麻蔵人の長編小説『西へ!』。これを僕に読ませたかったという父は、懐かしそうに目を細めて語った。

 

「これは、お前が生まれた日に初版が発行された本だ。図書館に搬入される前から検閲対象で、当日は全国の図書館で大規模な検閲が行われたんだ」

 

――それは、母から少しだけ聞いたことがあった。

僕が生まれた日、父は仕事で出産に立ち会えなかった、と。検閲がある事は分かっていて、出産も重なりそうな予感がしていた父は、出産に立ち会いたくて抗争には参加しないと言っていた、と。それを母が説得して仕事に送り出したという話。

最後に、「お父さんは立派に本を守って、蔵人に会いに来てくれたんだよ」と、この上なく幸せそうな顔で話していた母を思い出す。

 

その時に守った本が、当麻先生の新刊だったということだ。

だから、僕の名前が『蔵人』になったんだろうと思っていた。

―――あの日、までは。

 

 

 

 

中学二年生の春、僕が出会った本がある。

それは偶然の出会いだったと思っていたが、全てを知った後に感じたのは、この出会いは必然だったんだろうということだ。

僕が出会った本の著者は当麻蔵人。当麻先生が人生初と謳って出版したエッセイ本だ。

私生活の色々や、作品制作の裏話、交友関係に及ぶ告白など多岐にわたる内容で、僕はのめり込んで読み進めた。

ある章に、父から贈られた『西へ!』のことが書かれていた。この作品は、若者たちが世の中の不条理を問いながら、本当の自由を手に入れるために生き抜くという話になっているのだが、世の中から自由を奪おうとしている大人たちが逃げる若者を追うシーンがあり、それが実体験を基にしたものだというのだ。

当麻先生が体験したこと・・・それは、良化隊に身柄を拘束されそうなところを命辛々逃げて、大阪の総領事館へ駈け込んだ時のこと。当麻先生が自由に物書きが出来る環境を求め、日本から脱出することまで考えていたこと。それらを図書隊が支援してくれていたこと。そして―――総領事館駆け込みは、ある図書隊員の力が無ければ成し得なかったという感謝の気持ちが溢れる内容だった。

 

 

《――運命とはこのことだと後になって思い知る。図書隊の覆面車から飛び出す時、彼らは一抹の不安も持ち合わせていなかった。絶対に上手くいく、という根拠の無い自信が彼らを鼓舞しているようだった。だがそれが、不思議なことにプラスに転じていたように思える。わたしは何かに導かれるように、彼らの後に続いた―――》

 

《―― 一発。たった一発の銃声で、我々の行く手に暗雲が立ち込めた。その時流れたのは、熱く滾る血。同じくらい熱を帯びた涙。その両方に触れた時、彼らがそれまでに賭けてきた命の重さと、お互いに思い遣ってきた愛情の深さを知る。この二人を引き離すことは、運命の糸を引きちぎってしまうのと同じことだと感じながらも、任務のために前進することしか考えていない彼らの眼差しが、全てはわたしのために光を宿しているのだと思うと感謝の気持ちしか浮かばない。涙を呑んで西へ向かう決意に乗る―――》

 

《―――美しい別れだった。この時の二人をわたしは忘れられない。手塩にかけて育てた部下を信頼して送り出す上官と、その信頼を一身に受けて更に成長を遂げる部下。それだけならば一般的に想像し得るシチュエーションであろうが、この二人にはお互いに秘めた想いがあることを知っているわたしにとっては、耐えがたい悲しい別れの瞬間だった――》

 

《――西へ。とにかく西へ。彼女からは鬼気迫るものが溢れていた。必ずこの任務を遂行すること。それが、瀕死の状態になっていた上官が生き延びる、最低限の条件だと神に宣告されたかのように。彼女の『生きていて!』という想いが、その後のわたしの道標となったことは言うまでもない。あの強い想いがあったからこそ、今もわたしは書き続けていられるのだ――》

 

《――彼女との別れの時、わたしは意地悪なことを言ったように思う。後になって思い返して、もしかしたら彼女を傷つけたかもしれないと反省もした。だが彼女は数年後、わたしとの約束を果たしてくれたのだ。それはそれはとても嬉しい報告と共に、“お願い”もされた。自分たちの愛の結晶に、わたしの名前を付けたいというのだ。なんて強い夫婦だろうか!もしかしたら二度と会えなくなったかもしれない、ギリギリの別れを体験したあの事件の、わたしは中心人物であったのに―――》

 

 

それで知った。

当麻先生を大阪へ連れて行った隊員は、僕の母だったと。

父はその途中で銃弾に倒れ、母と共に行動出来なかったのだと。

あの太腿の傷が、そうなのだと。

 

両親は――いや、当麻先生も含めて三人は、この日があるから強い絆で繋がっているのだと理解できた。

そしてその絆の中に、僕も名前を頂くことで仲間にしてもらえた気がした。

素直に、とても嬉しいと思えた。

 

 

父と母と当麻先生には、誰にも語れない深い絆があったこと。そして、僕の名前の由来は、思っていたよりずっと感動的なものだったこと。

それらの真実を知った時から、僕は自信を持って名前を言えるようになり、我が家が底抜けに明るく楽しい“居場所”になっているのは、命の重さを知り尽くした両親が、僕たちとの時間を大切に考えて作り上げてくれているからだと悟った。

 

だから僕は、この家族が好きだ。

 

 

 

「蔵人~、ご飯出来たってよ~~!」

「はーい!いま行く」

 

僕は『西へ!』を本棚に戻して部屋を出た。

 

 

 

 

** **

 

 

 

 

理科室へ向かう階段を降りている途中、昇ってきた女子の軍団の中に顔見知りを見つけた。

先週、図書室に来た一年生。当麻先生のエッセイ本を借りていった、泉本詩織さんだ。

「あ・・・」

彼女が胸に抱いている教科書やノートの中に例の本が紛れているのを見て、思わず声を出してしまった。彼女は振り向き、多分僕のことは覚えていなかったのだろう・・・疑問の表情で小首を傾げた。

                                                                                                    

「・・・その本、どう?面白い?」

「あー・・・図書委員の!・・・はい、思っていた以上に面白いです」

「そ。良かったね」

何となく、安堵の溜め息が出た。僕自身の由来が書かれてるからなのか、ただのエッセイ本とは捉えられなくて、他人の評価が非常に気になる。

僕の心配なんて彼女は知った事ではないだろうから、そこは意図して隠して。僕は「じゃあね」と軽く手を挙げて階段を昇り始めた。

 

「水曜日、返却に行きますね!」

 

 

彼女の明るい声が、階段の壁や存在を誇張する段差に反響しているみたいに、僕の耳には音階をつけて届いた。

コロコロと弾けるような声―――母さんみたいだな。そんなことを考えながら、次の図書委員の当番日が楽しみになったことを、誰にも気づかれないようにそっと心の奥に仕舞った。

 

 

 

 

 

 

 

「作家さんって、色んな事を考えてるんですねぇ」

「・・・返却は、来週です」

「生活ぶりはわたしたちと変わらないみたいだけど、些細な事に対する着眼点とか?全然違うって思いました」

「こちらの本は、返却ボックスに入れて行ってください」

「一番笑ったのは、先生が大阪のオバチャンに変装させられたとこ!もう、想像したら笑えて・・・著者近影、何度も見返しちゃったんです・・・ふふふふ・・」

「新刊本なので期限を守ってください。・・・・泉本さん?キミ、何してるの?」

「はい? この本の感想を先輩に・・・って、名前、覚えられちゃってます?」

 

図書室の貸出カウンターで委員の仕事を熟す僕の背後から、当麻先生のエッセイ本をパラパラと捲りながら楽しそうに話しかけてくる。椅子の背もたれをピッタリとくっつけられて、僕は後ろに仰け反る手段を奪われたままだ。

 

「あのさ、ここは委員以外は立ち入り禁止なんだよ。先生に見つかったら、僕が怒られるんだけど?」

「・・・えへへ」

「笑って誤魔化すな!!」

 

――ふと、両親の顔が浮かんだ。思わず吹き出してしまった。

「な、なに?どうしたんですかぁ?」

「くくくく・・・いや、今の・・・うちの両親かっ!って思って・・・くくく・・」

「へぇ・・・楽しそうなご両親ですね」

少しだけ声のトーンが下がったような気がしたが、僕は素直に「すげぇ仲良しなんだ。うちの親」と返事をしてしまっていた。

「そうなんですかぁ・・・ふふ・・いいですねぇ」

ふわっと柔らかく、という表現が正しいと思う。さっきまで悪戯っ子みたいに元気なイメージしか無い笑顔をしていた彼女が、急に優しく微笑んだ。

その理由を直接は聞けなかったが、何となく気になってしまって、カウンター内で二人、椅子の背もたれをくっつけたままで他愛もない話をして昼休みを過ごした。

 

 

 

この日を境に、彼女は僕の当番日に必ず図書室へ来るようになった。禁止だと何度言ってもいつの間にかカウンター内に陣取っていて、たまに助っ人として仕事を手伝ってくれたりするものだから、強く言えなくなってしまう。

 

二人で話すことは、好きな本のこと。新刊情報も、お互いに競うように仕入れては教え合う。趣味が似ているから話題が尽きず、週に二度の委員当番日以外の日も昼休みを共にするようになるまでに、然程時間はかからなかった。

 

 

理由は分からない。

だけど僕は―――泉本詩織に、運命的なものを感じていた。

 

それを言葉で説明するには、僕はまだ幼くて。

すごく簡単な一言で纏めてみると、恥ずかしさでいっぱいになる。

 

 

きっと僕は、泉本詩織のことが好きなんだ。

 

 

 

 

 

** **

 

 

 

気付いた気持ちには蓋をして、僕は詩織との時間を大切に過ごした。お互いの生い立ちなんかも語り合えるくらいの信頼関係は築けていた。

僕は正直に、当麻先生との関りを話してみる。彼女も読んだエッセイ本に書かれていること、そのままが僕の家族であると。

詩織は驚いてから、瞳を潤ませうっとりと「凄い!」を連発した。

 

「俺はこの名前で、徳したことってあんまり無いけどな」

「どうしてぇ?当麻先生、直々に許可してくださった名前ですよね。凄いことですよぉ!」

「それは、キミみたいな当麻ファンしか思わないよ」

僕は苦笑するしかない。身近に当麻ファンはあまり居なくて、今までこんな話はしたことも無かったから。

「ううん。それだけじゃないです。先輩のご両親が素敵です。わたし、あのエッセイの中で『真実の西へ!』って話が一番好きなんです。読んだ時、泣いちゃいました」

その感想は、実は僕も同じだった。うちの両親の話だからとか、僕の生い立ちに関わることだからとか、それは理由じゃない。純粋に、大阪行きの裏話は泣けた。

 

「先輩のご両親が、当麻先生からお名前を頂こうと思ったの、分かる気がします。もしかしたら忘れたいくらい、辛いことだったかもしれないけど。それでも成し遂げたことに誇りを持っているんだって、気持ちの現れなんだろうなぁって」

 

詩織はそう言って、僕の名前が両親の強い思い入れによって付けられたことを、とても素敵なことだと称賛した。

 

「それを言うなら、キミだって。詩織って・・・もしかして、ご両親はとても本が好きなんじゃない?」

「はい、そうです。本に挟む栞から付けたって。えーっ、すごーい!!よく分かりましたね。あ、でも、色々話したから分かりますよね」

「いや―――――

 

 

本当は、初めて貸出カウンターで名前を見た時から、そんな気がしてた―――とは言えず。

僕は笑って誤魔化した。

 

 

「なんか、嬉しいです。自分の名前の由来とか、誰かと話せるの」

 

頬を染めて、詩織は上目遣いで僕を見ながら、絶対に春の花が似合うなぁと思わせる笑顔を向けてくれた。

まさか―――その笑顔が見られなくなるなんて、思いもしなかった。

 

 

 

 

 

週が明けてから、詩織に会えなくなった。

特別、約束をしていた訳ではなかったが、昼休みに図書室で顔を合わせ、そのまま屋上で話をする―――そんな毎日を繰り返してきたから、突然のことにパニックになる。

 

友達の伝手で、詩織が学校に来ていることは掴めた。だが、どうも僕に会うことを避けている様子で。ちょっとした時間に探しても、詩織の姿を見つけることは出来なかった。

 

 

一体、何があったっていうんだ!

あんなに楽しく話をして、お互いに何となく、気持ちが通じ合ってる気がしていたのに。

 

訳の分からない状況に、多少の怒りも混ざってはいたが、僕の想いは一つ。

詩織に、きちんと気持ちを伝えておけばよかった―――そんな後悔が押し寄せた。

 

次に会えたら。

その時は、必ず―――――

 

そう思っていた矢先。

僕にとって詩織が、運命の人だと決定づける話を聞くことになった。

 

 

 

 

 

 

**  **

 

 

 

 

 

休み時間の廊下を猛ダッシュで駆け抜けてきたのは、僕のクラスメイトで同じ剣道部の山本だった。

「堂上、大変だ!あの子が体育の授業中に倒れたんだってよ!」

 

詩織と会えなくなったことを一番に話すと、彼女の所在を下級生に確認してくれていたのが山本だ。今日もまた、いつものように一年生の階へ行って偵察していたのだろう。

山本がキャッチした情報を無駄にはしたくない。僕は短く礼を言って、すぐに保健室へ向かった。

 

職員室の並びにある保健室が見えてくると、養護の先生が部屋から出てきた。

「あの!し・・・泉本さんが倒れたって聞いたんですけど!」

「うん。寝不足かなぁ。ちょっと栄養不足もあるのかも。今は寝てるから、そっとしておいてあげて」

「・・・様子を見てきたらダメですか?」

「今はダメ!あたし、所用で出かけるし。相手は女子だからね。男子の入室はご遠慮ください!」

「・・・わかりました」

先生は僕の肩に手を置いて、ぽんぽんと叩きながら職員室へ向かっていった。その背中を見送ったが、僕はどうしても詩織の顔が見たくて、辺りを見渡してからそっと保健室に忍び込んだ。

 

 

 

二台並ぶベッドの一つに、カーテンが引かれている。僕は小さく「泉本」と声をかけながら近寄った。

僕の呼びかけに返事は無かった。本当に眠っているようだ。

それならば、一目顔だけ見て戻ろう。

姿だけ確認できれば、とりあえずは安心できる気がする。

 

カーテンの隙間からそっと様子を覗くと、目の下まで布団を被った詩織と目があった。

「ご、ごめん!起きてたなら、返事してくれよ」

慌ててカーテンの外で身を反転させた。寝てるものだと思ったからビックリしたが、同じくらいとにかくホッとした。

深く息を吐いて気持ちを落ち着かせ、もう一度声をかけて顔を確認しようとした時だ。

中からすすり泣く声が聞こえた。

 

「どうした?!」勢いよくカーテンを開けた。

詩織は頭まで布団を被って、息を殺すように泣いていた。

「気分、悪いのか? どこか痛めたのか? 何があったんだ」

僕の中に浮かんでいた疑問を全て吐き出したつもりだ。今はとにかく、詩織の体調が心配だった。

 

「・・・せんぱぁい・・ごめんなさい・・・ごめんなさい、先輩っ!」

声を絞るようにして謝罪をする。その理由が分からなくて、僕は何を許すべきなのか戸惑った。

「それだけじゃ分からないよ。一体、何があって俺を避けてんだ?」

極力優しくと心がけて。

「・・・わ、たし・・の・・」

「ん?」

「わたし、の・・・お父さん、でした・・・」

「・・・え? 誰が?」益々分からない。

 

 

「せんぱ、い、のっ・・・お父さ・・ん・・・撃った、の・・・っ」

 

 

眩暈で倒れそうになった。

 

 

 

 

 

 

**  **

 

 

 

 

――最近、学校へ行くのがとても楽しみ!

 

高校生になって環境の変化に慣れてきた頃、やっと図書室に足を運べるようになった。

うちの学校は蔵書数も豊富で、今まで見たことなかった本に出会えた。

図書室で最初に借りる本を考えていたら、母がアドバイスをくれた。

「詩織、当麻蔵人の『西へ!』は読み終わった?」

「うん。ちょっと難しかったから時間かかっちゃったけどね」

「それなら、もしあったら、当麻先生のエッセイ本が一冊だけ発行されてるはずだから、読んでみるといいわよ」

「へえ・・・学校の図書室にあるかな?」

 

その日は水曜日で。唯一、昼休みの時間が5分だけ長い。

わたしはゆっくりと棚の端から端まで視線を動かして、母が教えてくれた本を探した。

目的のものを見つけた時、わたしは歓喜に心を震わせた。小さい頃から選書は母がしてくれて、いいお話を読めていたという自負がある。だから今回も、エッセイとは言えきっと心に響く何かに出会えるんだろうと、期待に胸を膨らませたのだ。

 

期待が大きくて、ついつい貸出カウンターへの足取りがぎこちなくなった。緊張したままカウンター内の図書委員に声をかけたら、上擦った。苦笑だ。

図書委員さんは、ウエットティッシュで自身の掌を丁寧に拭いた。僅かな水分を飛ばすように、膝を叩いて乾かしている。

 

――この人、とっても本を大切にしてるんだな

 

ふんわり心が温かくなってぼんやりして、気が付いたら目の前に本を差し出されてた。

返却日の確認をして、本を受け取ろうとしたら、突然質問された。

「どうしてこれ、読もうと思ったの」

わたしは母に薦められたと正直に話した。その答えに満足したのか、それ以上は何も聞かれなかったから、わたしはその先輩委員さんに頭を下げて図書室を後にした。

 

何故先輩は、わたしに質問してきたんだろう?――そう思った時、淡い考えが浮かばなかったか・・・と言ったら嘘になる。高校生になったら、ちゃんと恋もしたいなぁって思ってたし。だから男子との距離感ってのもちょっとだけ意識してたりして。

わたしは、図書委員の先輩のことがちょっと気になって、来週は自分から声をかけてみようかな・・・なんて浮かれた思考で過ごしてた。

 

まさか、階段で先輩に会えるとは思ってなかった。

実はちゃんと顔を覚えてなくて、見向きもしないで通り過ぎてたの。もう、わたし、なんて女だ!!

先輩はわたしが抱えてた本に気が付いて、声をかけてくれた。

そこで分かった。先輩は、わたしに興味があったんじゃなくて、この本が気になってるだけなんだ、って。ちょっとガッカリしたけど、でも話せたことが嬉しくて。わたしは水曜日に返却に行くって宣言した。

それが、その時のわたしに出来る、精一杯だった。

 

 

水曜日の昼休み。委員の仕事をしてる先輩の姿を視界に入れながら、遠回りして貸出カウンターの脇まで行った。先輩はわたしに気が付かない。更に足音を消して姿勢も低くして、カウンターの中に忍び込んだ。

図書委員のフリして積み上げられた本を手に取りながら、先輩の背後に近付く。驚かせてみようかな?耳元にそっと囁いてみようかな?――なんて策を練りながら一つ余った椅子に座って、静かにキャスターを転がして背中合わせになってみる。

 

不思議と――――心が凪いだ。

とっても居心地が良かった。

安心感って、こんな感じなのかも・・・なんて思ったら、少し泣けた。

 

 

なんで涙が滲むのか分からないまま、それを隠すのに必死で、つい可笑しなテンションになって「作家さんって、色んな事を考えてるんですねぇ」なんて声をかけてしまっていた。

先輩は貸出の仕事を続けながら、背後のわたしにも気を配ってくれた。返事は出来ないらしいので、わたしは勝手に話を始めた。

 

先輩が、わたしの苗字を呼んだ。

わたしのふざけた笑いに、突っ込んでくれた。

そのやり取りが、先輩のご両親と似てたって、笑ってくれた。

 

この日をきっかけに、わたしは先輩の色々を知れるようになって。

先輩もわたしの色々を聞いてくれるようになった。

 

二人の名前のことも―――それは自然に話題になっただけのこと。

当麻蔵人先生と先輩のご両親には、深い縁があって。先輩の名前は当麻先生から頂いたものだって。

『堂上蔵人』―――先輩のフルネームを知って、その由来も知って、胸が熱くなった。

 

そして、わたしの名前のことも。詩織って、本に挟む栞だと気付いてくれた人は初めてだったから、本当に嬉しくて仕方なかったの。だから――――

 

 

 

わたしは、母に先輩のことを話そうと思った。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

母はわたしを、女手一つで育ててくれた。

父は幼い頃に病気で亡くしている。

でも、父のことは母からいっぱい話を聞かされて育った。

 

母は父のことが大好きで、結婚前に父が心の病にかかっていた時も寄り添い続けたくらい。

父は母の存在に感謝して、結婚を決意してくれたそうだ。

プロポーズを受けた時は、嬉しくて号泣だったと泣きながら話してくれた。

 

わたしが生まれて、二人で真っ先にしたことは、名前を付けること。

出産前に性別を聞いていなかったので、男の子でも女の子でもいいように、色んな名前を候補に挙げていたようだが、その中できらりと光る名前があった。

 

「しおり・・・って、いいな」そう呟いた父に、母が賛成する形で決まった名前だそうだ。

とにかく本が好きな父だったので、漢字で書いたら「栞」だと思っていたら、出生届に書かれた文字は「詩織」だったので驚いたと言っていた。

「ブックマークの意味もあるけど、『詩を織りなす』って作家みたいじゃないか?」と父は笑っていたそうだ。

 

 

そんな父が、再び病で倒れたのは、わたしが二歳になる少し前。今度は心じゃなく、臓器の病気だったから本格的な治療と入院が必要になった。

でも、日に日に窶れていく父は、余命宣告をされた。

 

まだ三十代になったばかり。家族が増えて、人生はこれからって時だ。

余命宣告をされて自暴自棄になったり、自分を憐れんで泣く毎日だったりするのが普通だと思っていたが、父は全く違ったらしい。

母は涙ぐんで話してくれた。

 

「お父さんはね、自分が病気になったのは、罰なんだって言ってたの」

 

それがどんな罪に対しての罰なのか、詳しくは聞けなかったけれど。少なくとも父が、死を覚悟して最期の時間を過ごしていたことだけは理解した。

母も残り僅かな時間を大切に過ごしたようだ。

 

父が亡くなってから、母は父の分もわたしに愛情を注いでくれた。

わたしも、父からもらった名前を大切に、感謝しながら過ごしてきた。

 

 

母に、先輩が名前の由来に気付いてくれたことを話すと、嬉しそうに笑ってくれた。

そしてわたしは、先輩の名前の由来を興奮気味に話して聞かせた。

途端、母の表情が崩れて、信じられないモノを見るような目つきで言った。

 

「その人のこと・・・好きなの?

 ダメよ、詩織。その人は・・・絶対にダメ!」

 

「な・・・なんで?」

 

わたしは、母に縋りついて訳を聞き出した。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

結婚前の父の職業は国家公務員。メディア良化委員会に所属する良化隊の隊員だった。

そのこと自体、わたしにはショッキングな話だったが、何よりも立ち直れないくらいの衝撃は、父が当麻蔵人の亡命を阻止しようとする良化隊の最前線にいたという事だった。

 

大型台風の雨風の中、当麻先生を見つけた父は我を忘れた。

市街地での発砲許可は下りていなかったのに、逃げようとする人影に向かって銃を構え、僅かな動きに気を取られて引き金を引いてしまう。

 

激しく降り続く雨の中で、女性の悲鳴を聞いたという。

それが弾に当たった人の叫びなのか、誰かに助けを求める声なのか、雨音に掻き消されて分からなかったらしいが、父の耳にいつまでも残って消えてはくれなかったそうだ。

 

翌日、当麻先生が大阪の総領事館に駆け込んだというニュースが飛び込んで来て、父たち良化隊は非常に沈んだ。

仲間からは「図書隊員一人を倒したのに・・・」と残念がる声をもらった。父たちの間では、あの隊員は助からなかっただろうと囁かれていたそうだ。だからといって、悪い事をしたとは思っていない様子の仲間とは違い、父は激しく自分を責めていた。

 

規則を破っての発砲に対して、委員会からのお咎めは無かった。

そのことも父の心を壊していく。

他人の命に直接関わるような攻撃を、検閲ではしたことが無かった。あの日、あの暴風雨の下で行われたのは、命令の遂行ではなく、殺人だった―――そう思えて仕方なかった。

メディア良化法自体を恨めしく思うようになり、父は仕事を辞めた。

同時に、うつ病にかかり通院を余儀なくされる。

 

 

 

母とは良化隊時代からの付き合いで、日頃のストレスを吐き出されることを嫌がらない母には何でも話せた。

仕事を辞める時も、母が一言「大丈夫」と言ったから踏み切れた、と言っていたそうだ。

そして母は、父をうつ病から立ち直らせようと奔走する。手段の一つに、本があった。

色々な世界に触れさせるために、父を近くの図書館に連れて行く毎日。

父は検閲の時しか図書館に行ったことがなかったから、始めはひどく戸惑っていたそうだ。

それでも諦めずに通い続けていくうち、父は本が好きになった。多分、気持ちが入れ替わったことが、図書隊や当麻先生に対する謝罪のように感じていたのだろう。良化隊に居た時とは別人のようになり、生まれてくる子に「栞」を連想させる名前を付けるまでになった。

 

 

 

そうして二年近く経ったころ、体の異変に気付く。

病院へ行った時には、既に手遅れの状態だったらしい。父は医師の目の前で、乾いた笑いを浮かべたそうだ。

 

「これは罰だ。あの日、銃を撃った俺に、天罰が下ったんだ」

 

 

母は病床の父を毎日見舞いながら、少しでも気持ちを浮上させる手段を探した。

そして見つけたのだ。

 

その年、当麻蔵人が人生初のエッセイを刊行した。

先に母が読み、父の病床へ持っていく。父は最後の力を振り絞って、それを読んだ。

そこには、あの台風の日の出来事が当麻蔵人目線で書かれていた。父も母もそこで初めて、あの日銃撃を受けた図書隊員が生きていることを知る。

 

「―――生きてる・・・生きてたんだっ!!」

 

父と母は抱き合って泣いた。

見ず知らずの人の命を、たった一発の銃弾が奪い取ったと思っていた。その罪の重さに耐えられなくて、苦しい日々を送っていたのだ。

この病気も、あの日の罰だと思って疑わなかった。

 

「罰なんかじゃなかったのよ。あなたは命を奪ってなんかいなかった。だからこの病気は・・・私たち家族の運命なんだと思う。こんなの悲しくて耐えられないし、神様を恨みたくなるけど・・・でも、あなたが罰を受けてるんじゃないなら、もうこのことで苦しまなくていいって言うなら、私は運命を受け入れるわよ」

 

母が何度も繰り返し伝えた言葉を、父はいつも黙って頷いて聞いた。

父の最期の言葉は――――『ケガを負わせて済まない』だった。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「父は罰を受けたわけじゃない。そう思わなきゃ生きて来られなかったって、母が。父を慰めながら、実は自分の気持ちも慰めているような感覚だったって。母も辛かったんだと思います」

ベッドの上に上体を起こして、詩織はお母さんから聞いた話を全て伝えてくれた。

 

「でも、父が銃を人に向けたことは事実です。発砲もしてる。それは償わなきゃならないことだと思います。だから―――母が言うように、先輩とこれからも仲良くお話したりするのは、やめた方がいいと思うんです」

「そんなの・・・変だよ」

「ううん、変じゃないです。わたしは、先輩と出逢ってはいけなかったんだと思います」

 

 

バットで殴られたような衝撃だった。

話が合うから何となく運命を感じて、彼女の明るさに親近感も感じていたのに。僕たちの出逢いは間違いだったと言う。

 

全然納得できない。

お互いの両親たちの昔の出来事と、僕と詩織の出逢いは、全く関係ないだろっ!って思う。

どんなに説明されても、どんな事実を突きつけられても、絶対に納得なんて出来ない!

 

僕は反論したかった。

でも詩織は・・・それを拒むかのようにベッドの中に身を隠して、僕との間に分厚い壁を作り出した。

 

 

 

 

**  **

 

 

 

 

夕食後の堂上家は、何となく4人でリビングに集まっていることが多い。

官舎の中でも家族向けの部屋数がある世帯に入居しているので、狭いながらも子供部屋があるが、殆ど寝るだけの部屋となっている。

 

今夜は、気持ちを浮上させることが出来ずに、僕は独り部屋に籠った。

昼間の詩織の話が頭から離れない。滅入った気持ちで居ることに怒りも感じて、考えるのをやめようとするがそれも出来ない。何をしても、しなくても、もうどうしようもなくて途方に暮れていた。

 

「蔵人、いいか?」

父が遠慮気味に声をかけてきた。敏い人だから、きっと僕の様子が気になったのだろう。必要以上に拒絶する訳にもいかず、入室を許した。

「蔵人・・・何かあっただろ」

「ん、ちょっとね」後ろめたい気持ちになる。

「母さんがな、こういう時は男同士の方が話せるんじゃないかって言うんだが・・・そんな簡単なものじゃないんだよな」

父はちょっと困ったように視線を上げた。

「・・・母さんにも気づかれてたのか。どんだけだ、俺」

ボソッと呟くと、父は笑った。

「若い頃はな、しょっちゅう斜め上思考でぶっ飛んでた母さんがなぁ・・・お前たちのこととなると、俺もビックリするくらい敏感になる。それだけ、お前たちのこと心配してるってことだ。あんまり母さんを心配させると、あしたの弁当に影響が出るぞ。話せるだけ話してみろ」

その理屈、すごく変だけど、うちの両親らしくて。僕は自然に肩の力を抜けた。

 

 

「父さん、俺――――好きな子がいるんだ。でも、彼女は――――」

 

顔を上げると、真剣な表情の父と目が合った。

いつも、どんな時でも、僕たちの目を見て話をしてくれる両親。それだけで僕たちは愛情を注がれていると感じられたし、不安なことがあっても心強く思えた。

大人と子供だけど、そんなの関係ない。いつでも対等な人間として接してくれていたと思う。そうされることが嬉しかったし、僕はそれに見合う人間になろうと思ってた。

 

だから、伝わるかな?

僕が思ったこと。

詩織への気持ち。

伝わって欲しいな――――

 

 

 

「彼女の父親が―――父さんを撃った張本人だったんだ」

 

ドアの外で、息を呑む気配がした。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「そっか。あの時の良化隊員、亡くなってるんだぁ・・」

リビングの絨毯の一点を見つめたまま、母は抑揚の無い声で呟いた。

「あれから、20年になるのか?早いもんだな」

父は空を見つめる。無意識だろう、太腿の傷に手をあてていた。

 

「その・・・詩織さんのお父さんが篤さんを撃った人だから、蔵人と詩織さんのお付き合いに反対してるっていうのね?」

「いやぁ・・・そこまでは・・・別に付き合ってるわけじゃないし」

「そなの? え?蔵人、告白とかしてないの?」

母のテンションが、若干怪しくなってきた。

「し、してない、してない!」

「えーっ!蔵人、ヘタレ~~~っ!」

思いっきり残念そうな顔をした母の頭を、父が「アホウ」と言いながら引っ叩く。

「まだ気持ちを纏めてる最中だったんだろ。告白するより、お互いを知るための時間ってのを大切にしてたんだ。子供を急かすなよ」

流石、父さん。母は「へ~い」と不満げに返事する。

 

「っていうか、気にしなくていいんだよ? ほら、篤さんは生きてるし。あたしたちは幸せ家族だし?そんな昔のこと、蔵人たちに責任を押し付けようなんて思ってないし」

「ああ。お前は、自分の気持ちに正直に生きていけばいい。遠慮なんかするな」

「うん・・・ごめん、俺も父さんたちの気持ちとかは考えてなかった。すごく理不尽な気がして、納得いかなくて。それで悶々としてただけ」

あんなに途方に暮れていたのに、ちゃんと自分の想いが話せた。やっぱり、両親の存在は大きい。僕はちょっとした感謝の気持ちを込めて、もう一度「ごめんね」と言った。

「ホントに、その子のことが好きなんだねぇ。恋だねぇ・・・恋しちゃったんだねぇ!」

にゃははと笑う母を制するのは、やっぱり父の役目だ。でも今回は、父も母に感化されてしまったらしい。

 

「郁、違うぞ。恋はな・・・するものじゃなく、落ちるものだ」

 

小牧のお兄ちゃん!微妙に糖害です!!―――と、心中で叫んでみる。母が無駄にキラキラした目で父を見るんじゃないかと心配したが・・・

 

「蔵人、詩織さんに会わせてくれないかな?」

「え?」

「話したいことがあるの」

さっきの母のテンションからしたら、ちょっと遠慮したい申し出ではあったけど。いつものように目を見ると、それは真剣そのものだったから僕は黙って頷いた。

 

 

 

 

 

**  **

 

 

 

 

詩織を説得し、我が家で両親に会わせることになった。詩織がなかなか了承してくれなかったので、日を決めたのが急になってしまったが、父たちは何とか時間を作ってくれた。

 

「は、はじめましてっ!い、泉本詩織・・・ですっ。あ、あのっ、わたし、の、父が・・」

「詩織さん、その話はやめましょう」

「で、でもっ!」

「キミは、お父さんのしたことを謝るつもりだろ?でも俺たちは、そんなことをして欲しくてキミを呼んだわけじゃないんだ」

「あのね、あなたにね、あの日のこと・・・もう一つの真実を教えたいと思ったの」

母の言葉に、僕も驚いた。一体何を話そうとしてるのか、見当もつかない。

父たちは詩織を部屋に入れ、きちんと持て成しをしてから話し始めた。

 

「あの日のことを話せる日が来るなんて、思ってもみなかったの。あたしたち家族の中では、あの日は当麻先生との絆が深まった日、って位置づけだけだったから。でもね本当は、この家族の始まりの日、って言ってもいいくらい、とっても特別な、あたしたちにとっては記念日なの」

「正直、これを話すのは恥ずかしい事この上ないんだが・・・コイツがどうしてもって言うし、多分これを伝えないと、蔵人のためにもならないと思ってな」

母と父は対照的な表情をしていた。どんな話なのか、一抹の不安もあった。が、それを吹き飛ばしたのは、父の先制の一言だった。

 

「キミのお父さんに、感謝してる」

 

父はそう言って頭を下げた。母も倣う。僕も詩織も戸惑った。

 

「恨んで当然の相手に感謝してるなんて、変だと思うだろうが。これが俺たちの本心だ」

「うん、本当に感謝してる。あの銃撃が無ければ、多分、今のあたしたちは有り得なかったと思うの。だからね、あなたのお父さんに感謝してる。ホントよ?」

そっと詩織に目を向けると、彼女の目が潤んでいた。

俄かに信じられない告白をされたが、両親の真剣な眼差しにいつしか詩織も戸惑いを無くしていた。

 

「二人とも、当麻先生の本を読んでるのよね?」

「はい・・・」

「それなら『西へ!』の、若者たちの逃亡劇があの日の出来事をモチーフに書かれていることは知ってるわよね。モチーフって言うか・・・そのまんまって感じなんだけどね」

母は父の横顔に視線を遣りつつ笑う。

「ほぼ事実だってことは、エッセイに書いてあったよ。それも俺たち読んでる」

「うん、当麻先生はエッセイの中で本当のことを書いてくださってるわ。だけど、一点だけ、どうしても書かないで欲しいって懇願したことがあるの」

そう言った直後から、母は落ち着きを無くし始めた。

「うーん・・・どこから話そうかなぁ・・」

「俺が撃たれて、新宿の書店に逃げ込んだ辺り、だろ」

「ん、そうだね。・・・本屋に逃げ込んで、あたしは当麻先生と大阪へ向かう準備をするんだけどね。小説では、撃たれた子を置き去りにして別れるシーンは、お互いに目を見て手を取って、抱き合おうとするんだけど時間が無いって言われて躊躇して、涙を呑んで走り出す・・・って感じだったよね?」

「うん。そこが違うの?」

「・・・違う、ね」母の声のトーンが変わった。

 

「教官は着替えも出来ないくらい体力を消耗してて。雨に打たれて身体は冷えてるはずなのに、熱があるみたいにひどく息が上がってきて、苦しそうにしてた。教官があたしに階級章と財布を託してくれて。当麻先生を頼むって、お前一人でも大丈夫だから、行けって。教官を置いて行くことも、あたし一人で任務を遂行することも、不安でたまらなかった。それに・・・目の前の教官は、どんどん血の気が引いてくみたいに青褪めていくし。もうホントに、このまま死んじゃうんじゃないかって――――

 

 

詩織の目から涙が溢れるのを見た。僕も、父が瀕死の状態だったことはエッセイに書いてあって知ってはいたが、母の視点は生々しくて悲しくて。胸が熱くなった。

 

が、頬を両手で覆ったまま、母は一点を見つめて動かない。

様子を伺っていると、徐々に母の顔が赤くなってくるではないか!

 

「・・・父さん?」

「うん・・・あの時を思い出して、真っ赤になってんだ」

「母さん、なにしたの?」

これは父に聞くしかないと思い、母のことは軽く無視してみた。

 

「コイツ、先生たちが見てる前で、俺にキスしやがった。ついでに『好き』だと告白していきやがったんだ」

 

「きゃーーーーーーーーっ!なんてことしたんだぁぁぁぁ!」

「アホかっ!俺の方が恥ずかしいわっ!」

二人して真っ赤になっている。どうした、うちの親・・・。

 

「あーもー、20年も前のことなのに、あまりに鮮明に思い出して。ほんっと、お恥ずかしいデス。でもね、あの時のあたしは、感情が振り切っちゃってね。教官を失うことが怖くて堪らなくて、とにかく生きてて欲しいって気持ちが溢れちゃったの」

「コイツの暴挙のお陰で、俺は何が何でも生きてやろうって思えたのは確かだ。生きてさえいれば、戻ってきたコイツに、今度は俺が気持ちを伝えられるってな」

僕と詩織は顔を見合わせた。

「・・・だから、始まり?」

「そう。あの日、教官が撃たれたから、あたしは気持ちを伝えられて。その後、本当に心を通じ合わせることができたってわけ。アレが無かったら、きっとあの後もただの上官と部下って関係のままだったと思うんだよね」

「ああ。気持ちを伝えあうまでに、もっと時間がかかったかもしれないな」

「そしたらさ、多分、蔵人は生まれてないんだよ」

「詩織さんのお父さんも、どうなっていたかな」

 

「ね? これって、運命でしょ?神様に感謝したくなるでしょ?」

 

 

母は、人懐っこい笑顔を意図して詩織に見せたんだと思う。

その気持ちに触れて、僕たちは肩の荷を降ろせた気がする。

 

「だからね、詩織さん。ありがとう」

「いえ・・・わたしは・・・」

「そうだね。お礼はお父さんにしなくちゃね。ねぇ、お墓参りさせてもらってもいいかな?」

 

両親の突然の願いに、詩織は泣きながら了承してくれた。

 

 

 

 

 

**  **

 

 

 

 

詩織のお母さんも一緒に、お父さんのお墓参りが出来た日。僕は詩織と図書館へ出かけた。

「初デートね♪」と、僕たちを差し置いてウキウキしている母のことは父に任せる。

親たちがその後、どんな話をしたかは分からないが、あの両親のことだ。きっと詩織のお母さんの心も救ってくれてると信じてる。

 

「先輩・・・ホントに素敵なご両親ですね」

「そうか?あの話聞いて、飽きれなかったか?俺、恥ずかしかったよ」

「ふふふ・・・あれは照れ隠し、ですよ」

「照れ隠し?」

「はい。だって、当麻先生のエッセイには、こう書いてありましたよ。

 ≪美しい別れだった≫って」

 

 

 

武蔵野第一図書館の沢山の書架の中をゆっくりと歩き、ある書棚で一冊の本を取り出した。

「ほら―――ご両親の別れのシーンを目の前で見ていた先生だけが、真実を語ってくれてます」

開いたのは当麻先生のエッセイ。『真実の西へ!』の文章は、どこを読んでも父と母の決死の覚悟と互いの愛に溢れている。

「そうだね。先生がこれを書きたいって思ったのは、母さんがあんなだからだな」

思わず笑いが込み上げた。

詩織は本をパタンっと閉じて、僕に向き直る。

 

「わたし、先輩のお母さん、好きです。あんな女性になりたい」

「・・・嘘だろ?」

「ホントです。だから―――――

 

詩織が、一歩近づいてきた。

 

 

「先輩、好きです!」

 

 

耳を赤くした詩織が、本を抱いて真剣に告げた。

それは僕の母に倣った・・・ってことなのだろう。

 

―――父さん!先に告白されるって、悔しいね

 

でも僕は、父さんがすぐに出来なかったことをやれるだけの距離に居る。

そんな競争心が芽生えてしまったから、ここは自分に正直にいくとしよう。

 

 

 

「俺も、好きだよ。詩織―――――

 

 

書架の陰でキスをした。

僕たちは誰にも見られてない。

 

 

これもまた、僕たちの運命なんだね―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

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笠原さん、あのね・・・

逢いたい

comment iconコメント ( 9 )

代表作誕生!!

悠さんの代表作、ここに誕生!!ですな。
「番外編」という名でいいのか?もったいなくないか?集大成本編でいいんじゃないのか!?

蔵人くんの、運命の出会い。
詩織さんの、お父さんに関する告白には、思わず息が止まりました。
どうなっていくのか、まさに、固唾を呑んで見守る感じで。

息子に自分たちの馴れ初めの核心を話す・・・ちょっとこっちも照れます(笑)郁ちゃんが伝えるべきって主張したのに、自分からは言えなくて(当然な気がするけどねww)、堂上さんが「〜しやがった」って言うところ!!きっと、耳は真っ赤で、でもちょっとドヤ顔だな・・・なんて考えながら、ニヤニヤ悶絶しました!

告白先越されるのは、お父さんの血筋のせい♪
蔵人くん、いい男に育って・・・おばちゃんは嬉しいぞ!!

ずっと心に残る、名作。読ませてくれて、ありがとう!!

名前: aya@屋根裏部屋 [Edit] 2017-09-05 08:28

名作!

久しぶりのメールです。
仕事が一段落、秋も近づき夜は読書の時間!と積読本の読み、二次創作サイト巡りの再開と夜を満喫しはじめました。
そうしたら、こんな名作が新着!
うん、蔵人、良い男になったぞ!
堂郁、ステキに年を重ねたぞ!

良いお話が読めて、今晩は良い夢が見られます。
また、サイトに寄らせていただきます。

アドレスを変更いたしました。よろしくお願いします。

名前: im52 [Edit] 2017-09-05 19:44

蔵人くんも恋をする歳になりましたか😄恋のお相手から打ち明けられた話に驚きましたが、両親と共に彼女の心を溶かせましたね❤こちらも彼女に先を越されて告白されるなんて似た者親子ですね😅若い二人の恋がずっと続きますように🍀

名前: torotan [Edit] 2017-09-05 21:35

No title

こんばんは。

悠さ~ん! ステキ過ぎるお話でしたぁ!

読んでて涙が流れて...ひとりで読んでて良かったです。
旦那に見られてたら、今の感動がぶっとぶとこでした。

感動の名作をありがとうございます。

名前: うりまま [Edit] 2017-09-05 23:12

この作品を読んだ人たちはみんな堂郁の夫婦としての成長に嬉しさとやきもきをし、蔵人くんの青春に胸キュンし、父と母としての成長をみて…
なんと感動したことでしょうか。

悠ちゃんの代表作、またここに誕生です!

ところで、サイドチェンジはまだ!?
パラレルはどうした?
(最近誰も言わないよね、みんなここにも名作になろうとしてるのがあるのよ!)

名前: ジョー [Edit] 2017-09-06 08:12

No title

うわ~ん。泣く。
昼休みなのに、泣いちゃう。
登場人物のみんながステキ。
それぞれに成長していて、心から感動しました。

ステキなお話ありがとうございました。

名前: shimoko [Edit] 2017-09-06 13:46

こんにちは。

あの日の出来事を一気に話す郁ちゃんが、やっぱり「教官」呼びになってしまう。
何十年たっても、辛い出来事に変わりないですよね。
もらい泣きしてしまいました…。

そして、同じく何十年たっても糖害まき散らしちゃう堂郁で。

ホント、こんなに素敵な作品読めて幸せです。
これでしばらく頑張れるっ!

ありがとうございました♪


名前: 秋苺 [Edit] 2017-09-08 10:25

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

名前: - [Edit] 2017-09-11 07:32

運命すぎて…

悠さん。どうしましょう。
良過ぎて困る。私の薄っぺらな感想を残して良いものか真剣に悩みます〜
と言いつつ残しますっ!

まずは…テーマ曲ピッタリ過ぎる〜
読み終わって歌詞を改めて読んで感動…

てっきり高校生の甘酸っぱい恋の話かと思ったら…
詩織さんの告白に私も衝撃を受けました。
けど蔵人くんは私とは違う衝撃を受けていたことに少しビックリしたけど、それが詩織さんへの気持ちの大きさだなぁ〜と。
父親譲りの篤い男に育ってて素敵です♡

詩織さんへあの日を語る郁ちゃんの「教官呼び」に思わずグッと来たら…
急に照れ出す堂上さんと郁ちゃんに思わず吹き出した( ,,>з<)ブッ
あたしの感情も郁ちゃんに負けず劣らず振り切れそうでしたw

実は、このお話がアップされる前に【はじまり&裏会報】シリーズを無性に読み返したくなって。
そこから【父になる7】を読み終わったところにこのお話のアップ。
私もなんだか運命を感じちゃいました(*´꒳`*)

とても素敵なお話ありがとうございました♡

名前: yuca [Edit] 2017-09-12 02:08

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