大変ご無沙汰いたしております。
お元気でしょうか。。。
子供たちが夏休みの間、私の仕事はフル稼働(;´・ω・)
ちまちま書いてる作品は現在10個ありまして、そのうちの一つを仕上げてみました。
郁ちゃん、二年目の夏のお話だと思ってください。

暑い夏は何処へやら・・・ですが(-_-;)









やさしい風

 

 

 

 

 

 

真夏の特殊部隊事務室は暑い。

それはもう、異常に暑い。

訓練後となれば尚のこと。体内に熱が籠った男どもが屯するのだ。室内の空気が一瞬にして汗臭いサウナのような状態になるのが通例であった。

 

そう―――このムサ苦しさの極致は、過去のこと。

現在の関東特殊部隊には、夏場の汗臭さを一掃せねばならない理由が存在する。

―――笠原郁だ。

 

 

女性が一人でも生息しているのだから、彼女の気分を害する訳にはいかないと、古株隊員たちが持ち合わせる気を最大限に遣っている。

その涙ぐましい気の使い方には、女性の気持ちをスマートに読み取る小牧が腹を抱えて笑う。

 

「ぐふふふふ・・・も、ダメ・・どんなに頑張っても、俺たちの発する匂いは消しようが無いよ・・・こんなに缶を並べたって、無駄なのに・・」

 

腰高書棚にズラリと並ぶのは、色とりどりの消臭スプレー缶。

爽やかミント系から、フレッシュ柑橘系。甘いローズの香りにまで手を出した暁には、逆に無香料にした方がいいんじゃないかと思ったほど。

 

「みんな、各々に好きなスプレー使うから、この部屋の匂いが凄い事になってるよ」

「しかし、汗臭いよりはいいんじゃないのか」

「ありえないね。いくらお洒落に無頓着の笠原さんだって、この異常な香りには気が付くと思うよ」

「まあ、確かに。嗅覚訓練かと思わせる混合具合だな」

堂上と小牧は半ば呆れたように薄く嗤った。

 

 

 

・・・ガチャ・・

 

「わぁ!設定温度高めでも、廊下から来ると快適に感じる~ぅ」

郁はさっぱりとした表情で、外したままだったシャツの第一ボタンを留める仕草をした。

瞬間、郁が少しだけ眉間を寄せたのを確認した堂上は、小牧の脇腹を片肘で突いた。小牧はそれを受けて郁の横顔を盗み見る。

「笠原さん、訓練後なのに涼し気だね~」

「えっ・・そ、そうですかぁ?冷水と温水浴びてるからかな?」

「冷水と温水?!」

「はい。ただシャワー浴びても一向に汗が止まらないんで。とにかく体温下げたくて、寒く感じるまで冷やして、最後に熱いシャワーにするんです。そうすると、更衣室出た時にちょっと涼しく感じるんで」

「へぇ・・・なるほどね。考えたねぇ」

小牧の合点がいったと言わんばかりの反応に、郁は少々恥ずかしそうに微笑んだ。

「今度、やってみてください。最後にアツアツがポイントです!」

「うん、みんなにも教えてやろうよ。ね、堂上?」

「あ?・・ああ、そうだな」 何となく歯切れが悪い。

「・・・どうかしたの?」

「いや」

その即答加減に怪しさも感じ、小牧は堂上をジト目で見遣った。

 

「みなさん、暑さ対策に苦労してるみたいですもんね」

郁が書棚に並んだスプレー缶に視線をやった。

「暑さ対策って言うか・・・匂い対策?」

「匂い?」

「あれ?笠原さんは気にならない?ここって男ばっかりだし、訓練とかで大汗かくし。夏場はかなり臭うでしょ?」

「・・・あー、そうか。なーんか、懐かしいと思ったのは、それですね」

「ん?懐かしい?」

「はい。あたしには兄が3人いるって言いませんでしたっけ?兄たちが学校から帰って来ると、こんな感じでしたよ。部活終わりで汗だくで」

郁は「あはは」と笑い、心底納得したように何度も頷いている。

「そっか、気にならないんだね?」

「そうですね。どちらかと言えば、ちょっと安心します」

郁はニパッと笑い、それを合図に仕事モードになった。

何も気になっていない感じの郁を横目に堂上の様子を伺えば、明らかに安堵の表情を浮かべている。小牧は両手で口を押えて、涙目になりながら笑い声が漏れないよう必死になった。

 

 

 

**

 

 

 

エアコンの設定温度は28度!

 

この貼り紙の命令を、特殊部隊は律儀に守っていた。

だが、真夏の室内において、28度設定というのは地獄だ。いくら常日頃身体を鍛え上げている輩の集団だと言っても、熱中症には勝てないはず。現に、日中の最高気温をマークする時間帯になると、冷たい飲み物や冷やしたおしぼり、キンキンに凍らせたアイスノンなどが事務室内に登場する。皆、我慢の限界なのだ。

 

「副隊長~!頼むから2℃・・・いや、1℃でいい。エアコンの温度下げてくれないか!」

進藤の拝み倒しに、若い隊員たちも便乗して手を合わせる。

「「お願いしますっ!!」」

「「「死にそうです~~~~っ()」」」

「・・・すまん。隊長の許可が下りんのだ」

「な、なんでだっ?!隊長こそ、毎年避暑地を求めて彷徨う熊のくせに!!」

「そうなんだよな。いつも二つ返事で許可が下りるんだが、今回は軽く無視された」

「まさか・・・俺たちに内緒で、隊長室だけ室温下げてるとか?」

「隠れてアイス食い放題とか?」

「隠し金庫ならぬ、隠し冷蔵庫とか持ち込んでたり?」

皆の妄想があらぬ方向へ進み始めた。暑さで思考回路もヤラレてきたようだ。

「いかんな。もう一度説得してみよう」

緒形は即行動と席を立った。玄田が籠る穴倉にノックをして入室する。

 

「ん?」

「――どうした、小牧」

「今、いい音しなかった?」

「いい音?」

「うん。リンリンって感じの・・・風鈴みたいな」

「聞こえなかったな」

「あれー?気のせいかな?」

小牧は耳を澄ますような仕草を見せたが、何もキャッチ出来なかったようだ。早々に諦めて事務仕事に戻る。

ちょっとして隊長室から緒形が出てきた。

 

「あ、やっぱり聞こえる。隊長室からかな?」

「隊長室?」

堂上が怪訝な表情で視線を遣った。それをタイミングよく受け止めた緒形は「何だ?」と堂上たちを見る。

「隊長室から何か音がすると小牧が言うんですが」

「風鈴みたいな、いい音がしましたよ」

「ああ、まさにそれが原因だ」

「「は?」」

緒形の返事が理解できず、堂上と小牧は思わず口をポカンと開けながら顔を見合わせた。

「エアコンの設定温度を下げる許可が下りない理由、だ」

難しい顔で腕組みをしながら、緒形は自席について説明を続ける。

「毎年、誰が一番って、隊長が一番暑さを訴えてうるさかったのに、今年に限っては全く訴えて来ない。去年より今年の方が暑いと予報されているのにだ。何か理由があるんだろうとは思っていたが、今行ってみてやっとわかった。風鈴だ」

「隊長室に風鈴があるんですか?」

「ああ。涼し気な柄のヤツがぶら下がってる」

「・・・一体、何があったんですか」

玄田と風鈴が似つかわしくないように思えて、堂上は眉間の皺を深くしながら訊いたが、緒形はそれを受けて視線を余所へ向けた。

「笠原!」

書類棚の上の方に腕を伸ばした格好の郁が、「ほへ?」っと間抜けな返事をしながら振り返る。

「笠原だろ。隊長室の風鈴」

「あー、はい。去年の隊長、暑い暑いって毎日うるさかったから、今年はちょっとでも涼しさを感じられたらいいなぁって思いまして」

「すごいな。あれ一つで、随分違うようだぞ」

「わあ!効き目ありましたね?良かった~~~!」

エアコンの設定温度を下げなくてもいいくらい、玄田には効き目があったことを知ると、郁は満面の笑みを見せて大いに喜んだ。

 

 

「―――おい、笠原?」

「はい、何ですか?進藤一正」

「何で隊長だけなんだ?」

「・・・風鈴?」

「そうだ。俺たちだって、毎日暑さと戦ってるじゃねーか!」

「はい、知ってますよ。でも・・・隊長は部屋に籠ったらいつも一人だし。こっちは大勢でわいわいしてて静かにならないじゃないですか」

「大勢いるから暑いんだろうが!」

「ですけど!!うるさかったら風鈴の音色を楽しめませんもん!」

郁の強い言い返しを聞き、小牧が「ぐはっ!!」と吹き出した。

「さ、流石だよ・・見事に、進藤一正と笠原さんの・・・論点が・・・ズレてる」

「ん・・・笠原、進藤一正はな、涼しさを求めて風鈴の話をしてんだ。お前は、風鈴と言ったら“音”なんだな」

「当たり前です!!風鈴って、材料やその拘った作り方とか絵付けの丁寧さ、そして何より“音”によってお値段が違うんですよ!涼し気な音を楽しめなくて、どうして風鈴を吊るす必要がありますかっ!?」

郁の主張は更にヒートアップしてきた。

「大体ここには、風鈴の音色をじっくり楽しむなんて風情のある人が居るんですかぁ?!」

「く・・・そういうチャンスがあれば・・俺たちだって、静かになるさ」

「そうだ、そうだ!!」

「・・・いいですよ、無理しなくても。あたしは隊長室で風鈴の音色楽しめればいいですから。みなさんは、デオドラントスプレーで涼しさをゲットしてください」

進藤を先頭に、みなが不満気な表情で郁を見た―――が、郁はその視線をスルー。思い出したように隊長室へ足を向け、ご機嫌な声で入室の挨拶をした。

 

「・・・笠原が最近、隊長室へちょくちょく行ってたのって、風鈴の音色を聴くためか」

「みたいですね。で、笠原さんが相手してくれるから、隊長の機嫌が良かったってわけですね」

「いいのか?堂上」

「は?」

「今、笠原のハートを掴んでいるのは、隊長(室の風鈴)だぞ!」

「べ、別に、いいんじゃないですか?隊長の機嫌が良ければ、タスクは安泰じゃないですか」

堂上の意見に同意の頷きをしているのは、比較的若い隊員たちだ。進藤をはじめとする古参隊員は、呆れたように溜め息を吐いた。

「分かってないな、堂上。今のタスクが何をもって安泰と言える状態なのか。もっとよく考えろ」

吐き出された忠告を素直に聞き入れようとしてみたが、堂上の頭には疑問符しか浮かばなかった。

 

 

 

**

 

 

 

 

「マジ、あーづーいーーーーーっ!!」

市街哨戒から帰還した隊員が、自席で行き倒れのように伸びた。

「外から来たら、ここもそれなりに冷えて感じるだろ?」

「いえ、ダメです。哨戒車でエアコン利かせ過ぎました」

「アホウ。それはお前が悪い」

進藤に冷たく一蹴される。

「副隊長~!お願いですから、設定温度下げてもらえるよう、隊長に話してくださいよぉ!」

毎日誰かしらが訴えていることだ。緒形も困ったように笑うだけだった。

 

「・・・なあ、隊長が騒がないのは風鈴のお陰なんだろう?」

「ああ、そのようだぞ」

「そんなに効き目があるって言うなら、ここにも風鈴下げてみるってのはどうだ?」

進藤がいつになく真剣に提案した。皆は顔を見合わせてから、これは期待が出来るかも?と徐々に表情を明るくしていく。

「進藤一正、試してみましょうよ!」

「うんうん。ちょっと興味あります」

「・・・笠原も喜ぶんじゃないですか?」

誰の言葉だったのだろう。それを聞いた途端、その場に顔を突き合わせていた隊員たちから「イヒヒヒヒ」と不気味な笑いが漏れた。

「お前たち、期待通りの反応をしてくれて助かる。こんなこともあろうかと・・・ほれ!」

進藤が自席の引き出しをガラッと開けた。

 

「・・・おおっ!!風鈴じゃないですかぁ!」

「すでに用意してたんですね!流石です、進藤一正!!」

事務室内が俄かに湧き上がる。

「いいか、実はこれ、結構な値段なんだ。つまり、良い音色だという事だ」

「分かってます。笠原が言ってた通り、音を楽しまなきゃダメってことですよね」

「その通り!お前ら、静かにしてろよ!!」

「「「 おーーっ!!」」」

 

少し離れた所で、緒形が苦笑していたことには気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・ん? なんか、静かだね」

「確かに。気持ち悪いくらい静かだ」

 

館内警備から戻った堂上班。手塚と郁が真っ先に事務室内の異変に気付き、疑問の表情を浮かべて辺りをキョロキョロと見渡している。

「あ、あれだ」小牧が気付いて指をさす。

「・・・あー、風鈴・・」

窓の一つが開け放たれ、そこに小さな金魚鉢のようなガラスの塊が光りを反射させながらぶら下がっていた。

「わあ!綺麗な模様ですねぇ。本物みたいに見える~!」

近くまで小走りで行き、風鈴を見上げるようにして郁が嬉しそうに尋ねた。

「これ、誰が?」

「俺だ。結構したんだぞ!心して聴け!!」

「でしょうねぇ。すっごく綺麗な絵だし。形もいいですもん」

ニコニコしながら風鈴の細部まで覗き込んでいた。

 

「早く音を聴きたいなぁ~~♪」

 

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

郁が事務室に居る――――

 

この当たり前なことが、タスクのメンバーにとっての“涼”であると気が付いたのは、当然の如く緒形だった。

進藤が持ち込んだ高級(らしい)風鈴の音色は、それはもう涼やかで如何にも夏の風物詩らしい存在感があった。

郁もうっとりと聴き入り、暇さえあれば窓を開けて自然風を呼び込んでいた。

 

「笠原、隊長室に行かなくなったな」

「えへへ。だって、やっぱりお高い風鈴の音色は違うんですもん」

「ほう、そんなに違うのか」

緒形は記憶の中の、隊長室の風鈴の音を辿るのだが、やはり違いは分からない。

「もう、この良い音色聴いちゃったら、安物の音なんてわざわざ聴きにいくものじゃなくなっちゃいますよ」

郁の発言に、緒形は苦笑だ。そこまでハッキリと安物のレッテルを貼られてしまった、あの風鈴を憐れんでみる。いや―――憐れむ者は他にもいた。

 

「なあ、隊長が寂しがって――――――

「あー、そう言えば!!皆さん、あのスプレーは使ってるんですかぁ?」

「あ?」

「アレですよ、アレ!」言って棚の上を指差す。

「ああ、使ってるんじゃないのか?」

「最近、匂いがしなくなったんですよねぇ。ちょっと前まで、色んな匂いが混ざってたのに」

口を尖らせた郁を見て、小牧はニヤッと笑いながら堂上へ視線を送った。

「皆さん、暑さ対策しなくなったんですか?」

「それは・・・風鈴のお陰なんじゃないのか」

「そんなに変わりませんよね。逆に、外の空気の方が暑くてたまらない時もあるし。みんな、風鈴を鳴らすために我慢してますよね」

 

とうとう郁が核心を突いた。

そうなのだ。風鈴が登場してから、窓を開けることが増えたのだが、屋外の生温い空気を送り込んでくる風が風鈴を鳴らす・・・という、なんともツッコミに困る状況であった。

実は、隊員たちは皆思っていた。

 

――やっぱり、風鈴よりエアコンの設定温度だ!!

 

 

 

 

「おい緒形。例の件、許可だ」

いきなりの玄田の声に、皆が驚いて振り向いた。

「はい? 隊長、例の件って・・・」

「エアコンの設定温度。下げていいぞ」

「おおっ!? どうしたんっすか、一体」

進藤たちが色めき立ちながらも、玄田の様子を心配した。

「・・・いいから。温度下げろ。何なら、2℃くらい下げてやれ」

「いよっ!!太っ腹っ!!」

「ありがてぇ!・・・そうと決まれば隊長、この風鈴、隊長室にどうっすか?」

進藤が悪戯っ子の笑みを浮かべてお高い風鈴をリリンっと鳴らした。

「・・・おう、いただこう」

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

快適になった事務室だが、そこには郁の姿は無い。

一番大きなエアコンの吹き出し口近くを、我先にと陣取り合戦している隊員。そんな時は決まって郁は隊長室へ行っている。

 

 

「なあ、進藤。お前、今回の一件で気が付いたか?」

「んあ?」マイ扇風機に向かって口を開けながら返事する。

「隊長が暑さを我慢出来たのは、笠原が隊長室に来てくれてたから・・・だと」

進藤は片眉を上げて、ちょっとだけ緒形の方に向きを変えた。

「行ってみれば分かるが、隊長室は暑いんだ。あの人の体温が高いってのも原因だろうが、付いてるエアコンも古くてな。あまり冷房が効かないらしい」

「だから毎年、俺たちのとこに来て騒いでたってわけか」

「ああ。だが、今年は笠原が風鈴を持ってきてくれた。窓を開けてみたが、やっぱり生温い空気しか入って来ない。それでも我慢できたのは、笠原がニコニコと音を聴きにやって来て、他愛ない話をしていたのが良かったようだ」

「・・・なるほどな。で?」

「それで、俺たちが高級風鈴で笠原を足止めしたために、隊長は寂しい想いをした」

緒形の説明に進藤は吹き出した。「子供かっ!」とツッコミも忘れない。

「エアコンの温度を下げてもいいってことになったのは、そうして窓を閉めることになれば、風鈴はお役御免。笠原は再び隊長室に通うことになるだろうと踏んだからだ」

「・・・単純な」

「ああ、単純だ。だが、本当に笠原は隊長室へ行くようになった」

「はぁ・・・ヤラレタな」進藤は天を仰いだ。

「つくづく、笠原がタスクの“涼”になっているんだと気付かされたな」

緒形はクスッと笑って見せた。

「流石、タスク安泰のキーマンだな」

「それ、堂上は気付いたか?」

「・・・どーだか」

さも興味無し、と言いたげな口調だ。

 

「気付いても良さそうだが。堂上たちがいつも涼し気な理由」

 

 

 

 

**

 

 

 

 

訓練後にシャワーを浴びて廊下に出ると、壁に背を預けた堂上が顔を上げた。

「きょーかん!」

仔犬のようにしっぽを振りながら駆け寄ると、躊躇うことなく郁の耳に掌を当てる。

「・・・冷やし過ぎじゃないか?」

「あー、耳には熱いシャワーかけませんでした」ペロリと舌を出した。

「いくら暑いからって、冷やし過ぎは体に悪い。特に女性は・・・だろ?」

「・・・そうですけどぉ」上目遣いで伺う。

「事務室の温度も下がったことだし、程々にしとけよ」

「はぁい」

ちょっと不貞腐れたような返事に、堂上は微かに笑って郁の頭に手を乗せた。

「俺が教えたこと、素直に従うのはいいが、そもそも俺とお前じゃ男女の違いがあるんだからな。忘れるなよ」

言って手を弾ませる。ついでに髪の乾き具合もチェックしているとは、郁も気付かないだろう。

 

堂上の言葉は、郁にとっては思いがけないものだった。

去年、入隊直後の郁には「女を感じない」とまで言っていた堂上が、今はちゃんと女の子扱いしてくれる。信じられない変化だ。

 

「今日も隊長室か?」

「え?どうしてですか」

「風が・・・風鈴を鳴らすには最適な風じゃなかったか?」

「ああ、確かに。優しい風でしたね」

嬉しそうに笑う郁の横顔を、堂上はそっと盗み見た。――盗んだつもり、だったが、

「ん?教官、どうしました?」気付かれたらしい。

 

「隊長室で風鈴の音色もいいが、たまには隊長にもこっちに来てもらえ」

「・・・どうしてですか?」

「お前が事務室に居ないと落ち着かない!―――と、進藤一正たちが煩いからな」

郁は堂上の顔を覗き込むようにしながら歩く。

その仕草が、なんとも近い距離感も与えて―――堂上は、鼓動が僅かに速くなるのを自覚した。

 

「落ち着かないって?進藤一正たちが?」

「・・・ああ。寂しいんじゃないのか」

「・・・ふうん」

 

郁の意味深な相槌に、思わず「何だよ」と凄んでしまうが。そんな堂上の態度にも、郁はクスリと笑って「別にぃ」と答えるだけだ。

 

 

落ち着かない、寂しい―――と感じているのは、進藤たちだけじゃない。

もう、郁が居ないタスクなんて考えられないくらい、大きな存在になってしまったと認めるしかないのだ。

 

「ふっ・・・お前は、タスクに吹き込む風だな」

「え? なんですかぁ?」

「聞こえなかったなら、いい」

 

 

堂上は歩幅を大きくして、数歩進んでから「行くぞ」と振り向いた。

そこに佇む郁は、何故だか微笑んでいる。

 

二人の間に、真夏のやさしい風が通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin



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comment iconコメント ( 6 )

どーじょーさんったら

郁ちゃんがいないと、自分が寂しいくせに!
郁ちゃんがいるだけで、イライラしないから、暑いのなんて気にならなくなるくせに!

素直になれーっ

タスクの事務室が香料のカオス…ぶぶぶっ
それを嫌われなくてすんで、あからさまに安心する事務室によくいる主(笑)

郁ちゃんにとっても、堂上さんの汗の匂いは嫌いじゃないはずなんだけど、気が付かないんだろーなー(笑)

雨ばかりとはいえ、ムシムシする夏!
風鈴の音が聴こえた気がしました!


名前: aya@屋根裏部屋 [Edit] 2017-08-17 17:49

夏の音色

今晩は🌃お久しぶりですね🍀涼やかな風鈴🎐のお話。隊長も相当な笠原大好き人間ですからね(笑)しかし冷水シャワーは教官から教えられていたんですね🎵でも冷水の冷たさや髪の毛の乾き具合を心配するところが教官の隠れた優しさデスネ💕因みにうちの近所お宅は一年中風鈴が鳴り響いています😱

名前: torotan [Edit] 2017-08-17 22:58

待ってました♡

筋肉男子からローズの香り…
思わず吹き出しちゃいました(笑)

きょーかん。髪の毛の乾き具合までちゃんとチェックしてるなんて…
どんだけですかっ⁉︎( ,,>з<)ブッ`;:゙;`;:、
それなのに〜
先輩たちが寂しがってるなんて。素直じゃないなぁ〜
自分がいちばん寂しいくせに(笑)

youさんの新作待ってました♡
私の“涼”はyouさんだな٩(ˊᗜˋ*)و

名前: yuca [Edit] 2017-08-18 00:52

やさしい風は、心にも身にも吹いているのね。
ふんわりほんわかとした日常のお話、いいねー。

でも、教官が一番なんだかんだで匂い気にしてそうと思ったのは私だけかしら(笑)直塗りタイプのやつとか汗ふきシートとか。郁ちゃんが近寄ってきたときのためにとこっそり努力してそう…

名前: ジョー [Edit] 2017-08-19 22:19

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名前: - [Edit] 2017-08-20 14:49

No title

きょうかーん!
私の髪もチェックしてください(´∀`*)

夏のオトコ達のにおいか。想像を絶するな、きっとf^_^;
でも、教官のは嗅ぎたい!ヘンターイ、参上!
と、いう事で(?)、11個目の作品に教官の良い匂い編を
お願い致します致します❤

正座で待機します!

名前: Kiko [Edit] 2017-08-22 08:51

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