新作は単発モノ。
時期は郁ちゃん3年目。新人たちの配属が決まった直後あたり。
県展前なんで、教官の箱がカタカタと鳴ってるくらい?
もう壊してもいいかな?って思ってるのかな。
そんな感じです。。。







夢を見た。

それは数年前によく見ていた夢。

あまりに久しぶりで、途中までただぼんやりと眺めていた。

懐かしさが込み上げてきた時、目の前に突如として現れたのは・・・

 

 

 

 

 

伝えたいことがあるんだ

 

 

 

 

 

 

「きょーかん!」

「ん?なんだ」

「今日のB定はアジフライです!」

「・・・わかったよ。デザート、お前にやる」

「やったーーーっ!」

 

いつからか、こんな会話が日常的になった。

自他共に認める犬猿の仲だった俺と笠原が、特殊部隊員として共に戦い、仲間だと認めあうようになり、一方的ではなくお互いに信頼関係を築けていると思えるようになった。

心からそう思っているのに、信頼の証しを直接伝えることは出来ていない。

タイミングが無かったとか、そんなの今更な気がするとか。俺の中で思いつく理由はいくらでもあって、全てを駆使してチャンスを逃してきた。

最近は、認めていることを伝えられない俺に代わって、小牧や諸先輩方が遠回しに言ってくれているようだ。

 

だが、残念なことに。

笠原は天然無自覚娘だ。遠回しでは想いの半分も伝わらない。

幸か不幸か、俺の本音は伝わっていないと感じる。

 

 

「・・・夢でなら、言えるんだけどな」

 

 

「何を言えるって?」

嬉しそうな声を少し潜ませて、小牧が横異動で近付いてきた。

「別に」

「ふ~ん。こういう時にね素直に話せないと、肝心な時に肝心なこと、何も言えないよ」

ニコリと笑顔を向けられる。完全に俺の思考は読まれているらしい。

すっかり気心知れた仲になった小牧には、俺が長いこと持ち続けてきたとある想いを知られている気がする。わかっていて俺を弄って楽しんでいるのだろう。上手く反撃できない自分に苛立ちながらも、本心は満更でもない。

とある想い、というヤツを隠している箱がある。しっかりと蓋をして、何重にも鍵をかけ、うっかり中身が飛び出さないよう注意深く扱ってきた箱。小牧の弄りは、その箱の存在を俺自身が忘れないよう、時々在り処を確認するタイミングになる。だから有り難いと思っている、なんてことは内緒だ。

俺はいつも通り、不機嫌な顔で誤魔化した。それだけで、小牧には俺の思いは伝わるから。

 

「士長になってさ、あの二人、すごく張り切ってるよね。事務方の仕事なんて、まあ、手塚は問題なく熟すだろうとは思ってたけど。意外にも笠原さんがさ、立派にやってくれてると思わない?」

「ああ、新しいことも殆どミスなく熟してるな。もっと慌てるかと思ったんだが」

「今年もタスクには新人は配属されなかったって、随分落ち込んでるように見えたけど。環境に左右されずに自分の出来ることをやるって、腹括ったのかな」

「当分、あいつらが末っ子と呼ばれることは決定だろうからな。いつまでもそこに拘ってはいられないだろうよ」

「そうだね。あの二人と同等の素質を持った隊員が新人で入隊してくるなんて、早々無いよ。そこは胸を張って断言できる。あとは防衛部で底上げしてくれることを期待だな」

「確かに。タスクの年齢層、上がる一方だからな」

「くくく・・・俺たちも『オジサ~ン』とか言われちゃうからね」

懐かしい記憶を呼び起こされた。途端に眉間に皺が寄るのはお約束だ。

「考えてみたら、20代に向かってオジサンは無いよな」

「ぐはっ!い、今更?!あの時、結構傷ついてたようだったけど?」

小牧は思い出し笑いで暫く動けなかった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

「お疲れ様でーす」

タスクの末っ子二人が、館内警備から帰って来た。

「おかえり。どうだった?新人研修中の館内は」

「なんか、若々しいって言うかぁ。ちょっと眩しかったよね」

「全体的に浮足立ってる感じがありました」

対照的な受け答えをする二人に、堂上と小牧は顔を見合わせた。

 

本日は配属間もない新人たちが、初めて館内での研修を受けていた。業務部員はカウンターや地下での業務を、防衛部員は館内警備の基本を学び始めている。

「・・・新人の動きを見てたら、注意したくてウズウズしてきました。でも、手塚に止められて」

「コイツ、指導教官がいるのに直接言いに行こうとするんです!信じられません!」

「笠原さん、バディが手塚で良かったね。堂上だったら、そこは鉄拳制裁だったと思うよ」

「そ、そうですよね。反省してます」

首を引っ込めるようにして、郁は幾分小さくなった。

「手塚に止められて、あたし思いました。自分が新人の時、堂上教官はどれだけハラハラしてたんだろうって。自覚あるんです。無駄にヤル気みせようって張り切ってて、暴走気味だったの」

まさか自分の過去まで反省しているとは思わず、堂上は少し慌てたように言葉を選び始めた。

「そ、そうか。自覚があるのなら救いようがあるな。俺たちの苦労も無駄じゃなかった。な、小牧」

「・・・別に俺は、笠原さんで苦労なんてしてないよ。一番近くで二人のバトルを見てて、楽しかっただけ」

小牧はしれっと舌を出した。助け舟は出さない、と言ったところか。

「バトルって・・・あたしが教官に反抗してただけです。ホントに、考えなしで申し訳ありませんでした」

郁は心からの反省を言葉と態度で示した。堂上の目の前に深々と頭を下げる。

「ん。それはもういい。いつまでも新人の頃と変わってないって言うなら、それこそ鉄拳制裁ってところだが」

堂上は躊躇うことなく手を伸ばした。郁の髪を掌で捉えると、指だけを上下に動かしてリズムを取る。お互いの熱が感じられるほんの一瞬に、何かを念じるように目を閉じ、名残惜しそうに手を離した。

「笠原、日報。その前に、ちょっと休憩入れろ」

堂上の言葉を聞いて、ゆっくりと頭を上げた。郁は微かに微笑んで「コーヒー淹れてきますね」と事務室を後にした。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「二正、実は今日、色々ありまして・・・」

郁を見送ると、手塚が上官たちの後ろから小声で話しかけた。

「新人たちが研修を受ける態度を見ていて、正直怒りを感じたのは笠原だけじゃありません。俺も同じように思いました。そのことを話しながら警備してたんです。途中から笠原は、自分が新人の時はどうだったのかと考えるようになったらしく。堂上二正に厳しくご指導いただいたのは勿論ですが、俺が・・・あいつを認めてなかったってことも気になったんだと思います」

「で、手塚は何か言ってあげたの?」

「今年の新人に怒りが湧くのは、社会人としての基本が出来てないからで、俺が笠原を認めてなかったこととは次元が違う、と」

「・・・うん。手塚は、図書隊員としての笠原さんを認めてなかったんだもんね」

「はい。物覚えの悪さとか、防衛部員として体力的な部分とか。でもそれは、個人の努力で変わるもので、実際にお前はちゃんと成長してるじゃないか、と。俺としては認めてるということを伝えられたと思ってたんです」

「伝わらなかったのか?」

「いえ、ちょっと嬉しそうにしてました。ただ・・・その後に、配架作業をしていた業務部の先輩から言われたことが――――

 

 

堂上は勢いよく席を立った。同時に事務室から出ようと歩み始める。

「二正、どちらへ?」

「手塚、大丈夫だよ。班長には、班長の仕事してもらおう。で、俺たちはコーヒーが来るまで自分の出来ることするよ」

手塚は納得したのか、小牧と視線を合わせてから「はい」と小さく返事をすると、椅子を回転させて自席に向かった。そんな物分かりのいい部下の背中に笑みを零して、小牧も自席に向かう。

 

「温いコーヒーが来ちゃうかもね~」

楽し気な独り言を合図に、業務終了の作業に入った。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

――あら、笠原さん

 

え?利用者への挨拶?

まだ研修初日だもの、仕方ないわよぉ

業務を覚えることに頭がいっぱいなんじゃないかしら?

 

まぁ、確かにそれはこっちの都合で、利用者には関係ないことだけど・・・

でもまだ笠原さんよりはマシよぉ

あなたが新人の時、私たち心配してたんだから!

こんなんで、タスクが務まるの?って

堂上二正も、よく我慢してたわよねぇ

 

指導者としては、早く業務を覚えて欲しいもの

利用者への心配りばかり出来てもねぇ

そこら辺は、追々教えていくんじゃないのかしら?―――

 

 

 

 

 

「・・・はぁ」

短い溜め息が給湯室の壁に吸い込まれた。

そんなことを幾度か繰り返しながら、コーヒーメーカーからのコポコポという音を聞き、濃い茶色の液体がじんわりと溜まっていく様子を眺めていた。

 

業務部の三正から貰った言葉が、意外にも時間差で郁の胸に突き刺さってきた。

新人当時の自分が、業務部内で「タスクのお荷物」的な表現をされていたことは知っている。ちょっとショックではあったが、確かに館内業務は出来ていなかったし、体力的にもギリギリだったので、座学の勉強と基礎体力強化の自主練に時間をかけた。

教育隊からの上官である堂上に、多大なる迷惑をかけた自覚もある。入隊当初こそ、キツイ訓練に加えての堂上の扱きに、ムカつきもしたし気持ちのまま反抗もした。だが、特殊部隊配属になってから、厳しさの意味を理解し、そうしてくれていたことに感謝もし、目標とする背中を追う毎日を我武者羅に過ごした。

新人の頃の失態が恥ずかしく、それを忘れたいと思ったことがある。だが自分がしでかしたことを思い返すと、鉄拳制裁で隊員のあるべき姿を教えてくれた上官が必ず言っていた言葉が浮かんでくる。

 

――いいか、笠原。忘れるなよ・・・

 

何度も、何度も。

失敗を繰り返すたびに、これを忘れちゃいけない、と。

失敗を忘れたら、教えられたことまで忘れてしまう。

厳しい上官の言葉をただひたすら信じて、歩んできた二年間。

一番近くで、共に歩んできたバディも、郁の成長を認めてくれている。

それはとても嬉しいことなのだが・・・

 

 

 

郁はもう一つ溜め息を零した。

「溜め息の数だけ幸せが逃げるんだと」

「え・・・きょーかん」

「小牧がいつも、俺の溜め息を拾うんだ。バディが幸せになれないと、自分の幸せも逃げる、とか言ってな」

「ふふふ。小牧教官らしいです」

ふわりと笑った郁の横顔を見つめながら、どんな言葉をかけようかと思案する。

「手塚から聞いた。お前が新人に指摘しようとしたこと、間違ってはいない。今度、気が付いたら遠慮なく指導してやれ」

「え・・・でも、研修中なのに」

「研修中だからだ。今のうちに注意してやらないと、基本が身に着かない。お前なら分かるだろ」

郁は顔を上げて堂上を見た。分かるだろ、と聞かれて、その確信に近い物言いにテンションがあがるのを感じる。

「あたしなんかが言っても、もしかしたら、全然話を聞いてくれないかもしれません」

「それでも必要なことだ。今は従わないかもしれんが、いつかお前のように、どうしてそれが基本だと言われたのか分かる日がくるかもしれない」

「あたし・・・ちゃんと教官の教え、理解できてましたか」

「ああ。俺があの時お前に望んでいた隊員の姿には、近くなってると思うぞ」

「あ、ありがとうございますっ!」

郁は深々と頭を下げた。幾らか気持ちは上昇しただろうか。堂上はちょっとの不安を抱えながらも郁の頭を一撫でし、気持ちを伝える努力をした。

 

「なぁ笠原。さっきの小牧の理屈でいくとだな。部下が幸せになれないと、上官の幸せも逃げる、ってことにならないか?」

「どうでしょう?教官は・・・どう思います?」

「そうだな。笠原と手塚に関して言えば、この仕事を好きでいてくれてると思えるうちは幸せなんだと思う」

「好きです!」勢いよく返したが、ハッとして「仕事」と付け足した。

「そうか。じゃあ、上官として俺は幸せだな」

この上なく穏やかに堂上が笑った。そのレアな笑顔は郁の心を掴む。

「教官にそう言っていただけるなら、あたしも幸せです」

「・・・逆も然り、か」

「はい。教官が幸せじゃなかったら、あたしは嫌です」

力強く言った。一呼吸おいて郁が真っ赤になったものだから、堂上は改めて今聞いた言葉を噛みしめる。

 

――そうか、「嫌」か

 

幸せがどうの、という次元ではない。そんなことは選択肢に無いというような、絶対的な否定。それが何とも郁らしく、そして堂上の心の中で仄かに灯る光のような言葉となって喜びも連れて来る。

 

 

真っ赤になりながら郁が注いだコーヒーは、ちょっとだけ温度を下げていて、小牧が床に沈むのを呆れたように見つめることとなった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

数日後、事件は起きた。

 

その日、堂上班は館内警備だった。数日前は新人研修で防衛部員が人員を割かれているための助っ人的なものだったが、今回は特殊部隊の通常シフト。予定通り、堂上・小牧組と手塚・笠原組に別れて館内を巡っていた。

 

開館後暫くして、数日前も研修を受けていた防衛部員が警備に就いているのを確認した。郁はそっと新人の様子を見ていたのだが、やはり指摘したいと思った部分は改善されていなかった。堂上の言葉を思い出し、静かに新人隊員の側に近寄った。

 

「あの、ちょっといいですか」

「はい、何か?」

「えーっと・・・金子一士?先程から様子を見ていましたが、利用者に挨拶をしてないようだけど。教育隊の時に教官から指導されませんでしたか?」

「いえ・・・特には・・」

「そうですか。では、館内警備をする際の注意点として聞いて欲しいんですけど。利用者と目が合った時はちゃんと挨拶をしてください」

新人隊員はちょっとだけ不思議そうな顔を見せて、一応頷いた。

「これはとても重要なことです。忘れないでください」

郁はそれだけ告げて警備コースへ戻った。

 

本当はそうしなければならない理由も教えたいところだった。だが郁自身、新人の時は堂上から理由までは教えられていなかったことを思い出し、ぐっと堪えて言い聞かせるように丁寧に伝えることを重視した。

そう、堂上が数日前に給湯室で言ってくれたように、今は分からなくてもいい。そのうちきっと、分かる時がくると信じて・・・。

 

 

 

 

そんな郁の思いは、やはり届いてはいなかった。

業務部の都合で警備シフトにズレが出て、堂上班の上官組と部下組は別々の昼休憩となる。その際、堂上たちとたまたま席が隣りになったのが、郁が注意した新人の金子で。彼は同期の仲間と楽しそうに食事を摂っていた。

業務部、防衛部が入り混じった席で和気藹々としていたのはいいが、早飯の堂上たちが席を立とうとした時、金子の愚痴が聞こえてきた。

「そう言えば、先輩に注意された」

「何かしたの?」

「館内警備中だったんだけどさ、利用者に挨拶しろってさ」

「あー、マニュアルには書いてあったな。でもさ、警備中に挨拶って要らなくね?」

「だよな。俺もそう思ってたんだ。俺たちは警備してるんだから、利用者の不審な動きを見張る立場だろ。へらへら笑って挨拶なんて出来るかよ」

「あ、それなら、ウチの先輩も言ってたよ。他所の部署の人に言われたとかで、更衣室で怒ってた。業務部の仕事、舐めてんのよねーって」

 

堂上と小牧は視線だけ合わせて静かに席を離れた。郁の伝えたかったことは、新人どころか業務部の三正にも伝わってはいなかったようだ。

「防衛部の方はこの話聞いたら、すぐに教育のし直しだって言うだろうけど。業務部は難しそうだよね」

「奴ら、無駄にプライド高いからな」鼻で嗤う。

「一度、痛い目に遭わないと分からないだろうな。あー、お気の毒」

小牧は両手を合わせて拝んだ。

 

「いざとなったら、俺が痛い目に遭わせてやるさ」

 

 

 

 

**

 

 

 

 

午後の静かな時間帯。

騒ぎを起こしたのは50代と思われる男だった。

 

その男はロビーを笑顔を見せて闊歩していた。何処から見ても人の好さそうなサラリーマン。だから、男とすれ違った金子は気にも留めなかった。

すれ違って数歩進んだ時、突如背後から衝撃が走る。勢いよく突き飛ばされ、前のめりになって床に沈むと、男に襟を引き上げられ、上体が起き上がった所を羽交い絞めにされた。

身動きの取れなくなった金子は抵抗を試みたが、ビクともしない。気が付くと目の前には光る一線があった。

「ひぃぃぃぃ!」

いきなりの刃物に、血の気が引いたその時だ。鈍い衝撃が後ろから届いて、耳元で男のくぐもった声が聞こえた。と同時に、目の前の刃物は床に落ち、拘束されていた腕から力も抜けていった。

 

「確保―っ!」

ロビーに響いた声は女性のもので、金子はただただ茫然とした。

背後から衝撃を受けてから、数分も経たない間の出来事だった。

 

 

 

「だから、利用者にはちゃんと挨拶をしなさいって言ったでしょ!」

 

男が防衛部員によって連行されると、郁の怒声が金子へ向けられた。

近くで一部始終を見ていた業務部の先輩が、「ちょっと・・・」と話に割り込んだ。

「笠原さん、それって今注意すること?新人が被害者になったのよ?もっとかけてあげるべき言葉があるでしょう」

見ると、金子の同期らしい業務部所属の子たちも頷いている。

「あなたの指導は間違ってるから。先輩面して余計なことはしないことね」

 

 

「誰の指導が間違ってるって?」

「きょ、きょーかん!」

「笠原さんは、俺たちが育てたんだよね。間違ってるなんて、聞き捨てならないなぁ」

堂上と小牧が威圧的な空気を纏って登場し、郁の表情が幾らか和らいだ。

「笠原、犯人確保に至る経緯を説明しろ」

郁への命令だが、視線は業務部の三正を睨んだままだ。郁は深呼吸をひとつしてから落ち着いて話を始めた。

 

「あたしは金子一士の後ろを着いて行く形で警備していました。男が入館したのも確認してます。ロビーを横切る時、笑顔だったのも見ています。男は辺りに視線を泳がせていました。金子一士とは目が合っていたと思います」

鋭い視線を金子に向けると、彼は小さく頷いた。

「目が合ったのに挨拶をしなかった。だからあなたは男に羽交い絞めにされたの、分かる?」

「は?笠原さん、またそれ?挨拶、挨拶って。業務部の新人のことも指摘していただいたけど。それがなんだっていうの?」

「お前、本気で言ってんのか。業務部は一体どんな指導をしてんだ」

「ホントだね。俺たちには笠原さんが言うこと、ちゃんと理解できるし、そういう指導を彼女にしたと自覚があるよ」

郁が上官に庇われていると受け取ったのか、業務部の面々は素直に話を聞く態度ではない。

「仕方ない。笠原、今回の金子一士の落ち度と、本来新人教育で指導するべき点を教えてやれ。こいつらには、自分で気が付くなんて到底無理だ」

完全に呆れている堂上の命令に従って、郁はもう遠慮するのをやめた。

 

「金子一士。あたしはあなたに、利用者への挨拶について午前中に指導しました。理由を聞かれなかったし、元々どうして挨拶が重要なのか、今日は話すつもりも無かったんだけど。先輩からの忠告に耳を傾けることが出来るか、試してたっていう感じかな。もし疑問に思ったり、理解に苦しむ内容なら、質問すればいいと思う。もっと先輩たちがどんな動きをしているのか見て勉強すればいいと思う。そういう素振りが見られなかったから、あたしは気になってあなたのことを目で追ってました。

 目が合った利用者に挨拶をするのは、防犯になるの。明らかに挙動不審な人は、誰だって怪しいって思うし、注目する。でも中には一般人に上手く紛れて、予想もしていなかったところで騒ぎを起こす人がいる。そういう時って大体、『そういう人には見えなかった』って理由で見逃されてるの。

警護では不審者を特定する。だけど上手く紛れて犯罪に手を染める人もいる。不特定多数の中に紛れている人を特定するのは至難の業だよ。だからその不特定多数を少数にするように絞るための挨拶。目が合って挨拶して、反応を見る。普通に返事をしてくれる人。レファレンスを必要としてて困った表情になる人。挨拶だけですぐに打ち解けてくれる人。恥ずかしそうにする人。視線を合わさない人。足早に立ち去ろうとする人。反応は色々だけど、その後に注目するべき人は絞られるでしょ?目と目を合わせて挨拶するから、何となく顔も覚えられる。

そして挨拶は、一般利用者から不安な気持ちを取り除くことも出来るんだよ。防衛部員がいつでも犯罪者を逸早く見つけようと眼を光らせてるのって、利用者としてはあまり気分の良いものじゃないでしょ。何も悪い事してないのに、疑いの目で見られてるような感じ。そんな気分にさせないために、目が合ったら挨拶して気持ちよく図書館に居てもらうの。防犯も大切だけど、図書隊員としての第一は、本と本に関わる人の思いを守ることだからね」

金子は顔を紅潮させて、心底恥ずかしいといった感じで佇んでいた。防衛部の先輩隊員も郁の話を聞いて状況が飲み込めたようで、金子の肩を叩きながら「無駄な教えは無いんだって言っただろ」と窘めた。

 

「さて・・・お前たちはきっと、これは防衛部に必要な話で、自分たちには関係ないと思ってるんじゃないか?」

堂上が業務部の集団に向けて口を開いた。

「館内業務のマニュアルに利用者への挨拶について項目が無いはずがないよな。あれはカウンター業務に限ったことだったか?」

「・・・いえ、特に記述はありません」

「だよな。防衛部と同じく、業務部員にも防犯の意識は持つように指導するはずだ。挨拶は、笠原が言った通りの理由で図書隊員全員がやるべきことのトップだ。だが、そんなことよりもまず、利用者と関わりの深い業務部は、仕事としての挨拶じゃない、人として挨拶するべきじゃないのか?そこを履き違えてるから、指導内容にズレが出るし、基本が出来た新人が育たないんだ」

「業務部の新人は、業務部で育てるって考え方、やめた方がいいよ。図書隊の新人は、図書隊全体で育てるんだ。だから俺たちは、笠原さんたちが新人の時、君たち業務部に厳しく指導されているのを黙って見てた。それは必要なことだったし、現に笠原さんはちゃんと基礎が出来た隊員に成長してるよ」

郁の表情が少し緩んだのを確認し、堂上は件の三正の目の前に立った。

 

「それから、ひとつ言いたかったことだ。―――新人の頃の笠原より、今の新人の方がマシだと?馬鹿言ってもらっちゃ困る。あの頃の笠原が劣っていたのは、図書隊員としてのスキルだけだ。仕事へのヤル気、防衛方の身体能力は今と変わらずタスクでトップクラス。社会人としての基本は並みにあった。だから吸収できるものは全て吸収して、どこに出しても恥ずかしくないくらいの特殊部隊員に成長してるんだ。先輩の指導を素直に聞けない奴らに劣ってたなんてことはあるはずがない。その点、撤回して笠原に謝罪してくれないか」

 

誰かが息を呑んだ気配と、小牧の「やるぅ~♪」という声がした。

苦り切った顔で郁に頭を下げた三正を満足そうに見ていた堂上は、郁の腕を取って小牧と手塚の元に引っ張って行き、「帰るぞ」と並んだ三人に背中を見せた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

今日は反省の一日でした。

新人への指導の難しさも分かりました。

でも何より、私は凄く恵まれた環境で育てて頂けてると実感しました。

感謝の気持ちしかありません。

同時に、申し訳なく思いました。

私が認められないという事は、教官たちの指導が認められないという事なのだと。

だから、一日も早く、誰にも認められる隊員になりたいと心から思います。

出来の悪い部下でごめんなさい。

 

 

 

**

 

 

 

「堂上。これは黙っていられないね」

郁の日報に挟んであった私信を、小牧が横から搔っ攫って読んでいた。

「・・・俺があいつを認めてるってことは、昼間のアレで伝わったよな?」

「うん、あれだけハッキリ言ったんだからね。でも笠原さんは、自分のことより俺たちの評価を気にしてくれたんだね。ホント、抱きしめたくなるよねーっ」

小牧は堂上の反応を楽しむように言ってみたのだが。

 

「・・・出来が良過ぎるくらいだな」

 

小さく零れたのは、堂上の本心なのだろう。

「堂上、それ、笠原さんに言ってあげないと。また斜め上に走って行かれる前に」

「そうだな・・・」

 

 

 

 

 

 

お前には、直接言わなきゃならないことが沢山ある。

 

図書隊員として認めてるということ。

ずっと共に戦っていきたいと思っていること。

 

図書隊を選んでくれたことを感謝もしたい。

俺の扱きに堪えてくれたことにも。

あの日の俺を追いかけてきてくれたことも。

 

お前の図書隊員としての想いを守ってやりたいと思ってること。

お前毎、守っていきたいと思ってること。

そう思わせるだけの「想い」が、俺の中に存在すること・・・

 

夢の中でなら簡単に言えることが現実には難しくて

言えない後悔を繰り返していることも。

 

後悔するくらい、認めなければならない存在になっていること。

 

 

笠原―――お前に

 

 

「伝えたいことがあるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

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今日も、よろしく

comment iconコメント ( 15 )

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名前: - [Edit] 2017-05-18 13:04

かっこいい!

郁ちゃん、かっこいい!!

教官の教えに誇りを持って、ちゃんと自分のものとして習得して、その上で新人さんたちにも気を配れる。

指示待ち君たちには、理由まで、皆まで言わないと伝わらないのが、リアルな世界でも残念なんだよなー

郁ちゃんを、バックからフォローする堂上さんと小牧さんのコンビが、大きくて素敵!
ああ、満たされた♡

教官!
後生だから、ちゃんと郁ちゃんに伝えてくれ!

名前: aya@屋根裏部屋 [Edit] 2017-05-18 13:23

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名前: - [Edit] 2017-05-18 13:26

No title

“指導”って、文字通り進むべき道を指し示し導くのだと、この上官達は体現してくれてますね。それを得て進む部下達もいて。
堂上教官の場合は色々なモノが含まれ過ぎてるようですが… 早く伝えましょうよ。溜め込み過ぎるから。

名前: サフィー [Edit] 2017-05-18 16:06

あぁ(*´ω`*)

教官からの問いに間髪いれずに『好きです』て答えて『仕事が』って付け足すところ、映画の教官と一緒ですよねー♡

映画とリンクして尚こんなに素敵な話なんて最高でしたー(^w^)
続きも読みたいなぁ♡

名前: ssssfamily [Edit] 2017-05-19 07:19

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名前: - [Edit] 2017-05-25 00:25

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名前: - [Edit] 2017-05-28 00:25

nauさんへ

コメントありがとうございますm(__)m

お互いに気持ちはあるし、自分では認めているのに相手に言えない。
堂郁のジレジレ期が大好物ですww
特に教官の気持ちを追うと、私の男脳は反応しやすく(笑)
ついつい語りたくなっちゃうんですよね~~~
想いが溢れちゃってるから♪

教官の乙男っぷりも結構好き♡
乙女と乙男のカップルだから、こんなにジレジレするんでしょうね。

新シリーズ始まりました。
ちょっと重たいけど、そちらも読んでいただけて嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いしますm(__)m

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-28 20:05

ayaちゃんへ

成長してる郁ちゃん、ちゃんと見せられたかな?
周りが見ても納得いくくらいじゃないと、教官はなかなか人前で認めてくれない気がして。
今回は、他人に見せつける、ってのを目標に書いてみたよww

で、やっぱり教官ズなんだよね。
堂上さんだけではダメなの。小牧さんの正論が無いと。
このバディも完璧なものだからね~♡

きっと、近い将来、ちゃんと伝えてくれるさ!!
そんな時も妄想しつつ・・・♡

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-28 20:11

あやぽんへ

追伸返信♡

心強い存在です。
頼りにしてます♡
これからもよろしくね(*'▽')

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-28 20:12

サフィーさんへ

素晴らしい上官たちの教えをちゃんと吸収して。
郁ちゃんは立派に成長してます。
ホントは、堂上さんに直接認められてなくても、郁ちゃんは傍で仕事が出来るだけで満足なのかもしれません。
そんな健気な郁ちゃんだから、やっぱりご褒美あげたくなりますよね~~♪

伝えましょう。教官。
きっと、教官にもご褒美ありますよね♪

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-28 20:17

ssssfamilyさんへ

ふふふ…「好きです・・・仕事」のとこ、私もお気に入りです♪
勢いがあれば言えるんだよなぁwww

続き…教官が伝えるところ、ですねぇ。。。
何か降りてきたら、書いてみたいです!

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-28 20:24

nonorinさんへ

素直な郁ちゃんだからこそ、教官たちの教えは全て吸収して、立派に成長出来てるんだと思います。
で、郁ちゃんだから、教官もちゃんと認めてあげようとしてるんだろうな。
言葉にするかどうかは、タイミング♪
教官、きっと伝える時は、ビシッと決めてくれる・・・はず(笑)

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-28 20:50

風吹さんへ

コメントありがとうございますm(__)m

教官たちに認めて貰えてれば、他の誰に何を言われようと構わないんだろうけど。
教官たちはそうもいかず・・・。
認めてるってことを言葉で伝えるって、教官にはハードル高そうww
もう、箱はぶっ壊してしまえばいいのだ!!

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-28 21:23

はじめまして、最愛読んで見たいのでお願いします。いつも楽しく読んでいます

名前: 俊子 [Edit] 2017-11-30 09:01

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