本当にお久しぶりでございますm(__)m
やっと新作完成しました\(^o^)/

今回は、手塚目線をメインにしたお話です。
因みに、17,000文字を超えてますので、長いです。。。
お時間がある時にお読みくださいm(__)m







あの時、俺たちが見ていたもの

 

今この時、俺たちが見ているもの

 

 

それは同じ景色だろうか・・・

 

 

 

 

僕たちの未来

 

 

 

 

 

体内時計が一日の始まりを告げた。

目覚めの瞬間から、俺の身体は戦闘職種仕様になる。そんな生活も何年目だろう。

いつも通りの朝だが、いつもと違う朝の始まりだ。俺の複雑な思いは今日まで持続していて、果たして平常心で登庁出来るか不安である。

不安ではあるが――ちゃんと納得している姿を見せなければ!とも思っている。それが今の俺が出来る、最上の祝福の形なのだから。

 

 

今日は堂上班の特別休暇明けだ。「特別」と付いたのは、今回の公休が3連休だったことと、その休日のど真ん中が結婚式だったことが要因だ。

――堂上一正と笠原が結婚式を挙げた。二人の入籍は今月初めに済ませていて、早々に官舎への引っ越しも完了している。

思えば、昨年末前のあの居心地の悪い一か月。二人を見守る全員がヤキモキしながら過ごして、漸く元のバカップル仕様に戻ったと思ったらまさかの婚約宣言。そして、それからの結婚へ向けての準備の早いこと早いこと・・・。

小牧一正曰く、堂上一正が一方的に焦っているのだそうだ。そう言われても何が一正をそうさせるのか、俺には皆目見当もつかなかった。そんな俺の鈍感な部分を柴崎は見事に予想していて、俺の脳内に疑問符が浮かんだタイミングで、必ずと言っていいほど「手塚には解らないでしょうね」と若干バカにしたように笑った。

 

俺自身、結婚という言葉が現実味を帯びてこないのも理由だと思う。結婚願望が無いわけではないが、懸命に妄想してみても自分の周りには靄がかかったようにぼやけてしまうのだから仕方がない。将来を想像したい相手が居ない――わけでもないが、勝手に妄想だけ膨らませて浮かれるほど子供じゃないし、そんなことをしても相手は喜んでくれないとも思うし、そもそもそんなつもりがあるのか?と叱られそうだし・・・

――閑話休題。

 

結婚に結びつくような恋愛話から距離を置いてしまっている自分には、大きな勇気を持って一歩を踏み出した堂上一正と笠原の想いの全てを理解出来ない。それは仕方がないことで、俺にもいつか分かる時が来るのだろうと淡い期待を持つことで一応の納得としている。

頭の中に浮かんだ疑問符に振り回され、少しの不安を抱えて今日を迎えてしまったのは、それが原因ではないのだ。

 

 

――今後、笠原とどんな距離感で居たらいいのだろう?

 

 

入隊直後の俺たちの相性の悪さは、誰から見ても致命的と言われるほどバディが成り立つようなものでは無かった。それが日々を共に過ごして自分でも分かるくらい成長してきた間に、俺たちには俺たちらしい距離感が生まれてバディとしても成長できた。

お互いに考えていることが読めるくらい。

呼吸でさえもタイミングを合わせられるくらい。

いざという時は思い切り背中を叩いて励まし合えるくらい。

今では「相性が悪い」なんて言葉は思いつかない。公私ともに認める、最高のバディだと胸を張れる。

 

そんな笠原が、俺の尊敬する上官と結婚して、新たに人生のバディとなって共に生きてゆく。とても目出度いことで、心から祝福したいと思っている。その気持ちに嘘は無い。

だが今一つ、手放しで喜べないというのも正直なところだった。

俺自身の気持ちなのに、上手く説明できないもどかしさ。そうして考えてみると、説明できないどころか明確な答えさえも浮かばない、迷宮入りな心理状態。

気が付くと、俺は恐怖を感じていた。

 

 

―――俺は何に慄いているのだろう?

 

この一つの疑問が根付いてからというもの、自分の立ち位置が不安定になった感がある。

今のままじゃいけない。

俺には進むべき道があったのだ。

迷ってなんかいられない。

 

 

いつもと違う朝。

俺は俺なりの新しい一歩のつもりで、気合を入れ直して特殊部隊事務室のドアを開けた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「おはようございます」

「おはよう。相変わらず早いねぇ」

「おはよう。貴重な連休中に時間を取らせて済まなかったな。二次会の幹事、ありがとうな」

「あ、いえ!当然のことですから」

尊敬する上官からの労いの言葉に感動しつつ、名実ともに『夫』という立場を手に入れて余裕のある風格も備わった堂上の真っすぐな視線に、手塚は性別を超えて恥ずかしさでいっぱいになった。

「ぐふっ・・・手塚・・・赤い・・・」

小牧が笑い崩れるのを確認し、更に首まで赤くして自席に着く。

 

結婚式の話題が出たことくらいが普段と違うところか。朝の特殊部隊事務室の堂上班は、通常運転となっていた。――そう。郁が遅れてやってくるのも、結婚前と何も変わらないのだ。

 

 

「おはようございますぅぅ!」

程なくして登場した郁は、元気な声を事務室内に響き渡らせ、挨拶を返してくれる先輩隊員一人一人と談笑しながら堂上班の元へ到着した。

 

「おはようございます、小牧教官。おはよう、手塚」

「おはよう」

「お、おう、おはよう」

「ん?手塚、どうしたの?」

「いや・・・なんでもない」

微妙に歯切れの悪い返しに、郁が不思議そうな顔をしたのが分かったが、無視して下っ端の役目と思っている朝のお茶煎れに給湯室へ向かった。

 

なんでもない・・・訳ではなかった。

 

 

 

今月初め、堂上と郁が入籍し、すぐに官舎へ引っ越した。聞くと、正式に夫婦とならないと官舎への入居が認められないため、入籍と引っ越しのタイミングを計算していたという。

結婚したと言っても、以前から特殊部隊の中では公認のカップルで、本人たちは無自覚に糖害を撒き散らしていたため、特別に変わった所は無いように見えた。

しかし、手塚は一点だけ気が付いた。朝の登庁挨拶で、郁が堂上にだけは声をかけなくなった。同じ堂上班に居ながら、小牧と手塚にだけ殊更明るく挨拶をする姿に違和感を覚え、そのことを指摘してしまった。

 

「は?何言ってんの、手塚。教官には、すでに挨拶して来てるんだけど?」

 

郁に言われてすこぶる納得がいった。

そうだ、二人は一緒に住み始めたのだ。目覚めに挨拶を交わしているのだから、事務室で改めて・・・と言うのは今更なこととなってしまう。

 

「そ、そうだったな。なんか、イマイチ慣れないんだよな」

「変なのー!手塚がそんなこと気にするなんて、思ってもみなかった」

「うん、俺も今気が付いたってくらいだけどな」

 

郁が堂上班員としてどんな時も欠かさずに挨拶をし続けていたのを間近で見ていて、それは皆が図書隊員でいられる間には未来永劫変わらない風景なんだろうと、勝手に決めつけていたのだ。

だから、変化した朝の挨拶風景を1か月近く体験してきた今でも、何となく慣れない感が手塚の中で燻っていて、時々それが顔を出してしまう。

 

 

 

「あー・・・あたしが教官に挨拶しないの、未だ違和感あるんだね?」

それに対して返事はしなかったが、「ニシシ」と笑う郁の声が漏れ聞こえた。

傍から見れば小馬鹿にしたような郁の笑いでも、手塚には何故か心地よく感じられた。これが長年のバディの成せる業か?と、とりあえずの理由を見つけ、郁には入隊当初から続く兄弟感を出して一つ突っ込んでやる。

「お前、一正と一緒に出勤できないのか?」

「えーっ。教官、すっごく早いじゃん。あたしが早く来てもやること無いし」

「向上心の無いヤツ」

「あたしの向上心は、防衛部員としての仕事に回してんの!事務方の仕事は・・・基本さえ出来てればいいって、教官も言ってくれてるしぃ」

それだって、図書正に昇任してから格段に事務仕事が増え、それなりに知識も増えているのだと口を尖らせている郁に呆れながら、手塚は黙々とマグカップを並べてコーヒーを注いでいた。

 

「手塚はさ、どんなことでも器用に熟せるから気付いてないかもしれないけど。防衛の分野だって年々任されることが増えてるでしょ?装備点検とか、昇任前には自己管理しか出来なかったけど、今は全体の点検確認とかもするようになったし。訓練だって、高い結果を求められるようになってるよ。あたしは、それについていくのが精一杯なの。男女差を埋める努力しか出来ないんだから」

「・・・でもお前、訓練は充分な記録を出してるじゃないか」

「必死だよ。自分の能力以上の何かに縋りたい時もあるよ。苦しいけど、とにかく頑張らないと、手塚のバディで居られなくなっちゃう」

 

郁の言葉に、手塚はコーヒーを注ぐ手を止め、そっとバディの横顔を盗み見た。

茶化している様子は無い。尊敬する誰かのように少し眉間に皺を寄せて、それは真剣という言葉が似合う表情だった。

途端に体の芯から湧き上がる、感情の塊の存在を認めた。難しい事は考えなくていい。これは素直に思いついた名前を付けてやるべきだ。

 

 

――俺、嬉しい”と感じたんだな

 

 

今までと変わらずにバディで在りたいと思ってくれていることを、手塚なりに真っすぐに受け止めた証拠だろう。それは素直に嬉しいことであったのだが、同時に脳裏を過ったモノもあった。

「なぁ、笠原。お前とのコンビは、まだまだ有効か?」

「は?何言ってんの。当然じゃん」

「一正と結婚したんだから、公私ともにバディになるってこともあるんじゃないのか?」

「・・・無いね」

 

それは抑揚の無い声だった。郁の感情が読めなくて、手塚はじっとバディの横顔を見つめる。

「アンタ、馬鹿だね」

「お前に言われたくはないな」

「だよねーっ!でも・・・ホント馬鹿だよね」

言って手塚の手からコーヒーポットを奪い、器用にカップに注ぎ始めた。

 

空いた手は手塚の右腕の袖をギュッと掴んでいた―――

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

新年度―――今年も新人たちの教育訓練が始まり、基地内は活気づいていた。

約三か月後の新人配属で本格的な新体制のスタートとなる訳だが、特殊部隊に限ってはそんな先を待つ必要は無い。多分、今年も新人が配属されることは無いだろうから。

 

「今年は、防衛部からの引き上げも無かったね」

「ああ。そろそろ俺たちの同期とか、後輩とかが上がって来てもおかしくないんだけどな」

「・・・あたしたちが末っ子から卒業するのを阻止してる輩がいるんだな」

不貞腐れた郁を見て手塚は苦笑するしかなかったが、今回ばかりは郁と同様の気持ちが浮かばないわけでもない。

「俺たちにも直属の後輩が出来るとか・・・夢のまた夢、か?」

「なんだか寂しいけど。でも、もしも後輩が出来るとして、班編成とかどうなるのかな?」

郁の素朴な疑問は、二人の心をざわつかせた。

 

ずっとこのまま―――堂上班は変わりなく存在していくものだと、ただ漠然と思っていた。だが、それは当然のことであるはずがない。有能な上官は、絶対に出世コースの王道をゆくだろうし、自分たちもいつかは後輩の指導にあたらなければならないはずだ。

 

ふと、その言葉は二人同時に脳裏に過った。

「・・・堂上班、解散?」

「・・・全く無いってことは無いな」

 

途端に寂しさがこみ上げる。二人して迷子のように所在無さげに佇んだ。

「・・・お前はいいだろうよ。万が一、堂上班解散となっても、家に帰れば一正と一緒だ」

「えーっ!それはまた別の話だよ。やっぱりさ、教官たちと一緒だったから、辛い任務だってやり遂げられたって思うし。いくら成長したって言ってもらえても、一人でどこかの班に放り込まれたら不安だなぁ」

手塚も想像の羽根を広げた。しかし、夢の膨らむ明るい未来は描けず、徐々に羽根の一枚一枚が力なく萎んでゆくような感覚だった。

 

「飛べないなぁ・・・」

「ん?何?」

「いや、何でもない」

 

 

 

子供の頃、父親の書斎にうず高く積まれた分厚い本の山から、何も考えずにチョイスして読んでいたものは、今思えば哲学書だった気がする。何となく読めてはいたが、真の意味を理解していたとは言えない。そんな可愛げのない手塚少年に、児童文学の世界を教えてくれたのは他でもない兄の慧だった。

挿絵が珍しいと思うくらい、手塚は文字オンリーの本ばかり読んでいた。だから文章だけで場面を想像する力は付いていたが、挿絵から得られる別の世界もアリだと感じてからはそういった本にのめり込んだ。

大人びた手塚少年に、子供らしさをもたらした唯一の時間だったかもしれない。地に足を着けた状態に心地よさを感じるような子供だったが、空想の羽根を広げて夢中になって物語の世界を飛び回る楽しさを知った。

 

いつしか羽根は、自分の将来を夢見る手段に変わっていった。ふわふわと宙を彷徨うように未来を想像し、でもしっかりと両脚で着地を決める。それが手塚の「妄想」である。

妄想なのだから、どんな展開も結果も自分本位で構わない。広げた羽根には自由しか無いはずなのに、「堂上班の解散」というワードでは手塚の妄想は膨らまなかった。それは、無意識に拒否している証であろうと、納得の答えも浮かんでいた。

 

 

 

 

「手塚、笠原!ちょーっと来い!」

変わり映えしない春の溜め息交じりな朝に、玄田の陽気な声が降って来た。二人は笑顔を引き攣らせながら隊長室へ出向いた。

 

「お前たち。来週から2週間、ウチで開催される合同訓練研修に参加しろ!」

「・・・合同って、誰とですか?」

「全国の準基地以上に属する防衛部と特殊部隊から選抜されるメンバーだ」

「訓練研修ってことは、戦闘訓練だけでは無いってことですか」

「ああ、防衛理論の座学もあるぞ」

緊張を解きほぐすように、緒形の穏やかな声が届いた。郁と手塚は顔を見合わせ、お互いの疑問の表情を確認した。

「ウチからは、あたしたち二人?」

「タスクからは、な。あと、防衛部員が数名か?」

「そうですね。訓練研修を受ける者が4名と、指導教官として2名です」

「今回の訓練は若手ばかりだろうから、お前たちの実力を思う存分見せつけてやれるぞ!

何しろ、関東でこの訓練を開催するのは久しぶりだからなぁ」

何故か玄田がワクワクしているように思えて、郁は苦笑だ。

「各基地から指導教官が来て、全員で訓練等を見ることになる。他所のベテラン教官の扱きを受けるのも、なかなか無いことだ。貴重な体験だと思って、しっかり取り組んでくれよ」

研修については緒形が詳しく説明してくれた。が、それでも郁と手塚には、この訓練研修の本当の目的が分からなかった。そこを聞いても、何となくはぐらかされた感がある。

「まあ、そんなに堅苦しく考えるな。普段のお前たちがやっている訓練の延長だと思って、個人の記録を伸ばすことを目標にしてもいいし、防衛学の知識を深めてもいい。とにかく、各自で何かを身に付けることを考えてみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんか、変なのー」

「この時季の研修って、今まであったか?」

「無いね。でも、関東で開催するのが久しぶりって言ってたから、あたしたちが知らないうちに、どこか余所でやってたってことかな?」

「そうなるな。しかし俺たちが入隊してから、このタイミングで研修受けに出張でもしてた先輩っていたか?」

頼りない記憶を呼び覚まそうと、郁は懸命に自分の脳に問いかけるが、欲しい答えは返って来ない。

「・・・いなかったと思うんだよねぇ。なんだろ?新人って括りでも無いだろうし」

「俺たちが今、置かれている立場だよなぁ・・・」

手塚でも予想がつかないらしく、真剣に考えながら首を捻っていた。

「教官たちに聞いてみる?」

「んー、どちらにせよ、拝命したことを報告しなきゃならんだろうな」

「そか。その時に何か分かるかもね」

いつも部下の成長を考えてくれていた頼もしい上官たちだ。知っていることがあれば、包み隠さず教えてくれるだろう、と期待の心持ちで堂上班に戻った二人だったが―――

 

「・・・そうか。2週間だな?了解した。隊長が言う通り、お前たちの底力を見せてやれ」

「全国の防衛部員、特殊部隊員かぁ・・・切磋琢磨して、しっかり成長してくるんだよ!」

 

 

上官たちは二人にエールを送るだけだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

4月も後半を迎えた関東図書隊に、全国の準基地以上に配置されている防衛部、特殊部隊から数名ずつの隊員たちが集合した。

訓練研修と銘打ったこの任務の初日、召集された全員に配られた参加者名簿を見ると、確かに玄田が言った通り、訓練を受けるメンバーは比較的若い隊員だと言えそうだ。しかし、その中でも郁と手塚は最年少組。同期にあたる隊員が東北から2名来ているくらいで、他は全て先輩だ。一番年上は、堂上たちの代だろうか―――それでも階級は二正止まり。そしてやはり、郁は紅一点。

更に、同行する指導教官たちを見てみると、緒形や進藤たちの世代が殆ど。見るからに厳しそうな顔ぶれに、郁は若干青ざめた。

 

手塚は、同時に配布された訓練研修のカリキュラム表を時間をかけて見ていた。

「手塚?何を難しい顔してんの」

「・・・なあ、現時点で知り得る情報から読み取れる、俺の予想だが」

「うんうん」

「当麻先生の総領事駆け込みから、世界レベルで日本のメディア良化法が悪法と呼ばれるようになって、世間の目が厳しくなってきてることは知ってるよな」

「うん・・・やっとそういう流れになってくれたって思ってるよ」

「その流れを受けて国は、銃火器の使用制限を要求する未来企画の提案を呑む形で大きく掲げて、民意を落ち着かせようとしてる。多分早々に、銃火器等の規制法が成立するだろうよ」

「なるほどね。今まで国がバックについてることに胡坐をかいていた良化委員会も、やりたい放題は出来なくなるんだ。でも、検閲自体は変わらず続けるわけでしょ?」

「ああ。そこは引けないんだろうな。となると、今後の検閲抗争は今までのようには行かなくなる。銃火器を規制されるってことは、実弾射撃は出来ないからな」

「ってことはぁ・・・肉弾戦?」

チラリと上目遣いで伺うようにした郁に対して、手塚はしっかりと頷いて見せた。

「このカリキュラム。戦闘訓練は格闘分野に重点を置いてる。射撃とかは一切無いんだ」

「今回の訓練研修は、今後の抗争を見越したもの、ってことだね。そっかぁ、だから若手を中心に集めたのかなぁ?」

「それだけじゃないかもしれないが、現実的に考えて、的外れでも無いと思う」

「うん。手塚の予想、間違ってないと思うよ」

隠すことなく、信頼の目で手塚を見た。目が合った瞬間、郁はにーっと口角を広げる。

「となれば、今回は格闘技術の向上と・・・」

「持久力アップ、だね」

「・・・だな」

 

二人で目標を定めることが出来た。更に防衛学の座学カリキュラムの内容と併せて、効率的な訓練メニューを組み立ててみる。それは二人だから出来る、最高の訓練となる予感がして、郁はわくわくした気持ちのまま訓練場への足取りを軽くした。

 

 

 

**

 

 

 

毎日午前に2コマの座学が設けられ、ここでは主に格闘のノウハウを基本からおさらいして、更に人体模型まで登場させて関節の可動域や、全身の“急所”と呼ばれる個所の徹底解説など、これまであまり時間を割いてこなかった分野の勉強をしていく。

これは肉弾戦になった時に有効な知識になるだろうと、郁と手塚は真剣に講義を受けた。

その新しく仕入れた知識を実践に活かすため、午後は本格的な格闘訓練。

柔道や剣道など、相手を倒すために技を覚える基本的な時間を経て、自由に技を掛け合うものや、バディを意識したチーム格闘など、多種多様な場面を想定した訓練になる。

そして一日の締めは、時間制限ありの持久走。散々体を動かして体力を消耗させた上に、更に走り込んで極限まで追い込む。

 

このスケジュールをほぼ毎日変わりなく2週間。5日目と10日目に休みが貰えるようになっていた。

 

 

 

4日目の夜―――官舎の一室では、リビングのラグにうつ伏せになっている郁の足をマッサージする堂上の姿が。

確実に疲労を蓄積させているであろう妻の身体を心配し、訓練初日から「マッサージしてやる」と申し出ていた堂上だったが、郁は丁重にお断りしていた。確かに訓練は厳しい内容であったが、特殊部隊で第一線を駆けてきたプライドに賭けて、早々に弱音を吐いてはいられないという思いが強い。

しかし流石に4日間も続け、明日は休みだと言われると、ドッと疲れが出てしまう。

「まだまだあと10日もあるんだぞ。少しでも疲労回復させておかないと、あのメニューは熟せないだろ」

「うーん・・・でもぉ、みんな条件は同じだし。あたしには、頼りになる旦那様がいるから、こうやって甘やかされてるけどさぁ」

「疲れを取ることも訓練の内だと思え。そして頼れるモノは頼れ!今は、俺に頼ってくれればいい」

「ん・・・ありがと・・・あつし  さぁ   ん・・」

疲れとマッサージの心地よさで、郁は寝落ちの様相。こうなったら一定の時間は目覚めないだろうと、堂上は郁の背筋にも手を這わせた。

程よくついた筋肉の向きに合わせて血流を促すように力を加えていくと、Tシャツの裾が少し捲れて陽に当たっていない真白な肌が露わになった。もう少し見てみたいという衝動に駆られ、悪戯な手が肌の露出を広げると、明らかに新しい痣のような痕が点々と見えた。

 

「・・・郁・・・これって・・・まさか・・」

 

堂上は郁の寝顔を見つめながら、込み上げるある感情を抑え込むのに必死になった。

 

 

 

 

**

 

 

 

「笠原、終盤の訓練メニュー改訂版だ」

「来た来た。・・・うわぁ、最後の最後に」

郁は半笑いで頬を掻いた。最終日の訓練には、ハイポートの文字が。しかも無制限とある。

「まさに、地獄のハイポートだね。ここで持久力がアップしたか、確認できるってことか」

そう感想を述べるだけにして、郁はプリントをファイリングして自席を離れた。

二人は訓練場へ急ぎ、背中合わせで準備運動を始める。

 

「今日もうちらの班は、渡部教官が就くのかなぁ」

「多分な」

「すっかり目をつけられちゃったねぇ。しかも、一番厳しい人に」

前屈しながらの声は、地面に吸収されなかった分が漏れるように聞こえた。

「厳しいが、一番的確な指導をしてくれる人だと思うぞ」

「うん。そこは教官たちに似てる気がした」

「そう考えると改めて、堂上一正と小牧一正が如何に優秀な指導者だったか分かるな。渡部教官よりはるかに若い時に、ベテラン隊員と肩を並べてたんだからな」

「そうだねぇ・・・その指導を受けて来られた、あたしたちは恵まれてるね」

交互に背中に乗りながら前屈のサポートをしていると、訓練開始の号令がかかる。

「・・・行きますか」

「よし」

先に立ち上がった手塚が郁に手を差し延べて引き上げると、目と拳を合わせてから一緒に走り出した。

 

 

 

 

**

 

 

 

「手塚っ!笠原っ!!遅れてるぞ!」

九州から来ている渡部は、連日容赦ない檄を飛ばしているが、訓練終盤に差し掛かってもよく通る声を枯らすことなく指導にあたっていた。

始めは訓練生全体に目を光らせ、各基地から提出されている個人データと照らし合わせながら見ていたが、初めての休日が過ぎた辺りから、何故か郁と手塚のペアに格段に厳しい言葉をかけるようになった。

郁が思うに、二人の動きが悪いことが原因であろう。全体の中で飛び抜ける部分は無く、記録が伸びず、何をしても遅いと言う感じであった。元々二人の持つ記録はハイレベルなものを示していたので、データが間違っていたのか?と思わせるくらいの差がある。だから渡部には、「弛んでる」「やる気が無いのか」と散々な言われようだった。

 

今日もそんな怒号が飛び交う中、玄田がふらりと様子を見に来ていた。

この研修の責任者として、関東の防衛部長と共に名前を連ねている東北の防衛部長が、明らかに残念そうにしながら玄田を迎え入れた。

 

「やってますねぇ」玄田はニヤニヤしている。

「キミの所の二人だよね、渡部君に怒鳴られてるのは」

「そうみたいですねぇ」

「あれが続いてるんで、どういう状況なのか渡部君に聞いたんだが。渡されてるデータと随分違っているんで、指導側も困っているようだよ」

間違ったんじゃないのか、という質問に、玄田は笑った。

「データは正確です。もしそれとは違う結果になっているとしたら・・・それは奴らに考えがあってのことでしょう」

「考え、とは?」

「今回の研修の趣旨は話さないようにお願いしましたよね。あいつらは本当の目的を知らないんです。知ったからと言って、何かが変わるわけではないでしょうが、この研修の存在すら知らない奴らだから、敢えて言わずにいるんです。それは、研修内容に関わらず、その時に己が出来る一番の努力を怠らないようにすることを学ばせたいと思ってのことです。実際、奴らは自分たちで目標を立てて訓練に励んでますよ。だから、データがどうのと言うのは・・・まあ、最後まで見てから言ってやってください」

言ってニヤリと笑う。つくづく、何処までも喰えないヤツだと思わせるような表情だった。

 

 

――あと5日。お前たちの底力、見せてみろ!!

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

連日、渡部に怒鳴られている姿を見ているからだろう。共に訓練を受けている仲間から、若干揶揄いの目で見られていることに、笠原が漸く気付いた。最終日だぞ!俺は早い段階で気付いていたけどな。

「もう!言ってくれればいいじゃーん!」

「何をだよ。『あいつら、俺たちをバカにしてるぞ』って、そんなこと聞きたいか」

「うーん・・・それは嫌だけどぉ・・・でも、だからこそ、早く気付いてた手塚は、ずっと嫌な思いしてきてたでしょ?そういうの、黙ってないで話してよぉ」

最後に笠原は「バディなんだから」と付け加えた。

 

――バディだから。良いことも悪いことも共有したい

 

笠原の声なき声が聞こえた気がした。

堂上一正と笠原の結婚が決まってからずっと俺の中で燻ってたモノは、時折笠原が発する「バディ」という言葉によって解消されてきているように思える。それに気付いた時、俺は少し恥ずかしく、そして情けなく感じた。

 

俺が一番に恐れていたこと。それは、笠原とのバディを解消されること。

ずっと――それこそ図書隊員でなくなるその日まで。俺のバディは笠原でいて欲しいと、心から願って、子供のように駄々をこねていたんだ。

だから、俺をバディとして認めてくれる笠原に安堵する。

 

 

「・・・バディだから、俺はお前が瞬間湯沸かし器なのを知ってて、余所の奴らの揶揄いを話さずにいたんだ。喧嘩にならずに済んだろ。有り難く思え」

「むっ!あたしだってね、そっちも成長してるんだからね!簡単に腹を立てて喧嘩になんかならないよーだ!」

「成長してるヤツが『よーだ!』とか言うか。子供だろ、どう見ても」

「くーっっ!アンタは昔っから大人びていらっしゃいましたもんねー!ジジイだ、ジジイ!」

調子に乗った笠原の軽口に、思わずヘッドロックをお見舞いしてしまった。瞬間、眉間の皺を深く刻んだ上官の「子供かっ!」というツッコミが脳裏を過った。それはちょっと懐かしい頃の。

騒がしいとは思うが、笠原とはいつまでもこんな関係でいたい。

密かな願いを胸に仕舞って、笠原の頭を抱えたまま、俺たちは訓練場へ向かった。

 

 

 

**

 

 

 

二回目の休日明けから、午前の座学に代わって、関東図書基地に入隊した新人たちの教育隊と、戦闘員としての基礎訓練をするカリキュラムになっていた。今日もこれから後輩となる若い隊員と、共に汗を流す時間だ。

「そう言えば。新人教育隊と合流するようになって思いついたんだが――――

 

手塚が新たな見解を話そうとした時だった。二人の傍らを顔見知りの防衛員が駆け抜けていく。彼が向かった先には、関東の防衛部長。何やら慌てた様子で報告しているのが見えた。

小走りに近付くと「検閲」という言葉が耳に飛び込んでくる。郁と手塚は互いに顔を見合わせ、更に部長の所へ走り出した。

「部長、何かあったんですか」

「ああ、先程、検閲執行のFAXが届いたそうだ」

「対象図書の搬入でもあるんでしょうか」

「いや、多分、館内イベントだろうと」

「館内?!」

二人は再び顔を見合わせた。郁はすぐに記憶を辿るような仕草で、ちょっとして思い出したとばかりに顔を上げた。

「柴崎がイベントの企画書見せてくれた。警備の規模を相談されて・・・その時に、閉架書庫から数冊展示するつもりだって言ってたから、それかも!」

「どこからか情報が漏れたのか・・・とにかく、すぐに地下へ戻した方がいいでしょう」

「それが、会場は第二会議室なんですが、責任者が不在で鍵が無いんです」

「不在って、どうして?!」

「イベント自体は明日からで、今日は責任者が公休日。どうも会議室の鍵を持ったままらしく・・・」

「マスターキーは?」

「マスターキーは後方支援部管理になっていて、然るべき書類を提出しないと借り出せない物なんです。なにせ、マスターキーですから。あらゆるところが開けられてしまいますから。で、その書類を揃える時間が・・・」

「鍵が到着するまで、タスクで館内侵入を阻止するしかないですね」

状況を逸早く呑み込んだ手塚が、最良の策を告げたが。

「待って・・・今日って、宇田川班と佐藤班が公休日だったよね」

「あと、川島班も・・・って。笠原、気付いたか」

「うん。偶然なんだろうけど、俊足の隊員が休みだね。普段なら、堂上班でカバーできるけど、あたし達って抗争参加の許可が下りてないよね?」

二人同時に顔の向きを変えた。鋭い視線を向けられたのは、防衛部長だ。

「部長!あたし達に、抗争参加の許可をください!」

「え、いや、君たちが居なくても・・・」

「はい。俺たちが居なくても、タスクはしっかり機能します。ですが、今回は館内への侵入が分かってます。出来るだけ建物に被害が出ないようにするには、飛び道具は極力控えなければなりません」

「相手の攻撃に、素直に銃火器で応戦してたらダメです。接近戦に持ち込むためには、敵より先回りして迎え撃ちたい。でも、相手の侵入を待ち構えているばかりでもダメ。敵と共に走れるように、足を武器に出来る人材が欲しいはずです!」

「少しでも足が使えるように、俺たちが合流します」

「部長!お願いです。ここで、隊長に代わって許可してください!」

深々と頭を下げると、背後から「行かせてやってください」と声がかかった。渡部だ。

郁と手塚は驚きながらも、気持ちを汲み取ってくれた渡部に頭を下げる。

 

「わかった。許可しよう」

「「ありがとうございます!」」

もう一度揃って、勢いよく頭を下げたと思ったら、状態を起こすのと走り出しの一歩は同時だった。

郁が「午後の訓練には戻ってきまーす!」と嬉しそうに声をあげた時には、二人の背中はかなり小さく見えていた。

 

「・・・あいつら、あんなに足が速かったか?」

 

それは、連日二人に怒号を浴びせていた渡部から、思わず零れた声だった。

 

 

 

 

**

 

 

 

郁と手塚がタスクに合流すると、堂上は目を瞠って驚いた表情をしたが、同時に小牧と共に力強く部下の肩に手を置いて「よく来た」と誇らしげに言った。

「会議室に辿り着かれて、ドアを破られることを想定すると、やはり鍵が届き次第、地下へ格納するのが一番だ。今のところ、どのタイミングで鍵が届くのか分からない。多分、マスターキーの書類が揃う方が早いだろうとは思うが」

「二人が居ない配置を考えてて、実は煮詰まってたんだ。来てくれてホント、良かった」

小牧が本音を零すと、郁は嬉しそうに顔を上げた。

「今日は体が軽いですから、いくらでも走れる気がします!」

「・・・最終日、だからな」

堂上が意味深に呟くと、手塚がハッと息を呑んだ。

「堂上一正・・・知って・・」

「まあな。因みに、郁が喋ったわけじゃないぞ」

「え?!なに?何のこと?」

話の掴めていない郁の様子に苦笑しながら、堂上は「いいから、作戦練るぞ」と誤魔化した。

 

 

 

 

**

 

 

 

検閲執行開始時間の10分前に、マスターキー借り出しの書類が整った。すぐに後方支援部へ提出され、いくつかの押印を経て鍵と共にタスクに届いた。

「来たぞ!笠原、手塚っ!頼んだ!」

「「了解ですっ!!」」

 

すでに良化隊が基地敷地内に雪崩れ込んできた、という報告が入っていて、郁と手塚はいつもより余裕の無い状況の中を走らなければならなくなっていた。

まずは第二会議室へ。中から展示してある図書を持ち出し、地下の閉架書庫への格納する、という比較的直線コースが多い道のりで、目を瞑ってもイケそうなくらいなのだが・・・第二会議室に到着する直前に聴こえてきた無線で、無情にも良化隊の館内侵入を許したことが告げられた。

「手塚、やっぱり、展示場所もバレてると思った方がいいよね」

「だろうな。館内侵入されるのが早過ぎる。集中して狙われたんだろ」

となれば――― 一気に会議室に辿り着いてしまう可能性が大きい。時間の余裕も無さそうだ。それからは互いに無言で、走る事だけに意識を集中した。

 

会議室の鍵は郁が解錠した。瞬時に体をドアの隙間へ滑り込ませて、薄暗い室内をペンライトで照らす。鍵を待っている間に柴崎から得ていた情報を基に、図書の位置を頭に叩き込んできたので迷いはない。二人とも数歩で目的の場所に辿り着き、郁の背嚢に図書を入れた。

ここまでかかった時間は僅か。一瞬のアイコンタクトを取ると、手塚は無線に「地下へ向かう」と短く報告した。

来た時と逆の手順で廊下に出て、躊躇うことなく地下への階段に足を向けた。

 

 

 

利用者も足を踏み入れられる会議室のある場所と、地下や庁舎への通路がある場所とは正反対に位置している。つまり、郁たちは図書館の端から端へと進んでいかねばならない。

検閲対応で利用者を避難させた静かな館内を駆け抜けることを想像していた二人だが、それは甘かったと悟る。メインホールに近付くと、格闘中であろう音が響くようになった。

郁は無線に手をかける。

「こちら笠原。良化隊はどこまで来てますか」

>>こちら青木。ロビーで3名確保

>>こちら田中。侵入時の人数は多分6名

 

報告を受けながら、頭の中で館内地図を転回させる。ふと、普段と違う違和感を感じた。

「一正たちは何処にいるんだ?!」

「・・・もう一度呼び掛けてみる」

違和感は、堂上と小牧からの返事が無い事だ。

 

「堂上教官!小牧教官!何処にいますかっ?!」

ちょっとして、無線からガガッと雑音と、荒い呼吸が聞こえてくる。

 

>>こちら小牧・・・ごめん、良化隊を相手してて

>>堂上だ・・・何とか2人沈めた

「もう一人、居ませんでしたか」

>>いや、貸出カウンターの奥には2人しかいなかった

 

郁と手塚は視線を合わせた。

「どう思う?カウンターまで3人で来たとして、ひとりになっても奥まで進むかな?」

郁の疑問に手塚が思案の様子。暫し黙って返事を待つが、郁の中には一つの答えが見えていて、それと同じ事を手塚の口から貰えると思っている。

手塚が無線に手をかけた。

「こちら手塚。田中一正、良化隊の侵入は7人ということはありませんか」

>>こちら田中。一気に攻め込まれて、正直全体が見えてなかったんだ。もしかしたら居たかもしれない

 

二人のやり取りを聞いて、郁は満足気な表情を見せた。

「絶対、バディを組んで進んでるよね」

「ああ、敵の陣地内だ。いくら腕に自信があっても、一人で突破するなんて無茶なことはしないな」

双方の確認は取れた。

「2対2だ。行けるな?」

「もちろん♪」

軽やかに足を運んで、二人は地下への階段へ向かった。

 

 

 

**

 

 

 

この書架の森を抜ければ、トイレとエレベーターなどの公共ゾーンだ。その更に奥へ回り込むと、地下への階段が見えてくる。

俺の頭の中に浮かぶのは、最短コースで行ける完璧な配置図だ。まるでCG加工されたかのように、進むべき道が一本の光る線となってナビのように動く。それに逆らうことなく笠原を導くように走っていると、いきなり後ろから腕を掴まれた。

 

「手塚、いる!」

 

笠原の短い言葉は的確で、俺はすぐに身構えることが出来た。

腹に力を入れた瞬間、横からの衝撃で近くの書架に体を打ち付けられた。

 

「やっぱり、二人か!」

 

俺は滑り込むような形で良化隊の二人の間から背後へと抜け出した。

二人が振り返るタイミングで床ギリギリの回し蹴りをお見舞いし、右側のヤツが倒れたのを確認した。もう一人には、俺自身が低く飛び込んでタックルした。

 

「笠原!」

「おっけー!!」

 

それは妙に明るい声に感じた。

だから見てみたくなったんだ。

敵を倒す笠原の雄姿を。

 

 

俺が視界の端に笠原を捉えた時、さっき足を刈った良化隊員が起き上がろうとしていた。

そいつに向かって笠原は、背嚢を下ろして持ち直し、円盤投げのように振り回した。

笠原の身体が反転すると、背嚢の中身が敵の頭部にクリーンヒット。ぐはっと呻き声をあげて、そいつは真後ろにひっくり返った。そこへ鳩尾に膝を入れてマウントを取る笠原。

 

無駄な動きは皆無だった―――

 

 

 

 

**

 

 

 

「確保――っ!」

 

郁の声が館内に響いて、それを目指してタスクメンバーが集まった。

「手塚、笠原!無事かっ?!」

「きょーかん、大丈夫です!」

飼い主を見つけた仔犬のように、郁は喜びを隠さずに返事をした。

「図書も、無事だな?」

「は  ぃ・・・えーっとぉ・・・多分?」

「何した」幾分トーンが低くなった。

「背嚢を武器にして振り回しました」

拳骨覚悟の郁に代わって、手塚が的確に答えてやる。

「だって、思ったより分厚い本だったんだもん」

「ぐはっ!・・笠原さん・・・まさか、その一撃で?」

「はいぃ・・・思いっきり殴ってしまいましたぁ」

申し訳なさそうに肩を窄めたが、堂上の手が頭を撫で始めたのをきっかけに、少し気持ちが浮上した。

 

「この2週間の訓練の成果だな。全身の力を上手く使えたみたいじゃないか」

 

堂上の嬉しそうな表情を目の当たりにして、郁と手塚は手放しで自分を褒めてやれた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

午後になり、訓練研修の最後を飾る『地獄のハイポート』が始まった。検閲抗争に参加した郁と手塚も合流している。

これがメインイベントだったと思わせるような、一際賑やかな応援団もグラウンドの脇に陣取っていた。

 

「もっと腕上げろ~~!」

「ペース配分間違えるなよー!!」

「頑張れ~~~!」

 

楽し気に声を響かせるのは関東特殊部隊の面々だ。みな、郁と手塚の雄姿を見届けようと、抗争の後始末を速攻で終わらせてやって来た。

 

「手塚ぁ!笠原ぁぁ! いい感じだぞ~!」

 

進藤が思わず叫んだように、二人の走りは本当に素晴らしかった。

これまで何度も訓練で見ていた走りとは違い、格段に身のこなしが軽い。銃を持っているとは思えないくらい、リズムの良い足運び。

 

「ホントに、二人の努力の成果だね」

「ああ・・・何も教えてもらえなかった中で、よく気付いてくれた」

 

堂上と小牧が、自分たちが育ててきた宝物のような部下たちを眩しそうに見つめる。

玄田も横に並び、「流石、ウチの末っ子たちだ」と満足の頷き。

そこへ、指導教官の輪の中から渡部が歩み寄ってきた。

 

「失礼します。今回、指導教官を務めさせていただいた渡部です。あのぉ・・・手塚、笠原、両三正のデータに間違いは無いと聞きましたが。訓練中の二人は自己ベストにも及ばない記録しか出せていませんでした。しかし、今の走りを見ると、確かにデータは間違いで無かったようです。一体、どんな意図があったんでしょうか」

「俺は、今回の研修の目的を二人に話してないんだ。各自で目標を決めて励め、と。だたそれだけしか言わずに送り出した」

「でもあの二人は、何か意図があるはずだと考えて、少ない情報からこの研修の意味を見つけようと努力しました。そして、見事に正解を見つけた」

「銃火器を規制された後の戦いに耐えうる肉体づくり。その答えに辿り着いたから―――

 

堂上はグラウンドの向こう側を一定の速度を保って走る、愛おしい妻の姿を視線で追った。

 

「二人は昨日まで、腰にウエイトベルトを巻いて訓練してました」

「えっ・・・」

渡部は驚いて、グラウンドに顔を向けた。

「タスクの訓練でも、時々負荷をかけてますが。明らかにいつもより重いウエイトで、全ての訓練を熟していたんです。多分、最終日の今日はそれを全て外す、という所まで計画していたと思います」

「走りも軽くなっていますが、筋力もかなりパワーアップ出来たみたいですよ」

小牧が思い出し笑いのように吹き出した。多分思い出したのは、郁の背嚢回しだろう。

 

「元々、足の速いやつらだ。更にタイムアップ出来れば、堂上班の遊撃性を更に強化する形になる。加えて紅一点の笠原が、肉弾戦でも一定の攻撃が繰り出せる隊員になれば、コイツの心配も多少は軽減されるだろうよ」

玄田は堂上を横目で見ながら、くくくっと喉を鳴らし始めた。

「隊長、それは無理です。堂上にとったら目に入れても痛くない、可愛い可愛い嫁ですから。いくら笠原さんが強くなっても、どこまでも心配はしちゃいますよ」

玄田と小牧は意味ありげに目を合わせて、うひひと笑い合った。堂上は眉間に皺を刻んだ苦い表情だ。

 

 

 

「うおーっ!とうとう二人に絞られたぞぉ!」

「どっちが先にギブするんだぁ?」

 

グラウンドを走るのは、郁と手塚の二人のみ。その状態になってから更にかなりの時間をかけて、最後の手塚が足を止める形で訓練が終了した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

足を止めると同時に膝から崩れ落ちた。

もうどれくらい走り続けたのか分からなくなっている。

笠原は、確か3周ほど前に脱落したはずだ。

 

俺と笠原だけ走る時間があった。

それだけで、今回の訓練で俺たちが考えた試みは正解だったのだと思える。

 

一度仰向けになって空を見た。

深呼吸をして起き上がると、トラックの外から歓声が聞こえた。

タスクのみんなが、拍手をしたり手を振ったりで労ってくれている。

 

その中に笠原が、堂上一正の隣りで肩が外れるんじゃないかと思わせるくらい手を振って笑って叫んでいた。

 

「てづかーっ!すごーぉい!!」

 

ここからだと遠いが、俺には分かる。

きっとお前・・・涙目になってるだろ(笑)

 

 

 

 

 

銃を肩に背負って、みんなの所へゆっくりと歩いた。

「手塚、笠原、よく頑張ったな」

堂上一正の手が、この時ばかりは差別なく、俺と笠原の頭に乗って乱暴に撫でられる。

こんな嬉しい思いを、笠原は数えきれないくらい経験していたんだと知ると、少しばかり嫉妬の念が湧いた。

 

「抗争の時も、いい判断だったね」

「そうだな。お前たちの成長を見せてもらったな」

この上なく嬉しい言葉だ。

 

「抗争に参加させてほしいと言った時の、あの状況判断も素晴らしかった」

渡部教官からも賛辞をいただく。驚いて、笠原と何度も顔を合わせてしまった。

「君たちは、バディとしても完成してるんだな。それが分かる瞬間だった。お互いに足りない部分を補って、一緒に成長しようとする気持ちも理解できた」

「え・・・」

「ウエイトを巻いて負荷をかけてたんだって?しかも、訓練の目的を知らずに、自分たちで考えて」

「はい。今後の銃火器規制に対応するためだと思ったんですが・・・違いましたか?」

遠慮気味に伺うと、小牧一正が親指を立てて「正解」と答えてくれた。

 

――あ。もう一つ、思い当たったことが・・・

 

 

 

「正解だが。実は訓練研修の目的は他にある」

 

隊長が、副隊長が。

堂上一正が、小牧一正が。

タスクの先輩方が。

一様に頬を緩めて、それでいて誇らしげに。

 

 

 

「これはな、新人教育隊の指導教官を育成するための研修だ!」

 

 

―― 嗚呼、やっぱり!!

 

「え?・・・ええっ?!」

笠原の反応は予想通りだった。そして、コイツを宥める堂上一正の優しい表情も想像通りだ。

 

 

「二人とも、きっと立派な教官になれるよ」

「これまで通り、励め!」

 

 

笠原と、敬礼で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

俺たちの未来が

 

少しだけクリアに見えた気がした

 

 

 

笠原―――

 

お前にも同じ未来が見えてるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

fin

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究極の選択

comment iconコメント ( 14 )

別冊Ⅲがここに!

まるで、原作に付随した別冊Ⅲを読み終えたような充実感でございます。あ、時期から言うとⅠとⅡの間か。

いやいやいやいや。手塚、愛おしい…
結婚して、公私共に寄り添う存在になった堂上さんに対して抱く嫉妬(?)、かわいい♡
「俺の立場は!?」って悩んでるのが、真面目な手塚らしい(笑)
郁ちゃんの自分に対する想いを知れて、嬉しくて安心する手塚、かわいいぞ。バディとして、何年も共に成長してきたんだもんねー
(私としては、手塚が自分が図書隊最後の時まで郁ちゃんとのバディを望んでくれていたのが、超絶うれしい!)

篤さんからのマッサージのとこ、好き!
「寝こけた嫁の肌を見たくて、触りたくて、イタズラ心で服をめくったら、ウェイトの跡が見えて…」って正直に言ってご覧なさい?
うひひひひひ(´罒`)

あなたには、スランプってないのなー
いいなー
こんな素敵なお話、私も書きたいー(><)

名前: aya@屋根裏部屋 [Edit] 2017-04-29 05:57

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名前: - [Edit] 2017-04-29 10:36

スゴい😆

今晩は🌃バディと尊敬する上官の結婚とそれに対する手塚の感情。そんな中で参加を打診された研修。本能と野性の感の郁ちゃんとその真意を理解して取り組む手塚の対照的な二人。でも思いは一緒で最高のバディです🍀読みごたえがあり、スゴク楽しませて頂きました❗

名前: torotan [Edit] 2017-04-29 20:24

堪能いたしました! 大満足です。
恋愛が絡む人間関係に少しばかりニブイ手塚が、感情に混乱気味なのを自覚して、結局自分で見極めていく様子を丁寧に見せていただきました。郁ちゃんは迷いなくバディとしての手塚を信じている。そんな二人を見守るタスクメンバー。いやぁ、楽しかったです♪
篤さんのイタズラな背中めくりまで、オチが胸が熱くなるって… もう、タマランです(泣)

名前: サフィー [Edit] 2017-04-29 20:51

ayaちゃんへ

わぁぁ!!原作に付随とか、嬉し過ぎる~~!!ありがとー♡
確かに、今作は改めて原作を引っ張り出して、年表と睨めっこして書いたものであります。
が・・・どうしても原作の中でタイムラインが合わなくて・・・(;´・ω・)
郁ちゃんたちの教官拝命は、結婚から二年後って革命編のエピローグにあるんだけど。
でもね、原作の他のとこ読むと、どうしても一年後のタイミングなんだよねぇ。
(有川センセ、もしかして勘違いしてるのかな?)
結婚の翌年に教官職拝命ってことで、ウチの過去作も動いているので悩むのやめたww

朴念仁な手塚もいいけど、私は堂郁が付き合い始めてからの手塚を妄想するのが好きで。
バディの恋愛に少なからず刺激を受けて、自分のことも時々振り返ってみたりしたんだろうなぁ・・・と。
その時、柴崎の顔が浮かんでたりしてたのかなー?とか、ニヤニヤしながら書いてて。
途中で確認のために原作読みだして、「背中合わせの二人」を読み始めてしまったら、泣けてしまったのだよ( ;∀;)
今まで、特別思い入れが無かったんだけど、結構な号泣だったよ(笑)

教官のマッサージ。
翌日には隊長にウエイトのこと話してる設定なんだけど。
どうやって知ったのか、話すかなぁ?どうかなぁ?って考えて、そのシーンはカット。
まだ結婚したばかりだからね。弄られるから黙ってた、かな?ww
細い体で負荷かけて、研修に目的をもって挑んでる郁ちゃんと手塚を知って、上官として嬉しくて堪らなかったと。
嬉し過ぎて、抱き潰したかったと(笑)そこは確定でw

スランプ?ネタ帳が埋まらなくて不満だよ(笑)
そろそろ あやちゃんとコラボしたいかもよ~?(*'▽')
なんか無茶振リストから投げられてないの?(*´艸`*)

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-04-30 03:12

ぴーさんへ

ありがとうございますm(__)m
pixivの頃から思ってたんですが、皆さん、長編小説好きですよね~ww
そして、読むの早い!!私、自分の作品でも時間かかるんです。。。

郁ちゃんは、悩んだら斜め上思考で誰かが捕まえないと地に足着かないけど。
手塚は自分で一つずつ自己分析して絡んだ糸を解いていくんだろうな、って思います。
この時期の手塚が何気に好き♡
だからついつい長い話になってしまうのです。。。

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-04-30 03:17

torotanさんへ

ありがとうございますm(__)m

もしかしたら手塚、堂上さんと郁ちゃん、両方に嫉妬してるかも?(笑)
どっちも好きで、大切で、離れたくない存在なんだろうな。

ホント、対照的な二人だけど、ピッタリと形が合う感じもある。
不思議でカッコいいバディですよね。

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-04-30 03:21

サフィーさんへ

ありがとうございますm(__)m

兄弟喧嘩、仔犬のじゃれ合い・・・など。
手塚と郁ちゃんは、何だかんだ言って仲が良いって形容されてる。
モノの捉え方は正反対かもしれないけど、バディへの想いは似た者同士・・・かな。
そういう最高の関係になれたのも、タスクの皆さんの支えがあってこそ、でしょうね。
堂郁の結婚は、それはもうタスク挙げてのお祭り騒ぎでしょうけど。
それと同じくらい、手笠の成長を手放しで喜んでいると思います(*'▽')

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-04-30 03:28

いやん、手塚目線。
悶えた。何で、読みたいと分かったのだ?手塚目線。
素晴らしかったです。
読み終わって感動して泣いてしまった。
職場でランチしながら。

最強のコンビですね、この二人。
いろんな事を乗り越えて、絆が更に強まって、
今の二人があるのですね。
教官方の見守り方も最高でした。
人を育てるって事は、そういうことですよね。
そして、それにちゃんと応える二人が最高!
だから、チームが出来上がるのでしょうな。
お互いがお互いを尊重して、信頼しあって、
高めていく。
いや、ダメ、また泣けてきた。

もっと読みたい!!!!
はよーーーー。次も。(笑)
ありがとうございました。

名前: kiko [Edit] 2017-05-01 12:09

kikoちゃんへ

いやん(/ω\)って(笑)
kikoちゃん、前作のコメで手塚の話、リク投げしとるがな(笑)

あまり複雑なネタが浮かばなくて単発モノになりましたが。
泣くほど喜んでもらえて光栄です♡

人に言われて何かをやる、ってのは誰だって出来るよね。
でもタスクが直面する最前線では、誰かの指示を待ってる時間は無いから、個々の判断が出来るってところが大事で。
そういう人材を育てようと思っても、なかなか上手くはいかないものだろうなぁって。
kikoちゃんが言う通り、手塚と郁ちゃんだから隊長たちの真意を読めたんだろうな。


さて。kikoちゃんには、連続モノってリクを頂いてたね。
新たなネタは浮かんでないんだけど、あるシリーズの続きは・・・ちょっとだけ書いてたりするんだなww
季節がズレてしまったのだが(;´・ω・)
近々完成になるといいなー・・・

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-02 03:21

手塚と郁ちゃんのバディ、さすが!

 こんにちは。郁ちゃんと堂上さんが結婚して、手塚の中に、バディ解消という不安があったんですね。でも郁ちゃんの迷いない答えに安心する手塚。研修の目的を二人で考察し、最終日に向けての取り組みとか、読んでて楽しかったです。途中での検閲での郁ちゃんらしい戦いぶりに、やっぱり郁ちゃん、流石だわ!隊長を始め、タスクの諸兄達、堂上さんと小牧さんの見守りにも、うんうん、そうだよね~と納得。そして、錬成教官の研修だったという事実。成長した部下に嬉しさ倍増ですね!研修を終えて、堂上さんから頭を撫でられた手塚の嬉しい顔を想像すると、良かったね❤と心から言ってあげたくなります。すてきなお話ありがとうございました!

名前: うりまま [Edit] 2017-05-02 14:38

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名前: - [Edit] 2017-05-03 23:53

うりままさんへ

ありがとうございます(*'▽')

今まで性別を越えた関係って感じだったのに、「やっぱりお前は女だったんだな」的な感じで嫁にいってしまった。
手塚は郁ちゃんをちゃんと女性として改めて見て、このままでいいのか?と疑問に思ったでしょう。
もしかしたら、堂上さんに遠慮しちゃう・・・みたいな気持ちも生まれたかも。
確かに、堂郁バディってのもきっとしっくり行くんだと思うけど。
でもね、でもね、手塚と郁ちゃんの同期バディだからこそ!!ってのが絶対にありますよね!!
堂上&小牧バディのように。

二人の未来の姿は、すでに決まっているようなものです。
身近にいる素晴らしいお手本の二人を見てたら、いい教官になれないはずがない!!
未来は明るいですっ♪

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-04 01:06

nonorinさんへ

バンザイ\(^o^)/いただきました♪
ありがとうございます(*'▽')

兄弟感たっぷりの手郁。
そのじゃれ合いっぷり、大好きです♡
末っ子兄弟が生き生き出来てるのは、やっぱり玄田さんたちが温かく見守ってくれてるからですよね♪

朴念仁2号の手塚は、麻子様に調教してもらって・・・(笑)
そこもある意味、強い同期の絆ですもんねー♡

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-05-04 01:13

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