今作は予告通り、過去作3本と時系列で繋がっています。
4「君は太陽」











君は太陽

 

 

 

 

 

「いちばんぼーしーみぃーつけたぁ!」

 

子供のように笑顔を浮かべて空を見上げると、少しだけ節をつけて嬉しそうにそう言った。

コロコロと小さな鈴が転がり響くみたいな声の持ち主は、きっと暫くはこっちを見ないだろう。

図書隊の覆面車に乗り込む前の、ささやかな息抜きの時間。

俺は自分でも驚くほど穏やかな気持ちで、そいつの横顔をそっと見つめた。

 

 

 

 

 

堂上班が稲嶺顧問のお宅と基地を往復する現在の任務は、特殊部隊以外には極秘とされている。だが、通常業務から班ごと外されている状況が長く続けば、敏い人間なら何かしらの予測は出来るだろう。そろそろ―――限界が近づいているのかもしれない。

 

作家の当麻蔵人先生を図書隊で匿うことになり、俺は単純に先生のファンとして逸る気持ちを持ったままこの任務に就いた。

世間を賑わす事件に巻き込まれてしまった先生。ご本人が事件を起こした訳でもないのに、作家人生を絶たれるんじゃないかという話にまで発展している。メディア良化委員会によって、先生が自由に表現する権利を完全に奪われそうになっている状況に、些か腹が立つ。

そんな俺の思いは、ファン心理からくるものなのかもしれない――と、図書隊員としての立場から見たら公私混同と言われてもおかしくないことに気付いて、恥ずかしさが込み上げた。だが、それは考え過ぎだったようで。

 

「世の中に蔓延する善と悪のどちらを選ぶかは、個人の自由です。そして、どちらを選んでも誰かの真似事ではなく、個人の思いが反映されたオリジナルです。だから、いくら犯人が先生の作品を模倣したと証言しても、事件は犯人のオリジナルであって、先生は事件とは無関係です!罰せられるべきは犯人なんですから!!」

 

図書隊の寮から稲嶺邸へ潜伏場所を移動した時、事態が良くない方へ向かっていると悲嘆した当麻先生を熱く励ましたのは笠原だった。その言葉は、少なからず先生と同じように不安を感じていた俺の心も浮上させた。

 

「先生、大丈夫ですよ。図書隊は単に本を守っている訳じゃないんです。本に関わる全ての人の想いごと守る――それが図書隊の理念だとあたしは思ってます。

 小説の中の出来事を真似ても、先生が世の中に発信し続けている想いは誰にも真似できません。だから、先生は書き続けていいんです。絶対に書くべきです!」

 

 

 

 

 

「―――お前のお陰で、この任務も続けられてるな」

「きょーかん、何か言いました?」

顎をちょっと上げて空を見ていた角度のまま、顔をこちらに向けて横目で問いかけられた。

「いや、何にも」

 

今の笠原に、俺の複雑な想いを説明するのは困難だ。だからついつい素っ気ない返事になってしまう。少しだけ申し訳ない気持ちも生まれるのだが―――

 

「あ、ごめんなさい。ぼーっと空見上げちゃいました。なんか・・・当麻先生にも自然を感じられる時間を与えてあげたいなぁ・・・とか考えちゃって」

 

早く普通の生活が出来るようにしてあげたいですね、と付け加えた笠原は笑顔だった。

この笑顔に俺は―――俺たちは、幾度も救われてきたんだと思い知る。

笠原が笑うと、何の根拠も無いが大丈夫な気がするから不思議だ。

 

「教官、帰りましょう!遅くなったら、また進藤一正に叱られちゃう!」

「ふっ・・・あれは叱ってるんじゃなくて、ダダ捏ねてるって言うんだ」

「あははは!コドモですね!!」

 

 

 

俺はこの時―――

特殊部隊の中で笠原の笑顔は、「一番星」なんじゃないかと思っていた―――

 

 

 

◆◆

 

 

 

基地と稲嶺邸を行き来しながらの任務は、正直キツイものだった。

体力的にはまだまだ若いこともあって心配は要らなかったが、精神的な疲れが溜まっていく感覚があった。それが徐々に体力も奪っていくようで、特別警備を始めて一か月を越えた頃からは、用が無くても基地勤務の時間帯に休みを貰うようにしようと、堂上班全員で話し合って実行している。

だが、堂上は休むと言っても事務室に居るし、何やらちょっとした事務処理の仕事を引き受けたりしている。そんな上官を見て、郁だけゆっくり休める訳もなく―――

 

「笠原。いいから寮に戻ってろ」

「いえ、今日は大丈夫です。今週は一度お休み貰いましたもん」

「・・・今朝、朝礼中眠そうだったぞ。副隊長が心配して声かけてくれたのに、返事できなかっただろ」

「えっ!ホントに?!」

「ほら、覚えてないくらい疲れてんだ。ちゃんと休んでこい」

「えーっ、でもぉ・・・」

「堂上、その仕事、本来の担当者に戻していいから。お前こそちゃんと寮へ帰って休んで来い!」

二人の会話に割り込んできたのは、事務室内の空気を読むことに長けている緒形だ。

 

「お前が休まないと、笠原だって落ち着かないだろ。上官だからとか、班長だからとか、そんなもんはこの際いいから。休める時に休め!こんな状態でも、検閲が来るとなったらお前たちにも集合かけなきゃならんのだから」

 

決定打は最後の一言だった。「検閲」と言われて、それに立ち向かう準備を出来ていない自分など想像出来なかったし、したくなかったのだろう。堂上は幾分、渋々といった態で帰寮することにした。

その割に、自室のベッドに四肢を投げ出せば睡魔は簡単にやって来て、夢見ることも忘れ短い時間でたっぷりの休息を取れた。

 

 

 

**

 

 

 

基地内での日勤を終えるのは、稲嶺が自宅へ帰る時。顧問付きの運転手兼ボディーガードとして基地を出る。それまでは出来る限り防衛方の仕事もしつつ、夜警に向けて体調を整え準備する。気の抜けない毎日ではあるが、これらのローテーションをずっと堂上と組んで熟している郁は、自分の中で高揚感にも似た気持ちに押し上げられているような感覚で過ごしてきていた。

 

始まりは、夢のような一日だった。

密かに交わされた堂上との約束が、漸く果たされたあの日。事件が起こらなければもしかしたら一日が終わるまで、それは自然な流れで二人きりの時間が続いていたのかもしれない。そんなことを考えると、少し残念な気もするのだが。

あの日から、何も変わらず当麻の案件に真剣に携わる堂上が、息抜きの時間に時折見せるふとした表情が柔らかいものだと思えた時、「教官もカミツレのお茶のことを思い出してくれてたらいいなぁ」と郁は考える。それだけで、あの日堂上が見せてくれたレアな表情が脳裏に浮かんで、そんな想い出が出来たことが幸せだと感じずにはいられない。

あの日の想い出があるから、郁は辛い状況にも耐えられていると思っていた。

 

 

 

ふわふわとした幸せな感覚が残る夢から覚め、郁は時間確認にスマホを見た。

まだまだ稲嶺の退庁時刻まで時間はある。だが、しっかりと休息がとれたようで再び横になる気にはならなかった。軽く水分を摂って部屋を出ると、廊下の冷気に体が震えた。

「あれ?こんなに温度差感じるんだっけ?」

ふと湧いた疑問を口にして、首を傾げながら玄関へ向かう。靴を履き替える前に、寮監の元へ行き「空調、故障してます?」と聞いてみたが返事はNOだった。

 

小さな違和感を覚えながら特殊部隊庁舎へ。事務室に入るとすでに堂上は事務仕事らしきことを始めていて、郁の登場に少し驚いた表情を浮かべた。

「早かったな。ちゃんと休めたのか?」

「はい、大丈夫デス!」ガッツポーズ付き。

だが、郁の声を聴いた堂上は、仕事の手を止めて怪訝な表情のまま近付いてきた。

「・・・お前、体調悪いんじゃないか?」

郁の不思議そうな顔にはお構いなしに、堂上の掌が少し高い位置の額に触れた。思った程の違いが無かったのか、首を傾げると今度は手首を掴む。

「おい・・・やっぱり熱があるんじゃないか?」

「えー?」

「自覚ナシか。ほら、医務室行くぞ」

 

そう言えば部屋を出た時に感じた寒さ。アレが予兆だったのかな?などと呑気に考えながら、堂上に手を引かれるままについて行った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あら、堂上くん?」

「え・・・前野さん?!」

入室の際の挨拶で頭を下げ、それが終わるや否や届いた声は明るかった。

「久しぶり~♪まだタスクにいるの?」

「はい、お陰様で。役立たずと放り出されること無く」

「・・・むふふふ♡」

二人の間には、共通認識として何やらあるようだ。とても仲の良いと言える空気に気圧されて、郁は自分の気配を隠すように体を丸めた。

 

「あ、前野さん。こいつ、俺の部下で、笠原と言います」

「か、笠原郁士長ですっ!」敬礼付き。

「笠原、こちらは医務官の前野さん。常駐ではなくて臨時で以前にも勤務してたことがあるんだ。かなりお世話になった」

「まあ!堂上くんの部下って・・・タスクなの?女性で?」

「はい、全国初。で、今でも唯一って看板背負ってます」

「そうなんだぁ。それは色々大変ね」

前野の労いは、当然のことながら堂上へ向けられたものだと思った郁は、視線を足元に固定してほんやりとしていた。

 

「おい、笠原!」

「・・・へ?」

「ちゃんと話聞いてたか?前野さんは、お前に話してんだぞ」

「はい?」

どうにも噛み合わない二人の会話を聞きながら、前野は「あははは!」と遠慮なく笑っている。

「笠原さん、面白い子ねぇ。いいじゃないの!このくらいじゃないと、タスクなんかで働けないわよ」

「まぁ、確かにそういう部分はありますけどね」

堂上が前野の言葉を肯定したのを聞いて、郁は意外だ!と言わんばかりの視線を向けた。だが、その視線に堂上は気付いていない様子。

 

「ところで、今日はどうしたのかな?」

「お、そうだった。こいつ、熱があると思うんです。本人には自覚ないみたいなんですが、どうも体に熱が籠ってるというか・・・」

堂上の説明を聞きながら、前野は郁を診察椅子に座らせ「ちょっと触りますね」と耳の裏、首筋、手首などに手を当てている。

「うん・・・確かに、このまま放っておいたら高熱コースかもね。一応投薬出来るけど、ここで様子みる?それとも帰る?笠原さんも独身寮なのかな?」

「はい、寮なんですが・・・今、ちょっと重要な任務に就いているので、出来ればギリギリまで様子みて貰いたいんです」

発熱と聞いて、このまま再び寮へ帰されるとばかり思っていた郁だったが、堂上の意外な言葉で高揚する何かがあった。

「いいわよー。ゆっくり休ませてあげるわ」

「お願いします!・・・笠原、時間まで休んで、少しでも回復させとけ。また様子みに来るから」

 

言って手を郁の頭に乗せる。二度跳ねてから離れる掌を、郁はじっと見つめながら「はい」と小さく返事した。

 

 

郁の様子に満足気に、堂上はもう一度前野に頭を下げて退室しようとした。

「あ―――前野さん、いつまでこちらに?」

「・・・年度いっぱい、かなぁ」

「そうですか・・・でも、心強いです。短い間ですけど、よろしくお願いします」

堂上の残念そうな声が響いて、郁にもその寂しさが伝わった。何となく、胸にチクリと刺さるものの存在も確認した。

 

 

 

 

 

退室する堂上を見送ると、前野は郁をベッドへ促す。

「それにしても・・・堂上くんに女の子の部下ねぇ。玄田さんも思い切ったものね」

郁は返事に困り、無言でベッドに潜り込んだ。

「ねえ、堂上くんさ、笠原さんに熱があるって、どうして分かったの?」

「えーと、おでこを触ったけど何ともなくて?手首掴んで、やっぱりおかしいって。すぐに医務室行くぞってそのまま連れて来られました」

正直に答えてみたものの、大丈夫だったか?と不安になる。

「手首だけで良く分かったもんだわ。っていうか・・・おでこ触るに至る経緯は?」

「え?・・・別に何も。ただ、ちょっと話をしただけ、だったような?」

「ふ~~~~ん」

前野の意味深な相槌に、更に郁の不安が増す。だが、それ以上は突っ込んだ質問も無く、「じゃ、しっかり休むように!」と優しい笑顔を残して、仕切りカーテンをぐるりと引かれた。

 

 

――うーん。。。感じのいい人、なんだけどぉ・・・

  教官とすっごく仲良さそうなの、気になるなぁ・・・

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

前野の登場は、思いがけず堂上を高揚させた。

郁が入隊する直前までの数ヶ月、当時の医務官に突然の欠員が出て臨時採用枠でやって来たのが前野だ。彼女の働きは立派なもので、新年度からは是非とも正職員として採用したいと打診があったようだが、意外にもお断りしたのは前野本人だった。

特に特殊部隊から、前野が任期を終えることを惜しむ声が多数あがった。そのメンバーには、堂上も名を連ねる。当時から本当に気の合う仲間のような、更に5歳年上のお姉さんのような存在だった。

 

前野が図書隊と正式な契約を結ばなかったのには理由がある。その理由も堂上は知っている。だからこそ、今回も医務室のピンチを救うために臨時採用として来ているのだと思った。予想は当たっていた。

 

――未だに変わらない信念があるんだな

 

 

『こんなこと言ったら、役立たずだって思われるよねー』

『役立たずだと思ったら、遠慮なく放り出すでしょうね、図書隊は』

 

放り出すどころか、これからもここで働いてほしいと懇願されたくらいだ。前野は決して役立たずなんかではない。

 

 

懐かしいシーンを思い出しながら、堂上は郁の元へ足を運んでいた。

 

 

 

**

 

 

 

「笠原、具合はどうだ?行けそうか?」

「はい・・・あたしは大丈夫だと思うんですケド・・・」

郁は前野を伺うようにしていた。

「そうねぇ・・・本当は無理して欲しくないのよねぇ。確かに熱は薬で下がったみたいなの。でも一時的なことだと思うのね。発熱ってことは、体が何かに反応してる証拠だからさ。でも、そんなこと分かってるはずの堂上くんが、出来れば仕事に戻したいと思ってるわけでしょう?」

今度は前野が堂上を伺う。

「・・・すみません。上官としては、選んではいけない判断だと思うんですが」

「そうね。これがウィルス性の感染力の強い病気だったら、隔離させるのが筋だものね」

「その可能性、あるんですか!?」珍しく慌てた様子だ。

「インフルエンザ、まだまだ油断できないからね。一応検査だけしたわよ。陰性だった」

「そう、ですかぁ」明らかにホッと息を吐いた。

「でもそれだって、まだ熱が出始めだからとも考えられるわ。これから高熱になる可能性だって捨てきれない。だから、もう一日くらいは様子見て欲しいんだけどな」

前野の見解は医務官ならば当然のものだ。だが堂上は、それに従うという返事を出来ずにいた。

 

「んー。どんな任務なのか分からないけど。笠原さんの代わりなら、タスクの中にいくらでもいるでしょう?」

「いませんっ!」

前野の言葉に喰い気味に返した堂上は、自分の声に驚いたように動きを止め、僅かに赤くなりながら呟くように言葉を繋げた。

「さっきも言ったように、笠原は唯一の女性隊員なんです。こいつしか出来ない仕事ってのがある。確かに体力面で戦闘職種としての分野なら笠原の代わりはいくらでもいますよ。でも、デリケートな案件となったらそうはいかないんです」

「・・・そっか。今、そういう任務に就いてるってことね。でもさ、笠原さんの身体は一つしかないんだよ?唯一だって言うなら、そのたった一つを大切に扱わなくちゃ。どんな状態であっても笠原さんじゃなきゃダメだなんて、それは彼女を壊すことにしかならないでしょ」

 

堂上がハッとして顔を上げた。それはとても傷ついたような表情に見えて、郁は我慢がならなかった。

「きょーかん・・・あたし、今日は行かない方がいいと思います。もし途中で具合が悪くなったら、それこそ皆さんにご迷惑をおかけすることになるし。教官の責任問題とか言われるかも。そんなの嫌だから。お願いします、誰かに代わってもらってください」

ベッドの上で出来得る限り頭を下げた郁に、堂上の溜め息が降って来た。それが安堵なのか、怒りなのか、表情を見られない郁には判断しようが無かったが、遅れて感じた頭の上のよく知った重みと温もりが郁の不安な気持ちを取り去った。

「笠原、このままでいい。班長命令だ。本日はこれを以て終業とし、体調管理に努めること。更に、笠原士長は次回の夜警担当まで休暇扱いとする。以上」

「え・・・次回って・・・明後日の夕方ですよ?丸二日、休めってことですか?」

「ああ、この際だ休んどけ。お前が休むなら俺も休み易い」

堂上が休めるなら、と郁の表情は幾分明るくなった。小さく頷く。

 

「俺はタスクに戻る。副隊長に報告しておくから、これからのこと相談して決めてくれ。

――前野さん、笠原のこと頼みます。何かあったら俺・・・タスクに、連絡入れてください」

 

頭を下げた後、もう一度郁に向き直り頭を撫でる。「早く戻って来い」と耳元で囁くと撫でる手に力を入れ直して、少しだけ乱暴に髪をくしゃりと混ぜてからベッドから離れて行った。

 

 

 

**

 

 

「ふふふ・・・アレ、堂上くんいつもなの?」

ベッドに再び横になった郁に布団をかけながら、前野は思い出し笑いを浮かべている。

「アレ?」

「笠原さんの頭撫でるの」

「あー・・・あたし、出来が悪くて。いつも叱られてばかりなんで、そのフォローかなぁ」

「フォローねぇ。くふふ・・・堂上くんって結構分かり易いのねぇ。さっきもさ、何かあったら自分に連絡入れてくれって言いそうになって。よっぽど笠原さんのことが心配なのね」

「そ、それも、あたしがいつもご迷惑をおかけしてるから・・・」

布団の中で何やらゴニョゴニョと続けていたが、前野はそれを聞き直そうとはしない。

「上官って言うより、保護者みたいねー。どんだけ可愛がってんだか」

カラカラと笑った。

 

「私が前に勤務してた時――3年前になるか。堂上くんはタスク2年目って言ってたけど、仕事に対する考え方とかストイックでさぁ。何かを掴みたいのか、何かを追いかけたいのか、とにかく何か一点を見つめて走ってるみたいな感じでね。だけど、我武者羅っていうのとは違う。物凄く冷静で落ち着いてるのに、芯の部分が篤いっていうのかな。だからなのか、小さい傷をやたらと作って来るのよ!いつもバディの小牧くんに連れられて、呆れられてるの。『確かに、あの時の判断は間違ってないけど!』って言うのが小牧くんの常套句だったわねぇ」

くすくすと笑いながらの前野の思い出話を郁は黙って聞いていた。

郁の知らない初めての堂上の姿を想像する。今とちょっと違うような、でも根底にあるものは変わらないと感じられるような。

「結構なイケメンだと思うんだけど、彼女いないって言ってたし。別に欲しいとも思わないとも言ってたんだよね。図書隊での仕事に生きがいを感じてるって風でもなくて。そこのところ聞いてみたら『図書隊の仕事に生かされてる』って言ってたの。そう言える何かがあったのね―――って、ごめん、余計な話したかも。聞かなかったことにして~~!」

前野は顔の前で手を合わせお願いポーズを見せた。郁はクスリと笑って頷いた。

 

「堂上くんは、自分にも他人にも厳しい人ではあったけど。だからこそ他人をよく見てるって感じだったわ。絶対に面倒見のいい人だと思った。それを玄田さんも見抜いて、堂上くんの部下にあなたを付けたのね、きっと」

「あ、あたし?」

「そう、笠原さん。あなたを部下に持った経緯とか、堂上くんがその時に考えたことは分からないけど、今のあなたたちを見て思うのは―――堂上くんは仕事だからあなたを育ててるんじゃないわよ。多分、あなたの背中を押すことしか考えてないわ」

「・・・よくわかりません」

素直な郁の反応に「そうよねー」とお道化て見せてから前野は続ける。

「堂上くんが自分にも他人にも厳しくするのは、諦めてないからよ。あなたを叱るのも、あなたの可能性を信じてるから。だからね、使えない隊員だなんて思ってないはずよ」

 

前野が堂上の話を始めた理由が分かった。布団の中のゴニョゴニョが聴こえていたのだ。

郁は恥ずかしそうに「アリガトゴザイマス」と呟いた。

 

「あ、そう言えば思い出した!3年前に堂上くんが言ってた――――

前野が新たな話を始めようとした時、医務室のドアが開けられて「入るぞー!」と郁にはお馴染みの声が聴こえた。

「おー、前野ぉ!ホントに帰ってきてやがる」

「久しぶりだな。元気だったか」

「わー!緒形さん♡はい、元気でしたよ~♪」

前野からハートが飛び出している幻覚が見えて、郁は目をパチクリさせた。

「おい、俺に挨拶は?」

「あん?進藤さん?相変わらずお元気そうで、何よりですねー」

「こらこら。その棒読み!!」

「だってぇ!進藤さんにはいつも虐められてた記憶しかないもの~!」

「えーっ!進藤一正、前野医務官のことも虐めてたんですかぁ?!」

「あら。笠原さんも虐められてるの?」

「いえ、あたしはそうでもないですけど・・・堂上教官が・・・」

「おいこら。人聞きの悪い」

「いや、3年前も堂上くんのこと虐めてたわ。私、愚痴聞いてたもん」

前野の告白に進藤が怒りオーラになり、その場は虐めの訴え合戦となった。そんな騒がしいやり取りを聞きながら郁が笑っていると、緒形が進藤たちを無視して「大丈夫なのか」と問いかける。

 

「副隊長、ご迷惑をおかけしてすみません。今のところ熱は下がってるみたいなんですけど、まだ油断はしない方がいいってことなので・・・」

「はい。今回は堂上くんがかなり早く異変に気が付いたみたいなので、もしかしたら早すぎて反応が出なかった可能性もあります。もう少し時間が経ってみないと何とも」

「はっきりとした結果が出るまで、寮に帰らない方がいいか?」

「そう・・・ですね。万が一を考えておいたほうが。こちらで明日いっぱいお預かりってこともできますよ。私、このまま宿直なので」

「ほー、働くねぇ」

「へへんっだ!そのくらいしないと、助っ人にならないでしょーが!」

進藤に向かってあっかんべぇをしている。そんな前野を窘めつつ、緒形は郁の対応を頼んだ。

 

「笠原、すまなかったな」

「え?どうして謝るんですか?」

「堂上が前野に言われたと言ってな」

「もう、この世の終わりみたいな顔して帰って来たぞ」

緒形と進藤は、堂上が事務室に戻った時の様子を話して聞かせた。

 

 

 

――笠原が特殊部隊唯一の女性隊員って看板背負ってるのを一番近くで見てきて、その大変さもアイツの努力も分かってて、俺はよき理解者として笠原を大切にしていると思ってたんです。

 笠原にしか出来ない仕事があって、それをちゃんと熟しているのに、笠原がイマイチ自分に自信が持ててないことが気懸りで。アイツに自信を持たせてやるにはどうしたらいいかって考えた時、目に見えて周りから評価されたらいいんじゃないかって、単純に思って。それからは笠原の出来る仕事を完璧に熟せるように、訓練して、勉強させて、上を目指せるように背中を押して。笠原は使える隊員だってことを皆に分かって貰いたいって、それは俺の勝手な思いでしかないのに、笠原が素直なことをいいことに、俺は課題しか与えて来なかった。

 でも、前野さんに言われました。唯一だからこそ大切に扱えと。笠原にしか出来ないって、笠原じゃなきゃダメだって、そんなことをしていたら笠原を壊すことになるって。

 確かに、そうですよね。今回だって、堂上班だからと無理させてますが、正直、顧問と先生の癒しになっているのは笠原だからって思ってた部分もあるんです。

 

 

 

 

話を聞きながら涙目になる郁に、前野は「ほらね」と囁いた。

「俺たちも、お前に――いや、堂上班にかなり頼ってるからな。身体のこととか、細かい所まで気遣いできてなくて悪かったな」

「いえ・・・そんなことないですよ?だってぇ、進藤一正たち、いつもあたしの帰り、待っててくれますもん」

「あ?・・・バレてたか」

「ふふふ・・・教官が教えてくれました。あたしは、タスクの皆さんに愛されてるって。だから、ありがとうございます」

郁からの感謝の言葉が届くと、進藤は「あいつ、そんなこと言ったのかーっ」と照れていた。

前野に「いいとこあるじゃーん」と揶揄われて、再び始まった二人のじゃれ合いを見つつ、郁は上官たちの優しさに感謝せずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

>教官、今日はごめんなさい。

 副隊長から聞きました。結局、顧問のお宅には教官一人で行ったって。他の班のシフトを崩すわけにもいかないし、極秘だから最小の人員は守りたいって。簡単に誰かに代わってもらおうと考えてしまって、本当にすみませんでした。

 そちらは変わりないですか?何かあっても、今の私じゃ何もお役に立てないんですけど…気になります。

 体調は大丈夫です。あれから変わりありません。でも一応、医務室で様子みて貰ってます。前野医務官、宿直だからって仰ってくれて。ちょっと贅沢な夕食もいただいちゃいました♪

 このまま変わりなく、明日には寮に帰りたいです。早く仕事に……戻りたいです。だからちゃんと休みます。教官も基地に帰ったら少しでも休んでくださいね!

 では、今夜も変わりありませんように。おやすみなさい!

 

 

 

 

 

 

 

いつものメールより少し長めなのは、日報も兼ねているのだろう。郁の気持ちが伝わって、何となくくすぐったかった。

 

――本物の日報なら、「おやすみなさい」は有り得ないか

 

 

冷たい画面をそっと指でなぞりながら、夕方の医務室を思い出す。

 

 

郁を大切に扱えるのは自分しかいないと思っていたのは、自惚れに過ぎなかったのかもしれない。本人の気持ちを無視して図書隊を辞めさせようと考えていたくらいなのに、今更どの面下げて「お前はタスクにとって大切な存在だ」なんて言えるのか。

あの仕打ちを無かったことにして貰いたくて、出来た上官という態を作り上げてきたんじゃないか?どんなに取り繕ってみても、郁にとっては鬼教官に変わりは無いんじゃないのか?

 

離れることを想定していなかった中で、郁の戦線離脱は痛手だった。何より、堂上自身が郁を任務から外したくなくて足掻いていた。郁の体調を無視する決断をしそうなくらい。

だから真の苦渋の決断だと郁に知って欲しくて、ついつい彼女の頭を撫でる手に力が入ってしまった。普段ならそれだけで済ませる場面で、言葉も零れてしまった。

 

――早く戻って来い

 

 

指示が逸早く届くところに

いつでも背中を押してやれるところに

迷わず手を差し延べられるところに

 

―――俺の隣りに

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

翌朝、郁は微熱を発していた。症状としてはそれ以外無く、予想は疲労からくるもの。前野はその旨をタスクに連絡した。暫くして医務室を訪れたのは小牧で、これまた同窓会のように前野との再会を喜んでいた。

 

「うわ~!小牧くんも立派になったわねぇ!一回り大きくなったって感じ?そのスマイルとのギャップに萌え~だわね」

「ぐはっ!・・・萌えとか・・・やめてよ・・・やこちゃん・・・」

「その笑い方、相変わらずねぇ。でもホント、懐かしいわ。やこちゃんって呼んでくれるの、旦那と小牧くんくらいだもの」

「やこ・・・?」ベッドから郁の声が漏れた。

「あ、笠原さん、おはよう。あのね、前野医務官は下の名前があやこさんなんだ。で、皆は『あやちゃん』って呼ぶんだけど、それがつまらん!とか言うからさ、俺は敢えて『やこちゃん』って呼んだの。そしたら偶然、旦那さんと同じ呼び方だったんだって」

「この人懐っこさにねぇ、ついつい甘い顔しちゃったのよ。お陰であの時大変だったんだから!私は結婚してるっちゅーのに、こまっきーファンから白い目で見られてさ」

「こ、こまっきー・・・」

「ほら、笠原さんがビックリしてますよ」

「こまっきーって呼ぶ人居ない?」

郁はブンブンと頭を振った。

「くそっ、定着しなかったか。図書隊、だからつまんないのよねぇ」

「ぐはっ!!・・・その言い分・・・やこちゃんらしい・・・くくく・・」

小牧が上戸に陥るのはいつもの事ながら、加えてとても嬉しそうなのを目の当たりにして、郁はちょっぴり嫉妬の念が生まれていた。

「前野医務官って、タスクの皆さんと凄く仲がいいですね」

「そうかもね。このズバリ物申しちゃうあたりが、俺たちにはウケてたね」

「結構、敵も作っちゃうけどねー(笑)」そんなことを言いながら、底抜けに明るい。

「一番仲がいいのは・・・進藤一正かなぁ?楽しそうにじゃれ合ってたよね」

「仔犬のケンカみたいに言わないでよー!あの人、何かっつーと揶揄ってくるんだから!」

「その反応が嬉しいんじゃない?やこちゃん、ホントに感情が出ちゃう人だからねー」

小牧こそ嬉しそうに笑いながら「誰かさんもそうだけど」と零した。

「ん?なんだって?」

「いえいえ、こっちの話。ところで、笠原さんだけど。今日の夕方までここの預りでOK?」

「うん、大丈夫よ。時々席外すけど、子供じゃないんだから一人で寝てられるわよね?」

郁への問いかけに、小牧も揃ってベッドへ視線を移す。

「はい。大丈夫です」

「もし熱が上がってきたら、すぐに連絡お願いします。そこ、班長から念を押されてるので」

「はいはい、りょーかいです」

前野は念を押してきた張本人を思い出しながら苦笑だ。

 

「過保護な班長さんによろしくお伝えくださーい」

小牧を再び床に転がす一言だった。

 

 

 

**

 

 

 

午後になっても郁の熱は上がることなく、完全にインフルエンザの可能性が無くなったので帰寮の指示が出た。体調不良も微熱程度で済んで、投薬で落ち着いてきた。

久しぶりの長い休息で、郁は身体が鈍ってしまったような感覚だったが、急に身体を動かさないように注意される。

まさか、訓練場を走り込みしようなどと考えていた事がバレた訳ではあるまい?——いや、そのまさかかもしれない。あの班長だ。先回りして釘を刺すよう前野に話していたのではないか!?

 

そんなことを考えられるくらい、いつでも堂上が郁の環境を整えてくれている。

昨日、緒形と進藤から伝え聞いた堂上の言葉。それは郁の胸を打つ嬉しいものだった。

本当の意味で大切に扱えていなかったと反省の様子だったらしいが、そんな風に思って貰えてること自体が、郁には充分大切にして貰えている証拠だと思える。

 

だからこそ、堂上の思いに報いたい。

使える隊員になりたい。

いつまでも堂上たちの背中を追いたい。

 

 

 

手の中のスマホは、堂上への報告メールが送信完了を告げた画面のまま、郁は自室のベッドの中で薬の効果を味わいながら、深い眠りに就いた―——

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

充分な休息のお陰でスッキリと目覚めた朝。郁は柴崎に気付かれないようこっそりと部屋を出た。とにかく走りたくて仕方が無かった。

空気にうっすらと溶け込んだ春の香りを感じながら、郁は訓練場を数周走り込む。心も体も目覚めたような気がした。

 

部屋に戻ると顰めっ面の柴崎が待ち構えている。ちょっと怖かったが手刀を切って、皆には黙っててほしいと懇願した。今夜の任務に差し支えないよう、夕方までゆっくりすることを約束され、仕方なく了承する。鬼教官の拳骨回避のためだ。

 

仕事に戻れる高揚感を感じながら、郁は出勤の準備とストレッチで昼間の時間を過ごしていた。

 

 

 

**

 

 

 

 

午後、寮内にサイレンが響き渡った。一瞬にして臨戦態勢になる。これは検閲抗争を予告する音だ。

すぐにスマホを取り出すと、同時にメール着信があった。特殊部隊からだ。

 

特殊部隊員緊急招集

>一五〇〇より検閲抗争

 

 

時計を見ると抗争開始まで一時間を切っている。みんな慌てていることだろう――と冷静な予想をしながらも、体は部屋を飛び出す準備が出来ていて、今朝の走り込みの成果だ♪と独りほくそ笑んだ。

 

 

廊下へ出てトップスピードで階下へ降り、靴を履き替える段階で頭に重みを感じた。

「笠原――行けるか」

見上げると堂上が郁の頭に手をのせている。

「教官、休んでたんですね」

「ああ。お前との約束だったからな」

郁は二カッと笑って元気だという証を見せた。それに安堵の表情を返されて、少しくすぐったい。心配させてしまったという気持ちも忘れず浮かんだが、謝罪の言葉を言う前に堂上から「GO」を告げられる。

 

「行くぞ、笠原」

「―――はいっ!」

 

2人で寮を飛び出した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

二時間に及ぶ検閲抗争は今回も図書隊の勝利で幕を閉じたが、良化隊が規定時間のいっぱいを使ってあの手この手で攻め入り、全体的に苦戦の状況だった。

目立った重傷者は出なかったものの、普段より軽傷者の数が多く、医療チームは混乱を来たしていた。館内侵入を狙った一派の対応で、肉弾戦も繰り広げられた結果と言える。

交戦終了を告げられても、後片付けの最中に手当てを求める隊員が押し寄せ、前野たちは忙しくしていた。

 

「やこちゃん、お疲れ~」

「お、こまっきー♪堂上くんも。今日は無事だったかな?」

「いやぁ・・・ちょっと傷作っちゃいましたぁ!手当てお願いしたいんだけど、そろそろ大丈夫?」

「いいよー!・・・はい、これでオッケー!お大事にね」

目の前の隊員の背中を軽く叩きながら、手当て終了を告げて堂上たちに向き直る。

「堂上班は最前線って聞いたけど。館内の方だったの?」

「うん。飛び道具は使えないから思いっきり肉弾戦。久々に拳が痛くて」

掌をひらひらと振りながら、小牧は抗争を思い出して肩を落とした。

「そんな中に笠原さんも居たのねぇ。終了の10分くらい前だったかな?ケガ人を運んで来たのよ。ついでに彼女の状態も診ようと思ったんだけど、大丈夫だって言って嵐のように去って行ったわ」

前野もまた、その時のことを思い返しながらふっと微笑んだ。

 

「そうそう、その時ね。結構な人数が治療中でさ、人はいっぱい居るんだけど皆、喋れる状態じゃないでしょ。それをぐるっと見渡した笠原さんがね、檄を飛ばしたのよ。

 

 『そろそろ終了時間です!図書隊、有利ですよ!!もう少しだから頑張りましょーっ!』

 

で、笠原さんは走って行っちゃったんだけど。数少ないタスクの隊員の目の色が変わってきて、周りの防衛部員に声かけるようになって。ここの空気が一変したの。やっぱりさ、病は気から・・・じゃないけど、ケガも抗争も、気持ちをポジティブにしていかなきゃ良い方に向かないよね。そういう空気の流れを変えていける子なのね、笠原さんって」

 

堂上と小牧からは誇らしげな表情が零れた。

「・・・なぁに?そんな話、今更って感じぃ?」

「いえ、有り難いですよ。部下を褒めて貰えるのは嬉しいことなので」

「うん。胸張って言えるもんね。『俺たちが育てた部下だ』って」

「ああ。特に笠原はなぁ。あれは規格外だったし、物覚えは悪いし」

小牧がぐはっと吹き出し、「そこは現在進行形」と腹を抱えた。

「でも、空気を好転させることに関しては、天性のものだと思います。誰が教えたわけではないが、笠原はそれが出来るんです」

「そっか。いい部下を持ったわね」

「――そう、ですね」

堂上の肯定の返事が、彼の身体に溜まった澱のようなものと一緒に吐き出されたように思えて、小牧は表情を一段と明るくして「良かったぁ」と呟いた。

 

「堂上が素直にそう言えるようになれて、ホント良かった。お前も成長したねぇ」

揶揄い口調に、堂上の眉間には皺が刻まれる。

「くくく・・・そんな顔したって無駄だよ。最近は色々ダダ漏れるようになって、俺は嬉しくて仕方ないよ・・・くっくっく」

「あらぁ?もしかして、ロマンスの予感?」

「やこちゃん、古っ!でも、中らずと雖も遠からず?いや、そもそも予感はかなり前からあったんだけどねぇ?」

「小牧ぃぃっ!!」

「いいじゃない、やこちゃん知ってるんだから」

「ん?なになに?」

「覚えてる?3年前、堂上が撃沈して来たでしょ。新入隊員面接試験の後」

「うんうん、覚えてるよ。あの時の女の子、あれからどうした?って聞こうと思って・・・え?もしかして、笠原さんだったの?!」

「そそ。堂上が助けた女子高生が、4年の歳月を経て図書隊員になりたいってやって来て。見事に『正義の味方』を力説し堂上を撃沈させた彼女は、何かの力が働いて特殊部隊に配属されたんだけど。名も知らない隊員を王子様と崇めてました」

「今は?!その王子様の正体、知ってるの?」

「はぁ・・・まあ・・・」

「きゃーっ!!ロマンスだわっ!運命だわっ!」

手当ては完了したのか、前野は両手を頬に当てながら瞳をキラキラさせて興奮状態だ。

「―――ん?でも、予感止まり?」

「うん、そこね」小牧が頷く。

「えーっ!?堂上くん、草食だったの?ね、もっとガツガツ行っちゃってよぉぉ!」

じれったいとでも言いたそうに、前野は足をバタつかせている。小牧が腹を抱えながら「やこちゃん、もっと言ってやって」と煽るのだが。

 

「あー・・・でも、慎重になっちゃうか。堂上くんにとっては、苦しい時に光をくれた大切な存在だものね。笠原さんは太陽よ!下手に手を出したらヤケドするぜ!!」

「ぐはっ!やこちゃん・・・いちいちセリフが古い・・・ぐふふふふ・・」

 

笑い崩れる小牧と、ババア扱いするんじゃない!と怒る前野を余所に、堂上は瞬きを忘れて一点を見つめていた。

 

 

そこへ前野を呼び叫ぶ進藤の声が届く。

「あ、ヤバ・・・。来ちゃった・・・」身を縮める前野。

「やこちゃん?進藤一正に何かしたね?」半笑いの小牧。

 

「前野―っ!お前、くっだらねぇことやりやがったなっ!!」

「は~ん?何のことでしょうかぁ」

「とぼけやがって。防衛部の若いヤツに、『進藤さんの社会の窓が開いてたから、注意してあげて』とか何とか」

「ぶふっ!」「ぐはっ!」堂上と小牧が吹き出した。

「いや~、何か抗争前で緊張してるみたいだったからね。気合入れるためにと思って、進藤さんとこへ行かせようかとね。何気にスパイス効いてたでしょ?」

「ス、スパイスに・・・社会の窓、って・・・やこちゃん、可笑しい・・」

「あれ?まさか進藤さん、更に緊張させたんじゃないでしょうね?若い子のフォロー、ちゃんと出来てる?ん、ん?」

前野の上からな発言に、進藤は堂上ばりの眉間の皺を見せたが。

「そいつがどうだったかは知らんが、手塚がな緊張が解けたって言って笑ってたぞ」

「ああ・・・訓練もままならないのに、久しぶりの本格的な抗争だったからね」

「手塚の緊張が解けたんなら、前野さんのスパイスも効いてたってことじゃないですか?」

「むふふ・・・私のお手柄?ね、進藤さん。褒めて、褒めて♪」

「――――ここもそろそろ撤収だな。じゃ、お疲れさん」

進藤は前野のリクエストには応えずに背を向けて行ってしまった。

 

 

「むーっ!褒めてくれたっていいじゃーん」

「ふふふ・・・アレさ、やこちゃんが忙しかったの知って、様子見に来たんだよね」

「ああ、多分、そうだな」

「え・・・マジ?」

「なんだかんだ言って、やこちゃんが帰って来たって一番喜んでたもんね」

「また弄る相手が増えて楽しい!って感じでしょ」

「うん。分かり難いけど、それが進藤一正の愛情表現だもん。あの人の過保護ぶりも大概なんだよ。ね、堂上♪」

普段一番に弄られて、その分かり難い愛情を受け取っている見本は、黙って頷いた。

顔に不本意と書いてあるかのような堂上を見て、小牧と前野は大いに笑った。

 

「ねぇ、過保護は、タスクの伝統なの?()

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

撤収作業の進捗状況を確認しながら、堂上は郁を探した。

ケガは無かったのか、救護班の世話にならずに済んだらしい。だが、しっかりと姿を見ないと落ち着かなかった。

 

館内侵入を狙われたが、エントランスホール付近で食い止めることが出来、最小被害で済んだとの報告が上がっている。交戦の最中に傷付けられた展示物などの確認をしながら、すぐに直せるものには手を入れている郁がいた。

 

「笠原、お疲れ」

「あ、きょーかん!お疲れ様です」

「体調は?」

「問題無いです。ご心配いただきありがとうございました」

丁寧なお辞儀の途中で頭に手をのせる。最早、この二人の定番になりつつある光景だ。

 

「抗争中、随分体が軽そうだったが・・・まさか、自主トレなんぞしてなかったよな?」

「え・・・ええ。も、も、もちろん!」

噓なんて吐けないくせに、チャレンジだけはしてみる。

「―――無駄だ。吐け」

「う―っ!・・・今朝、走りこみしましたぁ!」

絶対に叱られると思ったのか、郁は首を引っ込める仕草で堂上の拳骨を受け止める準備をしたのだが、いくら待っても拳は降ってこなかった。代わりに、いつもの温かさを感じる。

 

「きょーかん?怒ってないんですかぁ?」

「・・・お前は、怒られると思いながら走ったのか」

「いえ。走り終わってから、怒られるぞ!と思いました」

「本能のまま走り出したか。お前らしいな」

半分呆れ顔ではあったが、僅かに安堵の表情も含めた苦笑を送る。

 

散らばったリーフレットを一緒に拾い集め、郁に手渡すとニコリと笑顔を向けられる。

「抗争中の笠原を見た人が、お前を褒めてたぞ」

「えーっ!?ホントですかぁ?なんだろ・・・今日は久しぶりだったから無我夢中で。とにかくケガしないようにって気を付けてただけなんですけどね」

「で、ケガしなかったんだろ?救護班のお世話にならずに済んで良かったじゃないか」

「・・・前野医務官ですね?すごく忙しそうだったんで、気を遣わせちゃ悪いなって思ってさっさと戻って来たんですけど。やっぱり体調のこと気にしてくれてました?」

「そりゃぁ、それがあの人の仕事だからな」

郁がきょとんとして手を止めた。

「きょーかん、ホントにそんな風に思ってるんですかぁ?」

「ん?」

「前野医務官は、仕事とか関係なく気遣いをしてくれる人ですよ。あたしが熱出したりしてなくても、大丈夫?って声をかけてくれてたと思います」

「あぁ・・・うん、そうだな」

堂上はクスッと笑った。

「なんで笑うんですか」郁は不貞腐れる。

「短いながらも以前から付き合いのある俺たちより、笠原の方が前野さんのこと分かってるのかもしれないな、と思ってな」

「そ、そんなことないですよ。皆さん、前野医務官と凄く仲良しじゃぁないですかぁ」

郁の言葉だけ聞くと、園児同士の友達の取り合いのようだ。それもまた可笑しく思えて笑いが込み上げた。

「お前、嫉妬してんのか?」悪戯な表情で訊いてみる。

「んなっ!なに言ってんですかっ!し、嫉妬って、誰にっ!」

慌てる様子が正解だと言っているようで、その素直さに安心もする。

 

「今回、前野さんが戻ってきて気が付いたんだが。笠原と前野さん、似てるな」

「あ、あたしぃ??」

「性格がどうとか、考え方がどうとかって言うんじゃなくて。そうだな・・・存在感、か」

「――うるさい、とか。図々しいとか?」

「お前、自分のこと、そんな評価してんのか?」

「いやぁ・・・皆さんがどう思ってるかなんて、分かんないですもん」

「大丈夫だ。そんな酷評は無いから」

分かり易く安心させるために、郁の頭を撫でる。それを受け入れる表情に、堂上の方が安心する。

 

「タスクの先輩たちは過保護だと思わないか?」

「ええ・・・思います。その中には、教官たちもしっかり入ってますよ」

郁がニシシと笑った。堂上は「それはいいから」と照れ臭そうにする。

「それは笠原にだけじゃなくて、俺に対してもそうだと感じるんだ。初めはただ弄られてるんだと思ってたんだが、あの人たちの過保護は愛情表現だ。かなり分かり難いがな」

「――教官が言ってくれた、あたしはタスクの皆さんに愛されてるって、そういうことですかぁ?」

郁がその質問をしてくれたから、堂上は気負うことなく答えてやれる。

 

「お前の存在が、タスクの士気を高めてくれてる。これはもう、誤魔化しようのない事実だ。だからこそお前を大切に扱おうとする。お前に構って貰いたくて、必要以上にお前を構う。タスクの皆の過保護ぶりに拍車がかかる」

「それって、良い事なんでしょうか」

「いいんだ。お前は甘えられるだけ甘えとけ。お前に甘えられると嬉しくて、更に士気が上がる。あの人たちも、どんだけだって感じだな」

ふふっと笑う堂上の横顔を見つめる郁の頬は、僅かに上気していた。

 

――その中に、教官も入ってるのかな?

 

 

堂上はタスクの先輩たちの愛情表現は「分かり難い」と言ったが、郁はそんなことは無いと思っていた。少なくとも、進藤たちが堂上を弄るのは、まさに愛情表現だと思えたし、自分を大切に扱ってくれていることも彼らに伝えられた言葉から感じていた。

そして最近は堂上からも、過保護だと思える言動を受けていた。ここぞという時に甘えられる、それこそ勘違いしたくなるような。

 

 

「あたし、今のままでいいんですかね?」

――甘えるだけ甘える末っ子のままで。

 

堂上は一瞬だけ宙を見つめた。その視線が郁に戻された時、ちょっとだけ懐かしい感じがした。

それは『あの日』に見たものに似てると思う。

 

 

「笠原の存在は太陽だから。そのままで居てくれないと困る」

 

 

堂上から告げられた言葉には、やはり『あの日』に見た甘さが溶け込んでいた。

仕事中なのに、あんなプライベートな出来事を思い出すなんて―――どんだけだっ!と自戒しながら、郁は分かり易く照れて見せた。

「た、た、太陽とか。どんだけ暑苦しいんだ!って話ですよね。進藤一正に、夏場は小さくなってろ!って怒鳴られそうだな。あははははは」

 

郁の反応には、堂上が助けられる。

前野に郁の存在を太陽だと言われた時、あまりに納得のいく表現だったことに気付いた。

堂上にとって郁の存在は、闇夜に小さく浮かぶ星の灯りだった。それは茨城の小さな書店で、良化隊から女子高生を助けた時から変わらない。変化があったとすれば、小さな星の存在は堂上の心の中だけの存在ではなく、彼女に関わり彼女を好ましく思う人々に等しく存在するものになったことだ。

そして堂上自身は、郁の存在を逸早く捉えていたかった――― 一番星を見つけるかのように。それが太陽だと言われて納得がいくほど、大きな存在になっていたのだと今更ながら驚いた。

 

 

 

――太陽の存在は、当たり前じゃないんだ

 

存在の有難味を忘れてはいけない。

この太陽を失ってはいけない。

 

それが、笠原郁なんだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、教官。何で、小牧教官と手塚が基地にいるんですか?」

「ああ、顧問のスケジュール変更で、登庁しないことになってな。外出予定も無いからって、小牧たちを休ませてくれたみたいだな。多分、お前の体調不良を知って、配慮してくださったんじゃないかと思う」

「それで、検閲?―――ね、教官。そろそろ顧問のお宅に襲撃があるんじゃないでしょうか。もしかしたら、今夜にでも」

郁の声のトーンが下がった。堂上も纏う空気を変える。

 

「基地で抗争となれば、防衛部総出になります。時間いっぱい使ったのも、作戦の一部。夕方まで図書館に人員を割いていれば、顧問の方の警護が手薄、或いは後手に回る」

「・・・なるほどな。確かに、普段より出足が遅いとは思ったんだ。館内侵入も、無理を承知で形振り構わずって感じだったし」

堂上は腕組みをして少し考えた後、「隊長に話すぞ」と方向転換した。

 

「今夜は眠れないかもしれない。笠原、行けるか」

「はいっ!!」

 

光を宿った瞳からの視線を受けとめて、堂上は満足そうに一歩を踏み出した。

 

 

2人揃って走り出した時、堂上には少しの葛藤があった。

浮かんだ言葉に、新たな決意をする。

 

 

 

 

 

『笠原さんは太陽よ!下手に手を出したらヤケドするぜ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――でも前野さん、俺は笠原の手を取りたいと思います

 

  いつか、きっと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin


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バレンタインは誰がために?

comment iconコメント ( 8 )

感謝カンゲキ雨嵐

いい女に描いてくれて、ありがとうございまーす!!

確かに、昭和の表現出ちゃいます
「こら!ババア扱いすんじゃない!」は、思わず声をそろえてしまいましたわ♪さすが、やこちゃん同士!

郁ちゃんは、太陽だな。うん、それは間違いない。
何がって言うんじゃなくて、いるだけでな。
みんなが必要としてる。
いいな、郁ちゃん。おばちゃんには、眩しいよ。

そんな女になれるように、少しでも頑張る!
精進します!!

名前: aya@屋根裏部屋 [Edit] 2017-02-20 00:52

やこちゃんハピバ!

最近、タイミングが悪くお便りがきませんでした(汗)
待ってたか?待ってたよね?お・ま・た・せ(笑)

そしてこの度やっとと思ったら、素敵な記念SSじゃないですか!!

いやー、相変わらずかわいい郁たんと、素敵な女医やこちゃん。まさに太陽だわね。
教官さー、ヤケドしてもいいから、早くくっついてよ。
って、この時期、ほんと思う。ジレジレ感がたまらんのですが、くぅーーー背中押したいわって思います。

早く次のステップへ進んでおくれーーー(笑)

ayaちゃん、お誕生日おめでとうございます!
素敵な1年を~。

名前: kiko [Edit] 2017-02-20 12:48

ayaちゃんへ

改めまして、お誕生日おめでとうございまーす!!
\(^o^)/

確かに。居るだけでいい。
でも、出来れば笑っててほしい。


・・・と、思ってるんだよ。
ん?郁ちゃんにじゃないよ?
(じゃ、誰に?w)

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-21 11:02

kikoさんへ

ええ。お待ち申しておりましたm(__)m

この続き、原作へGO!です(笑)
襲撃の夜に繋がります。
教官、車の中で郁ちゃんの手を握ります!!
きゃーーーー(≧∇≦)
(大興奮)

ヤケド、したかなぁ?ウヒヒ

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-21 11:05

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名前: - [Edit] 2017-02-22 00:14

過保護バンザイ!

わたしも前野さんみたいな人が職場に居てくれたらいいのになぁ〜と。
そして甘やかしてくれる上司も…(笑)

郁ちゃん=太陽
すごく納得です!
でも一番星ってのも納得です。
きっとタスクのみんなから愛されて郁ちゃんはキラキラできてるはず。
そんな郁ちゃんを見てタスクのみんなも嬉しくなる。

あぁ〜私もタスクに入りたいですぅ〜(笑)
まずは腹筋と腕立てからだな…( ̄▽ ̄;)

名前: yuca [Edit] 2017-02-23 21:30

nonorinさんへ

本を守るために命をかける。
それは図書隊の中では普通のことなのかもしれないけど、一般的な世の中とはちょっと隔たりがあるんじゃないかと思います。
みんな、自分に関わることだと思えないっていうか・・・。
そんな冷めた世界でも、信念を貫いたんだろうと思うと、郁ちゃんたちって凄いなぁって感心しちゃいます。
だからこそ、一人一人に癒しとなる太陽のような存在があってほしいな。

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-04-06 20:55

yucaさんへ

私の日常に、前野さんのような人が実在します。
ちょっとしたことでも、私の心の機微を感じてくれる有り難い存在です♪
何をしても許してくれるから、甘やかされてるとも思いますww
あとは・・・堂上教官がいてくれれば完璧だな(笑)

郁ちゃんを例えると、色んなものが挙げられるでしょうね。
それぞれの心に浮かんだ、一番輝くもの・・・なのかも。

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-04-06 20:58

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