新作でーす\(^o^)/

時期は、郁ちゃんが三正昇任試験を受ける辺りからプロポーズ承諾まで。
冷戦期は原作通りって感じでOKなんで、端折ってまーすww

タイトルがまず浮かびました。
それでこの時期の話になったのは、マンガ版がまさにこの話のところだったからかもしれませんね。
「返事は」の教官のカットに、悶えまくってスマホに保存してます(笑)




 ------- ------- -------

 

 

 

 

―― 励め

 

 

その声は低く澄んでいて、いつもあたしの心にほんのりと灯をともす。

この声を独占したい・・・そんな欲が芽生えたのはいつのことだったか。

気が付いたら、好きで好きで堪らない声になっていた。

 

 

ねえ、教官―――

これから先も、その声をあたしに向けてくれる?

 

 

あたしだけに、特別に。

 

 

 

 

 

さよなら、教官



 

 

 

「おい。この問題、この前もやったぞ。また間違えてるようだが?」

「あ・・・。あははははー?」

「笑って誤魔化すなっ!!」

バチコーンっと丸めたテキストの束で頭を叩かれ、郁は今まで覚えたモノの全てが飛び出してしまった幻想を見た気がした。

 

季節は秋―――図書正への昇任試験を目前に控え、特殊部隊庁舎の小会議室で連日開催されている『堂上班試験対策勉強会』は、過去問にひたすら挑む段階になった。

「まだまだ覚えきっていないようだな」

「はぁ・・・いやぁ、覚えたはずなんですけどねぇ・・・教官に頭叩かれる度に、何かがこう・・・消えていってる気がしたリ・・・なんてね。えへ」

お道化た郁を睨みながら、堂上にも心当たりがあるからか苦い表情に変わった。

「むぅ・・・お前の頭を叩くのは、試験が終わるまで我慢するか」

「うわっ!そこはマジに受け取るんだぁ!」

「当然だ!今回を逃したら、郁が三正に昇任する可能性が遠のくからな」

「・・・ま、あたしも同じこと思ってますから、否定しませんけどね。じゃあ、叩く代わりに撫でてください♡」

思ってることを正直に、お願いも遠慮なくする。そんな郁の言葉に、堂上が照れることも無くなった。

 

 

「ん。励め―――」

 

郁の頭には素直な気持ちのままの堂上の掌が乗る。それはもう、出来の悪い部下に対するものではなく、愛おしい者へ向ける情へと変化していた。

 

「えへへ・・・ガンバリマス!」

 

上司としてだけじゃなく、恋人としてもいつも傍にいて、どんな時でも見守り励ましてくれる人。その人から溢れ出た気持ちは逃さず受け取る。

 

 

 

堂上と郁が恋人として接するようになって二年目。恋愛初心者である郁が度々斜め上思考に走ってまごついていた時期を脱却し、順調なお付き合いを続けてきている。お互いに公私混同しないよう気を付けることにも慣れて、(しかし多少の糖害はばら撒きながら)周囲からも温かく見守られるカップルだ。

 

そんな二人に、変化の予感・・・。

それは昇任試験の結果次第―――と心に決めることになるきっかけの時が、郁に迫ってきていた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

頭を悩ませていた昇任試験が終了した。

試験お疲れ様会と称して飲み会が開催され、そこで図書正に上がろうとしている士長(の中でも郁たちの同期)たちは、筆記試験の内容が前回のそれより格段に難しくなっていたことに不満気味の声をあげた。

 

「図書士長になるのとは次元が違うってことよ。図書正は色々な権限も与えられるんだもの、当然ね」

さらりと柴崎が解説する。コイツは結果に自信があるのだろうな、と思わせる表情だった。

「確かにねぇ・・・お給料もかなり違いがあるって聞いたわよ」

「そうそう、そうなんだよねーっ!」

僅かにテンションが上がる。

「その点は、男子の方が切実?あんたたち、彼女に結婚切り出すタイミングとか考えてるでしょー?」

「まあなー。士長の給料じゃ、共働き確定だし。なかなか貯金も出来なくて、結婚準備にまで手が回らないっていうか・・・」

「オレ、三正になれたら結婚考えてもいいって言われたんだよなぁ」

「あ、それ!お前、彼女も図書隊だからなぁ。内情知ってるから誤魔化せないよな()

 

郁は手元のノンアルコールのグラスに口をつけながら、何となく黙ってみんなの話を聞いていた。

「先輩たちの話も聞いてるけど、やっぱり結婚のきっかけは昇任だったって言ってたなぁ」

「同棲してる先輩も、給料が上がってやっと結婚の話が出来たって」

「そっかぁ。だからウチの先輩、年下の男はやめとけって言ってたのね」

「そそ。婚期を気にしないならいいけどねーってね()

 

なるほどーっと頷いていた同期たちが、一瞬の間を置いて郁を見た。

「その点・・・笠原はいいわよねぇ」

「へ?」

「私たちの予想では、今回の昇任辞令で堂上二正は一正になるわよ!」

「うんうん。確実だね」

「うへーっ!一正かぁ・・・俺たちなんて、三正になれるかどうかって綱渡りだぞ?一正なんて夢のような話だよなぁ」

「俺も防衛部目指せばよかったな。まさか、彼女との結婚話に関係してくるなんて思わなかったよ」

堂上の名前が出たが、郁はきょとんとしている。まるで他人事。何の話をしているのか理解を越えている様子だ。

「おい、笠原?俺たちの話、聞いてたよな?」

「うん」

「この中で、一番結婚話に近いのが笠原だって言ってんだぞ?」

「・・・は?」

「だめだこりゃ」

郁の反応の悪さに、みな一様に呆れていた。

 

「ねえ・・・笠原は結婚とか考えてないの?」

「け・・・っこん?」

「うそぉ。私たち、結構な適齢期よ?彼氏がいるなら尚更、結婚意識するでしょ?」

「んー?」

「ちょっとぉぉ!大丈夫なのぉ?・・・ね、柴崎。この子たち、どうなってんの?」

話の展開が見えなくてイライラしてきた同期は、郁の状況を柴崎から聞き出そうと身を乗り出した。

「あー・・・笠原と堂上教官ねぇ・・・天然娘と朴念仁のカップルだからねぇ」

「それって・・・何だか、結婚から遠い位置にいるって聞こえるんだけど」

「うん。そうかもよ?」

「うっそーーーっ!!勿体無~~~い!!」悲鳴が響いた。

 

「あー、でもさ。笠原たちって部屋借りたりしてないよね?」

「そうそう!あたしもソレ、気になってた!二人とも図書隊員でさ、寮暮らしな訳でしょ?デートだけじゃ二人の時間が足りないって思わないの?」

好奇心たっぷりな視線を送られるが、郁は瞬きも忘れて呆けている。

「あれ?まさか、隊員同士のカップルが基地外に部屋借りて半同棲みたいな生活してるって知らないの?」

「笠原が知らなくても、堂上二正は知ってるわよね」

「そうよ。なのに、今までそんな話も無かったの?」

「あ、そうか!堂上二正、笠原が三正になったら・・・って思ってるのかもよ?」

「あ~~!なるほどね!」

勝手に話を進める女子。

「いや、まてまて。笠原が三正になるのを待つ理由は?」

「・・・給料が上がって、同棲費用を折半しやすくなる、から?」

「だとしたら、相手は二正だぞ?結婚だって心配ないくらい貰ってるんだから、同棲の費用なんて問題ないだろ」

「うん、男としては、そこは払いたいくらいだよな」

「二正自身が、結婚を全く考えてないとか?」

「・・・相手が笠原だからなぁ」

「それより、やっぱりタスクフォースってことも理由なんじゃない?命の危険があるんだもの。おいそれと結婚なんて出来ないって思ってるとか」

「あー、万が一を考えたら、相手が可愛そうで結婚なんて・・・ってか?」

「それは笠原だってタスクだもん。同じじゃーん」

「そっか。あ、そうだよね。だから二人の間で結婚の話が出ないのかぁ」

納得がいった!というような表情で、満足気に郁を見ながら頷く同期たち。

 

郁はそのテンポの良さについていけず、ただただ黙って引き攣った笑顔を見せるだけだった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

一緒に昇任試験を受けた同期たちとの飲み会以降、郁は堂上の言動が気になって仕方が無い。

確かに同期たちが言う通り、郁の中で「結婚」というワードは普段使わない引き出しの奥の奥に仕舞われていた感が否めない。時々、デート中などに街中のカップルをぼんやりと見つめたりしていると、その仲睦まじさに中てられながらも見ず知らずの二人の将来を想像してみたりした。きっとこのまま、幸せな笑顔のまま、二人は暮らしていくんだろう、そうであって欲しい――と、同じようにパートナーを持つ身として心から願ったりもした。

未来を夢見ること―――イコール結婚、という方程式に思考を持っていくだけのスキルが郁に無かった所為で、本来ならもっと意識してもいいはずの問題が目の前にぶら下がっていたことにさえ気づけなかった。

 

 

だけど――――教官は、気付いてた?

 

 

ふと浮かんだ疑問。

5歳年上であることを気にしたことは無い。郁にとっては、年齢よりも上官であるという事がまず気になる所であって、それは特に仕事上の観点だ。プライベートでは堂上自身が、上官部下の関係であることを思い出させないよう配慮してくれていた感がある。

けれど、堂上が年上であることは周知の事実だ。だからこそこのカップルは、当然のことながら堂上が全てに於いてリードし、郁はそれについて行くだけなのだろうと思われていることも知っている。

 

 

教官は―――将来のこととか、考えてないのかな?

 

 

そんなわけはない。

堂上の仕事振りを見ても、先を予測せずに動くなんてことは有り得ない人だ。普段の生活も無駄は無いに等しい。そんな完璧超人な堂上が、自身の将来設計をしないわけがない。

 

ならばどうして、郁と過ごす時間の中で、そんな話題が出なかったのか―――

 

 

 

同期たちの会話が脳裏に浮かぶ。

 

タスクフォースだからこそ真剣に考える将来のこと。

命の危険と隣り合わせな毎日が、誰かと永遠の愛を誓う事を躊躇させているのかもしれない、と彼らは言っていた。

確かに、誠実な堂上ならそう考えてもおかしくはないが、それだけが理由だとも思えない。

 

郁自身もタスクフォースであることで、お互いに考えるべき将来像は同じなのだとも言っていた。

そう言えば、タスクの先輩たちの中で既婚者を思い出してみると、同じ防衛部員を相手に選んでいる人は・・・居ない。いや、奥さんが元々防衛部員だったという話も聞いたことがあるが、結婚か出産を機に防衛方から足を洗ったと言っていた。その時、防衛部を辞めた理由なんて詳しく聞こうと思わなかったが――――

 

 

「あたしがタスクだから・・・?」

 

「また何か、斜め上思考に走ってんのかしらぁ?」

雑誌を捲る手を止めて、頬杖ついた柴崎がジト目で聞いた。

「・・・ダダ漏れ?」

「うん、盛大に。それに、この間の話、気にするだろうと思ってたしぃ?」

「柴崎は、なーんでもお見通しなんだねー!」若干不貞腐れて。

「何故かアンタに関してだけは、良い勘が働くのよ」

クスリと笑いながら、ふたつのマグに紅茶を淹れた。

 

「みんなは、アンタと教官のこと普通のカップル視点で見てるから分からないのよ。そもそもアンタたちが今に至るまで、普通であった試しがあった?って話よ」

「・・・なんか、珍しいモノって括りなの?」

「そうね。少なくとも私の周りには、今まで居なかったカップルだわね。こんなにジレジレさせられるなんて、アンタらは小学生か!!ってツッコミたくなってたもの」

郁は「面目ない」と項垂れた。

「でもね、不思議と応援したくなるのよね。早く進展するように急かすっていうんじゃないの。どんなに遅くてもちゃんと二人で正しい道を選ぶだろうって思えるから」

「・・・正しい、道?」

「そう。私の勝手な妄想では、アンタと教官の未来は、お付き合いが始まる前からゴールが確定してたの。そこへ向かってちゃんと歩んでくれてると思ってるわよ」

「それって、どんなゴール?」

郁の遠慮気味の質問に、柴崎はニヤリとする。

 

「それは幸せなゴールよ。でもね、幸せの形は人それぞれ。アンタと教官の幸せの形は、二人で考えて見つけるものよ」

「・・・二人で、かぁ」

質問の答えが更なる問題を連れてきたかのように、郁は悩みのループに陥る。

 

「ひとつだけ言えることは―――教官は、いつだって笠原の気持ちを考えて行動を起こそうとしてるってことかな。あの人なりに考えてる将来ってあると思うの。それに向かって突き進むには、アンタの気持ちも考えてタイミングを見てるんじゃないかなぁ・・・」

「教官の未来に・・・あたしって存在する?っていうか、存在していいの?」

「当たり前じゃない!そこ、自信持ちなさいよ!」

 

力強く柴崎に言われてもイマイチ自信が持てない郁は、額をテーブルにつけて唸り声を絞り出した。

 

 

 

二人で、考える未来―――

いつまでも教官のリードについていくばかりじゃ、ダメなのかもしれない

 

 

 

じゃあ―――どうしたらいいの?

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

業務部にお話会の助っ人として借り出されていた郁は、プライベートのお悩みを仕事で打ち消すかのように働いていた。

「もうじき、試験の結果がでるわね」

共にお話会で使う絵本選定をしていた業務部の先輩隊員が、突然郁に話しかけてきた。「へ?」っと間の抜けた返事しか出来ない郁に向かって、不思議そうな表情を返される。

 

「今、盛大な溜め息を吐いてたから、てっきり昇任試験の結果が気になってるのかと思ったの。違ったみたいね」

「あー・・・あははー。そうですよね。結果、もうすぐですよね」

「大丈夫よ。笠原さん、ウチの仕事も助っ人に来てくれて、業務部での考課も取れてると思うし。筆記の方は、堂上くんに扱かれたんでしょう?」

「え、な、なんでそれを・・・」

「あ、ごめんなさいね。私たち同期の間で噂してただけ。堂上くんのことだから、絶対に笠原さんを合格させたくて必死になるんだろうねって話してたの」

申し訳なさそうに眉を下げられ、郁は恥ずかしさが込み上げた。

「扱かれたっていうか、あたしが出来の悪い部下だから・・・。あたしも、上官に恥をかかせるわけにはいかないって思って、一生懸命にやったつもりなんですけどぉ・・・ちょっと筆記の方は自信ないんです」

すっかり項垂れた郁を見て、先輩隊員は「あらやだ」と少し慌てた。

 

「笠原さんが試験に落ちたら、堂上くんが恥ずかしいって思うと思ってるの?」

「はい。入隊の時からずっと指導していただいてるのに、何ひとつ返して来られてないなぁって思って。少しでも成長してるところを見せたいけど、なかなか難しいし。だから、試験くらい一発で合格したいなって思ってたんです。こんなあたしでも三正になれたら、それはもう上官の指導の賜物だって思ってもらえるかなーって」

頑張ってきた理由を照れた表情で話す郁を見つめながら、先輩は「それは違うわよ」と呟いた。

 

「笠原さん、あなたが堂上くんを上官として尊敬してて、とにかく堂上くんの評価を下げたくないって思ってるのは分かった。そんな風に思ってもらえて、堂上くんは上官冥利に尽きると思う。

だけど、笠原さんは堂上くんの気持ち、分かってないわ。彼は、自分が恥をかきたくないから部下を合格させたい、部下の指導を評価されたい、なんて思う人じゃないわよ。あなたが合格したいって思ったから、その願いを叶えてあげたくて、真剣に向かい合ってくれたんじゃない?きっとね、上官として・・・あと、もしかしたら彼氏として?・・・あなたと一緒に同じ方向を見ていたいと思ってるのよ」

 

「あ・・・・・」

 

言われた言葉に既視感を覚えた。

 

 

もしかしたら教官は、あの時のあたしの言葉を覚えてくれてる?

 

 

 

 

茨城で良化隊との凄惨な抗争の最中。

ただただ、あの人と同じ場所に立っていたくて

最後まで一緒に戦い抜きたくて

郁が放った一言―――

 

『どんな光景でも、最後まで一緒に見ます』

 

 

あの時郁は、図書隊員としてならば堂上とずっと一緒に居られると思っていた。

堂上の背中を追って、いつかは肩を並べたい。

それは夢でしかないのかもしれないけれど、大きな目標を胸に図書隊員として歩んでいけば、きっとこの切ない願いだけは叶う気がする。

 

だから―――

あたしを図書隊員でいさせて

ずっと最後まで教官の背中を追いかけさせて!

 

 

 

 

 

懐かしい光景が脳裏に浮かんで目頭を熱くしていると、ふいに先輩隊員の溜め息が聞こえた。

「いいわねぇ。笠原さんが羨ましいわ」

それは心からの言葉だった。

 

「私、去年結婚したの。彼とは5年の付き合い。普通のサラリーマンでね、実家暮らしだった。彼氏になる人は図書隊と関係ない人がいいって思ってたから、初めはすごく満足してたの。だけど、デートを重ねても二人きりの時間は限られてて。いつも一日の最後には『さよなら』って言わなきゃならないってことが悲しくなったの。だって同じ業務部の中には、彼も図書隊員で寮に住んでいて、ちょっと無理すればすぐに会えるって話してる子がいたから。いつも別れ際は『また明日』って言えるって聞いて、羨ましくて仕方なかった」

郁は、堂上が郁の頭に手をのせて「またな」と男子寮へ向かう姿を思い出していた。すぐ近くに居ると分かっていても、短い時間の別れだろうと、その瞬間は寂しいに代わりは無いのだけれど。

 

「寂しいって気持ちを彼に話したら、二人の時間を作るために一緒に暮らさないかって言ってくれて。そこから同棲を始めたの」

「ご結婚されるまで、ずっとですか?」

「うん。3年間だったわね。些細なケンカは勿論あったけど、お互いに別れるなんてことは考えられなかった。彼はひとつ年上なんだけど、仕事で職級が上がったからちゃんと家族として養っていきたいって言ってくれて」

郁は心の中で「彼氏サン、グッジョブ!」と指を立てていた。結婚が身近なものでは無かった郁でも、恋する乙女がプロポーズされる話には高揚感が湧く。幸せな結末がついてくれば尚更だ。

 

「新婚って言われても、すでに3年も一緒に暮らしてるから新鮮味は無いんだけどね。でも改めて、同じ家に住んで、同じものを食べて、さよならを言わずに一日を終える関係って最高だって思ってるの」

「でも、お互いに違う場所に帰るって、普通のことですよね。図書隊の独身寮暮らしが、ある意味特殊で。あたしは、先輩が羨ましく感じましたよ?」

「あら、隣の芝生ね?笠原さん、今からでも遅くはないわよ。図書隊以外の人とお付き合いしてみる?」

「え・・・それって・・・」

郁の表情が固まって、先輩は「冗談よ」と吹き出した。

 

「私のことを羨ましく思うのは、笠原さんが堂上くんとの関係に何らかの不満があるからね。もっと一緒に居たいとか、もっと独占したいとか?」

図星だったのか、郁の頬が僅かに染まってきた。

「ふふ・・・笠原さんって分かりやすいわねぇ。それなら、他の隊員が実践してること、真似してみるって手もあるんじゃない?」

 

 

にこやかに提示されたのは、寮住まいの恋人同士が二人きりの時間を作るための策。

二人で部屋を借りて、半同棲のような生活―――

 

 

言われてみたら、そういう恋人らしいことをしてもいいんじゃないかと思えた。

公休日の前日からホテルに泊まるのは、特別感があり過ぎて未だに気持ちがついていけないし。お金のことも申し訳なく思い続けている。

部屋を借りたら、それらのことも解消されるだろう。もっと遠慮なく、堂上に甘えることもできるかもしれない。

 

少しだけ、希望に満ちた夢が膨らんだ気がした。

 

 

 

――それならばお金が必要だ!

 

  あたしが三正になれたら・・・夢じゃない、かも

 

 

 

 

 

 

郁は密かに決心する。

 

試験に合格して三正になれた暁には―――教官に話してみよう!!

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

小さく膨らんだ夢の蕾は、昇任試験合格の知らせを受けて一気に花開こうとしていた。

郁は、合格の喜びよりも、部屋を借りる話が出来ることが嬉しくて、いつ話そうか、何処で話そうか、と思考を巡らせていた。

堂上から祝いの食事に誘われた時は、チャンスが巡って来た!と心の中でガッツポーズ。満面の笑みを見せて二つ返事だった。

 

 

が、

 

 

 

 

 

 

 

「却下」

 

 

耳を疑うとはこのこと。

今、誰が言ったの? 教官じゃ、ないよね?

 

 

「バカバカしい」

 

 

え、ウソ? なんで?

 

 

 

 

その後の「如何に部屋を借りることが無意味なことか」というレクチャーは、ほとんど頭に入ってこなかった。

郁は思う――――

 

 

『教官と同じ景色は見てなかったんだ』

 

 

 

と。

そして、彼女のシャッターは急速に降ろされる。

 

「もういいっ!」

 

まさか、少しでも長く一緒に居たいと思う気持ちを却下されるなんて思いもしなかった。

何が「一番結婚話に近い」だ。こんなにも惨めな思いをするなんて・・・

 

「先に帰ります!」

 

 

 

 

 

―――さよなら、教官!

 

 

 

 

 

**

 

 

 

降ろしたシャッターを再び開ける手段とタイミングが掴めないまま、郁と堂上の微妙な空気は一か月続いた。

完全に臍を曲げた郁だったが、だからと言って堂上と別れたいと思う訳ではなかったし、堂上もその点は同じ気持ちらしいと知った。

その話を聞いた時、業務部の先輩隊員の言葉を思い出した。

 

 

――願いを叶えてあげたくて、真剣に向かい合ってくれたんじゃない?

 

――きっとね、あなたと一緒に同じ方向を見ていたいと思ってるのよ

 

 

それは堂上の一方的な想いでは無い。郁だって、堂上の願いは叶えたいと思っているし、同じ方向を見ることに関しては、彼女の方が言い出しっぺだ。

 

――もし、先輩の言葉が本当で、教官があたしと同じ気持ちでいるというのなら

あの提案を却下した後、いっぱい考えてくれてるはず!

 

「いつまでも逃げてちゃダメだよねぇ」

 

 

口では喧嘩は終わっていると言いながらも、郁から今まで通りの態度で接するということは出来ずにいた。腹を立てているわけでは無い。だけど何かが引っかかっていたり、心に澱のようなものが溜まっていく感覚。

それは離れていると更に加速度を増して溜まっていく。このままでは悪循環なのだ。

 

郁は人生で初めてと言っていい、「歩み寄り」を実践してみた。

 

 

 

 

**

 

 

 

「これは俺からの『提案』だ。俺から婚約指輪を受け取って、俺と結婚する気はあるのか」

 

「あ、あります!」

 

咄嗟に自分の口から飛び出した返事に、正直びっくりした。

断る選択肢は全く無かった。だけど、現実のものとも思えない。

 

――夢?

これは、夢見過ぎたあたしが作り出した妄想?

 

 

 

郁からの歩み寄りに、堂上は普段通りの態度を見せてくれた。

それはそれで、どのタイミングであの話をされるのかとドキドキではあったが、口を開いた堂上から出た話はまさかのプロポーズ?だった。

 

 

 

「け・・・っこん」

「おい。あんな勢いよく了承した後で、改めて考えなおすとか勘弁しろよ」

言われてふと顔を上げると、眩しそうに目を細め見つめる堂上がいた。この人に優しく微笑まれるとくすぐったい。郁は小さく頷いて、改めて返事をした。

 

「俺は―――ずっと考えてたぞ。いつから?と聞かれたら、多分『お前を全力で奪いに行く』と決心した時から」

話の内容がイマイチ掴めず、郁の頭がすこーしずつ傾いてきたのをみて、堂上はクスッと笑いながら「結婚の話な」と解説を入れた。

 

「だから付き合い始めてから、郁がとんでもなく驚かないタイミングを探ってたって感じだな。――ま、どんなタイミングを選んでも、お前は途轍もなく驚くだろうという結論だったが」

目の前の堂上は落ち着いているように見えた。だが、僅かに声が震える瞬間があって、プロポーズを承諾した今でも緊張しているんだな、と郁が想像できるほどの緊張感が伝わった。

「最上級に驚くのを分かってて、俺は言い方を間違えた。あれは猛省した、ごめん」

「や、もういいですって!」

「聞いてくれ、郁。実はあの時―――俺も少し拗ねた。結婚を考えていなかった訳では無かったのに、お前から部屋を借りたいと先に言われて。手段や目的は微妙に違っても、少しでも長く一緒に居たいと思う気持ちは一緒だったのに、それを叶えようと俺から話すことが出来なかった。だから『ごっこ遊び』なんて言葉が出てきたんだ。俺の方がもっと先を見据えて、真剣に俺たちの未来を考えてたんだぞ!って拗ねた。―――コドモだな」

 

互いの想いを知って見れば、ここ最近の悩んでいたことが全て吹き飛んでしまうくらい、自分たちの未来は輝くように目の前に広がっていたことに気付く。

それが嬉しくて、安堵の波が郁を襲う。泣きたいのを堪えながら、堂上の自嘲の言葉に首を振った。

 

「郁。あの日、席を立った時に『さよなら』って言っただろ」

「・・・・・あれ?ダダ漏れた?」

「あの一言が、後からじわじわと俺を攻撃してきてな」

カモミールティーを一口飲んで、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。

 

「考えてみたら、郁から今まで一度も『さよなら』と言われたことが無かったと気付いた。俺たちは住む場所がほぼ一緒で、デート終わりでも別れて帰宅するって感覚が無かった。部屋に帰って一晩過ごせば、翌日には仕事場で・・・運が良ければ寮を出る時点で、顔を見られるし言葉も交わせる。別々に過ごしているが、何となく離れるという気がしない。実はそれは、とても幸運なことだったんだと思い知った。

俺たちの間に距離を作るのは、寮という場所と門限という規則だ。感傷的になる言葉は存在しなかった。そして、このまま――ずっと望んできた道を選んで進めば、俺たちの間には一生『さよなら』なんて感傷的な言葉は生まれないで済むんだ。

俺たちに必要なのは、場所を変え新たな規則を作ること―――もう二度と、郁に『さよなら』なんて言わせない。聞きたくない」

 

大好きな声は、正直な気持ちを乗せて届いた。

郁は大きく頷いて、言葉にならない喜びを涙の粒で表した―――

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

郁の混乱を誠意の言葉で落ち着けて、しっかりと納得した上での結婚承諾の返事をもらった堂上は、堰を切ったように慌ただしく動き出した。

すぐに指輪を見に行くと言い、カミツレのお茶も早々に切り上げて店を出る。

 

人並を除けながら歩いていると、本当に動き出した感が郁に押し寄せて。純粋培養純情乙女でもソコソコ持っていた知識の中から、親への挨拶や結納的なことはどうするのかと堂上に問いかける。

 

 

「きょーかん?ウチの母、本当に面倒くさい人ですからね!」

「教官のご両親にご挨拶とか・・・考えただけでも緊張しちゃうなぁ」

 

――教官!

 

―――ねえ、きょーかんっ!!

 

 

 

 

「それ、いい加減もうやめろ」

「へ?」

 

「俺はいつまでお前の教官だ?郁」

 

 

トンっと胸を突かれ、郁はハッとした。

「仕事中は大目に見る。だが、プライベートではもうごめんだな」

「・・・わ、わ、わかりま、した。な、名前、呼べばいいんでしょ」

意図が伝わるのは早かったが、実践となると話は別。かなりの時間を躊躇して、郁はやっと堂上の願いを叶えることが出来た。

 

 

「ん。郁は体で覚えるタイプだからな。訓練しないとすぐに忘れそうだな」

「公私を分けなきゃならないんですよね?両方で呼んでたら、身に付かなそう」

「別に仕事中も名前で呼んでもらって構わないが?」悪戯な笑みを見せた。

「やっ・・・それは・・・色々と恥ずかし過ぎマス」

何を想像したのか、真っ赤になる郁が可愛くて堪らない。

 

 

「じゃあ――― 頑張れ 」

 

堂上の掌が郁の頭を撫でる。

任務中のそれとまるで変わらない優しさを乗せられたが、いつもと言葉が違うだけでプライベート感が満載だ。

 

 

郁の心に火が灯る―――

公私を隔てることなく

それは郁だけに向けられた特別な言葉―――

 

 

 

敬礼したいところを我慢して「はい」と答えれば、その僅かな葛藤さえもお見通しだと言わんばかりの笑顔を向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『教官』に さようなら

 

 

 

 

 

 

 

 

Fin

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糖害報告書3 堂上郁、被弾

団子

comment iconコメント ( 14 )

びっくりしたぁ

タイトルにびっくりしたぞよ。なに!?何があったの!?って

読んで、色々考えさせられました。

提案を受け入れて、仲直りした後の会話も二人の気持ちも、なんだか切なくて・・・くすん

「郁の頭がすこーしずつ傾いてきた」の表現が、すごいお気に入り♪ラストの頑張れは、BOMの教官とダブった!!

深ーいお話でした。ありがとう!

名前: aya@屋根裏部屋 [Edit] 2017-02-07 08:21

びっくりです

こんにちは。
新作ありがとうございます。でもタイトルに「えっ!郁ちゃんと教官、別れるの?なになに~!」ってドキドキしながら読ませていただきました。
三正試験の勉強から、外野の声、先輩業務部員の話から郁ちゃんもいろいろ考えてしまいました。教官も郁ちゃんも同じ方向を向いていたんですけど、郁ちゃんがそこまで気持ちがいってなかったというか、教官も言葉にしないから...でも纏まって良かったです。
郁ちゃんの心情にちょっぴり切なくなりました。

名前: うりまま [Edit] 2017-02-07 10:16

😵💦

もう回りの皆さんは他人事だから無責任に云いたい放題で困ったもんで。斜め上を柴崎が修整し、業務部の先輩からのアドバイスも受け挑んだのにバカバカしいは無いですね。後で拗ねていたからと伝えてましたが、本当にタイトル通りになっていたら恐かったかも⁉

名前: torotan [Edit] 2017-02-07 12:09

別れ話かと・・・

びっくりしました!
あそこから別れ話になっちゃったの??って思った。
教官が却下した理由・拗ねた理由が今までで一番しっくりきました。
それぞれの場面でいろいろ考えさせられることも多いお話でした。
そして、教官にさよなら。ね。じーんときました。

名前: shimoko [Edit] 2017-02-07 16:18

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名前: - [Edit] 2017-02-07 20:38

ayaちゃんへ

むふふ♡ 嬉しい反応♪

郁ちゃんが「部屋を借りたい」って思うまでに、何があったのかな?とか。
あの朴念仁、いくら何でも「バカバカしい」とは何だ!!とかww
原作読んでて思う所が色々あってね。

ホントは最後も「励め」にしようと思ったんだけど。
いや、もっと近しい関係になった感じにしたいなぁ…って思って。
やっぱり、BOMの教官を思い出したんだよ!
あれは…いいシーンだよね♡ 岡田教官、堪らんよね♡

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-08 05:28

うりままさんへ

こちらこそ、ありがとうございます♡

タイトルだけで中身を想像してはいけませーん!(笑)
(ティファニーの郁ちゃんですww)

結果的に二人とも同じ方向を見ているから、何も心配することないんだけど。
(by 柴崎)
郁ちゃんは純情培養だし、教官は朴念仁だしw
この亀の歩みカップルに、結婚ってのは高いハードルですよねーww

郁ちゃんの斜め上を教官が鮮やかに飛び越してくれた・・・
そんな感じなのかな?って思います♡

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-08 05:34

torotanさんへ

きっと郁ちゃんは余計なモノは見ない(聞かない)で、教官のことだけ見てるだろうから、世間の常識的な情報は同期たち外野の皆さんから耳に入っていたでしょうね。
ただし。堂郁は「普通」では無かった!(笑)

あの教官の反応で、別れるって話にならないのも、堂郁ならではなのかも?

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-08 05:39

shimokoさんへ

わー!ありがとうございます♡
「しっくりきた」って一番の褒め言葉いただきました~(*'▽')

皆さんご存知の通り、この後は(プライベートでの)「教官呼び」に中々さよなら出来ない…(笑)
そんな郁ちゃんも可愛いんだろうけど。ね?教官?

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-08 05:44

ぴーさんへ

ありがとうございます♡

同年代の赤裸々トークで、郁ちゃんは社会勉強(笑)
でもやっぱり、天然娘と朴念仁カップルだから、常識は通用しませんがww
教官がちゃんと気持ちを伝えてくれると、それだけで安心できるカップルなんですけどねぇ…

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-08 05:48

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名前: - [Edit] 2017-02-08 19:23

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名前: - [Edit] 2017-02-08 22:01

サトちんさんへ

このタイトルは波紋を呼びましたね(笑)
ちょっと狙ってみました…ウヒヒ

教官って呼んでたのが名前呼びに変わる…って結構重要。
一大決心!だったと想像しました。

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-19 23:15

nonorinさんへ

原作には無かった、郁ちゃんが部屋を借りるって話に漕ぎつけるまでを妄想してみたら、却下した教官が許せなくなってしまいましたww
郁ちゃんにしてみたら、すごく勇気の要る話だったと思うのに・・・
だからね、一度さよならしてみるかい?ってな感じで(笑)
お仕置きこめてます(*'▽')
とは言え、堂郁を別れさせるなんて有り得ないのです♡
最後はちゃんと落ち着く所に・・・。

名前: 悠@youBB [Edit] 2017-02-21 10:29

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