平行して進む二つのシリーズも最終章突入です。
今回、裏会報シリーズは特殊部隊の号外を投稿します。
そして、次回は「はじまりのla」の最終話。
さらにその後、裏会報最終話…となって、シリーズ完結です。






【号外】特殊部隊 3

 

 


 

プロローグ

 

 

 

2年振りの奥多摩訓練でのアクシデントにより、笠原が危機一髪のところで堂上教官に助けられた。代わりに堂上教官が軽傷を負ったが、本当にそれは大したことは無く、すぐに訓練出来る状態であったし、本人もいつもと変わらない様子だったということだ。

 

小牧教官からの報告によれば、堂上教官が怪我をした時の笠原は取り乱して泣きじゃくったという。手塚からは、怪我直後に笠原が意識を失いかけたと。相当のショックを受けたと推測できる。

 

基地に帰ってきてから、堂上教官の様子が明らかに変わっていた。

私が思うに、それは「恐れ」。笠原がピンチに陥ったところを目の当たりにして、今後そういうことが起きない可能性よりも、限りなく起きる可能性の方が高いということに気づき、そしてそういう時に笠原を必ず救えるか、と自問したのだろう。

併せて、小牧教官から聞いた、堂上教官が見た「夢」の話―――それがきっと引き金になってしまったんだろうと。そんな辛い思いをしたのかと、少し不憫に思った。

 

教官は、笠原に触れるのを恐れた。

本当は今まで通りに頭を撫でてやりたいと思っていたはず。だけど出来なかったのは――

 

 

教官は自分の中の想いに気づいたんだと思う―――

 

 

笠原を大切に思うからこそ、触れられない。

一度触れてしまったら、きっと思いが溢れて止められなくなる。

 

 

教官の想いは深い。

笠原相手だから、尚のこと。

その愛情の深さには感謝してる。

 

 

だけど―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んっなもんは、溢れてしまえばいいのよー―――っ!!

 

教官の想いなんて、この際どーでもいいの!

 

笠原に 寂しい表情なんてさせないでちょーだいっ!!

 

 

 

 

ってことで、柴崎麻子、キレました。

我慢ならず、教官の腕を取って、無理矢理笠原の頭に乗せてやりました。

 

結果どうよ?

小牧教官からは「MVP」って言われたわよ♪

 

タスクのみなさん!

たまには力技も必要ですのよ?

いつまでもお宝写真撮るばかりが能じゃないでしょう!

 

 

 

もう!ホントに・・・世話の焼ける男共だわよっ!

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

夏の扉

 

 

 

「世間は夏休みで浮かれてやがる」

 

進藤が言い放った一言で、タスクの事務室内に緊張が走った。

図書隊防衛部には、纏まった夏休みは存在しない。

世間がお盆休みの間も、図書館を傘下に持つ基地は警備と緊急時対応の待機が課せられている。だから毎年のこと、この時期になると進藤がボヤき始めるのだ。

何かしら始まる予感・・・優秀な人材が集まるタスク仕様の危機管理能力が働き出す。

 

 

「俺たちも浮かれようぜ!」

 

元気に立ち上がった進藤に、まっすぐ視線を送る者は居ない。

微妙な空気が漂った時、事務室の扉がバーンっと開いた。

 

 

「ただいま帰りましたーぁっ!!」

 

 

郁を先頭に、堂上班が熱気を送り込んできた。

午後の訓練組は4班。堂上班は一番最後に戻ってきたようだ。

 

「あー、外との気温の差に幸せ感じちゃいます

「大して冷えてないけど、訓練後だから結構キクね」

「扇風機の前とか占拠したいですね」

「訓練してなくても占拠してる大人がいるが?」

 

4人同時にその方向を見ると、進藤が口をあーんっと開けて扇風機の首振りに付き合っているのが見えた。

 

「子供かっ!」

「子供だね」

「子供ですね」

「こども、こどもー♪」

 

堂上班の一斉ツッコミにムッとしながらも、その場所を動こうとはしない立派な大人・進藤。

 

「進藤一正、ちょっとどいてくれません?風が来ないんですけど」

「そうですよー!扇風機の独り占め禁止―っ!」

「首振り機能が無駄になってますから」

「個人の扇風機でやってくださいよ」

 

 

「「「 おお~っ!! 」」」

 

 

堂上の提案に皆が目を輝かせた。

暑さでやられた脳ミソでは、何も考えられなかったようだ。

 

「じゃ、僭越ながらあたしが、カオリさんに連絡して差し上げますね♪」

「お、おいっ!」

「えーっと・・・扇風機を・・一台ぃ・・・タスクの事務室にぃ・・っと」

「笠原?マジか?」

「ええ。いたって真面目ですけど?」

 

 

進藤以外は気が付いていた。

堂上班は揃って暑さにやられて帰ってきている。通常の思考ではない状態で会話しているのだ。その証拠に、堂上の眉間に皺が寄らない。

 

――どうする?援護するか?

――・・・巻き添え食わないか?

――それだよな。触らぬ神にナントカだぞ

――・・・だな。

 

早々に進藤への援護は見送られた。今後、静かに見守られる。

郁が「えいやっ!」と送信ボタンを押すと、進藤がぐったりと項垂れた。そのタイミングで小牧が扇風機の首をグイッと回して、首振り機能をオフにした。

 

「あ~~~~っ♪きもちいぃぃぃぃぃ!」

「快適だなぁ」

「自然風みたいですね」

「これがf分の1ゆらぎってヤツだな」

 

「「「へえぇぇぇぇ!」」」

 

 

さながら「ミニ学級」。堂上先生に群がる、先生大好きっ子達。

微笑ましく見つめていると、進藤が睨んでいる気配がした。

ギシリと固まった隊員たち。

 

「なあ、堂上班。夏休みのイベントに絡んでるのは笠原だけだよな?」

「はい!でも、それも後半からは警備でしか関わりませんけどね」

「あ?どした」

 

堂上班の4人はそれぞれ顔を見合わせた。

誰が告げてやるべきか、アイコンタクトで相談している。

さっと手を挙げたのは堂上だった。

 

「男子中学生の行動に苦情が入ったので、その対応でイベント内容が多少変更されました」

「・・・ふ~ん。あのさ、中坊に遊ばれてる笠原を助けに行くと言ったのは、どこのどいつだっけか」

「・・・っ!!」

「えー?なんですか、それ」

「笠原、あのな、堂上がな――――

「進藤一正!!それはもういいです。で、何かお話があったんじゃないんですか」

 

非常事態の堂上遮断機は、進藤相手だとタイミングが遅れるらしい。

聞く人が気の利いた人間ならば、進藤の言葉を繋げるだけで内容が理解できようが、この場合の話を知られたくない相手は郁だ。言葉繋ぎも、深読みも、どんな手段も使わずにただそこでニコニコとしていてくれる。堂上には助かるのだろう。それを繰り返しているから、うっかり対応が遅れるのだ。

 

 

「・・・夏だな」

「は?」

「世の中は夏だ。真夏だ!」

「・・・それが?」

「浮かれてるヤツらを見て、悔しくはないか」

 

堂上班4人は顔を見合わせる。

 

「特には」

「どーでもいいかな」

「別に気になりません」

「楽しい毎日♪」

 

郁の一言に皆が破顔し、堂上は郁の頭に手を乗せた。

えへへ、と笑う郁の可愛いことこの上なし。

 

「・・・笠原、お前は安上がりな女だな」

「ん?安い、ですか?」

「おいこら、よく聞いとけ。安い、じゃなくて、安上がり、だ。意味が違うだろ」

 

郁の天然な返しに堂上が噛みつく。そこは何としても譲れないといった様子に、小牧は笑い崩れた。

 

「世間の若者は、新作水着にテンションあげて、やれ海だ、プールだと遊びまくりの毎日だぞ。それなのにお前は、こんなムサいところに軟禁状態でも『楽しい』と言うのか。安上がりにもほどがあるだろ。気の毒になってきたぞ」

 

進藤が大げさな仕草でウソ泣きを始めた。堂上の溜め息が背筋を凍らせる。

郁は進藤の話を(一応)真剣に聞き、思考を巡らせた。

 

「意味わかんない。みんな、好きなことやってるってだけですよね?だったら笠原は好きな仕事してますけど?だから楽しいですよ?」

「そうだね。遊ぶばかりが娯楽じゃないよね」

「俺も特別、他にやりたいことが思いつきませんね」

「・・・仕事中に遊ぶこと考えてるのは進藤一正くらいですよ」

 

堂上班の総攻撃を受けて、進藤はクッと喉を詰まらせた。

悔しさの滲む様子に隊員たちはハラハラし、ここぞとばかりに助け船を出した。

 

「進藤さん!お子さんたちのために、一応まとまった休み取ってますよね?どこかに行くんですか?」

「んあ?・・まあな。チビが海に行きたいって言うからな」

「わー!海!!進藤一正、是非、茨城の海に行ってください!!」

「あー、笠原は茨城出身か」

「はいっ!いいですよ~♪よかったら、おすすめポイント纏めますけど」

「そうだな、頼むかな」

「はいっ!」

 

郁はウキウキしながら自席でスマホを弄り始めた。検索でもかけているのだろう。

進藤はその様子を見ながら、あっ、と何かを思い出したようだ。

 

「海といえば・・・お前たち経験ないか?海とかプールとか、入るともよおさないか?」

「もよおす、とは・・・アレですか」

「ああ、アレだな」

 

タスクの男たちが腕組みをして考え込んだ。

 

「確かに、もよおしますね」

「うん、高確率でもよおします」

「単に冷えてるだけじゃないですか?」

「だとしても、確率高すぎじゃねーか?」

「もよおす人ぉ?」

 

手を軽く上げながら伺うと、ほとんどが挙手した。

スマホの画面から視線を上げた郁が、きょとんとしている。それと進藤は目が合った。

(合ってしまった!)

 

 

「笠原、お前は?」

「・・・へ?」

「それこそ、茨城の海で、もよおしたことは無いか?」

「・・・もよおす?」

 

コイツは分かってないな、と堂上班の3人が溜め息を吐く。

更にきょとんとする郁を面白そうに見ながら、進藤は直接説明を避ける手段を取った。

 

「何年か前に友達家族と海に行ったときな、友達の長男が4歳くらいで。その子が海入ってしばらくして戻って来た時に、母親に真剣な顔で訴えかけるわけよ。

 

 『ママ、うみのお水、のんじゃダメだよ』

 

幼子の可愛い発言に、皆がニコニコして質問したんだ。『なんで?』と。そしたらな、

 

 『ボク、うみで おもらし してきたから』  と。

 

俺たちは返事に困ってな。薄まるから平気だとか、そんなことは言えなくて。『正直に話してエライな』と褒めといた」

 

進藤の話を聞いて、郁は「可愛いー♪」などと笑っていたが、その話と今までの流れを結び付けられると、一気に表情が無くなってきた。

 

「・・・つまり?」

「海に入ると、もよおす、って結論だ。で、お前はどうだ?と聞いた」

「・・・は?」

 

郁が完全に固まった。

手塚は苦い顔をした。

小牧は腹を抱え始めた。

堂上は耳を赤くして立ち上がった。

 

「進藤一正!仮にも笠原は女です。おもらしの話を聞くのは、どうかと思います!」

(あ、仮にもって言っちまった!)

「いや、堂上。子供のおもらしの話だぞ。可愛いもんじゃねーか」

(おい、仮にもは無いだろう)

「くくく・・・だけど、笠原さんは大人ですよ。おもらしとか、言いたくないでしょー」

(堂上、失言だよ!)

「いくら笠原でも、おもらしとか言えないと思います、俺は」

(自覚あるから気づきませんね)

 

 

目の前で繰り返される「おもらし発言」に、郁は顔を赤くして俯くしかない。

 

 

「おーい、お前ら!さっきから仕事しないで何の話をしてるんだ!」

 

部屋に響き渡った声は玄田のもの。振り返ると、事務室入口に玄田と緒形が並んで立っていた。

 

「さっきからくだらねー話ばっかりしやがって」

「扇風機から おもらし ?進藤は現実逃避が過ぎるぞ!」

 

「え、隊長たち、扇風機の話からいらしてたんですかっ!」

「おうよ」

「・・・ずっと聞いてたんですか」

「・・・まあな」

 

もっと早く止めてくれよ!!っと隊員たちは心で叫ぶ。

 

「そういう隊長はどうなんです?海入ったらもよおしませんか」

「海でおもらしとか、子供の話だろ」

「いや、おもらしはしなくても、もよおすって話っすよ」

「さあて、どうだったかなぁ」

 

玄田が考え込む形になった時、郁が机をダンッと叩きながら立ち上がった。

 

 

「もうっ!さっきからアンタたちは・・・口を開けば『おもらし、おもらし』って。何度『おもらし』って言えば気が済むんですか?言いたいだけでしょー!」

 

鬱憤を晴らすかのように爆発した。

タスクの事務室内に小牧の上戸の声しか聴こえない状態になる。

 

 

 

皆は、ハッと気が付いた。

全員が暑さでヤラレている、と。

 

空調の設定温度を1℃下げてくれた緒形に感謝しつつ、くだらない話で盛り上がり過ぎて仕事が捗らなかった本日は、全員が残業することとなる。

 

 

 

 

 

 

そして―――

 

進藤は忘れていた。

 

 

 

帰宅すると嫁が鬼の形相で待っているであろうことを――

 

 

 

 

 

 

 >進藤一正がわがまま言って困ります

 >個人の扇風機が欲しいそうです

 

 >さっきから『おもらし』連呼してます

 >タスクは今日も暑いです

 

 >笠原より

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

はじまりへの序章

 

 

 

 

秋の風が心地よく吹き抜ける午後。

タスクの事務室内では静かな睨み合いが続いていた。

 

「絶対に受け取りません!」

「そんなこと言わずに頼むっ!!」

 

自称やればできる子:進藤が、出来のいい後輩:堂上に、書類の束を丸投げしようと模索していた。

第一段階は「通り魔」(通りすがりに置いていく)。第二段階は「迷子作戦」(紛れ込ませる)。現在、第三段階「拝み倒し」に至る。

言わずもがな、状況は厳しい。それでも諦められない戦いがここにある!!

 

 

「堂上、そんなに書類たまってないだろ。だからちょーっと俺のをな」

「いえ、この状況は俺が計算し尽して進めた結果ですから。今日の仕事分はすでにオーバーしてるんです!」

「そこを何とか・・・この通り!!!」

 

両掌を合わせて頭を下げた上まで掲げて見せる。

堂上は横目でチラリと進藤を見て、また視線を自席のパソコンへ戻した。

何としても今日は受け取れない。絶対に時間内に終わらせるのだ!

 

不毛な戦いを地味に続けながら、時間は刻一刻と定時に近づいていた。

そんなタイミングで郁が日報を上げる。定時ギリギリの珍しい瞬間を目にした進藤はニヤリと口角を上げて郁に問いかける。

 

「おい、笠原。珍しいじゃないか。どうした」

「あー。今夜はちょっと・・・」

 

そう答えた郁が、チラリと堂上へ視線を送ったのを見逃さない。

さらにスイッチが入ったようだ。

 

「お、まさか笠原。今夜はデートか?」

「え、い、いや!で、で、デートとかっ!そ、そんなんじゃないですって!」

「怪しいな。その慌てようは、正解だと言ってるようなもんだろ」

「ち、違いますって!!堂上班での飲み会―――

「笠原っ!!!」

 

郁の言葉を遮るように堂上が郁を呼んだが、時すでに遅し。

 

「ほー。堂上、お前が俺の書類を受け取らなかったのは、ソレか」

 

ここまでの堂上の苦労が、敢え無く徒労となった瞬間だ。

がっくりと項垂れ、しばらくして顔を上げた時には眉間の渓谷をグランドキャニオン並みにしていた堂上。苦々しく吐き捨てた。

 

 

「部屋、広いところに変更しておきますから!」

 

 

書類の丸投げを引き受けるより、飲み会の共同開催に踏み切った。

堂上、渾身の英断だった―――

 

 

 

 

 

 

「おいこら、笠原が潰れるの早くないか?」

 

 

進藤たちが仕事を終えて合流したのは、堂上班の集会が始まって1時間半後だったが、すでに郁は寝落ちていた。

堂上の上着をしっかりと掛けてもらって、幸せそうな顔をしている。

 

「・・・あの悲鳴を上げたヤツとは思えない寝顔だな」

「柴崎の報告によると、昨夜はあまり眠れてなかったみたいです」

「と聞いたので、ちょっと飲ませました」

「堂上にしては珍しく、気が利いてるよねー」

 

片腹を押さえる小牧に向かって、堂上はおしぼりをひょいと投げた。

 

 

昨日、特殊部隊の全体会議があった。

その席で、来月茨城県立図書館へ応援出動する旨の話がされると、郁は悲鳴ともとれる声をあげて皆を驚かせた。

茨城―――つまりは、郁の生まれ育った地へ赴くのだ。普通なら喜んでも良さそうなところ、郁は明らかに困った表情で緒形の話を聞いていた。理由は言わずもがな――

 

「親子の和解は遠いか」

「――笠原から近づくチャンスがあればいいですけど」

「戦闘職種ってのを理解してもらえるかなぁ」

「理解してもらえなくても、話さなければ何も始まりません」

「・・・だな」

「・・・だね」

 

予想外に手塚の発言が大人で、上官たちはその精神的成長に微笑む。

もう一人の末っ子も成長している。してはいるが・・・

 

「昨日みたいに感情が思わず声に出ちゃうって方が安心だよね」

「・・・あれはあれで、俺の心臓が持たんがな」

「くくく・・・そう言いながら、笠原さんの口塞いだ後は耳が赤くなってた誰かさん♪」

「――小牧っ!」

「はーい。お口チャック!」

 

小声で牽制し合いながら、堂上は郁の傍らでグラスを空ける。

タスクや班の飲み会では恒例になった光景も、堂上と郁の気持ちの変化からなのか、最近は甘さが増しているように隊員たちは感じていた。

 

本当は郁の両親対策会議に充てたかった今回だったが、手塚の報告によって目的は変更された。寝不足戦闘員などタスクから出すわけにはいかない。早々にアルコールで潰してしまおうと考えていたので、進藤たちの登場は渡りに船な部分もあった。

 

いつもと変わらないバカ騒ぎな集団を頬杖つきながら眺めてみる。

このメンバーで戦い始めて何年になるのだろう・・・配属前の苦い経験も思い出された。

 

こんな気持ちになるのは、茨城に出動が決まったからに他ならない。

今更、郁の王子様云々を持ち出す輩は居なくなったが、その誕生の地へ赴くとなると話は違ってくる。

それに――小耳に挟んだ不穏な情報が、堂上の心に影を落とした。

 

 

「小牧、嫌な予感しないか」

「・・・堂上も感じる?」

「ああ。何かに巻き込まれてるような気もするな」

「俺も。考えすぎかと思ったけど、堂上もそうなら当たってるかも」

 

小牧の返事は軽いものだったが、その裏に隠された気持ちは不安以外の何者でもなかった。

タスクの最年少班長でさえ感じているのだ。諸兄たちは如何ほどか。

 

「多分、今日は笠原さんのための飲み会だって気づいて、作戦会議しながら来たんじゃないかな。寝顔みた時のあの人たちの顔、見た?蕩けそうだったよ」

 

小牧の言葉に堂上も僅かに微笑んだ。

 

「それ!堂上もさ、そういう表情するようになったよね。俺としては嬉しい傾向」

「そ、そういうって、どんなだよ!」

「はは。進藤さんたちの蕩けるの100倍くらいの蕩ける?」

「・・・嘘つけっ!」

 

片腹を押さえつつ「どうかな?」と意味深に微笑んでグラスを合わせた小牧は、ジョッキの半量を一気に飲み干して手塚に追加を要求した。

 

 

 

 

 

 

 

まだ門限には早い時間に堂上と郁の影が重なっている。

背中で知れることは、班長として欠かせないデータの内だ。貴重な時間内でしっかりと仕事を熟さなければならない。

 

「んー・・・ん?」

「起きたか」

「―――これまた、ご迷惑を」

「いや、今日は俺が飲ませたからな」

 

小さく「これでいい」と呟いたが、顔が肩に乗っている郁にはしっかりと届いていた。

 

「きょーかん。もしかして昨夜眠れなかったって気づいてました?」

「気づく前に手塚から報告があった」

「え?手塚?」

「柴崎だろ」

「・・・そっか」

 

郁と柴崎の特別な関係の中で、それは許容の範囲内だと受け取れる返事に、堂上はふと笑みが零れた。

 

「柴崎も茨城に連れて行ければいいんだがな」

「え?どうしてですか」

「お前一人、あちらさんの女子寮に放り込むことになるんだぞ。どんなところか分からんのに、不安じゃないのか」

「んー、でも基本女子なんて食べて喋ればそれなりに打ち解けられますよ?」

 

堂上は口角が上がるのを感じた。――そういうヤツだよな、お前は。

現在、水戸準基地内で何が起きていて、何処へ向かおうとしているのか。それさえも掴みきれていない状態で、郁の不安を煽るようなことはしたくないと、事の核心には触れずに話そうと決める。

 

「ま、お前のその馬鹿正直さなら心配も要らんだろ」

「わっ!馬鹿って・・・ヒドイ」

「くくっ・・・でも一つだけ約束だ。小さい事でも、何かあったら俺に言え。いいな」

「――約束、ですか?」

「命令の方が良かったか?それならいつでも復唱させるが」

「い、いえ!約束がいいです!!」

 

首に巻き付けていた腕を前へ伸ばし、手を開いて左右に振る。

堂上の目の前に現れたその両手を思わず掴みたくなる衝動に駆られた。

 

 

 

――負ぶってて良かったな

 

もし、向かい合って両手を掴んだとしたら

 

その後はどうなるのだろうか

 

 

 

 

ふっと過った思考を遮るように、郁の腕は再び堂上の首に巻きつく。

少し安心し、少し寂しく想った。

 

 

「おいこら。すっかり覚醒してんなら歩け」

「・・・気がついちゃいました?てへへ」

 

おどけた郁の声に声を上げて笑いながら、そっと屈んで着地を促す。

ちょっとだけ、我慢してたものを解放してやることにした。

 

 

「笠原、もう一度言う。

 約束だ。

 何かあったら俺に言え。

 電話でも、メールでもなんでもいい」

 

 

そう言って手のひらを頭に乗せてやると、郁が目を瞑ってそれを受け入れる表情が見えた。

 

「・・・心の中で呼ぶ、のは無しですか?」

「・・・それは、非常事態時のみ許可だ」

「ふふ・・・わかりました」

 

 

ぽんぽんと手を弾ませてくしゃりと混ぜてやると、肩をすぼめてくすぐったそうにする。

まるで飼い犬を構っているようだな、と心の中で笑ったが、掌に残る温かな感情はそんな物とは比べ物にならないくらいハッキリしていた。

 

基地へと歩き出すと、郁が遅れてついてくる。

堂上は振り返って手を差し出す。それを掴むかは、郁次第だ。

 

郁は笑顔で手を取った。

 

 

 

――お前は、そういうヤツだよな

 

 

その行為に特別な意味を求めない。

 

そうやって今まで郁が受け取ってくれたことに感謝しつつ、堂上自身の心の中の透明な箱の蓋が、今まさに開けられようとしていることに気づいたことを誰にも知られないよう注意する。

 

 

 

 

 

 

もうすぐ、何かが始まる。

 

 

そんな予感が芽生えた瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】

→本編「さぁ鐘を鳴らせ」へ


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