箸休め的なww







花咲く前

 

 

 

 

新年度に切り替わる前に、笠原が事件に巻き込まれた―――というより、笠原に対する妬みから業務部の先輩が考えたお粗末な計画と、利用者の個人的な事件が重なった結果、笠原の背中に傷を作ることとなった。

業務部の虫たちは早々に依願退職や異動を希望し、タスクの諸兄たちの表情を曇らせた。

情報部の私の所にも報告は上がってきた。やはり、上層部の行政派が暗躍したらしい。玄田隊長はひどくご立腹だった。

本来なら同僚である隊員を危険に晒したのだから、背任行為として厳重な処罰ができた。

しかし、本人たちが猛省しているとして上層部の恩情がかけられた。

 

――納得いかない

 

私たちの――特に特殊部隊の面々の不満は計り知れない。大切なタスクの姫を傷つけた罪は重い。自分たちの怒りを通しきれなかったことが悔しく、また力の無さに肩を落としていた。

 

そんなタスク隊員の気持ちを知ってか知らずか・・・当の笠原は、普段と変わらず明るい笑顔を振りまいていた。傷は浅いもので、すぐに塞がって痛みも少なく済んでいたことも要因であっただろう。

それに加えて、笠原には嬉しいことがあったようだ。

 

それは春の日のこと。堂上班と私とで、少し遅いお花見をした。

新人教育隊の指導教官拝命中の堂上教官と小牧教官が、無理して作ってくれた時間。それだけでも笠原は嬉しかったのだろうと思う。

でもあの日から明らかに、笠原は綺麗になっている。

 

――教官と何かあったの?

 

聞きたいことは一つ。だけど聞かなくてもわかる。

まだまだ天然無自覚娘の名は返上できていないけど。

確実に笠原の中に教官への淡い思いが芽生えて、膨らんで、ようやく花開く時がやって来ようとしている!

 

 

 

 

新人の配属先が決まり、今年度も新たな気持ちで業務を熟す毎日が始まったころ、タスクが奥多摩訓練へ行くと聞いた。

今年、新人の配属は無かったが、防衛部からの異動者が数名いたタスク。郁たちにとっては先輩にあたる新人を歓迎する行事としての位置づけ。先行隊と後行隊に分けて一週間ごと、総日程二週間の訓練は、予想外のコトが起こり笠原を慌てさせた。

 

ヘリからの降下訓練時、アクシデントに見舞われ落下した笠原を庇って、堂上教官が怪我をしたのだ。

その連絡を受けた時、私は笠原の気持ちを想って居ても立っても居られなかった。

あの子のことだ、絶対に自分のことを責めているだろう、と想像がつく。

持ち前の斜め上を行く思考で、悪いことばかりを考えて泣き腫らしているだろう。

(そして教官は、そんな笠原に困り果てるだろう)

 

 

私の心配を予想してか、小牧教官からメールをいただいた。

 

>心配ないよ。怪我は軽かったし

 何より、笠原さんに付き添いさせたら

 堂上が少し素直になってたよ()

 

 

そっか。二人だけの時間が出来たんだ。

それなら教官は、また笠原を掬い上げる何かを尽くしてくれただろう。

 

ちょっと安心した。

 

 

 

 

 

 

ちょっと、だった・・・

 

訓練を終えて帰ってきた笠原と教官は、なんとなく以前とは違う雰囲気だったから―――

 

 

 

 

一言で言えば『憂い』。

訓練から帰ってきた笠原の、その悩まし気な雰囲気に周囲は色めき立った。

あの笠原が!といった好奇の目の中に、それまで彼女に感じ得なかった女カテゴリーへ誘導するような空気。

ずっと見守ってきた私には分かる。それは堂上教官と無自覚に育んできたものなのだが、普段の笠原を眼中に入れてなかった輩には突然の出来事のように見えるようだ。

だからじわじわと噂は広まり、それがやがて堂上教官の耳にも届いてしまった。

こんな風に笠原が見られていると知ったら、絶対に番犬化するだろう。

 

っと、心配のうちにも入らないような心配をしていたところへ、小牧教官から思いも寄らなかった話をされた。

 

 

「堂上がね、拗らせてるんだ」

「・・・え?」

「最終日の館内抗争訓練なんて、使いものにならなかったよ」

「そんなに?」

「うん。あまりに様子がおかしいから、こっち来てから毎日探り入れててさ。やっと聞けたのが『夢をみた』って、それだけ」

「・・・ゆめ・・」

「これは俺の予想ね。夢の内容が良くなかったんだよ。俺たちのような職種の人間がみる夢で、精神的にクル内容って言ったら、死を連想させるもの」

 

小牧教官の言葉で、更に私が想像したのは・・・大切な誰かの死、だ。

そのくらいショッキングな内容でなければ、何年もこの職種を続けている人を動揺させるようなことにはならないだろう。

堂上教官が動揺するくらい大切な誰か・・・それは笠原じゃないだろうか。

 

 

「・・柴崎さん、もしかして想像できちゃった?」

「はい、多分。きっと正解だとも思います」

「悪い夢をみただけじゃないんだと思うんだ。笠原さんと何かあったんじゃないかな?」

「・・・ちょっと笠原の方も探ってみますね。あの子、態度はあまり変わってないんですが、周りがビックリするほど女らしくなってて。心配なんです、色々と」

 

 

 

もうすぐ夏休みの為の館内イベント準備で忙しくなる。

笠原との接点が増えるチャンスに恵まれる今年の夏を純粋に楽しみにしていた私に、重要なミッションが下された気がした。

 

 

 

 

 

◆◆



士長昇任試験の実技試験で笠原が披露したものをベースとして、夏休み中の子供向けイベント企画が立ち上げられた。

勿論、企画は業務部だが、ベースとなるのが笠原発案ということで今回はアドバイザーとして一緒に運営していくことが決まった。

故に、タスクのシフトから一人離れての業務。今までも業務部の助っ人的なポジションで出向いたことは幾度かあったが、今回はそんな甘い考えでは居られない、結構な重責を感じる立場での関わりであるために笠原は心細い様子だ。

 

「タスクの皆様、本日より笠原を業務部でお借りいたします!」

「おう!あんまり扱き使うなよ!いざって時は防衛方として最前線に出向くんだからな」

「分かってますよぅ!あくまでもアドバイザーですから。私が目を光らせてます!」

 

笠原を安心させたくて、わざわざ事務室まで迎えに行って諸兄たちに挨拶した。

みんなは優しく見送ってくれるようだ。だが・・・

 

「・・きょーかん。笠原、行ってきますね」

「・・・ああ、しっかりな」

 

いつもなら、堂上教官の手が笠原の頭を撫でるであろう場面で、そんな素振りも無く一言取って付けたような送り出し。

笠原は明らかに残念そうにした。今にも泣きだしそうだった。

 

 

何があったか知らないけど、笠原にこんな顔させるなんて・・・

一気に怒りのメーターが振り切ってしまった。

 

笠原の手を引いて廊下へ出ようとしていたのを方向転換し、堂上教官の目の前へと足音を大きくして近づいた。

私の勢いに押されたのか、教官は上半身を仰け反って困惑の表情をしている。

下から上目遣いで睨みつけ、口角を上げてやると、更に教官の顔は引きつった。

 

「な、なんだ」

動揺が隠せないらしい。

「教官?何か忘れていらっしゃいませんか」

笠原の腕を抱えるように引っ張って、体を私の横へ強引に並べた。

「忘れ物?」

「ええ。ね、笠原?」

「は?な、なに?わかんないよ」

笠原に振っても慌てるだけだ。

教官の眉間に皺が寄ってきた。訳が分からないから怒りが湧いてきたのだろう。

私は大きな溜め息を一つ聞かせて、胸を張って「失礼します」と教官の腕を取った。

 

「はい! わ・す・れ・も・のっ!!」

 

 

笠原、デカ過ぎだっつーの!!

背伸びして、ちょっとジャンプして、教官の掌を笠原の頭に乗せてやると、重みを嬉しそうに受け止める笠原の赤い顔が見えた。

 

――もう!ホント、可愛いんだから!!

 

 

絶対に私と同じ感想を持つはずの朴念仁に視線を移せば、面食らった表情のまま、そのくせ掌は私の誘導を必要としないで笠原の髪を撫ぜているのだ。

 

――ホント、世話の焼けること

 

 

今度は小さく溜め息をつく。

すぐそばに来た小牧教官が「本日のMVP」と囁いてくれた。

 

 

 

少しは教官の心の淀みを薄めることが出来ましたか?

あなたのその心の闇は笠原が原因だと思いますが、そんな笠原があなたの闇を取り除ける唯一の存在だってことも確かなことなんですよ?

 

 

 

 

 

◆◆◆



順調に夏休みの企画準備は進み、笠原は業務部内でも一目置かれる存在になっていった。

 

――当然なのよ!思い知ったかっ!!

 

心の中でガッツポーズの毎日。そしてイベント期間に突入した。

このイベントは小中学生を対象に、夏休みの自主学習や研究課題に有効な内容として練ったので、連日子供たちの利用が多くなった。

依って、図書館でありながら少し騒がしくなることもある。他の一般客からクレームが入ることも予想し、その通りにクレームは入った。

 

業務部員がクレーマー対応に回り、防衛方で騒ぎの発端となった子供たちに教育的指導をする。

ところが、この教育的指導をするべき笠原が、特に男子中学生の揶揄いの的になってしまった。まったく言うことを聞かない男の子たちに手を焼きながら、笠原は図書隊員として立派に立ち回っていた・・・と思う。

相手が悪かったのだ。そういう甘い目で見てはくれない輩が必ず居るもので。

ちょっとした噂が立ち始めた頃、警備強化と銘打って堂上班の登場となったのは、騒ぎを聞きつけたタスクの諸兄たちからの救いの手だったということに気が付いたのは後になってからだ。

 

 

 

 

「何を騒いでる」

 

3人の男子中学生が席を立ったままで屯っている。その脇で笠原が困ったように声を掛け続けていた。

その様子を頬杖と流し目で呆れながら見ている女子中学生と、少し離れて巻き込まれないように小さくなっている小学生たち。

 

学習室の中を一通り検索して、堂上教官は厳しい顔つきのまま笠原に視線を定めた。

「笠原、状況を報告」

「はいっ!・・・この子たちが調べ学習をするために閲覧室へ行きましたが、一般の利用者さんに『うるさい』と怒鳴られてしまい、すぐにこちらに誘導しました」

「で?今はどういう状況でこんなに騒がしくなってるんだ」

教官の眉間がヤバイことになってきた・・・。

「えーっと、そのぉ・・・」

「笠原!」

言い淀む笠原に、教官は容赦しない。瞬時に背筋が伸びて、笠原の身長が更に高くなった気がするのは私だけ?

 

 

「教官、この子たちに悪気はないんです」

 

笠原の絞り出すような声に驚いだのは、教官だけじゃなかった。

子供たち全員が、笠原に注目したのだ。

そう、騒いでいた張本人も目を丸くしている。

 

「企画自体、小中学生対象と謳っていますが、やはり小学生に手厚い内容になってしまっているのは否めません。中学生には物足りないんだと思います」

 

 

子供たちが騒ぐのは、企画が甘かったからだと言うのだ。

私は笠原の意図するところを理解した。そっと堂上班の男衆を盗み見ると――

 

 

――あぁ、みんな笠原の考えが分かってるのね

 

 

その上で、教官は笠原の対応の悪さを指摘し始めた。

互いに考えていることを読めている状況であっても、これは見ていて辛い。

笠原がだんだん背中を丸め、小さくなっていくのが分かると、小学生の間からすすり泣く声も聞こえ始めた。

 

 

「いくちゃん、わるくないもん」

はじまりは小さな声だった。

「そうだよ。おねえちゃんはちゃんと叱ってたよね」

「おにいちゃんたちがわるいよね」

 

そこへ女子中学生も加勢する。

「やる気の問題でしょ。中2なんだから、自分で何とかしなきゃねー」

「そうそう。もう小学生じゃぁないんだからさぁ」

剣呑とした言い回しに、男子中学生の一人が顔色を変えた。

明らかに女の子の発言にショックを受けたようだ。

 

笠原は子供たちが対立しないようにと、宥めるようなポジションになった。

そこで堂上教官がとどめの一言を放つ。

 

 

「君たちは明日からのイベントに参加できない。いいな」

 

これには笠原も食ってかかる。

「教官!それは横暴です!」

「利用者からの苦情を考慮してだ。今日が初めてじゃない。連日注意喚起し続けた結果だ」

「それはっ!!あたしの注意の仕方が甘かったんです。この子たちは悪くないです」

「まだ言うかっ!お前の注意の仕方うんぬんは、後でたっぷり説教してやる。それとこの子たちの問題は別だ。公共の場でのマナーを勉強しろと言ってるんだ」

 

もう、笠原に反撃の言葉は無かった。これがある程度の作戦だとしても、教官の言い分は一つの間違いもない。マナーを学べ・・・それに尽きるのだ。

しかし、ここには笠原の応援団が居た。

 

「なんでいくちゃんをいじめるの?」

「ひどーい!いくちゃん、ちゃんとお仕事してるのにぃ!」

「きょーかん、きらーい!」

 

堂上教官を「きょーかん」と呼ぶ子は、普段から笠原のファンであることを親子で公言している。よって、二人の微妙な関係も母親は知っていて、娘にそれとなく話していたような気もするが・・・今日ばかりは「キライ」と言い放った。かなりお怒りモードなのだろう。

そんな子供たちの言葉に、多少なりとも傷ついた教官を見て、今度は笠原が傷つく番だ。

 

「やっ、まゆちゃん、そんなこと言わないで!教官はなにも悪くないんだよ。あたしがちゃんと出来てないだけだから、ね?」

「でもー!いくちゃん悪くないじゃん!なんでいくちゃんばっかり怒られるの?悪いのはおにいちゃんたちでしょー?」

「そ、それは・・・まあ、いいから、ね?」

「よくないよっ!いくちゃんのこと怒るきょーかんもゆるせなーい!」

 

もう収集がつかない。小牧教官が床とオトモダチになりはじめ、手塚はこめかみを押さえてあらぬ方向を見つめていた。

ダメだ・・・これでは解決策まで話が進まないだろう。

 

 

再び、私の大きな溜め息を聞かせて差し上げた。

 

 

「ねえ、アンタたち、分かった?その空っぽの脳ミソでよーく考えなさいね。

 アンタたちの浅はかな考えで笠原を揶揄ったばっかりに、今この場は関東図書隊一のバカップルの餌食よ?どうしてくれるの。こうなったら堂上教官はとことん笠原を甘やかさないと終わらないわよ。そうして、二人は糖害撒き散らしてメデタシメデタシよ。

・・・ってどこがメデタシなのよっ!!こっちは被害被ってるってーの!被害届、アンタたちに出すわよ?いい?被害総額は高くつくわよっ!」

 

 

一般利用者・・・しかも未成年の未来ある子供たちを前にして、ついつい理性を吹き飛ばしてしまった。何かと堪っていたんだわ。日頃の被害の大きさを、こんな時に感じてしまうなんて。

 

 

――あたし、どんだけよ!

 

  って言うか、あたしをここまでにする

 

  教官と笠原がどんだけって話よっ!!

 

 

 

バツの悪い空気に耐えていると、下の方から笑い声が響く。上戸の魔王の仕業か。

笑ってればいいんだから楽よね、このタヌキめっ!!

そして、ちょっと期待してた手塚は・・・嗚呼・・・図書館法を唱え出してる。

ダメだ。堂上班、使いモノにならないわっ!!()

 

呆気に取られていた中坊たちは、徐々に青褪めながら「ごめんなさい」と小さく謝罪した。

他の子たちは安堵の溜め息。

 

この子たち、大人ねぇ()

 

 

 

 

 

◆◆◆◆



「笠原、これやる」

 

いつもの台詞を聞く。目を瞑っていてもわかる。笠原は少し赤くなりながら微笑むのだ。

その笑顔を見て、教官もまたホッと安堵の表情をするのだろう。

 

――安定のバカップルね

 

 

 

 

食堂の風景は、久しぶりに甘さが加わったバカップル仕様になっていた。

本当に久しぶりだ。堂上班が奥多摩訓練に行ってから、この甘い空気とお別れしていた。

平常に戻ると、あれだけ「被害」と言っていたのに寂しく感じた。

皆、心の中で思っただろう。

――どんだけだ   と。

訓練から戻って、皆期待していたはずだ。なのに、堂上班はバラバラで昼食を摂っていた。

何かあったのか?と心配したのは、私だけじゃなかった。

 

――相変わらず、愛されてるわね。堂上班

 

 

 

「きょーかん。夏休み後半のイベントの時は、笠原も警備に回りますね」

「ん?業務部の手伝いの方はいいのか」

「あ、大丈夫です。今回の反省点を改良して、後半は中学生対象に絞ります。もっと内容もグレードを上げて、子供たちが飽きないように工夫しますから。笠原は防衛方の仕事に戻って大丈夫です」

「・・・そうか」

 

 

んま!嬉しそうじゃない?

 

 

 

 

 

「ふふ・・・教官。笠原が側に居ないと落ち着かないみたいですね?」

 

 

 

 

 

小牧教官が、ひゅっと息を吸った気配がした。

チラリと堂上教官に視線を移すと、教官は笠原の方を見て手を頭に乗せながら

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

一言呟いて、髪を梳いた。

 

 

 

その慣れた手つきに見惚れてしまい、私はついつい「バカップルめ」と声に出してしまったらしい。

 

小牧教官が上戸に入ったのを確認し、今日も安定の糖害被害報告を心の中でメモするのだった。

 

 




◆◆◆◆◆



 

今日のまとめ

 

 

1 ご無沙汰でした<(_ _)>

  相変わらずの糖害でも元気です

 

2 奥多摩で何かがあって

  何かが変わったみたい

  もうすぐ開花かな?

 

3 最近の笠原は

  肝心なところでダダ漏れない

  意識しているのではないだろう

  だからこそ

  何かがあるのだと思う

 

4 正直、小牧教官と手塚には

  ガッカリしたわよ!

  もう楽しむだけの魔王と

  俗世と壁を作った朴念仁2号

  使えないったらありゃしない!

 

 

 

       以上

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】

→本編「号外 特殊部隊 3」へ

 

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いくちゃん、あのね・・・

きらきらひかる

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