奥多摩最終日。
堂上さんの心の内をどうぞ。






もう限界だ

 

今のままではいられない

 

 

俺は俺の望むものを――――

 

 

 

 

 

白日 2

 

 

 

 

「――っ!か っさは ら―――!」

 

頭上に向かって叫んだ時、笠原の手はロープから離れたばかりだった。

俺の右肩に笠原の頭が落ちてくるまで、スローモーションで見えていた。

 

落ちてくる体の腰を掴んで抱え込んでしまおうと思ったが、瞬間に風が吹いて、笠原の軽い身体は流された。

上半身を抱えて、あとは流されるまま倒れ込むと、俺は頭部と頬に熱いものを感じ、それきり何も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きょーかん。そろそろ来ます。大丈夫ですか」

「・・・かさはら?」

「はい。傷、痛みますか?」

 

笠原が心配そうに顔を覗き込んできた。

暗い中でも分かる、その二つの瞳は俺を見てる。真っ直ぐに、揺らぐことなく。

その瞳に吸い込まれる感覚が、夢か現実か惑わせる。

 

「・・大丈夫だ。お前は?」

「大丈夫です。さっき殴られたのも、ちゃんと受け身とれましたよ」

 

褒めてください、っとにっこりするお前は、この場に相応しくないほど可愛いな。

だけど、この場に相応しくカッコいいな。

 

「どこ殴られた」

「腹です。大したことありません」

「よし。相手は何人だ」

3人だったと思います。教官が一人沈めましたから」

 

またキラキラした眼で俺を見る。

そうか、上官として頼もしく思ってくれてるのか。良かった。

 

笠原の頭で手を弾ませると、メットの乾いた音がした。

早く装備を解いてやりたい。そしてちゃんと頭を撫でてやりたい。

 

 

辺りを見回すと照明は落とされ、所々で非常灯がぼんやりと照らしている状態であることが分かった。背中に感じていた壁に手をやれば、グローブをしたままでも感じるヒンヤリとした固さ。

さぁ、どっちへ向かう?

 

「教官、こっちです」

「・・ん」

 

笠原の言う方へ向かう。

暗い廊下を注視しながら進むと、角の向こうで人の気配を感じた。

二人で迎えうつ準備に入る。

笠原に持たせたのはペンライト。相手の目を眩ませて攻撃を仕掛ける作戦。

近付く相手は2人だった。好都合だ。

 

ハンドサインでカウントを取る。

その短い間に、笠原は俺と呼吸をシンクロさせた。

 

お前、いつそんな技身に着けたんだ?

 

臨戦態勢の笠原は毛を逆立てた小動物。

ちょっとでも手を出せば、ピンポイントで傷を負わされるであろう。

それよりも出来るなら、その荒れた気を散らしてやりたい。

手なづけて毛並みを撫でつけながら、穏やかな時間を過ごしたい。

 

俺の腕の中で小さく丸まる小動物を想像して、思わず微笑んでしまう。

その僅かな息遣いを笠原は逃さない。

強い視線で制された。

 

 

なんでだろうな。

いつもはこんな緩んだ気持ちにはならないのに。

今日のお前は、俺の緊張を和らげる。

長年付き合ってやっと築いた小牧との関係に勝るとも劣らない。

 

そんな笠原の纏った空気に、俺はすっかり酔っていたんだ――

 

 

 

目眩ましで出鼻を挫き、笠原が一人を潰す。そこを狙ってきたもう一人を俺が潰すために、スルリと廊下をスライディングで相手の背後まで移動し、立ち上がり様に首を取った。

「笠原っ!」

呼べばすぐに呼吸で返事をする。相手はくぐもった声をあげて床に転がった。一体、どこを攻撃したらそうなる?俺が教え込んだ技の全てを思い出しても、今の笠原の技に当て嵌まらないような気がする。それほど綺麗に相手の急所に一撃を加え、鮮やかに立ち姿勢を決める。

 

 

「よし、行くぞ」

 

俺の声に頷いた時、カチャリと冷たい音がした。

 

眼を合わせていた笠原の眉間に皺が寄った。それを珍しいとか思いつく間もなく、俺は左肩をむんずと掴まれ、笠原に体を回転させられた。

真後ろには敵。

先程倒した二人は床に転がっている。

 

はっと思い出した。笠原は敵は3人いたと言っていた。もう一人潜んでいたんだ。

 

気付いた時には俺の視界に見覚えのある背中が飛び込んできた。

 

 

――ああ、あの時みたいだな

 

 

あの日のお前は高校の制服だった。

今よりもうすこし華奢だったと思う。

でも、今でもお前の背中の清廉さは変わらない。

それが戦闘服だからこそ―――

 

 

 

 パ―――――ンッ!

 

鳴り響いた音の少し後、俺に向かって笠原の背中が迫ってきた。

抱きとめた時、その重みは笠原が体に力を入れていない時だと瞬時に判断でき、一気に血の気が引いた。

 

被弾の勢いで飛ばされてきた笠原を受け止め、俺は共にコンクリート剥き出しの壁に背中から撃ちつけられる。

一瞬だけ息が止まり、笠原を抱いた手がだらりと下がると、ズルズルと床に潰れる。

 

敵はそれを確認してから身を翻して駆けて行った。

 

 

 

俺の右足に上半身を覆いかぶせるように崩れる笠原に手を伸ばす。

顔を見ようと体を回転させてやると、そのまま力なく床に転がった。

 

「――か、かさ は ら?」

 

両手を床に着いて息を確認しようとしたが、俺の手の感覚がそれを阻止した。

ぬるりと掌に広がる違和感。

俺は知ってる。この正体は何度も見てる。

俺自身が流したこともある。

 

 

だが、これは――

 

 

 

だ れ の 血 だ ?

 

 

 

 

プツリ っと何かが切れた。

 

感情にスイッチはあるのか?

意図して押すものだったのか?

そんな風に考えたことなど一度もなかった。

 

激しさを伴う感情は切り捨ててきた俺だ。

そうして今の地位を得たんだ。

スイッチ一つで感情を切り離せるなら、俺はあんなに苦労しなかったはず。

 

なのに、どうして今

感情のスイッチに繋がっていたのが導火線だったなんて思うんだ?

 

 

 

両掌は赤い。暗がりで見ると、黒くも見える。

俺の掌に広がるその黒は、床にも同じ色で広がってゆく。

 

「・・あ・・ぁあ・・・」

 

 

言葉への回路が途切れた。

代わりに目から熱いものが流れてきた。

 

床に広がる元と同じ体温なのに、俺の頬を伝うのは色の無いもの。

その圧倒的な違いに恐怖を感じる。

 

手が震えてきたのを感じた時、俺は無意識に動いた。

 

 

 

床に広がる笠原の血を

 

俺の両手で掻き集める

 

 

 

 

 

「・・う   だ 」

 

 

 

 

これは誰の声だ?

 

 

 

 

「・・ぅ そ   だっ!」

 

 

 

これは 俺の 声だ――

 

 

 

 

かさ はらぁ――――

 

 

「――っさは らっっ!」

 

 

 

 

◆◆

 

 

目の前には恥ずかしそうに笑う笠原。

 

「笠原、被弾!」

自己申告をしてその場に正座し両手を上げてる。

 

 

――被弾?

 

 

 

 

また

 

プツリ と―――

 

 

「教官、すみません。笠原、撃たれちゃいま――

 

 

 

 

 

アホかお前っ!

なんで俺を庇った!

今のは素直に俺が撃たれて終わりだろ。

 

しかも、なんでお前は敵に背中向けてんだっ!

被弾したと、何故笑ってる!

 

 

「きょーかん?どうしたんですか。

 なんで震えてるの?」

 

 

 

笠原の声がクリアに聴こえる。

お前は生きてる―――

 

でも

 

俺の震えは止まらない。

笠原を抱きしめる腕に力を入れても、止められない。

 

 

あれは夢だった。

悪夢だ。あってはならない最悪の夢だった。

 

なのに、それが可能になってしまう状況を見た。

 

 

 

お前は、実戦でもこれを選ぶのか?

もし俺に銃口が向けられたら、その間に自身の身体を差し出すのか。

これは訓練だから、なんてことは言い訳にならない。

訓練だからこそ、実戦さながらを目標にするもんだ。

日々の訓練に勝るものは無い。新人の頃から厳しく言ってきたよな。

 

今日、この訓練でお前が取った行動は、あの夢を正夢にする行為だ。

それだけは絶対に許さない。

 

 

 

――許さないぞ、笠原っ!!

 

 

 

 

 

 

「きょーかん、ごめんなさい」

 

笠原の声で我に返る。

 

「きょーかーん、ごめんなさぁいぃぃ」

 

子供のように泣き始めた。

俺の気持ちが分かったか、ド阿呆がっ!

 

 

 

最後にギュッと抱き締めてから笠原と離れる。

少し名残惜しいが、もう限界だ。

今のままではいられない。

俺は俺の望むものを無意識に手の中に入れた。

その瞬間の歓喜も知ってしまった。

 

夢の中での恐怖感と絶望感を持ってしても、その歓喜を越える感情にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

俺は手に入れたいんだ

 

 

 

笠原――――お前を

 

 

 

いつか この手に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】

→本編「第9号 花咲く前」へ

 

関連記事
スポンサーサイト

花束を君に

Secret of my heart

comment iconコメント ( 0 )

コメントの投稿